巻ノ百三十七 若武者の生き様
木村は先の戦での講和の時からよくこう言っていた。
「若しそれがしが出陣出来れば」
「そうしてじゃな」
「はい、大御所殿の陣に向かうことが出来れば」
よく共に飲む後藤に話していた。
「必ずや」
「大御所殿の御首を挙げてか」
「戦を勝って終わらせていました」
こう言っていた。
「ましてやです」
「裸城になることもじゃな」
「ありませんでした」
「あれはな」
「大御所殿の策ですな」
「そもそも城の堀を埋めるなぞな」
武士としてだ、後藤は話した。
「考えられぬこと」
「左様ですか」
「だからあれはな」
「嵌る方がですか」
「おかしなことじゃ」
「そうですか、しかし」
木村は後藤に話した。
「幕府が我等を騙したことは事実、ですから」
「それが許せぬからか」
「それがしが必ずです」
「大御所殿の御首を挙げるか」
「そう考えております」
まさにというのだ。
「次の戦が起これば」
「そうか、しかしな」
「戦になるよりはですか」
「ことが済めばそれでよいがな」
こう言うのだった。
「戦にならずに」
「それが一番よいですな」
「何といってもな、しかし戦になればか」
「はい、それがしは命にかえてもです」
「大御所殿の御首を挙げるか」
「そうします」
「そうか、あくまでか」
後藤は木村のその決意を聞いて言った。
「その覚悟が出来ておるか」
「左様です、そしてその為にです」
ここで後藤に頼み込むのだった。
「それがしにこうした時の武士の在り方をお教えて頂きたいのですが」
「わかった、ではな」
「宜しくお願いします」
後藤に死を前にした武士の在り方を教えてもらうのだった、そして戦が裂けられぬものになってきた時にだった。
木村は己の妻にこう言った。
「そなたは逃げ延びよ」
「腹に子がおるからですか」
「うむ、だから今のうちにな」
戦にならぬうちにというのだ。
「この城を去れ、そしてな」
「殿のお子を産む」
「そうせよ」
妻に穏やかだが確かな声で話した。
「よいな」
「私は」
妻は己と向かい合って座す夫に話した。
「出来ましたら」
「拙者と共にか」
「はい、そう考えていますが」
「気持ちは有り難い、しかしな」
「腹に子がおるからですか」
「産んでくれ」
強い言葉であった。
「是非な」
「それでは」
「うむ、拙者は戦になればな」
「戦われますか」
「そうして武士の名に恥じぬ戦をする」
木村は妻にこうも言った。
「必ずな」
「そうされるのですね」
「その戦ぶり、遠くで見てくれ」
「では」
「さらばだ」
この世ではとだ、木村は言ってだった。
妻を落ち延びさせた、その別れの時に妻の鼓で舞を舞ってこの世での別れとした。そしてであった。
彼はさらにだった、食を節する様になったのだった。
「食を節せられているが」
「はい、それはです」
木村は長曾我部に答えた。
「戦になり首を取られるか腹を切った時にです」
「喉や腹から飯が出ぬ様にか」
「そうなっては見苦しいので」
それでというのだ。
「気をつけてです」
「食を控えておられるか」
「その量を少なくしております」
「そうなのか、それはまた」
長曾我部も唸って言った。
「見事な、そこまでされてですか」
「戦に向かいまする」
長曾我部に確かな声で話した。
「そして何としてもです」
「戦においては」
「恥じぬものをします」
こう答えたのだった。
「必ず」
「そこまでお考えとは」
「武士としてです」
まさにというのだ。
「そうしてみせます」
「わかり申した、それでは」
「はい、必ずです」
「武士として最後の最後まで」
「戦いまする」
「わしは」
ここでこう言った長曾我部だった。
「死ぬつもりはあり申さん」
「長曾我部殿はやはり」
「左様、土佐一国を取り戻すまで」
その主に返り咲くまでというのだ。
「戦いそして」
「生きられますか」
「そうします」
こう木村に言うのだった。
「やはり」
「長曾我部殿はですな」
「それがわしの願いなので」
笑ってだ、長曾我部は木村に話した。
「右手一本さえ動けば」
「それで、ですか」
「戦いまする」
この言葉は変わらなかった。
「そして生きてみせますぞ」
「そこまでされますか」
「願い故、願いを果たすまでは」
「何があろうともですか」
「生きまする」
「ではこの度の出陣では」
「共に出ますな」
ここでまた笑って木村に話した。
「我等は」
「はい、しかしですな」
「わしは生きまする」
「そして拙者は」
「死にまするか」
「その時と思えば、ただそれがしの願いは大御所殿と将軍殿の御首ですが」
それでもとだ、木村は長曾我部にあらためて話した。
「それと共にです」
「武士として死ぬこと」
「左様です、必ずです」
「それを果たされますか」
「そのつもりです、では共に出陣し」
「願いを果たさんことを」
二人で誓い合ったのだった、その願いと想いは全く違えど二人はどちらも果敢に戦うつもりであった。
木村は出陣前夜風呂に入ってから小鼓の音で舞を舞いそうしてからだった。
香も焚いていた、その夜幸村は木村のところを訪れて言った。
「では明日は」
「はい、長曾我部殿と共にです」
「出陣されますか」
「全ての用意は整えました」
木村は幸村に微笑んで答えた。
「既に」
「ですな、身を清められ」
風呂に入ったのは幸村が見てもわかった、そしてもう一つのことも。
「香もですな」
「焚きました」
「では」
「明日は思う存分戦って参りまする」
「それでは」
「はい、それがしの働きお聞き下さい」
木村は悔いのない澄んだ笑みで応えた。
「そして覚えておいて下さい」
「その様に」
幸村も確かな声で応えた。
「させて頂きます、木村殿のことは」
「忘れないとですか」
「そうさせて頂きます」
「そうして頂けますか」
「それがしこの度の戦で共に戦った御仁のことは忘れません」
一人もという返事だった。
「何があろうとも」
「真田殿程の方に覚えて頂けるとは」
「そうして頂けます」
「ではお願いがあるのですが」
「若しもの時はですな」
「それがしがことを果たせなければ」
家康と秀忠の首を取れなかったその時はというのだ。
「その後は」
「承知しました」
これが幸村の返事だった。
「そうさせて頂きます」
「それでもう思い残すことはあり申さぬ」
「左様ですか」
「真田殿そして後藤殿多くの方々とお会い出来て」
それでというのだった。
「それがし果報者です」
「よき者と出会えることは」
「はい、まさに」
それこそという言葉だった。
「そのことがよくわかりました、この度の戦では」
「ですな、それはそれがしも思いまする」
「真田殿もですか」
「これまで生きてきて多くの素晴らしき方々と出会い」
「家臣もですな」
「あの者達にも会えました」
十勇士達のことは笑って話せた。
「これはまことにです」
「果報ですな」
「あの者達に会えて何と幸せか」
「それはそれがしもです、この度の戦で」
まだ若い、しかしその短い生でというのだ。
「多くの素晴らしき方と出会えて」
「よかったのですな」
「何も悔いはありませぬ」
「そうですか、では」
「若しもの時はお任せします」
是非にと言ってだ、そうしてだった。
木村は幸村そして後で来た後藤殿と共に水盃を交えた、そうしてから真田は後藤と共に木村の前を後にしたが。
後藤はその時共に夜道を歩く幸村に言った。
「それがしもですぞ」
「木村殿のことはですな」
「忘れ申さぬ」
「そうして頂けますか」
「何があろうとも、そしてそれがしもまた」
「木村殿の様にですな」
「戦いまするぞ」
こう幸村に言うのだった。
「あの御仁に負けぬ様、友として」
「友ですか」
「そう思っておりまする」
「それは木村殿もです」
彼の方もというのだ。
「思って下さっておられる」
「そしてそのことが」
「非常に嬉しいです」
「そうなのですか」
「だから悲しく思いまする」
今宵がその木村との今生の別れになる恐れが非常に高い、それでだ。
「無念にもです」
「左様ですか、しかし」
「それもですな」
「運命ですな」
今度は達観の言葉をだ、後藤は出した。
「それもまた」
「そうですな、しかし」
「はい、それがしはその運命を受け入れ」
「そしてですな」
「戦いまする」
次もというのだ。
「そうします」
「そうですか、では」
「真田殿もですな」
「そうして戦いまする、そしてそれがしは長曾我部殿と同じく」
まさにというのだった。
「生きまする」
「それでは」
「後藤殿には」
「その時にですな」
「お力を貸して頂きたいのですが」
「承知致した」
後藤は幸村に笑顔で答えた。
「大御所殿の御首を取る時は」
「是非です」
「それがしもまた」
「お力を貸して頂きたいのです」
「わかり申した、ではその時まではです」
「生きて頂けますか」
「そうしましょうぞ、何があろうとも」
幸村に約束をした、そのうえで彼等はそれぞれの陣に戻った。そしてその夜のうちにだった。木村と長曾我部は出陣した。
その出陣を見送ってだ、秀頼は共に見送った大野に言った。
「もうこれでな」
「長門守殿はですか」
「会えぬかと思ったが」
「上様、それはです」
「思ってはならぬか」
「思うのは仕方ないにしましても」
それでもと言う大野だった。
「言葉に出すことはです」
「よくないか」
「はい、申し上げるとです」
「それでか」
「言葉には力が篭っていますので」
不思議な力、霊力がというのだ。
「ですから」
「言わずにか」
「そうされるべきです」
「そうであるな、まして余はな」
「主であります故」
この天下のとだ、大野は述べた。
「ですから」
「だから余計にであるな」
「言われぬことです」
「そうであるな」
「むしろここはです」
大野は秀頼に畏まって話した。
「あえてです」
「長門守がだな」
「見事武勲を挙げて戻られ」
「その時にどう祝い褒美をやるのかをじゃな」
「言われるべきです」
「そうであるな、あの者には名刀をやるか」
秀頼は気を取り直しこう言った。
「そして領土はな」
「大和一国でどうでしょうか」
「うむ、あの者はそれに相応しい功を挙げてくれる」
「ですから」
「あの者には大和じゃ」
百万石のこの国をというのだ。
「そうしよう、そして又兵衛にはな」
「あの御仁もですな」
「必ず見事な武勲を挙げてくれるしこれまでも色々教えられておる」
「では」
「播磨じゃ」
この国をというのだ。
「あの国をやろう」
「一国をですな」
「そうじゃ、あの国一国をじゃ」
秀頼は大野に笑って述べた。
「やろうぞ」
「さすれば」
「そして原二郎にはな」
幸村にはというと。
「あの者は信濃の生まれであるからな」
「信濃一国をですな」
「任せるとしよう」
「それがよいかと。そして豊臣家ですが」
「かつての様にじゃな」
「二百万石、いえ四百万石はです」
幕府を意識してだ、大野は秀頼に話した。
「必要です」
「それだけはか」
「これからは」
「そうか、それだけの石がか」
「必要なので」
「わかった」
秀頼は大野に答えた。
「ではな」
「戦に勝った暁には」
「この大坂とな」
「江戸もですな」
「領土にしてじゃ」
「そうしてそのうえで」
「天下を治めるのじゃな」
「そうされて下さるとよいかと」
「ではな、しかしな」
「しかし?」
「それは余が器ならばな」
こうも言った秀頼だった。
「そうしようぞ」
「器ならですか」
「そうじゃ」
まさにとだ、秀頼は大野に答えた。
「そう思っておる」
「上様はです」
「その器があるか」
「はい、ご安心下さい」
「ならよいがな」
秀頼は今はこう言っただけだった、そのうえでだった。
城の本丸にある本陣に戻った、そしてだった。
木村のことを思うが今は言わなかった、一人になると。
木村は長曾我部と共に夜に兵を進めてだった。長瀬川の西にまで至った長曾我部の軍とは別に楠瀬川を渡った。そこで家臣達に言われた。
「いよいよですな」
「日が昇りますな」
「そして玉串川からですな」
「幕府の軍勢が来ますな」
「どうやら」
「先に出した斥候からの話では」
「うむ、何でも闇夜の中に赤備えが見えたという」
木村は家臣達にその幕府の軍勢のことを話した。
「幕府の赤備えというとな」
「井伊殿ですな」
「四天王の家のお一つの」
「あの家ですな」
「まさに」
「武門の家じゃ」
幕府の中でもとだ、木村は前を見据えて言った。
「相手にとって不足はない」
「ですな、ではです」
「一気に攻めまするか」
「その武門の家に」
「こちらも」
「そうしようぞ、では今から攻めるぞ」
こう言ってだった、木村は兵を前に出した。そうしてだった。
木村は井伊家の軍勢と果敢に戦いはじめた、その彼の戦ぶりにだ。
井伊家の主井伊直孝は唸って言った。
「敵は木村長門守殿だな」
「はい、あの旗印はです」
「間違いありません」
「木村殿です」
「あの御仁です」
「そうか、若い方と聞いておるが」
それでもと言うのだった。
「これはな」
「かなりですな」
「かなりの戦ぶりですな」
「お見事です」
「水際立ったものです」
「これは我等も恥じぬ戦いをせねばな」
直孝は馬上からこうも言った。
「そしてな」
「そのうえで、ですな」
「木村殿に勝つ」
「そうしないとなりませぬな」
「そうじゃ、卑怯未練はせずにじゃ」
こう言ってだ、直孝は木村に負けじと戦った、そうしてだった。
両名は果敢に戦った、やがて流れは井伊家に傾き。
木村は窮地に陥った、ここで大野から人が来た。
「ここはです」
「下がれとか」
「はい、言われていますが」
大野がというのだ。
「ここは」
「そうか、しかしじゃ」
「それでもですか」
「拙者は退かぬ」
こう言うのだった。
「最後の最後までじゃ」
「戦われるのですか」
「うむ」
こう使者に言うのだった。
「そうしてよかろうか」
「そこまでされてですか」
「拙者は先に進んでな」
「そしてですか」
「井伊家の軍勢を退け」
そしてというのだ。
「その先にいる将軍殿、そしてな」
「大御所殿もですか」
「討ち取る、それまではじゃ」
「退かれぬのですか」
「そのつもり、だからな」
その言葉は無用と言ってだ、そしてだった。
木村は実際に振り向くことなくそのまま先に進んだ。その軍勢が減っても戦い続けてそうしてであった。
庵原助右衛門という男が前に出た、庵原は名乗ると木村に問うた。
「お相手致して宜しいか」
「願ってもないこと」
木村は庵原に槍を手にして答えた。
「貴殿のお名は聞いております」
「それでは」
「はい、そして」
「そうしてですな」
「討ち取らせて頂く」
「それはこちらも同じこと、では」
「生きるか死ぬか」
「勝負しましょうぞ」
二人で話してそうしてだった。
木村は庵原と一騎打ちを演じそのうえで倒れた、そしてその首を取られてだった。
家康がその首を見た、すると彼がその首を見てすぐに言った。
「この首じゃが」
「はい、兜をですな」
「被ったままであるが」
「実は兜の紐がです」
首を出した庵原は家康の前に畏まって話した。
「結んだところが切られていまして」
「二度と解けぬ様にか」
「しておられまして」
木村がというのだ。
「それで、です」
「そのままか」
「左様です」
「成程な、見事じゃな」
澄んだ顔で己の前にいる木村を見ての言葉だ。
「これは」
「大御所様もそう言われますか」
「うむ」
庵原に一言で答えた。
「そう言うしかないわ」
「左様でありますな
「しかもじゃ」
さらに言う家康だった。
「香りがするな」
「はい、かぐわしいまでに」
庵原はまた家康に答えた。
「木村殿から漂ってきます」
「己にも具足にもな」
「香をですな」
「焚いておったわ」
そうだったというのだ。
「無論兜にも髪にもな」
「だからここまでですな」
「香りがするのじゃ」
「そうでありますな」
「そのことも見事、まだ若いというのに」
木村のその若々しい顔も見てだ、家康はさらに言った。
「こうした典雅なたしなみ、誰が教えたのでありましょうな」
「それは」
「後藤又兵衛か、いや」
すぐに彼のことを思ったがすぐにだった、家康はそれはないとした。
「それはないな」
「後藤殿は見事な武人でありますが」
大久保が言ってきた。
「しかしそうした香を焚くことはです」
「せぬな」
「はい、これはどうも」
「この者がか」
「自身で学び備えたのか」
「そうであるか、さらに見事じゃ」
家康は目を閉じて述べた。
「しかも頬がこけておる、食も節しておったな」
「では」
「首を取られた時や腹を切った時にな」
「飯が出ぬ様にじゃな」
「しておったな、そこまで考えておったか」
「よもやここまでの者が今いるとは」
大久保も瞑目して述べた。
「思いも寄りませんでしたな」
「うむ・・・・・・」
家康も瞑目して応えた。
「よもやな」
「ここまでの者が今天下にどれだけいるか」
「その者がこの若さで散るとはな」
「無念ですな」
「それが戦のならいとはいえな」
それでもと言うのだった。
「残念じゃ、しかし助右衛門よ」
「はい」
庵原は家康の言葉にあらためて応えた。
「この度のことは」
「見事な武勲じゃ、褒美をやろう」
「有り難きお言葉」
「そしてこれだけの者を討ち取れたこと誇りに思うのじゃ」
庵原に暖かい目で言うのだった。
「よいな」
「わかり申した」
「末代までのな」
その誇りはというのだ。
「まさにな」
「そうさせて頂きます」
「この首は丁重に弔え」
木村についてはこう述べた。
「よいな、この者は死んだが武名を残した」
「だからこそですな」
「丁重に弔ってやれ」
家康の目には涙があった、そのうえで木村の首を見た後彼を丁重に弔わさせた。そうして幕府の本軍をさらに進めさせた。
木村のことはすぐに忍達が幸村に伝えた、幸村はそのことを聞いて目を強く閉じた、そうして再び目を開いて言った。
「あの若さでか」
「はい、お見事でした」
「そうであったか、木村殿は名を残されたわ」
木村のことを想っての言葉だった。
「ご自身が望まれた様にな」
「では」
「大御所殿の首は取れなかったが」
彼の望みは果たせなかった、しかしというのだ。
「冥土においてもな」
「このことはですな」
「充分に誇れる」
そうだというのだ。
「まさにな」
「左様ですな」
「うむ、それではな」
「我等もですな」
「早く後藤殿、毛利殿の軍勢と合流してな」
今それを目指して兵を進めているのだ。
「そしてじゃ」
「そのうえで、ですな」
「我等が木村殿の望みを果たす」
散華した彼に代わって、というのだ。
「そしてじゃ」
「そのうえで、ですな」
「そうじゃ」
まさにと言うのだった。
「ここはな」
「一気に攻めまするな」
「いよいよ」
「そして大御所殿の首を取り」
「戦を一気に終わらせる」
「そうしますな」
十勇士達も家康に聞いてきた。
「では我等も」
「この腕と術を振るいます」
「そして必ずです」
「大御所殿の首を取りましょうぞ」
「そうするぞ、他の首はいらぬ」
家康以外の首はというのだ。
「他はうち捨てよ、あくまでな」
「狙うのは大御所殿だけ」
「他の者は討ってもですな」
「その数には入れるな」
「そうせよというのですな」
「そうじゃ、大御所殿の首を取れば勝ちじゃ」
まさにその時点でというのだ。
「だからじゃ」
「ここは、ですな」
「他の者は討ち取ってもどうでもいい」
「そういうことですな」
「他の者をどれだけ討とうが大御所殿が健在ならばじゃ」
それでというのだ。
「それでじゃ」
「他の者の首はですな」
「あえて捨てておき」
「そして大御所殿の首だけを取る」
「それに徹しますか」
「そうじゃ、それと言っておくが」
幸村は十勇士達にさらに言った、そこには大助もいる。
「拙者はこの戦に勝てば信濃一国を約束されておるな」
「ですな、右大臣様から」
「あれだけの国をとのことです」
「信濃一国とは相当なもの」
「これは凄い褒美ですな」
「そうじゃな、しかし拙者はよい」
信濃一国、それはと言った幸村だった。
「別にな」
「では他のものもですな」
「金銀財宝も刀も馬も」
「他の宝も」
「そうじゃ、茶器もいらぬ」
そういった価値あるものはとだ、幸村は言い切った。
「何もな」
「必要なものは、ですな」
「そうしたものではありませぬな」
「殿にとっては」
「国も宝も」
「何もかもが」
「そういったものはよい、拙者は既にこれ以上ない宝を得ておる」
だからだというのだ。
「それでじゃ」
「そうしたものはですな」
「一切よい」
「殿は既にこれ以上はないまでの宝を得ておられる」
「だからこそですな」
「それはお主達じゃ」
十勇士達を見ての言葉だった。
「そして大助もじゃ」
「それがしもですか」
「よき息子じゃ、しかしな」
「しかしといいますと」
「この度の戦から生きて帰った時じゃが」
幸村はその時のことをあえて大助に話した。
「お主も他の子達、そして妻もな」
「母上もですか」
「実は片倉殿にお願いしてあってな」
伊達家の家臣の彼にというのだ。
「その嫡男の小十郎殿が今こちらに出陣されておる」
「では」
「片倉殿を頼るのじゃ」
こう大助に言うのだった。
「よいな」
「では」
「うむ、お主達は落ち延びよ」
大助に語る言葉は暖かいものだった。
「そして仙台でな」
「これからもですか」
「生きよ」
これが幸村の大助への願いだった。
「そなたの母、弟や妹達と共にな」
「そう言われますか、しかし」
「お主はか」
「はい、母上や弟、妹達全てが仙台に行っては寂しいでしょう」
幸村、父である彼に微笑んで言うのだった。
「ですから」
「ここに残るか」
「子が一人位一緒にいてもいいと思いますが」
「そう言うか」
「はい、ですから」
それでと言うのだった。
「それがしはここに残り」
「そうしてか」
「父上と共に戦いまする」
「生き残るか」
幸村は大助のその目を見て言った。
「例え何があろうとも」
「真田の武士としてですな」
「うむ、どの様なことがあっても生きるか」
我が子にこのことを問うのだった。
「そうするか」
「そのつもりです」
大助の返事は明快なものだった、これ以上はないまでに。
「ですからお願いしています」
「そうか、ではな」
「はい、それでは」
「お主も共にな」
「最後の最後まで戦いまする」
「拙者はやはり果報者じゃ」
このことを心から感じて言う幸村だった。
「お主達十一人がいる、だからな」
「それで、ですか」
「家臣であり友であり義兄弟である者達が十人いてじゃ」
十勇士、まずは彼等だった。
「そしてこれ以上はない子もおる、それでどうしてこれ以上の宝があろう」
「そう言って頂けるとは」
「我等も果報者でござる」
「殿と出会うことが出来てこれまで共にいました」
「何があろうと離れることはありませんでした」
「そして今に至る」
「何と幸せなことか」
「そうじゃな、我等程幸せな者達はおらん」
幸村ははっきりと言い切った。
「だからじゃ」
「信濃一国もですか」
「必要ない」
「そう言われますか」
「一国の主にと言われましても」
「そういうことじゃ、拙者は国も宝も欲しくなくてな」
既に宝を持っていてだ。
「その為に戦ってもおらぬしな」
「武士の道ですな」
「その為に戦っているからですな」
「そのこともあり」
「国も宝もよいのですな」
「拙者は武士の道を歩む」
今もこれからもというのだ。
「そうする、だからな」
「では」
「これからですな」
「その武士の道を進み」
「大御所殿を」
「御首を頂こうぞ」
幸村の言葉は強かった、そうしてだった。
幸村は木村の死を知ったうえでその悲しみを胸に収めたうえで兵を進ませた、全てはこの戦に勝つ為に。
巻ノ百三十七 完
2018・1・1