目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

巻ノ百三十

               巻ノ百三十  三日

 幸村は諸将に己の考えを話した、その考えはこれまでと同じだった。

「やはりです」

「外にうって出るべきですな」

「左様です」

 こう治胤に答えた。

「そう考えています」

「やはりそうなりますか」

「はい、そして」

「そのうえで、ですな」

「城の周りの敵を退けるなり大御所殿の御首を狙うなり」

「するのですな」

「さもないとです」

 このまま篭城したままではというのだ。

「どうにもなりませぬ」

「全くですな、どうもです」

 毛利がここで話した。

「兵達も篭城したままでは」

「鬱屈としてですな」

「士気が落ちておりまする」 

 このことを話すのだった。

「ですから」

「そのこともあり」

「うって出るべきです」

 こう言うのだった、毛利も。

「やはり」

「左様です、では」

「ここで、ですな」

「茶々様にお話して」

 大坂方の実質的な総大将である彼女にというのだ。秀頼の母としての力は今も全く色褪せていないのだ。

「そうしてです」

「そしてですな」

「うって出るべきです」

「そうしないと兵の士気は落ち続け」

「しかもです」

 さらにというのだ。

「大砲がです」

「それですな」

「そろそろ来ます」

「では」

 今度は明石が言ってきた。

「急がねばなりませぬな」

「そうです、茶々様に頷いて頂かねば」

 つまり許してもらわねばというのだ。

「なりません」

「ですな、しかしそれがしの見たところ」

 明石は幸村に厳しい顔で語った。

「まだです」

「茶々様が頷かれるまでには」

「まだ足りぬかと」

「真田丸、今福だけでは」

「もう一つ勝ちが必要かと」

「そうなりますか」

「ですからここは」

 明石はさらに話した。

「もう一回攻めましょうぞ」

「それではです」

 すぐにだ、塙が申し出た。

「それがしが出ます」

「塙殿が」

「はい」 

 実際にというのだ。

「そうします」

「そういえば貴殿は」

 明石は塙のその言葉を聞いて言った。

「夜討ちが得意ですな」

「その夜討ちをしてみせましょうぞ」

「そうされますか」

「むしろしたい位です」

 自信に満ちた笑みでだ、塙は明石に答えた。

「夜討ちを」

「それでは」

 これまで黙っていた大野がここで塙に言った。

「塙殿、お願い出来ますか」

「夜討ちを許して頂けますか」

「はい」

 その通りだという返事だった。

「お願い申す」

「そのお言葉待っていました」

「それでは」

「はい、夜討ちをし」 

 そしてと言うのだった。

「必ずや勝って参りましょう」

「そうして頂けますか」

「それがし嘘は申しませぬ」

 絶対にという返事だった。

「ですから」

「それでは」

「はい、勝ちを手に入れてきます」

「わかり申した、では主馬よ」

 大野は次弟の治房にも顔緒を向けて彼にも言った。

「お主もな」

「その夜討ちにですな」

「共に行け、そしてじゃ」

「塙殿と共にですな」

「勝ち鬨を挙げて来るのじゃ」

「わかりもうした」

 確かな声でだ、治房も頷いた。こううしてだった。

 再び攻めることが決まった、後藤はそのすぐ後で大野に言った。

「修理殿、勝ち鬨のすぐ後にでも」

「茶々様にじゃな」

「お話して下されますか」

「わかっておりまする」

 大野は後藤に確かな顔で答えた。

「そのうえで」

「お願い申す」

「遅くとも明日には」

「そうしてです」

「すぐにうって出て」

「そして戦いましょうぞ」

「ですな、どうもです」

 大野も敵の動きを察していて言う。

「敵は大砲を持ち出して来て」

「それで攻めるつもりです」

「そうされては」

 とてもとだ、大野も言う。

「この城は陥ちずとも」

「城の者達が参ってしまいまする」

 その砲撃の音でというのだ。

「ですから」

「特に茶々様が」

「ですから」

 それ故にというのだ。

「その前にです」

「城を囲む敵を退ける」

「そうせねばなりません」

「全くです、では」

「ここは」 

 こう話してだ、そのうえでだった。

 早速夜討ちの用意が進められた、ここで幸村は夜討ちを行う塙と治房に対して直接言った。

「この度もです」

「貴殿の家臣の十勇士をですか」

「向けて下さいますか」

「そうしましょうか」

 こう申し出たのだった。

「どうでしょうか」

「お願い出来ますか」

 塙がすぐに答えた。

「その様に」

「それでは」

「はい、そして」

 さらに話す幸村だった。

「思う存分活躍して下さい」

「それは必ず」

 塙も幸村に約束した。

「果たします」

「それでは」

「そしてですな」

「はい、さらにです」

 幸村の言葉は続いた。

「生きてお帰り下さい」

「夜討ちで命を落とさぬ」

「真の戦はそれからです」

「夜討ちを果たしてですな」

「外に出た時に」

 まさにというのだ。

「はじまりますので」

「この度の夜討ちはですな」

「はじめるきっかけです」

 それに過ぎないからだというのだ。

「是非」

「わかっております、必ずです」

「それがしもです」 

 大野の横に控えていた治房も強い声で言ってきた。

「これからも戦いますので」

「だからですな」

「必ずです」

 治房もこう言うのだった。

「勝ってそして」

「帰って来られますな」

「そうします」 

 強い約束の言葉だった、彼もまた。

「そして外にうって出た時こそ」

「戦われてですな」

「大御所殿の御首も」

 自分がというのだ。

「挙げてみせまする」

「それではその意気で」

「行って参ります」

 こう答えてだ、彼等は夜襲の準備に入った。それで幸村もだ。

 真田丸に戻ってだ、今回も十勇士達に言った。

「今宵は塙殿と主馬殿の助けを頼む」

「夜討ちですな」

「塙殿といいますと」

「あの方の夜討ちに加わる」

「そうせよというのですな」

「そうじゃ、そしてじゃ」

 夜討ちに加わってというのだ。

「思う存分じゃ」

「暴れる」

「そうしてこいというのですな」

「その様に」

「そうじゃ」

 その通りとだ、幸村も答える。

「よいな」

「そして敵を散々に破り」

「そうしてですな」

「再び勝ち鬨を挙げる」

「そうするのですな」

「三度も勝ち鬨が挙がるとな」

 それでというのだ。

「茶々様も考えを変えられる」

「そしてうって出られる」

「城の外でも戦える」

「そうなりますな」

「遂に」

「そうなれば勝機が見える」

 そうなるからだというのだ。

「だからじゃ」

「ここはですな」

「何としても勝たねばならん」

「そして勝ったならば」

「その後は」

「拙者も外に出て縦横に戦う」

 今の様に真田丸に篭って迎え撃つのではなく、というのだ。

「だからじゃ、よいな」

「今宵も戦って参ります」

「そして皆ですな」

「生きて帰れというのですな」

「そうじゃ、死んではならぬ」

 このことを言うのも忘れていなかった。

「わかっておるな」

「そのことも承知しております」

「皆帰ってきます」

「そしてそのうえで」

「夜討ちから帰って参ります」

「笑顔で」

「頼むぞ、その様にな」

 幸村はこう言って十勇士達を送り出した、彼等はすぐに塙のところに行く、そこでは治房が塙に険しい顔で言っていた。

「塙殿、それでは」

「うむ、今宵はな」

「夜襲を仕掛けてですな」

「思う存分暴れる」

「ですな、しかしそれがしは」

 ここで申し訳なさそうに言う治房だった。

「夜討ちはです」

「まだか」

「禄に知りませぬ故」

「それでは拙者と共にいてな」

「そうしてですな」

「見ていてもらう」 

 その夜討ちの様子をというのだ。

「そうしてもらう」

「さすれば」

「何、夜討ちはコツがあってな」

「コツですか」

「左様、そのコツを承知してもらいたい」

 治房、彼にというのだ。

「そして手柄を立ててもらいます」

「そうすればいいのですか」

「左様」

 その通りという返事だった。

「それならばな」

「それでは」

「うむ、今宵出ようぞ」

 塙がこう治房に言ったところでだ、十勇士達が彼のところに来た。そうして皆片膝を着いて彼に言った。

「今宵宜しくお願い申す」

「殿の命で来ました」

「塙殿と主馬殿おお助けせよと」

「その様に言われてきました」

「貴殿等が来られるとは有り難い」

 塙は彼等の姿を見て笑みを浮かべて言った。

「一騎当千の者揃いであるからな」

「有り難きお言葉、ではです」

「我等それぞれ千人の働きをしてみせまする」

「そして勝ちましょうぞ」

「この度も」

「必ずな、そしてじゃ」

 さらに言う塙だった。

「戦の流れをさらに固めようぞ」

「もう外にうって出てもいいと思いまするが」

 ここで治房が言ってきた。

「しかしです、兄上が」

「茶々様をじゃな」

「どうにも説得出来ず」

「それがしが思うに」

 塙も難しい顔で治房に答えた。

「修理殿は確かに見事な方、しかしな」

「茶々様にはですな」

「弱いのではないか」

 こう言うのだった。

「思うにな」

「はい、実は前からです」

 彼の弟としての言葉だ。

「兄上はです」

「茶々様にはじゃな」

「どうしてもです」

「言えぬのじゃな」

「逆に茶々様のお言葉はです」

 それが例えどうしたものでもというのだ。

「聞いてしまいまする」

「忠義の心がお強いな」

 茶々へのそれがというのだ。

「修理殿は」

「しかしその忠義が強過ぎて悪く出ることもありまして」

 それでというのだ。

「今の様にもです」

「なってしまうか」

「前より」

 これまでもというのだ。

「そうでしたが」

「今は危ういな」

 塙は治房の話から言った。

「実に」

「そう思われますか、塙殿も」

「うむ、戦の時はな」

「そうしたことがよりですな」

「出るもの、しかもそれが右大臣様でなくな」

「茶々様に対してとなると」

「危うい」

 実にという返事だった。

「それがまさにな」

「危機を招く」

「そうなるからな」

 だからだというのだ。

「修理殿、主馬殿の兄上はな」

「むしろ兄上こそが」

「支え説得する御仁が必要やもな」

「それでは」

 治房はその言葉を聞いて強い声で返した。

「それがしと弟が」

「三人で、ですか」

「兄上を支えてみせます」

「そうされるか」

「出来るだけ兄上と共に茶々様の御前に参上し」

 そうしてというのだ。

「兄上が茶々様に折れそうになれば」

「その時にじゃな」

「お止めします」

 強い決意で言った治房だった。

「その時は」

「頼み申すぞ、そのことは」

「ではそのことも踏まえて」

「今宵はな」

「思う存分暴れて勝ち鬨をあげましょうぞ」

 このことも約してだ、そしてだった。

 その夜実際に塙と治房は十勇士達と共にうって出て思う存分暴れた、そうしてそのうえでだった。

 塙は去る時にだ、率いている兵達に言った。

「これより紙を撒いておく」

「紙を?」

「紙をですか」

「そうじゃ、そのうえで去るぞ」

 こう言ってだ、実際に塙はある紙を撒いてから去った、その紙は程なくして家康にも届けられたが。

 その紙に書かれている文を見てだ、家康は読んだその瞬間に顔を崩して笑って周りの者達に言った。

「ははは、敵ながら見事よ」

「どうされました?」

「急に笑われましたが」

「これを見よ」

 周りの者達にその紙を見せて言った、そこには夜討ちの塙団右衛門と堂々とした文字で書かれていた。

「自分で名乗っておるわ」

「おお、最初から夜討ちを仕掛けるつもりで来て」

「そしてですな」

「夜討ちを成功させた」

「それを自分から書いて喧伝しておりますか」

「この心意気見事じゃ」

 こう言って笑うのだった。

「まさに武士、敵ながら見事じゃ」

「塙殿といえば夜討ち」

 大久保が言ってきた。

「そしてこの度もですな」

「我等もわかっておったがな」

「その我等に夜討ちを仕掛けて成功させた」

「それが見事じゃ」

 実にというのだ。

「このことに笑ったのじゃ」

「敵ながら見事だと」

「そうじゃ、大坂は実に見事な将が揃っておるのう」

「ですな、では」

「そうした者達は是非じゃ」 

 今度はにんまりと笑って言う家康だった、これまでの破顔大笑とはまた違う笑みでの言葉であった。

「幕臣とせねばな」

「首を取るには惜しい」

「そう思う、だからな」

「ここはですな」

「是非共な」

「手に入れられますな」

「そう思った、あそこには優れた者が多い」

 将としてというのだ。

「皆幕府が欲しいのう」

「大御所様、それではです」

 柳生が思わず笑って家康に言ってきた。

「太閤様とですl

「ははは、同じじゃな」

「人が欲しいというのは」

「そうやもな、優れた者はな」

「幕府に欲しいですか」

「そうでなくとも首を取るのは惜しい」

 それでむざむざ死なせてはというのだ。

「だからな」

「生かしてですな」

「幕臣にしたい、優れた者忠義のある者はな」

 そうした者達はというのだ。

「出来る限り討ちたくないわ」

「では」

「うむ、この塙団右衛門も他の者達もな」

「幕臣にしたいですな」

「それが無理なら他の藩に召し抱えさせたい」

 そうして生きさせたいというのだ。

「そうした者達は天下の宝じゃからな」

「優れた者、忠義の者こそが」

「だからそうしたい」

「では真田源次郎殿も」

「あの者もそうしたいが従わぬわ」

 幸村についてはだ、苦い顔で答えた家康だった。

「わしにはな」

「だからですか」

「あの者もやはり首を取りたくないが」

 幸村が優れている、このことを認めているからこそだった。

「しかしな」

「真田殿については」

「あの者を討つかわしが討たれるか」

「どちらかじゃ」

「それしかありませぬか」

「そう思っておる」

 その様にというのだ。

「だからな」

「真田殿だけは」

「決着をつけねばならぬな」

 幸村、彼とはというのだ。

「やはり」

「さもなければですな」

「わしも武士じゃ」

 家康は大久保に強い声で返した。

「武士としてやられっぱなしではならん」

「その為にも」

「戦いそしてな」

「雌雄を決する」

「そうしたい、だからじゃ」

 そう考えるからこそというのだ。

「戦いになればな」

「決着をつける」

「そうする、ではな」

「それではですな」

「真田が攻めてくればな」

 その時はというのだ。

「倒す、そしてな」

「必ずですな」

「倒しますか」

「そのつもりじゃ、確かに強いが」

 大久保と柳生に話した。

「必ず勝つぞ」

「さすれば」

「その時は我等も」

 大久保と柳生は家康に確かな声で応えた。

「大御所様をお護りします」

「この命を賭けて」

「頼むぞ、しかしわしもこの歳になってもな」

 また笑って言う家康だった。

「まだ戦になるとな」

「いざとなるとですな」

「血が騒ぎますか」

「そうじゃ、妙にな」

 自分でもこう言うまでにというのだ。

「血が騒いで武勇で決めたくなる」

「戦の勝敗をですな」

「そうじゃ、だからな」

 それ故にと柳生にも言う。

「戦ってそしてな」

「勝ちますな」

「真田にもな、真田には当家はこれまで勝っておらん」

 ここで苦い顔にもなった、家康の苦い顔にはこれまでのことがあった。

「これはあの家が武田家におった頃からじゃ」

「でしたな、その頃それがしは三方ヶ原を知りませぬが」

 大久保が家康に応えてきた。

「しかしですな」

「あの時は散々にやられたわ」

 歯噛みしそうなまでの顔での言葉だった。

「これ以上はないまでにな」

「やられてですな」

「命からがら逃げたわ」

「そう聞いておりまする」

「思い出す度にわしの愚かさを心に刻み込んでおるわ」

 自省にもなっているというのだ、三方ヶ原でのことは。

「その時から今に至るまでな」

「真田にはですな」

「勝っておらん、だからな」

「今度こそは」

「勝つ」

 強い決意での言葉だった。

「攻めてくればな」

「ここには天下の強者達が揃っておりまする」

 正純が神妙な顔で家康に応えてきた。

「幕府の旗本達が」

「しかも兵も多い」

「負ける筈がありませぬ」

「そうじゃ、真田が攻めてくれば」

 その時はとだ、家康は山の様に不動のものを見せて言い切った。

「わしが勝つ、よいな」

「さすれば」

 正純が応えた、だが大久保も柳生もその正純を睨んでいた。そして家康の前から下がり二人だけになった時にだ。大久保は柳生に言った。

「それがしはどうも」

「本多殿はですな」

「あの御仁の父君もです」

 二人共というのだ。

「どうにも」

「そうでありますな、それがしもです」

「柳生殿もですか」

「あの御仁はどうもです」

「好きになれませぬか」

「それがしの政は王道ですが」

 しかしとだ、柳生も本多に話す。

「本多殿のそれは邪道」

「謀ばかりですな」

「はい、ですから」 

 そうしたものだからというのだ。

「それがしは本多殿も父君も」

「好きになれませぬか」

「はい」

 そうだというのだ。

「左様です、こう思っている御仁は幕府にも多く」

「そうなのですか」

「はい、ですから」

「やがてはですか」

「何かあるかと」

 正純にとってというのだ。

「ましてあの御仁はあの様にです」

「鼻が高いですな」

「天狗の如く」

 そこまで傲慢だからだというのだ。

「上様も内心快く思っておられませぬし」

「上様は確かに」

 大久保もわかった、秀忠のその気質からだ。

「あの方は非常に律儀な方」

「これ以上はないまでに」

「それ故に人を騙す様な謀は好みませぬ」

「ですから」

「上様はやがて」

「本多殿に断を下されるでしょう」

「そうなりますか」

 大久保は柳生に鋭い顔で問い返した。

「では」

「早まらぬ様」

 大久保が正純、そしてその父の本多正信をどれだけ憎んでいるか知っている、それで忠告した言葉である。

「宜しいでしょうか」

「承知しました、実は」

「堪えられなくなっておられましたか」

「必死で抑えていますが」

 それでもと言うのだった。

「限界に達しようとしていました」

「では」

「はい、何とかです」

「時をお待ち下され」

「あ奴が天罰を受ける時を」

「ああした御仁は必ず受けます」

 天罰、それをというのだ。

「策を弄し人を弄ぶ様な御仁は」

「確かに。そうして権勢を奢る者なぞ」

「終わりが全う出来る筈がありませぬ」

「ではそれがしは」

「ご不満はあれども」

 それでもというのだ。

「ここはです」

「軽挙妄動はせずに」

「時を待たれて下さい」

 彼が忌み嫌う正純、もっと言えば本多家が報いを受ける時をというのだ。

「そうされて下さい」

「わかり申した、それでは」

「その様に」

 二人でこうした話もした、幕府は幕府でいがみ合う者達もいた。そのことは今は表に出ていなかったが確かにあった。

 そして大坂ではだ、治房が治胤と共に長兄である大野に言っていた。

「兄上、茶々様の御前に行かれるならです」

「我等もお供します」

「そして三人で、です」

「茶々様に申し上げましょう」

「わしが茶々様にきつく言えぬからか」

 大野は苦い顔で弟達に応えた。

「だからか」

「あえて申し上げますと」

「そうなります」

 二人は兄に申し訳にくそうだがそれでもこう答えた。

「今は急の時です」

「茶々様にうって出ることを認めてもらうべきです」

「大坂城にただ篭るのではなく」

「そうすべきですから」

「そうじゃ、それはわかっておる」

 確かな顔でだ、大野も弟達に答えた。

「わしもな」

「はい、是非です」

「茶々様を説得しましょう」

「さもないと大砲が放たれます」

「真田殿達が言われる通りです」

「茶々様が大砲の音を聞かれるとな」

 どうなるかとだ、大野はこのことをあえて言った。

「やはりな」

「はい、その時はです」

「恐ろしいことになり申す」

「その時茶々様が怯えられてどう言われるか」

「それを思いますと」

「わしもわかっておる、ではな」

 それではとだ、大野は顔を上げてだった。弟達に言った。

「ではじゃ」

「はい、三人で参上しましょう」

「茶々様の御前に」

「これよりです」

「そうしましょう」

「ではな」

 大野は弟達が自分と共に茶々の前に来ることを認めた、彼にしても状況がわかっていただけにそうしたのだ。

 そして三人で茶々に今の状況を話してそのうえでうって出ることを必死に申し出た。するとだった。

 茶々もだ、一旦目を閉じてから再び開いて三人に話した。

「ではな」

「これよりですな」

「うむ、三日後にな」

 この時にとだ、茶々は大野に特に考えることなく述べた。

「うって出よ」

「そうして宜しいのですな」

「しかし右大臣殿は本丸におられてじゃ」

 秀頼のことも話すのだった。

「そしてじゃ」

「そのうえで、ですか」

「修理、お主が右大臣殿をお護りするのじゃ」

「軍を率いてですな」

「この城においてな」

「わかり申した、ではです」

 大野は茶々にさらに言った。

「ここには一万五千の兵を置き」

「そうしたことはお主達に任せる」

 秀頼の実が守れるならというのだ。

「そして他の者達でな」

「うって出ます」

「そうせよ、戦に勝っておるならな」

 茶々も三人の必死の説得を受けて考えを変えた、三度続けての勝ちを聞いたことがその決め手となっていた。

「うんと攻めよ」

「それでは」

「これよりな」

「はい、攻めまする」

 三日後にとだ、大野は応えた。そしてだった。

 茶々の前から退き城の廊下を進みつつ三人で話した、三人共会心の笑顔で話をしていた。まずは治房が言った。

「これでな」

「はい、我等は助かりますな」

 治胤は次兄に笑顔で応えた。

「城からうって出て攻めて」

「そしてじゃ」

「城の周りの敵を全て退けるか」

「大御所殿の御首を取ってな」

 そしてというのだ。

「それでじゃ」

「左様ですな」

「うむ、ではじゃ」

 ここで大野も言ってきた。

「ここはじゃ」

「すぐにですな」

「諸将を集めて」

「このことをお話する、そして三日後にじゃ」

 まさにその日にというのだ。

「よいな」

「兄上が右大臣様と城を守られ」

「そのうえで」

「攻めるぞ」

 幕府の軍勢とをだ、その用意に入ろうというのだ。

「よいな」

「それでは」

「早速」

 こうしてだ、早速諸将が集められこのことが話された、大野はその話をほっとした笑みで話したが。

 幸村も他の者達もだ、怪訝な顔で言った。

「三日、ですか」

「今すぐにではないですか」

「三日後に攻めよ」

「そう言われますか」

「左様でござるが」

 大野はその彼等に怪訝な顔で返した。

「それが何か」

「いえ、その三日の間にです」

「何もなければいいですが」

「くれぐれも」

「そう思いますが」

「たった三日ですぞ」

 大野は彼等にその怪訝な顔でまた返した。

「まさか何かが起こると」

「戦は刻一刻と変わるもの」

 後藤が言ってきた、深刻な顔で。

「ですから三日の間に」

「流れが変わると」

「その場合もありますし」

 こう言うのだった。

「そして三日の間にです」

「幕府が仕掛けることもです」 

 毛利も大野に言った。

「有り得ます」

「だからと申されるか」

「決めたならです」 

 まさにと大野に言うのだった。

「仕掛けるべきです」

「その通りですぞ」

 長曾我部も真剣な顔で大野に言った。

「ここは何としてもです」

「今すぐにですか」

「はい、外にうって出るべきです」

「そう言われますか」

「それがしも同じ考えです」

 夜討ちを成功させた塙も同じ考えだった。

「この流れでは今すぐにうって出るべきですぞ」

「それでは」

「はい、今からでも茶々様にお話しましょう」

「それがしも同じ考えです」

 大野と同じく豊臣家譜代の木村も後藤達と同じ考えだった、それだけにその言葉は切実なものだった。

「修理殿、今からでも遅くありませぬ」

「茶々様にまた申し出てか」

「はい、攻めましょうぞ」

 こう言うのだった。

「そうしましょうぞ」

「兄上、それがしからもお願いします」

「それがしもです」

 治房と治胤も兄に言ってきた。

「うって出ましょう」

「是非共」

「それも今すぐに」

「茶々様にお許し頂いて」

「三日の間にですぞ」

 幸村もここで口を開いた。

「幕府が仕掛けてくれば」

「大砲をですか」

「撃って来るやも知れませぬ」

「それでは」

「一刻も早くうって出ましょうぞ、もう用意は出来ております」

「どの方もうって出る用意は出来ていますか」

 大野は諸将にあらためて尋ねた。

「それは」

「はい」

 皆異口同音の返事をしてきた。

「それは、ですから」

「もう攻めましょうぞ」

「今が機です」

「三日と待たずにです」

「機を逃してはなりませぬ」

「絶対に」

「ここは」

「それでは」

 大野は諸将に強く言われてそしてだった、彼等と共に再び茶々に申し出ることにした。だがその彼等が本丸のところに来た時にだ。

 有楽が彼等のところに来てだ、笑って言ってきた。

「茶々様のところに行かれるのですか」

「左様ですが」

 大野が有楽に答えた。

「それが何か」

「それは残念ですな、茶々様はもうお休みになられました」

「まだ夕食のすぐ後ですが」

 茶々が寝る時間ではないとだ、大野は有楽に怪訝な顔で返した。

「もうですか」

「それがしがお勧めしまして」 

 したり顔でだ、有楽は大野に言った。

「そうして頂きました」

「それは何故」

「何故とは。お疲れに見えたので」

「だからですか」

「はい、お酒を多くお勧めして」

 そうしてというのだ。

「休んで頂きました」

「しかしです」

 大野は有楽に怪訝な顔のまま言った。

「我等はこれよりです」

「茶々様にですか」

「お話があります」

「いえ、ですが」

「茶々様はですか」

「もう休まれています」

 やはりしたり顔で言う有楽だった。

「ですから」

「お会い出来ぬと」

「はい、右大臣様は起きられていますが」

 秀頼はというのだ。

「どうされますか」

「それは」

 そう言われると大野も返答に窮した、総大将は確かに秀頼だがそれは名目上のことで誰がどう見ても大坂の総大将は茶々だからだ。

 だからこの度も茶々に再び申し出ようとしたのだ、だがその茶々が大酒を飲んで寝てしまってはだった。

 大野も諸将もだ、これではだった。

「修理殿、これではです」

「残念ですが」

「どうしようもありませぬ」

「飲まれてお休みになられては」

「そうなってしまっては」

「また後日ということで」

 有楽はその諸将に涼しい顔で言う飲みだった。

「また明日」

「明日ですな」

 木村は有楽に鋭い顔で問うた。

「明日茶々様にですな」

「はい、お会い下され」

「わかり申した、ただです」

 木村は顔だけでなく声も鋭くさせそのうえで有楽にさらに言った。

「今は戦をしております」

「だからですか」

「酒は禁物です」

 飲めば乱れる、乱れれはそこから敗れる。木村はそう考えてそのうえで有楽を咎めているのだ。

「ですから今後茶々様にも」

「酒はですな」

「有楽殿は茶人ですから」

 その数寄者ぶりは天下に広く知られている、利休の弟子でもありその名声は天下に轟いているのだ。

 そのことからもだ、木村は有楽に言うのだった。

「茶をです」

「勧めてですか」

「茶々様のお心を安らかにして頂きたい」

「左様ですな」

 今気付いた様な顔を作っての返事だった。

「茶もお心が安らかになりますし」

「そうです、ですから」

「次からはそうします」

「お願いしますぞ」

「わかり申した、ではこの度は」

「これで、ですな」

「拙者も各々方もです」 

 諸将に説いて聞かせる、そのうえで茶々のところには一切行かせまいとする言葉だった。

「下がりましょう」

「さすれば」

 大野が応えた、こうして諸将は不本意ながらも茶々に言うことなく本丸から退いた。そのお後でだった。

 後藤は諸将にだ、憤懣やるかたないといった顔でこう言ったのだった。

「何故あそこで酒を勧められたか」

「わからぬのう」

 毛利は腕を組んで首を傾げさせていた。

「これはな」

「全くじゃ、有楽殿はどういうおつもりか」

「まさか」

 木村はここではっとした、そのうえで後藤に言った。

「有楽殿は噂通りに」

「幕府とか」

 治胤もその話を聞いていて知っていたので応えた。

「つながっていて」

「あえて幕府の利益になる様にか」

「動かれているのでは」

「まさかと思うが」

「いえ、かなりあやしいかと」

 こう言ってきたのは幸村だった。

「有楽殿は」

「まさか」

「はい、十勇士達がです」

 彼の忠実な腹心であり義兄弟であり友でもある彼等がというのだ。

「見ておりますが」

「怪しいですか」

「家臣が度々城の外に矢を放っておりますが」

「まさかその矢に」

「文がある様で」

 結ばれたそれがというのだ。

「ですから」

「あの御仁はですか」

「怪しいかと、酒もです」

「我等が来ると思い先回りして」

「茶々様に飲んで頂いたかと」

「それがし達を退かる為に」

「そうかも知れませぬ」

 こう話す幸村だった。

「そしてそれがです」

「我等にですな」

「悪きことにならねばいいですが」

 幸村は三日待てばそれが危ういことになるのではと危惧していた、戦はその三日で決まることもまた多いことがわかっていたからだ。

 それで言おうとしたが出来なかった、それでだった。

 次の日も朝に諸将と共に茶々に会いに行こうとしたが。

「風邪、ですか」

「二日酔いのうえに」

「それでなのですか」

「その様じゃ」

 秀頼に会えたがその秀頼が諸将に困った顔で話した。

「それでな、お会いすることは出来ぬ」

「では」

 大野が言ってきた。

「我等は」

「うむ、仕方がない」

「そうなりますか」

「あと二日で外にうって出られる」

 それでとだ、秀頼は諸将に宥める顔で述べた。

「だからあと二日待ってくれ」

「わかり申した」

「それでは」

「その頃には母上も元気になられるであろうしな、二日酔いは酒が抜けて明後日には風邪も治っておるわ」

 そうなるというのだ。

「そしてその時にはな」

「外にうって出られる」

「そうしてですな」

「勝てる」

「その様になりますな」

「だから安心せよ」

 こう言うのだった、そしてだった。

 諸将を和やかにさせるが彼等の危惧は収まらなかった。そうして時がいたずらに過ぎていくのだった。



巻ノ百三十   完



               2017・11・8

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?