巻ノ百二十九 木村初陣
真田丸の戦の後で家康は真田丸を攻めた諸将を己の本陣に呼んだ、そのうえで彼等から話を聞いてだ。
そのうえでだ、彼は苦い顔で彼等に言った。
「真田の策にやられたのう」
「ではあれは」
「急に兵達が騒ぎ動きだしましたが」
「あれはですか」
「真田の策でしたか」
「真田家は家そのものが忍の者達でじゃ」
家康は利常や己の孫である忠直達に話した。
「そしてじゃ」
「その忍の者達がですか」
「我等の陣に入り込み」
「惑わし煽り」
「そうして動かしたのですな」
「お主達も十勇士は知っていよう」
真田の忍達の中で最も名の知られた彼等はというのだ。
「そうであろう」
「あの者達が、ですか」
「我等を乱し」
「そしてですか」
「真田丸を攻めさせたのですか」
「しかも既に待ち受けておった」
真田丸の方はというのだ。
「それでお主達は散々に撃たれてな」
「敗れた」
「そうなったのですか」
「急に何処からか軍勢が出て来たとも聞いた」
家康はこの話もした。
「それもおそらく十勇士達じゃ」
「あの者達は一騎当千と聞いていましたが」
利常が言ってきた。
「では」
「その十人が一斉に動けばな」
「一騎当千の者が十人、まさに」
「それだけで一万じゃ」
「一万の軍勢に奇襲を受けたのですな」
「しかもあの十人が力を合わせて戦えばな」
一騎当千の彼等がというのだ。
「一万どころかじゃ」
「それ以上の力になりますか」
「そうなる、この度のことは全く以てじゃ」
まさにと言う家康だった。
「真田にしてやられたわ」
「申し訳ありませぬ」
「我等の失態です」
「こうなってしまったのは」
「以後気をつけるのじゃ、わしもじゃ」
家康自身もと言うのだった。
「抜かっておった、こうなってはじゃ」
「伊賀者、甲賀者達をですな」
「うむ、全て出してな」
傍らにいた秀忠に述べた。
「そうしてじゃ」
「真田の忍達に備えますか」
「半蔵を出してな」
その彼をというのだ。
「そうしようぞ」
「それでは」
「そしてな」
また話した家康だった。
「もう十勇士達にはな」
「二度とですな」
「手出しはさせぬ、そして大砲をじゃ」
「それをですか」
「城に近付けてな」
そのうえでというのだ。
「撃つぞ、昼も夜も」
「そうされるのですか」
「攻めるのは城ではない」
「といいますと」
「人じゃ」
笑って秀忠に話した。
「茶々殿を攻めるのじゃ」
「お言葉ですが大坂の城は堀が広く」
「うむ、滅多な場所で撃ってもな」
「櫓に当たるのが精々で」
「本丸にはな」
「到底届きませぬが」
「ははは、しかしそれでもよいのじゃ」
今度は笑って話す家康だった。
「戦は人を攻めるがその真の意味は心を攻めるということじゃ」
「人の心を」
「最善は戦わずして勝つじゃがこうして戦になった」
「そうなってしまえば」
「そうじゃ、人の心を攻める」
まさにそれをというのだ。
「茶々殿のな」
「そうしてですな」
「勝つのじゃ、その勝ち方も色々でな」
「この度の勝ち方は」
「見ておれ特に茶々殿が外堀添いの櫓に来れば」
かろうじて大砲の弾が届くそこにだ。
「攻め時じゃ、攻め方は色々じゃ」
「そしてそれこで攻めて」
「そうして勝つぞ、そして勝てばな」
「大坂の城をですな」
「手に入れられる様にするぞ」
戦の目的も果たすというのだ、家康は真田丸に攻め寄せてしまった大名達にはこれ以上は何も言わずそれぞれの陣に帰らせた。
そうしてだ、秀忠も帰らせた後で服部に話した。
「ではな」
「はい、これからはですな」
「お主達は真田丸の方に行ってじゃ」
「あちらから目を離さぬ」
「そうせよ、そして城の周りもな」
そちらもというのだ。
「伊賀者、甲賀者をまんべんなく配してじゃ」
「そのうえで」
「あの者達には好きにはさせぬ」
「そうされますか」
「その様にされますか」
「さもないと負けてしまうわ」
幕府の方がというのだ。
「そうなってしまう、だからな」
「今からですな」
「城を忍達でも囲む」
「そしてそのうえで」
「完全に封じる、わかったな」
「さすれば伊賀者は」
服部は伊賀者の棟梁として家康に答えた。
「その様にします」
「それではな、そしてな」
「甲賀衆もですか」
「わしが命じる」
「さすれば」
「そして他の大名家の忍達にもな」
その彼等にもというのだ。
「命じておこう」
「そうされてですか」
「徹底して城を囲み」
忍者達でもというのだ、軍勢だけでなく。
「誰も動けぬ様にしてな」
「そうしてですな」
「大砲で攻める」
「そうしますか」
「先程竹千代や大名達にも言ったが茶々殿をな」
その彼女をというのだ。
「そうしてじゃ」
「攻めてそのうえで」
「勝つとしよう」
「それでは」
「大砲を撃てばな」
それでというのだ。
「この戦は勝てる」
「そういえば茶々殿は」
「大きな音が苦手じゃ」
「雷がお嫌いでしたな」
「だからじゃ」
「その雷の如き音で、ですか」
「攻めるのじゃ」
まさにというのだ。
「それでな」
「それも昼も夜も」
「そうすれば間違いなく講和に乗るわ」
「そしてその講和の時に」
「偽りになるが」
「あえて」
「それで大坂の城をどうにもならなくする」
家康は服部にこうも話した。
「それこそ出るしかなくなるまでな」
「何故豊臣家が大坂から出られぬか」
「あの城のことを知っておるからじゃ」
その大坂城を見てだ、家康は服部に話した。
「どれだけ堅固かな」
「だからですな」
「ならばじゃ」
「その堅固な城をですね」
「堅固でなくすればよい」
そうすればいいというのだ。
「そういうことじゃ」
「講和の暁には」
「そして大坂城から出てもらいな」
そのうえでというのだ。
「後はじゃ」
「その大坂城に」
「幕府が入りな」
そうしてというのだ。
「この大坂、ひいては西国を治めたい」
「それが幕府の望みだからこそ」
「そうしたい、では守りを今以上に固めつつじゃ」
「我等も用いられて」
「大砲を撃つ用意をするぞ」
こう話してだ、家康は実際に服部達に伊賀者を動かさせて甲賀者達にも命じてそのうえで大砲も動かしていた。
その動きは大坂方も把握していてだ、諸将は本丸の軍議で大野に言っていた。
「修理殿、城の周りの忍の者達が増えておりまする」
「そうでありますな」
大野は幸村のその言葉に応えた、
「伊賀者も甲賀者も」
「そしてです」
幸村は大野にさらに話した。
「大砲もです」
「大坂の城に徐々にですな」
「近付けております」
「ここはです」
後藤が幸村に続いて大野に言った。
「やはり」
「外に出てですな」
「戦うべきです」
「その用意は既に出来ておりまする」
譜代衆の将から木村が言ってきた。
「修理殿、後はです」
「茶々様が決断されるだけじゃな」
「我等に許して頂くだけです」
まさにというのだ。
「それだけですぞ」
「それがしにそう思いまする」
毛利は三人に同意して述べた。
「このまま篭城しても埒が明きませぬ」
「南には大御所殿の本陣があり申す、あの本陣を攻めて大御所殿の首を取れば」
長曾我部は右手を拳にして力説した。
「我等の勝ちですぞ」
「ここは攻めましょう」
「是非共」
明石と塙も言う。
「そうして一気に攻めて」
「戦を決めましょうぞ」
「兄上、どうして迷われるのですか」
「迷っても仕方ありませぬぞ」
治房と治胤も兄に言って来た、諸将の考えは外にうって出て戦うことで意見は一致していた。それも完全に。
「ですからここは」
「茶々様を説得しましょうぞ」
「わかっておる、しかし茶々様はな」
大野は腕を組み苦い顔で述べた。
「まだじゃ」
「外にうって出るお考えではありませぬか」
「そうなのじゃ」
幸村に苦い顔で答えた。
「まだな、だからな」
「ここはですか」
「済まぬがもう一度勝って欲しい、それでも駄目ならな」
「二度ですか」
「そうじゃ、二度勝ってくれれば茶々様もな」
篭城を言って聞かぬ彼女もというのだ。
「それでお考えを変えられる筈じゃ」
「それでは」
「今はですな」
「もう一度か二度勝ち」
「そのうえで」
「茶々様のお考えを変えてもらいたい」
こう言うのだった。
「貴殿等にはそう願いたい」
「わかり申した」
後藤がその大野にすぐに答えた。
「さすればそれがしが」
「そうして頂けるか」
「そうしましょうぞ、丁度敵がまた動いていますし」
「今福の堤に向かっておりますな」
「あそこを奪われは何かと厄介なので」
それでというのだ。
「それがしが軍を率いて退けてきます」
「それがしもお供します」
木村は後藤の横から彼にすぐに続いた。
「二人で敵を散々に破りましょうぞ」
「うむ、そうしようぞ」
「それがしも十勇士を送りますので」
幸村も言ってきた。
「思う存分戦って下され」
「ではな」
「次で流れを完全に決めれば」
木村は大野の言う次の次の戦での勝ちを見てはいなかった、次の戦での勝ちで完全に決めるつもりだった。それを言葉にも出していた。
「そうすればいいですな」
「うむ、まことにな」
後藤はその木村に強い声で応えた。
「そうした勝ち方をしようぞ」
「是非共」
「そして兄上は、ですな」
治房が兄に再び言ってきた。
「茶々様をですな」
「左様、兄上は我等の執権です」
治胤も次兄に続いて長兄に言う。
「ですから執権として」
「わかっておる、茶々様はな」
「是非にですぞ」
「説得する」
「それをお願いします」
治胤の声は切実ですらあった。
「さもなければです」
「我等に勝ちはない」
「ですから」
「若し兄上が無理言われるのなら」
治房は弟以上に兄に強く言っていた、その様子は見ていた塙が思わず彼を制止しようとした程であった。
「それがしが」
「いや、それはならん」
大野は弟に毅然として返した。
「茶々様に申し上げるのは執権のわしの務め、だからな」
「それで、ですか」
「有無、お主が言うには及ばぬ」
こう言って治房を退けた。
「わしが言う、おのおの方もな」
「茶々様については」
「修理殿にですな」
「任せて欲しいと」
「その様にお願い申す」
こう言うのだった、それも強い声で。
「あの方のことは」
「そのお言葉確かかと、しかし」
ここせまた言う治胤だった。
「兄上は昔からです」
「茶々様にはか」
「失礼ではありますが」
逆らえぬというのだ。
「そうなので」
「右大臣様には言えますな」
木村はこのことは見ていて知っている、大野は秀頼に対してはいつも毅然として厳しいことを言えて秀頼も聞くのだ。
「確かに」
「そうであるがな」
「では右大臣様に言われて」
そしてというのだ。
「右大臣様からです」
「茶々様にか」
「言って頂いては、そして何よりも」
「有楽殿とご子息か」
「あのお二方は」
このことも言う木村だった。
「それがしが思いまするに」
「あのお二方は」
長曾我部も大野に有楽親子のことを話した。
「幕府と」
「つながっている」
「そうだと思いますが」
「このこと間違いありませぬ」
幸村も大野にこのことについて話した、彼は十勇士達の話から知っているし彼の忍の術からも察しているのだ。
「ですから」
「それでは」
「出て行ってもらっては」
木村が幸村に話した。
「そうしてもらっては」
「この城から」
「はい、そうしてもらっては」
「やはりつながっておられるか」
大野は唸った顔で木村に応えた。
「有楽殿達と幕府は」
「そうかと」
「わしもそう思っておったからな」
「ですから何とか」
「外の戦のこととじゃな」
「あのお二方のことは」
有楽親子のこともというのだ。
「右大臣様に申し上げ」
「そしてじゃな」
「茶々様にされては」
「そうするか」
「はい、ことは出来るだけ早くして」
大砲が何時城に来るかわからない、だからだというのだ。
「我等が勝てる様にしましょうぞ」
「そしてその為にか」
「拙者達がうって出まする」
後藤も大野に言った、それも強い声で。
「そして必ずです」
「勝って下さいますか」
「堤も守り」
「それでは」
「こちらはお任せあれ」
是非にと言う後藤だった、そしてだった。
後藤は木村と共に今福の堤の方にそれぞれの兵を率いて向かった、幸村も十勇士達を送って援軍とした。
その堤まで来るとだ、後藤はすぐにだった。
堤の三ヶ所を切って柵を四重に配した、そのうえで木村に言った。
「おそらく来るのは佐竹家の軍勢です」
「あの家のですか」
「はい、兵は多いです」
「ではこの度の戦は」
「油断出来ませぬ」
「左様ですか、それがし軍勢の戦ははじめて」
初陣、それだと言う木村だった。
「既に申し上げましたが」
「だからですな」
「後藤殿に何かとご教授を願いたいです」
「それがしでよければ」
後藤も受けた、こうしてだった。
二人は敵の軍勢を待ち受けた、すると佐竹家の旗を掲げた軍勢が実際に来た、その彼等を見てだった。
後藤と木村は兵達にだ、それぞれ命じた。
「よいか、柵は四重にある」
「それだけ守れる」
「一つ二つ破られても動じるな」
「四つ目まで凌いでじゃ」
そうしてというのだ。
「戦うのじゃ」
「余裕はある、安心して戦え」
こう言って彼等も槍を手にする、そうして戦うが。
ここでだ、猿飛が二人のところに来て言ってきた。
「鴫野の堤の方にも軍勢が来ました」
「上杉殿の軍勢じゃな」
後藤は猿飛に馬上から問うた。
「そうであるな」
「はい」
猿飛は後藤に即座に答えた。
「その旗印は」
「やはりな、ではじゃ」
「そちらもですな」
「守らねばならん」
「では我等が」
「お主達はそっちに行ってもらうか」
「直江殿がおられるからですな」
猿飛は後藤が自分達に命じた理由をすぐに察した。
「だからですな」
「そうじゃ、直江殿ご自身もお強く」
「しかも上杉家も忍達を抱えており」
「強い」
その忍達がというのだ。
「だからじゃ、上杉の忍達はな」
「我等が抑え」
「そしてじゃ、ここはな」
「後藤殿と木村殿がですな」
「抑える、ただしな」
「鴫野の方もですか」
「状況次第でな」
まさにそれによってというのだ。
「向かう」
「そうされますか」
「そうじゃ、そして場合によってはな」
後藤は木村を見て彼に話した。
「木村殿にな」
「それでは」
「その時はお願い申す」
こう言うのだった、そして今は二人で今福の堤で戦っていた、そしてその間でも鴫野においての戦は。
十勇士達が兼続が率いる精兵達、まさに謙信が率いているかの如き猛者達と死闘を繰り広げている間にだった。
景勝が率いる軍勢が攻めていた、それを見てだった。
戦の場に戻っていた服部は慌てて義兄弟である十勇士達に言った。
「これは厄介じゃぞ」
「うむ、上杉殿が率いられる軍勢がな」
清海が応えた。
「攻めておられるな」
「このままではじゃ」
さらに言う猿飛だった。
「ここは危ういぞ」
「我等は直江殿の軍勢を相手にするだけで手が一杯じゃ」
「上杉殿もかなりのお強さ」
その采配はとだ、筧が言った。
「流石は謙信公の後を継がれた方」
「まことにな、このままではな」
根津が筧に応えた。
「ここでの戦は敗れる」
「そうじゃ、我等は直江殿の軍勢の相手で手が一杯じゃ」
筧は術を放つがそれが普段通りにはいっていない、幻術にも惑わされず火や水を受けても一撃や二撃では倒れない。
それでだ、筧も言うのだった。
「これではな」
「上杉殿の軍勢まで手が回らぬ」
こう言ったのは海野だった、水を地面から吹き出させそれで兵達を吹き飛ばすがかわす者も多いのが実情だ。
「これではな」
「今福からの援軍を頼みましょう」
伊佐は錫杖を振るいつつ言った。
「それしかありません」
「そうじゃな、ではここは」
望月が伊佐に応えて申し出た。
「わしが行く」
「そうするか。ではここはじゃ」
穴山は鉄砲を次から次に放ちつつ望月に応えた。
「わしが受け持つ、お主は早く行け」
「済まぬな」
「礼はよい、困った時はお互い様じゃ」
やはり鉄砲を撃ち続けつつ言う穴山だった。
「だからじゃ」
「ここはじゃな」
「任せよ」
「わかった、ではな」
「何、お主が戻るまではじゃ」
霧隠も霧を出しその中で剣を振るい手裏剣を投げている、そうして戦いつつの言葉だった。
「九人でやっておくわ」
「だからお主は早く行け」
由利は今も鎖鎌を振るっている、風の術も放っている。
「よいな」
「わかった、すぐに戻る」
こう十勇士達に告げてだ、そしてだった。
望月はすぐに姿を消してだ、そのうえで。
今福に来てだ、後藤に告げた。
「鴫野が危ういです」
「そうなのか」
「はい、ですから」
「わかった、ここは暫しわしが敵を押し返してじゃ」
「ではそれがしが」
木村は後藤に即座に申し出た。
「鴫野に向かいます、あそこのことはよく知っていますし」
「そうか、ならばな」
「すぐに向かいます、それでは望月殿」
木村は馬上から望月に言った。
「この度は」
「すぐにですな」
「向かいまする」
その鴫野にというのだ。
「そうしますので」
「さすれば」
「貴殿はすぐにそちらに戻られよ」
「わかり申した」
こうしてだった、望月はまた姿を消した。そして残った木村はすぐに自身が率いる兵達に強い声で告げた。
「皆の者、鴫野じゃ!」
「はい、鴫野にですな」
「これよりすぐに向かい」
「そしてですな」
「そこにいる敵を破るぞ」
そうするというのだ。
「よいな」
「はい、それでは」
「これより」
「行くぞ」
こう言ってだ、そうしてだった。
木村はすぐに兵を率いて鴫野に向かった、そしてそこで押されている友軍のところに駆け付けて叫んだ。
「皆の者無事か!」
「はい、何とか!」
「ここにおります!」
「そうか、よく生き残った」
こう言うのだった。
「よいな、ではな」
「これよりですな」
「上杉家の軍勢を押し戻す」
「そうしますか」
「そうするぞ、このまま攻めさせてはならん」
上杉の軍勢にというのだ。
「ではな」
「はい、このままですな」
「さらに攻めて」
「そうして」
「そうじゃ、さらに攻めていくぞ」
木村は己の言葉通り自ら槍を持って敵の軍勢に突っ込みそうして戦う。景勝もその木村を見て周りの者達に言った。
「あれは豊臣家の将木村長門守殿じゃな」
「はい、左様です」
「あの方こそ木村殿です」
「豊臣家で最も若き将だとか」
「確かに若い、しかしな」
それでもと言う景勝だった。
「その采配、そして武勇はな」
「見事なものですな」
「実に」
「そのどちらも」
「よき将じゃ」
こう言うのだった。
「実にな、若し歳を経られると」
「その時はですな」
「さらによく将になられる」
「そうだというのですか」
「そうじゃ、しかしこの戦で勝つのはな」
景勝はその厳めしい顔で話した。
「幕府じゃ」
「大坂は敗れる」
「そうだというのですな」
「そうじゃ、大坂方しかおらぬのにな」
それでもというのだ。
「篭城なぞする様では」
「とてもですな」
「勝てるものではない」
「だからですな」
「大坂は敗れる、茶々殿が実際の総大将では」
戦のことを何も知らぬからだ、景勝もこう思っているしこの考えは見事なまでにその通りのことだった。
「勝てる筈がない」
「篭城もあの方が言われた様ですな」
「どうやら」
「それではですな」
「大坂は自然と敗れる道を選んだ」
「そうなのですな」
「孤城は囲まれれば終わりじゃ」
その時点でというのだ。
「どういった堅城でもな」
「大坂城といえど」
「それでもですな」
「その城だけで囲まれると」
「それで、ですな」
「落城しますな」
「やがてはな、だから大坂は負ける」
そうなるというのだ。
「必ずな」
「木村殿の将がおられても」
「その才を活かしきれず」
「そうしてですな」
「敗れますな」
「敗れる、そう思うと惜しい」
自ら槍を振るい果敢に采配を執る木村を見ての言葉だ。
「あれだけの将がこの戦で若くして散ると思うとな」
「全くですな」
「左様ですな」
「あれだけの御仁が若くして散ると思うと」
「とても」
「しかしそれも戦、我等は武士として戦うと」
その木村とだ、こう言ってだった。
景勝は采配を執った、彼は自身が率いる兵達に果敢に攻めさせた。木村も果敢な采配を続ける。だがやがてだった。
景勝の年季を経た采配の前に木村は次第に劣勢になってきていた、だが。
ここでだ、何とだ。
木村の横にいた兵がその手に持っていた鉄砲を取られた、そしてその鉄砲が敵に向かって放たれた。
鉄砲を馬上から放ったその男を見てだ、木村は思わず声をあげた。
「後藤殿!」
「今福の敵は拙者が退けた!」
「それで援軍に来て下さったのですか」
「そうじゃ、木村殿よいか」
兵にその鉄砲を戻しつつ話した。
「戦とは今の様にするのじゃ」
「今の様にですか」
「迷わずに撃ちそしてな」
「攻める」
「こうした時はな」
まさにというのだ。
「今の様にするのじゃ」
「そうしたものですか」
「左様、では今からじゃ」
「はい、上杉家の軍勢をですな」
「押し返す」
こう木村に言った。
「そうしようぞ」
「わかり申した、それでは」
「共に攻めようぞ」
後藤は大槍を手に木村に行って自ら上杉の軍勢に突き進んだ。そうしつつ自身が率いる兵達に強い声で告げた。
「今が槍働きの時ぞ!」
「はい、では!」
「我等も続きます!」
「これより!」
「攻めて攻めてそれで押し返すのじゃ!」
こうも言った後藤だった、そして上杉の兵達をだった。
槍で次々と薙ぎ倒していく、そこに木村も二人が率いる兵達も続いてだった。
上杉の軍勢を押し返した、景勝はそれを見て言った。
「頃合いじゃ」
「では今は」
「下がりますか」
「そうしますか」
「そうせよ」
こう言って実際にだった、彼は兵を退けさせた。それを見た後藤は木村に笑って話した。
「ではな」
「はい、これよりですな」
「勝ち鬨じゃ」
それを挙げる時だというのだ。
「そうしようぞ」
「初陣で勝てるとは」
木村はその白い顔を紅潮させて後藤に応えた。
「思いも寄りませんでした」
「ははは、戦に勝敗は付きものじゃ」
「だからですか」
「勝ち鬨もそこまで喜ばれることもない」
「左様ですか」
「我等は大坂より幕府の兵を退けてな」
そうしてというのだ。
「やがては幕府を倒し」
「そうしてですな」
「再び天下人となるのじゃからな」
「だからですか」
「今の勝ちは嬉しくともな」
「過度に驚くことはない」
「そうじゃ、最高の勝ち鬨は江戸で挙げようぞ」
こうも言った後藤だった。
「それからじゃ」
「さすれば今は」
「本丸に聞こえるまでの勝ち鬨じゃ」
茶々に聞こえるまでのというのだ。
「今はそれを挙げようぞ」
「わかりました」
木村は後藤に確かな笑みで頷いた、そうしてだった。
彼等は実際に大きな声で勝ち鬨を挙げた、この声は間違いなく茶々の耳にも届いた。このことを受けてだった。
幸村は戦が終わり真田丸に戻って来た十勇士達に話した。
「では明日諸将で軍議を開き」
「そして、ですな」
「そのうえで、ですな」
「茶々殿にお話をされますな」
「出陣のことを」
「そうする、今日の勝ちは大きい」
二度目の勝ちがというのだ。
「そしてじゃ」
「あの勝ち鬨は、ですな」
「茶々様のお耳に届いていますな」
「ならばですな」
「ここからですな」
「一気に」
「外での戦にもっていく」
茶々を説得してというのだ。
「そうするからな」
「はい、それでは」
「そうしましょう」
「そしてですな」
「大御所殿の首を狙うのですな」
「四方を囲む敵軍を退けてもよい、とかく囲みをな」
幕府のそれをというのだ。
「何とかじゃ」
「はい、退け」
「そうしてですな」
「大砲を撃たせぬ」
「そうするのですな」
「そうする、大御所殿の首を取れれば特に大きい」
家康、彼のというのだ。
「しかしそうでなくとも外で戦うことが出来れば」
「外に領地も広げられますし」
「そのうえで力をつけていけますな」
「大和に播磨等も手に入れる」
「そうしたことが出来ますな」
「そう考えているからじゃ」
それでというのだ。
「拙者は最初から攻めたかったのじゃが」
「茶々様がそう言われたので」
「そのせいで、ですな」
「篭城になってしまいましたな」
「今の様に」
「今の篭城は下の下であった」
幸村は苦い顔で言った。
「それはしてならなかった」
「全くですな」
「今の状況は」
「しかしそれをどうするか」
「それが大事ですな」
「そうじゃ、後藤殿や木村殿、長曾我部殿と軍議を開いてな」
そうしてというのだ。
「何とかじゃ」
「茶々殿を皆で説得し」
「そうして」
「一気にですな」
「状況を変えますな」
「そうする、そうして勝つ」
まさにというのだ。
「必ずな、ではな」
「はい、宜しくお願いします」
「殿には」
「そしてそのうえで」
「我等も」
「その時にまた頼むぞ」
幸村は笑って十勇士達に言った、彼はこの日の勝ちから一気に流れを変えようとしていた。しかしだった。
家康は旗本からの報告を聞いてだ、確かな声で笑って言った。
「よし、ではな」
「大砲達が着き次第ですな」
「その時にですな」
「一気に攻める」
「そうしますな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「そしてじゃ」
「砲撃ですな」
「それですな」
「それを仕掛け」
「そのうえで」
「戦に勝つ」
そうするというのだ。
「よいな」
「一気に攻めるといっても大砲ですな」
「あれを派手に撃ちまくりますか」
「昼も夜も」
「そうしますか」
「そうじゃ、そうして攻める」
ここは笑って言った家康だった。
「そうした攻め方もあるのを見せよう」
「大砲といえばです」
傍に立っていた大久保が家康に言ってきた、見事な朱槍を立てて持っている。
「国崩しといいますな」
「国、つまり城を撃ってな」
「城の壁だの石垣だの櫓だのを壊しますが」
「それを狙うがな」
「しかしですな」
「今はじゃ」
「心を撃つのですな」
「そうじゃ、あの城はそうそう撃っても攻め落とせぬわ」
その大坂城を見ての言葉だ。
「あの堀と壁を見よ」
「見ただけで」
大久保も大坂城を見て言う。
「そうそうは」
「そうじゃな、だからな」
「大砲も役には立たぬ」
「城自体を攻めるにはな」
「だからそれには最初から使わぬ」
「心をですな」
「それを攻めるのじゃ」
その大砲でというのだ。
「茶々殿のな」
「これまでお話した通りに」
「そうするのじゃ、大砲が来たらな」
「では」
「その時に決まる」
「しかしです」
ここで柳生が剣呑な顔で言ってきた。
「危ういことは」
「大砲が来る前にじゃな」
「大坂方がうって出ることですが」
「それじゃな」
「そうなれば大砲を撃つどころではなくなりますが」
「そうなれば大砲では攻められぬ」
家康もその通りだとだ、柳生に答えた。
「確かにな」
「左様ですな」
「しかしじゃ」
「そうなることはないですか」
「茶々殿がそれを認めるまでにな」
認めればすぐに城の中の兵達はうって出て来る、このことは家康にもわかっていた。実際に後藤や木村がうって出て来ている。
「精々それぞれの将の兵達が出るだけじゃ」
「それだけですか」
「全軍ではない」
城の中の十万の兵達のというのだ。
「そこまでになるには時がかかる」
「城内の諸将が必死に説得しますが」
「その説得にも時がかかろう」
家康は笑って柳生に答えた、無論柳生もそうしたことがわかっていると彼自身わかっていての答えである。
「そうじゃな」
「茶々殿は強情な方故に」
「そうじゃな、そして説得する間にじゃ」
幸村達大坂の諸将がというのだ。
「大砲が届く、そしてな」
「その大砲で、ですな」
「茶々殿の心を攻める」
「では大砲の護りは」
「そこは充分以上に固める」
家康はこのことも怠ってはいなかった。
「何としてもじゃ」
「だからですな」
「そしてじゃ」
「敵の軍勢は近寄せぬ」
その大砲にというのだ。
「真田の忍達が来ようともな」
「あの者達が来てもですな」
「退けられる様にする」
「ではあちらに伊賀の十二神将を」
今は十勇士達を見張っている彼等をとだ、柳生は家康に問うた。
「向かわせますか」
「そうも考えておる」
「十二神将達は十勇士達が行く場所にですな」
「向かわせるつもりじゃ」
そう考えているというのだ。
「わしはな」
「左様ですか、では」
「うむ、それではな」
「大砲が来れば」
「そこで戦を決める」
確かにとだ、家康は柳生に答えた。緒戦では敗れ続けているが家康はそのことを意に介してはいなかった、戦全体を見て大砲が届くのを待っていた。
巻ノ百二十九 完
2017・11・1