巻ノ百三十九 鉄砲騎馬隊
話は遡る、幸村は東に出陣する時に己の妻子を集めていた。そうして妻に文を持たせてそのうえでだった。
妻子達にだ、強い声で言った。
「拙者はこれから出陣する」
「そうしてですね」
「うむ」
妻の竹に答えた。
「もう生きて帰れぬであろう、だからな」
「我々はですか」
「生きていて欲しい」
そう思うからこそというのだ。
「落ち延びてくれるか」
「父上、では」
「我等は」
娘達が言ってきた、大助の妹達だ。
「このままですか」
「大坂から落ち延びて」
「そうしてですか」
「何処かで生きよと」
「東に落ちればな」
行き先もだ、幸村は話した。
「伊達家の軍勢に会う」
「伊達家の」
「あの家の」
「そこに片倉小十郎殿がおられるが」
その彼のことを話すのだった。
「その御仁を頼ればな」
「それで、ですか」
「私共は」
「何があっても大丈夫じゃ、お主もな」
次男も見て言うのだった。
「大丈夫じゃからな」
「だからですか」
「お主も落ち延びよ、そしてな」
傍らにいる大助にもだ、幸村は顔を向けた。
「お主もじゃ」
「いえ、拙者はです」
大助は父の言葉に確かな顔で答えた。
「この場に残りそうして」
「戦うか」
「そのつもりです、父上は死を覚悟されていますが」
「うむ、それでもな」
幸村も大助に確かな声で答えた。
「無論死ぬつもりはない」
「何としてもですな」
「生きる」
絶対にと言うのだった。
「それが真田の武士道じゃ」
「だからですな」
「しかしその為には身を隠すことになろう」
「身を隠すことになれば」
「お主達に苦労をかける、だからな」
「この度はですな」
「皆に落ち延びてもらうつもりであったが」
それでもとだ、大助を見つつ言うのだった。
「お主は残って拙者とか」
「最後の最後まで戦います」
「そのつもりか」
「生きて」
確かな声での返事だった。
「そうさせて頂きます」
「わかった、ではな」
「それでは」
「頼むぞ」
これが幸村の大助への返事だった。
「この度の戦はな、そして次があれば」
「その時もですな」
「宜しくな」
「畏まりました」
「では我等は」
竹は夫に礼儀正しく述べた。
「これより」
「うむ、これまでのこと深く礼を言う」
「有り難きお言葉、それでは」
「片倉殿を頼ってくれ」
「そうさせて頂きます、ただ」
「ただ。何じゃ」
「私の夫はあなただけです」
竹は微笑み幸村にこうも言ったのだった。
「このことは離れ離れになろうとも」
「いや、それはよいが」
「いえ、この生涯です」
竹が死ぬまでというのだ。
「私の夫はです」
「拙者だけか」
「この身に誓って」
「そう言ってくれるか」
「必ず」
竹も強い心の持ち主だ、この誓いは絶対のものだった。その誓いを幸村に約してそのうえで夫にさらに話した。
「そして戦には」
「必ずじゃな」
「お勝ち下さい」
「わかった」
確かな声でだ、幸村は竹に再び答えた。
「そうさせてもらう」
「それでは」
「その報仙台で聞いてくれ」
「この子達と共にですね」
今度は子達も見て言う竹だった。
「そうせよと」
「それが拙者の願いじゃ」
「わかり申した」
「それではな」
「これよりですな」
「他の家臣の家族も出る」
大坂をというのだ。
「そうしてな」
「他の地で、ですね」
「生きるからな」
「それでは」
「そなた達もな、達者にお暮らし」
優しい声で、であった。幸村は残る大助以外の家族の者達を送り出した。そうして彼の妻子達は彼の言った通りにだ。
身なりを粗末なものにし東に逃れた、そうしてだった。
伊達家の軍勢のところに行ってだ、文を出して言った。
「これを片倉殿に」
「片倉殿にですか」
「あの方に」
「はい」
顔を隠している竹が答えた。
「宜しくお願いします」
「わかり申した、では」
「その様にさせて頂きます」
伊達家の者達が応えた、そしてだった。
彼等はすぐにだった、片倉にその文を渡した。そして片倉はその文章を読んでから竹達を自分の前に案内して言った。
「ご安心召されよ」
「それでは」
「はい、これよりです」
まさにと言うのだった。
「貴殿等のことはそれがしが身を以てです」
「そうですか」
「仙台への案内役を出しますので」
それでというのだ。
「どうぞです」
「仙台までですね」
「送らせて頂きます」
こう言ってだ、実際にだった。
幸村の妻子は片倉の手の者達によって無事に仙台に向かうこととなった。片倉は竹達を送った後で彼の家臣達に話した。
「私の務めの一つであるからな」
「先程のことは」
「あの真田殿の妻子の方々をですな」
「保護することは」
「まさに」
「そうであるからな」
だからこそというのだ。
「すぐに仙台に送らせてもらった」
「そうしてですね」
「真田殿の憂いをなくしそうして」
「これより戦をする」
「そうしますな」
「うむ」
その通りという返事だった。
「真田殿がおられる大坂方の軍勢とな」
「そして勝ちますな」
「そうしますな」
「無論だ」
片倉はまた答えた、そしてだった。
ここでだ、片倉は自身の彼達にこうも話したのだった。
「私が何故真田殿の奥方と子息、息女の方々のことを引き受けたのは」
「既にですか」
「真田殿との間に約があった」
「そうなのですか」
「うむ、父上に殿もあの方のことはよく知っておってな」
そうしてというのだ。
「いざという時は父上がな」
「あの方のご家族をですか」
「匿うと真田殿に文を送られていてな」
「そうしてですか」
「真田殿も諾とされていた」
それでというのだ。
「私が引き受けたのだ」
「左様でしたか」
「幕府もこうしたことは許してくれる」
敵将の家族を匿う、そうしたことはというのだ。
「そうしたことはな」
「それ位はですな」
「許してくれる」
「あの幕府も」
「何かと伊達家にも目をつけていますが」
「しかも殿がつてで事前に大御所様にしておいてくれた」
幸村の妻子を匿うこともというのだ。
「真田家の家臣の方々の妻子のこともな」
「他の家に入ると思いますが」
「当家以外の」
「そうした方々のこともですか」
「殿がお話をされていますか」
「だからこれ位はな」
敵将個人でなければというのだ。
「許してもらえたのだ」
「左様ですか」
「では真田殿のご家族は」
「このままですな」
「殿がお護りしますな」
「是非な」
こう話して実際にだった、幸村は彼の妻子達を匿うことを決めてそのうえで大坂に兵を進めていって後藤とも戦った。
そして次はだ、彼にとってその曰くの相手であった。政宗もそれはわかっていて戦の前に彼を呼んで問うた。
「よいか、次はな」
「はい、真田殿の軍勢とですな」
「戦じゃが」
それでと言うのだった。
「真田殿じゃ、だからな」
「それがしがですか」
「行かずともよいが」
「いえ」
すぐにだ、片倉は政宗に答えた。
「このことは」
「よいのか」
「それが武士だと思いますが」
整った毅然とした顔で答えた片倉だった。
「違いますな」
「うむ、武士ならば戦の場ではな」
政宗も片倉に毅然とした顔で答えた。
「その戦う相手が誰であろうとな」
「毅然として戦うものですな」
「策は用いても構わぬ、しかしな」
「槍を交えるならば」
「そこに卑怯未練があってはならぬ」
断じてという言葉だった。
「だからな」
「それで、ですな」
「そうじゃ」
まさにという返事だった、政宗のそれも。
「だからか」
「はい、それがしもです」
「真田殿に向かうか」
「そして」
そのうえでというのだ。
「打ち破ってご覧に入れましょう」
「真田殿の首もか」
「獲ります」
政宗に確かな声で答えた。
「そうします」
「そうか、ではな」
「はい、これよりです」
「戦に出るか」
「そうしてきます」
「それではな」
政宗は片倉のその言葉を受けてだった、そのうえで。
彼に先陣を任せた、そうして後藤との戦の後でだった。彼に真田との戦においても先陣を命じたのだった。
幸村はその報告を道明寺村の前まで聞いた、敵は石川を渡ったとだ。
その話を聞いてだ、彼は言った。
「ここはな」
「はい、攻めますな」
「ここは」
「即座に」
「いや、すぐにではない」
幸村は家臣達に答えた。
「待ってそうしてじゃ」
「そしてですか」
「敵が来たところをですか」
「迎え撃つ」
「そうされますか」
「そうじゃ、敵は鉄砲騎馬隊が来る」
伊達家が誇るこの軍勢がというのだ。
「あの者達は攻めてそうそう勝てるものではない」
「だからですか」
「ここはですか」
「迎え撃つ」
「そうするのですか」
「では、ですな」
家臣達は幸村にすぐに言った。迎え撃つと聞いて。
「鉄砲を備えますか」
「もう柵は間に合いませぬが」
それを築くことはというのだ。
「堀も」
「川も渡られましたが」
「鉄砲を使って迎え撃ちますか」
「そして弓矢も」
「いや、それは敵も読んでおろう」
伊達家の方もというのだ、幸村は家臣達にこう答えた。
「だから鉄砲や弓矢は使わぬ」
「ではどうされるのですか」
「相手は鉄砲騎馬隊ですぞ」
「撃ちまくり斬り込んでもきますが」
「一体」
「肉を切らせて骨を断つ」
幸村は家臣達に答えた。
「そうする」
「肉を切らせてですか」
「そして骨を断つ」
「では多少討たれるのを覚悟で」
「そのうえで」
「伊達家の軍勢を破るぞ」
攻めて来る彼等をというのだ。
「よいな」
「どうされるおつもりですか」
「あの鉄砲騎馬隊をどう破られるのですか」
「我等にはわかりませぬが」
「一体」
「槍を持て」
まずはこれをと言うのだった。
「そして兜を脱ぐのじゃ」
「兜を、ですか」
「鉄砲が来るというのに」
「兜を脱ぐのですか」
「そうせよと」
「そのうえで伏せよ」
槍を持ち兜を脱いでというのだ。
「よいな、そうして迎え撃つぞ」
「ううむ、では」
「殿の言う通りにします」
「槍を持ち兜を脱いで伏せまする」
「そうして敵を迎え撃ちます」
伊達の鉄砲騎馬隊をだ、家臣達は幸村に答えた。そして伊達家の軍勢が見えてきたそこで十勇士達が戻ってきた。
「後藤殿の軍勢無事に退けました」
「安全な場所まで」
「今は大坂城の方に向かっております」
「それで我等も戻ってきました」
彼等が退くのを助けていた彼等もというのだ。
「では今よりです」
「我等もです」
「殿と共に戦います」
「そうします」
「頼むぞ」
幸村はその十勇士達に強い声で応えた。
「ではな、拙者が言った時にな」
「まさにですな」
「正面から攻める」
「そうしますな」
「そうじゃ、それまでは伏せて動くな」
十勇士達にも伏せよと言うのだった。
「そしてじゃ」
「いざという時にはですな」
「一気に攻めてですな」
「敵を破れ」
「その様にですな」
「してもらうぞ」
こう言ってだ、そのうえでだった。
幸村は十勇士達にもすぐには攻めさせなかった、じっと動かず鉄砲騎馬隊が迫るのを待っていた。そして遂にだった。
鉄砲騎馬隊が目の前に来た、彼等を率いる片倉も真田の軍勢を見た。
「赤備えの武具に六文銭、間違いないな」
「はい、あれこそですな」
「真田家の軍勢ですな」
「武田家に仕えていた時からの赤備え」
「間違いありませぬな」
「うむ、今よりあの軍勢を攻める」
片倉は水色の武具と旗、伊達家のそれを見つつ兵達に答えた。
「我等でな」
「鉄砲騎馬隊で」
「我等で」
「撃って斬り込み」
「そうして決着をつけまするな」
「そうする」
まさにというのだった。
「よいな」
「そして真田殿の御首も」
「それもですな」
「挙げるぞ」
こう言ってだ、彼は自ら鉄砲騎馬隊を率いてだった。真田の軍勢に向かっていた。
幸村は近付いて来る彼等を見据えたまま軍勢を兜を脱がせたうえで槍を持たせて伏せさせていた、その状況にだ。
兵達はわからなかった、何故動かないのかをだ。
「来るぞ」
「鉄砲を構えておるぞ」
「それでもか」
「動いてはならぬのか」
「こちらは」
「気持ちはわかるがまだじゃ」
幸村自身も伏せていた、そのうえで兵達に言うのだった。
「まだ伏せておれ」
「そしてですか」
「殿の御言葉があるまで、ですか」
「動いてはならぬのですな」
「このままですな」
「そうじゃ、動かずにな」
そうしてというのだ。
「待っておれ、その時が来ればな」
「言われますか」
「どうすべきか」
「その時こそ」
「必ず言う、待っておれ」
是非にという返事だった。
「よいな」
「わかり申した」
「ではです」
「今は待ちます」
「その様に致します」
「頼むぞ、動けば敗れる」
今はというのだ。
「しかし今動かずばな」
「伊達の鉄砲騎馬隊にですか」
「勝てますか」
「無敵の強さを誇りますが」
「それでもですな」
「そうじゃ、勝てる」
その彼等にというのだ。
「だから待っておれ、よいな」
「わかり申した」
「ではです」
「今は待って」
「そうして戦いまする」
兵達も頷いた、そしてだった。
彼等は幸村の言う通り今は待った、敵が来ることを。そうしてだった。
遂に伊達の鉄砲騎馬隊が鉄砲を放ってきた、その弾を受けて倒れる兵もいた。しかし。
「くっ、伏せておるせいかな」
「思ったより倒せぬな」
「ああして伏せられておるとな」
「弾が当たらぬ」
「立っておれば当てられるが」
「ああして伏せられるとな」
「想う様に当てられぬわ」
鉄砲騎馬隊の者達も歯噛みした。
「撃って崩れたところを斬り込むが」
「崩れておらぬな」
「このまま斬り込むが」
「思わぬことをしてくれたな」
「流石は真田殿か」
彼等を率いる片倉も唸って言った。
「ああしてまずは鉄砲をやり過ごすか」
「そうしてですか」
「我等を迎え撃ちますか」
「我等はもう止まりませぬし」
「それでは」
「うむ、斬り込む」
鉄砲を撃った後はというのだ。
「よいな、そうしてだ」
「撃ち崩した時と同じく」
「そのままですな」
「斬り込み」
「そうして敵を倒しますか」
「そうする、よいな」
こう言ってだ、片倉は自らも刀を抜いた。そうして率いる兵達と共にだった。
伊達の鉄砲騎馬隊は斬り込んだ、そのうえで真田の軍勢と刃を交えて戦うことになったがその時にだった。
幸村は遂にだ、兵達に叫んだ。
「よし、今はじゃ」
「はい、いよいよですな」
「これからですな」
「兜を着けよ」
まずはというのだ。
「そしてじゃ」
「それからは」
「どうせよと」
「立ってそして槍を出せ」
手に持っているそれをというのだ。
「前にな」
「突き出すのですか、槍を」
「騎馬隊に向かって」
「上から叩くのではないのですか」
戦で槍はそう使う、上から敵を叩きそうして敵陣を崩すのだ。信長はこのことから槍を長くさせたのだ。間合いが遠い方が敵を先に叩いて崩せるからだ。
「前に突き出して」
「そしてですか」
「敵の騎馬隊を突き崩す」
「そうせよというのですか」
「そうじゃ、突いてそのうえで崩すのじゃ」
伊達の鉄砲騎馬隊、今は鉄砲を収めて刀を抜いて斬り込んでくる彼等をというのだ。
「よいな」
「はい、では」
「そうしましょうぞ」
兵達はまずは兜を着けた。そうして。
幸村の次の命を待った、鉄砲騎馬隊が今にもだった。
斬り込もうとする時にだ、幸村は采配を振るった。
「立つのじゃ」
「はい!」
「今こそ!」
「それと共に槍を出すのじゃ」
幸村のその言葉に従ってだ、そのうえで。
兵達は立ち上がると共に槍を一斉に突き出した、すると今まさに刀を振り下ろさんとしていた敵の騎馬隊にだった。
槍が一斉に突き刺さった、そしてそのままだった。
幸村は一気に攻めさせた、ここで彼は自ら馬を駆り十勇士達に言った。
「よいか、我等もじゃ」
「はい、これよりですな」
「伊達家の軍勢を攻めますするな」
「鉄砲騎馬隊を止めましたし」
「さらにですな」
「攻めていく、そして伊達殿の本陣もじゃ」
政宗が率いるそちらもというのだ。
「攻めていくぞ」
「はい、では」
「そうしましょうぞ」
「まさに我等の武の見せどころですな」
「真田の」
「攻めて攻めていくぞ」
攻勢に転じた今はというのだ。
「よいな」
「わかり申した」
「ではです」
「我等も術を駆使し」
「敵を倒していきまする」
「今も敵の首は捨ておくのじゃ」
例え倒してもというのだ。
「よいな、我等が獲る首のことは何度も言うが」
「大御所殿です」
「あの方の御首だけです」
「他の首はない」
「この度の戦では」
「そうじゃ、だからどれだけ倒してもな」
それでもと言うのだった。
「首は獲らず遮二無二じゃ」
「攻めてそうして」
「敵を退ける」
「そうしますな」
「そうせよ、ここで大御所殿の御首を獲ることは適わぬが」
しかしというのだ。
「明日、大坂の南でじゃ」
「遂にですな」
「そこにおいて」
「大御所殿の陣もある」
「ですから」
「攻めるぞ」
こう言ってだ、今はだった。
幸村もまた十勇士達と共にだった、自ら馬を駆り両手にそれぞれ十字槍を持って伊達家の軍勢に突き進んだ。
その彼を見てだ、伊達家の者達も声をあげた。
「あの鹿の角の兜間違いない!」
「真田殿じゃ!」
「真田左衛門佐が来たぞ!」
「後ろに十勇士達もおるぞ!」
「真田殿を討てば大きい」
片倉もその幸村を見て言う。
「褒美は思いのままぞ」
「では、ですな」
「ここはですな」
「真田殿の首を取る」
「そうせよというのですな」
「そうだ、皆の者怯むでない」
今は彼等が押されている、だがそれでもというのだ。
「真田殿の首を取ればな」
「今の状況も変わりますな」
「敵将を討てば」
「その首を取れば」
「左様、では攻めるぞ」
押されている状況だがそれでもというのだ、片倉は押さえていてもそれでもだった。幸村を討ってというのだ。
この状況を覆そうとしていた、そして実際にだった。
片倉は刀を抜いたままの鉄砲騎馬隊を再び突っ込ませた、そこに彼等に対する幸村も突っ込んできてだった。
その二本の十字槍を縦横に振るってだった。
自分の首を取ろうと迫る伊達の者達を次々に倒していた、伊達家の命知らずの者達をまさに右に左にだった。
薙ぎ倒していく、そして彼に続く十勇士達も兵達もだった。
赤い巨大な火球となり水色の伊達家の軍勢を押す、それを伊達家の軍勢の後ろで見た松平忠明は思わずこう漏らした。
「恐ろしい戦ぶりじゃな」
「はい、真田殿は」
「あの伊達殿が押されていますぞ」
「何という強さか」
「まさに火球ですな」
「うむ、あの攻めではな」
まさにというのだった。
「流石に伊達殿もな」
「勝てませぬな」
「伊達家の先陣は片倉殿ですが」
「あの方でもですな」
「後藤殿を破ったあの方でも」
「勝てぬわ」
忠明は唸って家臣達に話した。
「到底な」
「左様ですな」
「この度の戦は」
「如何にあの方でも」
「とても」
「うむ、しかしその伊達殿をお助けしてじゃ」
そしてと言うのだった。
「これより戦うとしよう」
「では」
「急いで馳せ参じましょうぞ」
「これより」
「伊達殿の助太刀に」
「そうしようぞ」
こう言ってだ、そのうえでだった。
忠明は兵を急がせそうして伊達家の軍勢の助太刀に向かった、だが政宗はその忠明の軍勢を後ろに見て言った。
「如何に松平殿の軍勢が助太刀に来られてもな」
「それでもですな」
「真田家のあの強さでは」
「例えどれだけの軍勢が来ても」
「助太刀に来てくれても」
「無理じゃ、十万もの大軍でないとな」
それだけのものでなければというのだ。
「退けられぬわ」
「左様ですな」
「真田丸の時と同じくです」
「真田殿は強いですな」
「上田の城でもそうだったそうですが」
「まさに鬼ですか」
「うむ、鬼じゃ」
まさにとだ、政宗はその隻眼を鋭くさせて言った。
「その真田殿との戦、小十郎でもじゃ」
「荷が重い」
「そう言われますか」
「むしろその真田殿に果敢に向かう勇を褒める」
片倉のそれをというのだ。
「見事じゃ、ではな」
「はい、ここはですか」
「下手に攻めず」
「軍を退かせる」
「そうしますか」
「戦は続けるが」
しかしというのだ。
「無闇に攻めずにな」
「敵の動きに合わせてですな」
「退く」
「そうしつつ戦いですな」
「無駄に兵を失わぬ様にしますか」
「そうする」
こう言うのだった。
「今はな」
「では」
「その様に戦いましょう」
「まさか鉄砲騎馬隊を破るとは思いませんでしたが」
「いや、あれを破ることもな」
まさにとだ、政宗は馬上で言った。
「あの御仁ならばな」
「ありましたか」
「あの様にですか」
「破ることも」
「あったのですか」
「うむ、充分にな」
伊達家の誇る鉄砲騎馬隊、この家の軍勢にとってはまさに切り札であり必勝の軍勢であった彼等をというのだ。
「あったわ、だからな」
「それで、ですか」
「あの軍勢を破ることもですか」
「充分にあり」
「今の事態もですか」
「考えられましたか」
「そうじゃ、しかし見事な戦いぶりよ」
こうも言った政宗だった、幸村の采配とその戦を見つつ。
「あれだけの将、そうはおらぬわ」
「ですな、確かに」
「天下広しといえど」
「あれだけの戦が出来るとなると」
「そうはおられませぬな」
「天下一の武者よ」
まさにと言うのだった。
「あの戦ぶりは、ではその真田殿とな」
「これよりですな」
「我等は死力を尽くして戦う」
「そうしますか」
「わし自ら采配を執る」
奥羽の覇者と言われた政宗自身がというのだ。
「そして戦うぞ」
「何と、殿がですか」
「御自ら采配を執られてですか」
「戦われますか」
「そうして真田殿に向かわれますか」
「そうするぞ」
政宗は実際に自ら兵を率い馬上から采配を執ってだった、果敢に攻める幸村の軍勢と戦った。だがそれでも幸村は優勢なままで。
そしてだ、大坂城の方から大野の使者が来て言われたのだった。
「今日はでござるか」
「はい、城まで戻って」
そしてというのだ。
「そのうえで、です」
「明日にですな」
「戦われよと」
その様にというのだ。
「右大臣様が言われています」
「わかり申した」
幸村は大野が送ってくれたその使者に答えた。
「それでは」
「はい、これでですな」
「我等は下がります」
「そして城までですな」
「戻ります」
そうすると言うのだった。
「これより」
「左様ですか、では」
「はい、今より兵を退かせます」
今も戦っている彼等をというのだ。
「そしてです」
「城までですか」
「無事に戻りましょう、そして」
さらに話した幸村だった。
「明日は右大臣様に大御所殿の御首を持って来ます」
「そうされるのですか」
「必ずや」
これ以上はないまでに強い声での返事だった。
「そうさせて頂きます」
「そうですか」
「その為にも今は」
「城にですな」
「戻りましょう」
こう言ってだった、幸村は己の軍勢に高らかに言った。
「今日はこれで下がるわ」
「わかり申した」
「ではこれより」
「退く軍勢全体の殿軍も務める」
兵達にこうも告げた。
「そうするぞ」
「そうしてですな」
「明日こそは」
「大御所殿の御首を」
「そうしますな」
「そうする、だから今は下がるぞ」
己の兵達に話した、そうして退く法螺貝を鳴らさせてだった。幸村は己が率いる兵達を下がらせた。退く大坂の軍勢全体の殿軍も務めつつ。
幸村は退く時も自ら両手に一本ずつ槍を持ち戦っていた、そうして十勇士達と共に殿軍のさらに殿軍を務めていた。その中には大助もいてだった。
果敢に戦っていた、幸村はその大助に問うた。
「足を怪我しておるな」
「はい、しかしそれがしも戦の場で」
「敵をか」
「倒しております」
「そうか、よくやった」
幸村は我が子のその武勲に笑顔で応えた。
「そのこと褒めさせてもらう」
「有り難きお言葉」90
「そしてじゃが」
さらに話す幸村だった。
「下がるぞ、そろそろな」
「我等もですな」
「敵は充分に倒し退けてな」
「我等の軍勢もですな」
「かなり下がった」
戦の場からというのだ。
「そうなったからな」
「だからですな」
「うむ、退くとしよう」
これよりとだ、幸村は槍を振るい攻めて来る敵達を倒しつつ大助に話した。周りでは十勇士達も果敢に戦っている。
「そしてな」
「これより」
「うむ」
まさにと言うのだった。
「城まで下がろう」
「そしてそのうえで」
「大坂に帰るぞ」
「それでは」
こう言ってだ、幸村達はだった。
殿軍として迫る伊達家の軍勢を退けてだ、そのうえでだった。
無事に大坂に戻った、これには戦を見ていた政宗も唸った。
「あれ程見事な殿軍はな」
「これまでですな」
「見たことがないですか」
「殿も」
「多くの戦を行ってきたが」
それでもというのだ。
「あそこまではなかったわ」
「ですか、やはり」
「殿もそう言われますか」
「あそこまでの見事な殿軍はなかった」
「その様にですか」
「実際にそうじゃからな」
それでというのだ。
「こう言う、まさに天下の武者じゃ」
「真田左衛門佐殿は」
「そうした方ですな」
「この戦で見事に名を挙げておられますが」
「それだけの方ですな」
「先の陣でも見事じゃった」
真田丸での戦の時もというのだ。
「そして今もじゃ」
「見事でしたな」
「攻め方も退き方も」
「他の家でもこう言っているでしょうな」
「間違いなくな、しかし悲しきかな」
その隻眼を鋭くさせて言った政宗だった、ここで。
「真田殿だけではじゃ」
「勝てぬ」
「左様ですな」
「この度の戦では」
「大坂方は勝てぬ」
「そうだというのですな」
「そうじゃ、真田殿がどれだけ見事に戦っても」
今の様にというのだ。
「それでもあの御仁は一介の将に過ぎぬな」
「はい、確かに」
「あの方は見事な将ですが」
「それでも所詮はです」
「一介の将です」
「あの方は」
「うむ、大坂の主は誰か」
それはというと。
「茶々殿であるな」
「ですな、あの方です」
「右大臣殿ですらなく」
「あの方ですから」
「どうしてもですな」
「この度の戦になったのもあの方のせいじゃ」
茶々、彼女のだ。
「そしてじゃ」
「大坂の城が裸城となり」
「今の戦に至ったのも」
「全てですな」
「あの方の為」
「そしてあの方が大坂の主であられる」
「ならば勝てる筈がないわ」
到底と言う政宗だった。
「あの方は戦も政も何もわかっておられぬ、そうした方が主ではどうにもならぬわ」
「敗れますな」
「どうしても」
「そうなってしまいますな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「真田殿がどれだけ見事に戦ってもな」
「既に塙殿木村殿後藤殿もおられませぬ」
「それではですな」
「真田殿だけで勝てるものではない」
「だからですな」
「勝てぬわ、そしてじゃ」
さらに話す政宗だった。
「大坂方が敗れるのは明後日位にあるか」
「明後日ですか」
「その時に滅びますか」
「そうなりますか」
「うむ、明日幕府の軍勢の主力は大坂の南におる」
今日のうちに移動してというのだ。
「そこで大きな戦になるが」
「それが終わってですな」
「明後日になれば」
「後は裸城を攻めるだけ」
「それではですな」
「何でもないわ、赤子の手を捻る様にじゃ」
そうした感じでというのだ。
「終わるわ」
「そうなりますな」
「まさに」
「豊臣家が滅び」
「それで終わりますか」
「滅びずに済んだ家が滅ぶ」
豊臣家をこうも話した。
「そうなるわ」
「殿の思われた通り国替えに応じたならば」
「それで、ですな」
「豊臣家は滅びなかったですな」
「大坂から出ていれば」
「幕府は大坂が欲しいのじゃ」
豊臣家を滅ぼすことではなく、というのだ。
「ならばじゃ」
「大坂の城から出て」
「そうしてですな」
「国替えに応じていれば」
「それでよかったのですな」
「茶々殿が大御所殿の正室になっていれば余計にじゃ」
家康が言っていた通りにというのだ。
「問題なかったのじゃがな」
「茶々様は一切わかろうとされなかった」
「それが今の事態を招いた」
「そしてこのままですな」
「滅びるのですな」
「そうなろう、まあ大御所様は最後も助命の話を出されるであろう」
政宗は家康の考えをここでも読んで言った。
「問題はそれに頷くかどうか」
「茶々殿が」
「そうされるか」
「それが問題ですか」
「そうじゃがどうなるか」
その時はというのだ。
「わからぬわ」
「茶々殿では」
「そのことすらも」
「とかく強情に過ぎるからのう」
戦も政もわかっておらぬうえにというのだ。
「それではな」
「大御所様の助命も聞かれず」
「果てられることもですか」
「有り得ますか」
「そうやもな、しかしそれもまた戦じゃ」
こうも言った政宗だった。
「そうであろう」
「はい、戦ならば」
「そうしたこともありまする」
「滅ぶことも」
「それも」
「そういうことじゃ、では兵は再び西に進める」
真田の軍勢が去った今はというのだ。
「そしてじゃ」
「そのうえで、ですな」
「大坂城の南に入り」
「そこに布陣し」
「明日の戦に向かいまするな」
「そうするとしよう」
こう言ってだった、政宗は己の軍勢を西に進ませた。そうして明日の戦に向かうのだった。
それは家康も同じだった、彼もまた自らが率いる軍勢を大坂城の南にやってそこに布陣させた。そうしてだった。
大坂城の天守閣を見てだ、こう言った。
「では明日豊臣家の軍勢を破り」
「明後日にはですな」
「戦を終わらせる」
「そうしますな」
「そうする、そして長く続いた戦国の世もじゃ」
それもというのだ。
「終わるぞ」
「遂にですな」
「長く続いた戦国の世もですな」
「これで終わる」
「そうなるのですな」
「あの城が陥ちてな」
そうしてと言うのだった。
「そうなる、しかしな」
「はい、まずは明日ですな」
「明日の戦ですな」
「明日の戦どう勝つか」
「このことが大事ですな」
「そうじゃ、豊臣の軍勢は明日完全に破る」
そうすることもだ、家康は幕臣達に話した。
「塙駄右衛門、木村長門守、後藤又兵衛は散ったがな」
「まだ将帥は多く五万以上の兵がおります」
「油断出来ませぬな」
「特にあの者がおる」
大坂の方を見据えたまま言うのだった。
「わかるな」
「はい、真田左衛門佐殿ですな」
「あの御仁がおりますな」
「そして十勇士達も」
「ですから」
「油断するでないぞ、わしもあの者と戦うならば」
二度の上田の城での戦、その前の三方ヶ原でのことも思い出しつつ言う家康だった。
「気を抜けぬわ」
「だからこそ」
「明日の戦はですな」
「兵の数では有利でも」
「気を抜かずに」
「戦うとしようぞ」
こう言ってだった、家康は明日の戦に心を向けていた。その戦が彼にとっても決戦になることを実感しつつ。
巻ノ百三十九 完
2018・1・15