巻ノ百四十 槍に生き
朝となった、幸村は既に飯を喰らっていた。それは彼が率いる兵達も同じで彼はその兵達に朝もやの中で言っていた。
「よいな」
「はい、これよりですな」
「戦ですな」
「幕府の本陣に突き進み」
「そのうえで」
「狙うは一つじゃ」
こう言うのだった。
「よいな」
「大御所殿の御首を」
「他のものには一切気をやらず」
「ただひたらすらですな」
「大御所殿を目指す」
「そうするのですな」
「そうじゃ」
まさにと言うのだ。
「他のものはいらぬ、そしてこの度の戦では右大臣様も出陣される」
「おお、あの方もですか」
「総大将であられるあの方も」
「そうされますか」
「遂に」
「そうじゃ、あの方も出陣されてじゃ」
そのうえでというのだ。
「戦われる」
「だからですな」
「この度の戦はですな」
「まさに決戦」
「豊臣家の存亡を賭けた」
「そういうことじゃ、豊臣家の為にな」
まさにと話す幸村だった。
「我等もじゃ」
「はい、皆死兵となり」
「そうしてですな」
「戦い」
「そして勝つのですな」
「そうする、皆命を捨てよ」
これからはじまる戦ではというのだ。
「無論拙者もじゃ、そうしてじゃ」
「大御所殿の御首を取る」
「そうしますな」
「死兵となり生きる」
「そうするのですな」
「死中に活ありじゃ」
まさにその中にというのだ。
「だからじゃ」
「はい、死兵となる」
「次の戦では」
「そうなるのですな」
「そうじゃ」
幸村の言葉は強かった。
「そうした戦じゃ」
「ではこれより」
「我等皆死兵となり」
「まさに一丸となり」
「戦いましょうぞ」
「そして必ずや」
「大御所殿の御首を」
皆で誓い合うのだった、だがここで。
幸村は大助にはだ、こう言ったのだった。
「既に妻や子、親兄弟がおる者は退けているが」
「父上、それがしは」
「お主は昨日の戦で足を怪我した」
「だからですか」
「今の戦はな」
例えそれが決戦であろうともというのだ、幸村が全てを賭けた。
「右大臣様のお傍におってな」
「右大臣様をですか」
「守ってくれ」
そうしてもらいたいというのだ。
「この度はな」
「では」
「うむ、右大臣様に何があろうともな」
例え足を怪我していてもだ、己が武芸を授けた大助ならばというのだ。
「頼めるか」
「わかり申した」
大助も父のその考えを理解し頷いて応えた。
「そうさせて頂きます」
「ではな」
「そして殿」
ここで十勇士達も言ってきた。
「我等はですな」
「殿と共にですな」
「戦の場に出て」
「戦うのですな」
「拙者と共にな、お主達の力を尽くし」
その全力で以てというのだ。
「戦ってもらうぞ。そして拙者もじゃ」
「殿ご自身もですな」
「そのお力を使われ」
「そうしてですな」
「この戦を」
「そうするぞ、拙者はこの戦でな」
毅然とした顔での言葉だった。
「関白様とのお約束を果たす」
「何があろうともですな」
「右大臣様をお守りして欲しい」
「あのお言葉をですか」
「何があろうとも」
「果たす、あの時関白様は無念の極みであられた」
叔父である秀吉に腹を切らされる、このことが無念である筈がなかった。
「そして拙者に言われたからな」
「右大臣様を頼むと」
「ご自身のお命のことは構わず」
「そう言われたからですな」
「そのお心を授かったからこそ」
「果たす、必ずな」
何としてもというのだ。
「我々は行くぞ」
「では」
「我等と共に」
「大御所殿の御首を取り」
「それを果たしましょう」
「これよりな、では皆の者よいな」
幸村は兵達にも述べた。
「これより突き進みそうしてじゃ」
「はい、大御所殿の本陣に向かいましょう」
「前に立ちはだかる敵はひたすら倒し」
「そしてそのうえで」
「勝ちましょうぞ」
「それでは」
兵達は一斉に立ち上がった、そうしてだった。
幸村に続いた、幸村は赤い馬に乗り真田の六文銭の旗を率いて戦の場に向かって進みはじめた。その幸村達を見てだった。
長曾我部もだ、己の家臣達に言った。
「ではな」
「はい、これより」
「長曾我部家の再興の為にも」
「必ずですな」
「この戦に勝ちますな」
「そうしますな」
「そうじゃ、しかしそなた達に言っておく」
ここで家臣達に言うのだった。
「桑名弥次兵衛じゃが」
「あの裏切り者ですか」
「藤堂の家に寝返っていた」
「昨日我等が親子共々討ち取りましたが」
「あの者が何か」
「あの者はわしが都におった頃色々銭を送ったりして世話をしてくれた」
このことを話すのだった。
「そうしてくれておったのじゃ」
「何と、そうだったのですか」
「藤堂家に入りながらも」
「殿を助けておられたのですか」
「そうでしたか」
「そのこと今言っておく」
桑名の名誉の為にだった、このことは。
「よくしてくれたのじゃ」
「そうでしたか」
「裏切者と思っていましたが」
「実は違いましたか」
「そうだったとは」
「あの者も忠義者であった、親子共々な」
長曾我部は感じ入る心の中で話した。
「家が再興されたならな」
「あの者達のこともですな」
「忘れずに供養し」
「そしてですな」
「その忠義を讃えますか」
「そうしようぞ」
桑名達のことも忘れずに言ってだった、長曾我部も兵を進めた。他の大坂の将達も続いていった。
大野もそれを見て兵を出す、そこで弟達に言った。
「よいか、我等もじゃ」
「はい、出陣し」
「そのうえで戦いましょうぞ」
「そして何としても」
「豊臣家を」
「護るぞ、わしは右大臣様をお護りするが」
無論茶々もだ、大野は心から考えていた。
「しかし国松様もじゃ」
「右大臣様のお子であられる」
「あの方もですな」
「お護りせねばならん、それはじゃ」
治房を見て言うのだった。
「絶対にですな」
「せねばならぬ」
「例えどうなろうとも」
「お主にはそれを頼む」
こう言うのだった、己のすぐ下の弟に。
「よいか」
「ですがそれがしは」
「よい」
治房が何を言いたいのかはわかったいた、だが大野はそれを言えば治房が自分が頼むことを出来なくなると思い言わせなかった。言えばそれでお互いに動けなくならだ。
「それは」
「左様ですか」
「それでじゃ」
「はい、国松様をですか」
「お護りしてな」
「そうしてですか」
「生き延びよ」
例え何があろうともとだ、大野は言葉の中にこの一言も含めて治房に告げた。
「よいな」
「それでは」
「わしは右大臣様をお護りするからな」
「それがしは、ですな」
「国松様をじゃ」
「そうさせて頂きます」
「お主にも言っておく」
治胤にも言う大野だった。
「お主はわしに何があってもな」
「後をですな}
「任せる、必ず最後の最後まで戦うのじゃ」
「兄上が右大臣様をお護りし」
「お主はそうしてもらいたい」
最後の最後まで戦って欲しいというのだ。
「よいな」
「それでは」
「頼んだぞ、では右大臣様が出陣されれば」
大野は既にその手に槍を持っている、彼もまた戦く覚悟つまり秀頼の為に死ぬ覚悟は出来ているのだ。
「行くぞ」
「はい」
「それではです」
「右大臣様ご出陣と共に」
「出ましょうぞ」
治房と治胤も戦うつもりだった、彼等は兄に言われたことを忘れず戦おうとしていた。だがこの時にだった。
出陣しようとする秀頼にだ、茶々が言ったのだった。
「待たれよ」
「何でしょうか」
「また砲が来れば」
先の戦の時の恐れが蘇ってきたのだ、戦の中で。
「その時は」
「ご安心下さい、砲はです」
「ここには届かぬか」
「敵は城の南に集まっております」
そこにというのだ。
「ですから」
「幕府は砲は撃って来ぬか」
「そうです」
まさにというのだ。
「ですから」
「まことであろうか、しかし」
「ご心配ですか」
「わらわだけでは」
どうもと言う茶々だった。
「心細い、砲と雷の音は」
「駄目ですか」
「わらわは」
「では」
「そなたがいてくれればまだ我慢出来る」
不安に満ちた顔で言うのだった。
「だからここは」
「母上、そう言われますが」
秀頼は茶々に難しい顔で言葉を返した。
「この度は」
「ならぬか」
「はい、ここで出ねば」
秀頼も戦にというのだ。
「そうしなければなりませぬ」
「戦に勝つ為にも」
「ですから」
出陣する、秀頼はあくまで主張した。
「ここは砲もありませぬし」
「だからと言われるか」
「ご辛抱を」
「右大臣様、そう言われますが」
これまで控えていた大蔵局が秀頼に必死の顔で言ってきた。
「茶々様のことを思えば」
「そうです、ここはです」
「どうかここにお留まり下さい」
大蔵局に続いて他の女御衆も秀頼に言う、ここぞとばかりに。
「そしてです」
「茶々様のご不安を取り除き下さい」
「茶々様は右大臣様のお母上です」
「お母上のことを思わずしてどうしますか」
「ですからここは」
「どうかお留まり下さい」
茶々を護る様にして必死に言う、秀頼も実質的に城を動かす茶々と彼女を支え護る女御衆には逆らえず動きが止まってしまった。
だが戦ははじまっていた、大坂方は全てを賭けた戦に入り幸村も自身が率いる兵を前に繰り出していた。
そうしつつだ、彼は兵達に言っていた。
「よいか、間もなくじゃ」
「敵とですな」
「槍を交えますな」
「槍を交えれば」
「その時はですな」
「一気にじゃ」
まさに止まることなくというのだ。
「突き崩すのじゃ、そしてじゃ」
「前の敵はひたすらですな」
「突き崩し」
「そうしてですな」
「敵の陣も破り」
「大御所殿の本陣を」
「ひたすら目指しそしてじゃ」
そのうえでというのだ。
「拙者も向かう、そしてな」
「大御所殿の御首」
「ただそれだけを」
「求めるのですな」
「馬印を見るのじゃ」
家康のそれをというのだ。
「大御所殿のな」
「その馬印を目指し」
「そしてですな」
「その馬印を倒し」
「そして大御所殿の御首も」
「そうなりますな」
「そうじゃ、拙者もそこを目指す、そして」
ここでだった、幸村は。
兵達にだ、意を決した顔で話したのだった。
「十勇士の者達も秘術を使うが」
「この時の為に授かった」
「まさにそれを使いましょう」
「我等の全てを使い」
「そうして戦いまする」
「それと共にじゃ」
その十勇士達と共に言うのだった。
「よいな」
「はい、それでは」
「殿もですな」
「秘術を使われ」
「戦われますな」
「そうする、見るのじゃ」
幸村はこの言葉と共にだった、急に。
二人になった、幸村からもう一人の幸村が出て。
その二人目の幸村から三人目の幸村が出て四人五人と増えた、見れば具足も槍も馬も何もかもが同じだ。
合わせて七人の幸村が出た、そして言うのだった。
「七耀の術、これで戦おう」
「何と、殿が七人になられたぞ」
「まるで北斗七星の様じゃ」
「七人になられそのうえで」
「戦われますか」
「一人で出来ぬことも七人でじゃ」
それだけいればというのだ。
「より戦えるであろう」
「はい、一人より二人」
「二人より三人であります」
「それが七人ともなれば」
「大きな力です」
「それでじゃ、この七耀の術でじゃ」
あの修行で授かったそれでというのだ。
「戦ってそしてじゃ」
「勝たれますか」
「そうされますか」
「これより」
「この術を使う時が来た」
今まさにというのだ。
「ではな」
「はい、参りましょう」
「殿も秘術中の秘術を出されました」
「それならばです」
「我等もです」
「戦いまする」
「己の全ての力を出して」
兵達も応えた、そしてだった。
真田の兵は突き進みだ、まずは先にいるその兵達をだった。
一気に突き崩した、敵の兵達は真田のその軍勢の強さに驚愕した。
「な、何じゃ!?」
「何じゃこの兵の強さは」
「異様に強いぞ」
「昨日も強かったというか」
「今日はおそらくその比ではないぞ」
彼等は退くつつ言っていた、その退き方は崩れているもので逃げると言っていいものになっていた。
「火の玉の様じゃ」
「恐るべき強さじゃ」
「何という強さじゃ」
「これは適わぬ」
「冬の戦よりも凄いぞ」
真田丸に篭っていたその時以上にというのだ。
「これは強い」
「敵わぬわ」
「逃げた方がよいぞ」
「とてもな」
兵達に退けられそしてだった、幸村は逃げる彼等には目もくれずただひたすら家康の本陣を目指していた。
十勇士達も先陣に立ち幸村と共に戦っていてだ、秘術を出していた。
「殿、では」
「我等もです」
「今こそ秘術を出し」
「そうして敵を退けましょうぞ」
「うむ、思う存分使うのじゃ」
この時にとだ、幸村も兵達に言った。
「よいな」
「はい、それでは」
「御覧なられよ」
「我等の忍の秘術」
「殿と共の修行で備えたそれを」
十勇士達は先陣を駆けつつ口々に言った、そしてだった。
まずは霧隠がだ、深い霧を出して。
敵陣を覆った、すると敵の兵達はその深い霧の中で周りが見えなくなってしまった。
「な、何じゃこの霧は!?」
「しかも何か急に身体が痺れてきたぞ」
「毒の霧というのか!」
「こうした霧を使う者は」
「霧隠才蔵か!」
「あの者か!」
「左様、我が秘術魔霧」
それだとだ、霧の中で霧隠の声がした。姿は見えないが声はした。
「それを今使ったまでのこと」
「むr、霧隠才蔵!」
「その声は!」
「出て来たか!」
「その霧で痺れ動けなくなるがいい」
こう言うのだった、己の霧の中で痺れる敵兵達に。
「そして討たれるのじゃ」
「ぐつ!」
「ぐはっ!」
兵達は霧の中で痺れ動けなくなり霧隠に討たれていった、そうして霧が晴れた後に残ったのは彼等の骸だけだった。
穴山は姿を消した、そしてだった。
無数の鉄砲が宙に浮かびだ、その全ての鉄砲達が火を噴き敵兵達を撃ち倒した。
「何じゃこれは!」
「鉄砲が勝手に浮かび火を噴いておるぞ!」
「それも次から次に」
「これはどういうことじゃ!」
「これぞ我が秘術浮かび鉄砲!」
穴山の声だけがした。
「姿が見えぬまでに素早く飛び回り鉄砲を撃つのじゃ!」
「その様なことをするか!」
「出来るというのか!」
「何と恐ろしい者じゃ」
「あれが天下一の鉄砲使いか」
「逃げる者は追わぬ、死ぬたい者だけ来るのじゃ!」
穴山の声がする、彼は己の秘術を出し続けていた。
望月の姿はかろうじて見えていた、だがその両手を己の身体の前で大きく旋回させてそのうえでだった。
両手を合わせた上で非常に大きな気を放ってその気で敵の兵達を十人位まとめて吹き飛ばして言った。
「我が秘術、どうじゃ!」
「こ奴は気を使うか」
「しかし何という気の大きさよ」
「一撃一撃が大砲の弾の様じゃ」
「一発で十人は吹き飛ぶぞ」
「それを続け様に放つとは」
「何という者じゃ」
望月についてもこう言うのだった。
「恐ろしい男じゃ」
「近寄れば拳や足がくる」
「これは敵わぬ」
「まさに鬼よ」
「左様わしは殿の為なら鬼となる」
望月自身こう言った。
「そのうえで戦うわ」
「ううむ、恐ろしい男よ」
「これは迂闊には攻められぬぞ」
「あれだけの気の大きさだと」
「手出しの仕様がないわ」
幕府方の兵達は望月も止められていなかった、彼等はただひたすら吹き飛ばされるばかりであった。
由利が鎖鎌の分銅を振り回すとまるで竜巻の様に荒れ狂いそれが敵兵達を薙ぎ倒していく、鎌からは鎌ィ足が放たれてだ。それでも敵兵達を切り裂いて倒していた。
そうしつつだ、由利は高らかに言っていた。
「死にたい者だけわしのところに来るがよい!」
「抜かせ!撃て!」
「鉄砲を撃て!」
「弓矢を放て!」
敵は飛び道具で由利を倒そうとする、だが。
その鉄砲の弾も矢もだった。由利は鎖鎌を振って起こす風で寄せ付けない。これでは彼等も打つ手はなかった。
「鉄砲も弓矢も返すか」
「何という男じゃ」
「噂以上じゃ」
「先の戦でも強かったが」
「今はそれ以上じゃ」
「恐ろしい強さじゃ」
「わしを倒そうと思っても簡単ではないぞ」
由利自身も彼等に言う。
「倒したければ何千もの兵を持って来るがいい」
「この男一人でか」
「その様なことが出来るものか」
敵は彼にも困っていた、由利もまた荒れ狂っていた。
根津が動くとだ、光が飛ぶが如くに。
抜かれた刃が煌めきその後には切り捨てられた兵達の骸が転がっているばかりだった。その有様を見て幕府の者達も唖然となった。
「何時動いた」
「何時切ったのじゃ」
「わからぬ、具足も何もかもを切るとは」
「蕪とさえも」
見れば兜を叩き割られこと切れている者も多かった。
「あれが根津の剣術か」
「あの様な剣術は見たことがない」
「具足も兜も断ち切るとは」
「どうしたらあそこまで出来るのじゃ」
「剣の術を極めたまでのこと」
また数人切り捨てた根津が彼等に話す。
「そうすればこそ」
「そこまで出来るか」
「具足も兜も断ち切れるか」
「そうした光の様に動き切り捨てていくか」
「幾人も」
「この秘術はまだはじまったばかり」
何もかも断ち切るそれはというのだ。
「まだまだお見せしようぞ」
「いかん、このままではやられるばかり」
「ここは下がるしかない」
「この者には」
とてもだった、彼等にしてもだった。
下がるしかなかった、それは筧に対してもだった。
筧が両手で印を結ぶと暗雲が起こった、そうして。
無数の雷が落ち炎が起こり氷の柱が乱れ飛ぶ、地響きが起こりそうしたもので彼の周りにいる幕府の兵達がだった。
為す術もなく倒される、これはどうにもならなかった。
「ど、どういう術じゃ!」
「落雷に炎に氷とな」
「そして地響きまでとは」
「これは幻術ではないぞ」
「妖術の類じゃ」
「只の妖術ではありませぬ」
筧は驚く彼等に言った。
「果心居士殿に授けられた術であります」
「あの妖術師に」
「授けられたというのか」
「そしてその術でか」
「戦うというのか」
「左様、この術を破られるのなら破られよ」
絶対の自信を以ての言葉だった。
「拙者を倒せるものなら」
「おのれ、言わせておけば」
「だがこの男は強い」
「流石は十勇士」
「そして果心居士殿に授かった術だけはある」
筧についてもどうにもならなかった、彼もまた戦場で鬼となっていた。
清海の錫杖が荒れ狂う、土の術で岩を浮かばせて投げ飛ばしつつその錫杖でも多くの敵兵を倒していた。
錫杖では一度に何人も倒す、その中で言うのだった。
「ここは通さぬ!そして負けぬ!」
「何という者じゃ」
「どれだけ戦っても疲れを知らぬのか」
「既に百人は倒しておるぞ」
「いや、二百人じゃ」
「それでも疲れを見せぬか」
「疲れ?そんなもの知らぬわ」
清海は口を大きく開いて笑って言った。
「今のわしはな」
「そして暴れるか」
「この様に」
「我等と戦うか」
「左様、死にたくなければ退くのじゃ」
そうせよとも言う清海だった。
「来ればこの錫杖が唸るぞ」
「おのれ、言わせておけば」
「ならば我等とて」
幕府の兵達の中で命知らずの者達が行こうとするが主に止められる、清海の相手は誰にも出来ぬと見てだった。
伊佐もまた同じだった、その杖が唸り法力がだった。
幕府の兵達を吹き飛ばす、伊佐は法力で敵兵達を吹き飛ばしてから言うのだった。
「前に出られれば今の拙僧は容赦出来ませぬぞ」
「今の様にか」
「我等を倒すというのか」
「この戦、拙僧は殿の為に鬼となると決めておりまする」
だからこそというのだ。
「だからか」
「それでなのか」
「ここまで戦うか」
「そうだというのか」
「命が惜しくないなら参られよ」
伊佐もこう言うのだった。
「お相手致します」
「おのれ、何としても倒したいが」
「しかしこの強さでは」
「如何ともし難い」
「容易には勝てぬ」
「そうそうの者達では」
少なくとも並の足軽達だけでは駄目だった、それで伊佐にも突き進まれるがままでだった。そうして。
海野もだ、その水をだ。
地の底から熱湯の間欠泉として幾つも出してそれでだった。
敵を襲った、そうして言うのだった。
「水は何処でも出せる、気をつけることだな」
「おのれ、熱湯か!」
「熱湯を地の底から出すか!」
「そうして来るとは」
「何という男よ」
「恐ろしい男よ」
「わしは水の術の者よ」
海野は敵達に凄みのある笑みで言った。
「それならばよ」
「血の底から熱湯を噴出させてか」
「それで攻めることも出来る」
「そう言うか」
「砂場でも出してみせるわ」
これは実際に出来た、太言ではなく。
「そのわしに勝てるか」
「勝ってみせるわ!」
「これで怯んでたまるか!」
「その首手柄にしてくれる!」
勇む者達もいたがだった。
誰も海野に近寄れずだ、それでだった。
遂に彼等も退いた、海野もまた鬼となっていた。
猿飛の前に多くの敵達がいた、だがその彼等にだ。猿飛は余裕の笑みを向けてそのうえで言ったのだった。
「わしと戦うか」
「おう、そしてよ」
「お主の首挙げてやるわ」
「猿飛佐助の首ならば手柄じゃ」
「値千金のな」
「そうか、ならば取れるものなら取ってみよ」
猿飛は敵兵達に応えた、そしてだった。
己の周りに無数の木の葉を出した、その木の葉達がだった。
猿飛、そして敵兵の周りを乱れ飛びそうしてだった。
そこにある葉で敵を切り裂く、彼はその中で言った。
「木の葉隠れ、しかしこれまで以上にじゃ」
「何という木の葉の数じゃ」
「しかも鋭いぞ」
「刀の如き鋭さじゃ」
「何という強さじゃ」
「これ程までの木の葉隠れを使うとは」
「これこそ祖父真田大助より授かった術」
祖父と孫の絆もありだ。
「この術破れるものなら破ってみよ」
「うう、これは進めぬ」
「あまりにも強い」
「猿飛佐助恐るべし」
「何という者よ」
敵兵達も戸惑うばかりだった、十勇士達のそのまさに鬼となった戦ぶりに幕府の兵達は退くしかなかった。
しかもだ、幸村がだ。
「何っ、ここにも真田殿!?」
「ここにもおるぞ!」
「何じゃ、至るところにおられるぞ」
「影武者か!?」
「いや、影武者にしては強いぞ」
「真田殿ご自身の様じゃ」
幕府の者達は幸村を戦場に何人も見て驚いていた。
「これはどういうことじゃ」
「何が起こっておるのじゃ」
「真田殿が何人もおるぞ」
「忍術か!?」
「これは忍の術か?」
「いや、あれは」
兼続にはわかった、それが何故かを。
「御仏から授かった術じゃ」
「といいますと」
「それは」
「御仏から授かった術とは」
「どういったものでしょうか」
「噂で聞いたことがある」
兼続は戦の場で戦う真田の軍勢を見つつ言った。
「修行を極めその時にな」
「御仏からですか」
「力を授かり」
「そのうえで使う術ですか」
「そうなのですか」
「北斗七星の術を使えるという」
まさにというのだ。
「そうした者はな」
「では」
「真田殿はですか」
「その修行を行い」
「そしてですか」
「術を極められ」
「北斗七星の力を授かった」
「そうなのですか」
「そうじゃ、それでじゃ」
それ故にというのだ。
「今真田殿はじゃ」
「七人ですか」
「七人おられるのですか」
「術の力で」
「そうなのですな」
「そうじゃ、北斗七星は七つの星じゃな」
七耀、それだというのだ。
「それがあるからじゃ」
「それでは」
「今の真田殿はですか」
「その力を使われていて」
「七人になられていて」
「戦われていますか」
「そうじゃ、しかしあの術を使える御仁がおられるとは」
まさにと言うのだった。
「真田殿恐るべしじゃ」
「ううむ、では」
「今の真田殿は七人で戦われていますが」
「采配も執られている」
「そうなのですな」
「あの真田殿がな」
兼続は周りの者達にこうも言った。
「だからこそ強い」
「お一人だけでもというのに」
「それが七人ともなりますと」
「余計に強く」
「それで、ですな」
「あの戦ぶりじゃ、しかし」
ここでこうも言った兼続だった。
「幾ら真田殿がお強く七人おられ十勇士が揃っていようとも」
「それでもですか」
「この度の戦では」
「そう言われますか」
「足りぬ、何が足りぬかは」
兼続はそれもわかっていた。
「大坂方自体にじゃ」
「将の将じゃ」
ここで言ったのは兼続の主である景勝だった、彼が言うのだった。
「総大将じゃ」
「はい、大坂方はです」
「右大臣殿が総大将じゃが」
「それは名目上のこと」
「実際の総大将は違う」
「茶々様です」
兼続は己の主に述べた。
「そしてあの方は」
「戦も政も何も知らぬ、ではな」
「この度も同じです」
「先の戦、そしてこれまでとな」
「勝手ばかり言われ」
そうしてというのだ。
「乱すばかりで」
「だからな」
「勝てませぬ、ここで大坂方が右大臣殿も出られ」
総大将である秀頼がだ。
「御自ら槍を取られ戦われるならな」
「士気も上がりな」
「勝てるやも知れませぬが」
「茶々殿は勝手を言われるわ」
間違いなくとだ、景勝は言い切った。
「だからじゃ」
「はい、その為に」
「右大臣殿も動けぬ」
「出陣されたくとも」
「おそらく城から出ることは出来ぬ」
「それではです」
「幾ら真田殿や他の御仁が戦おうとも」
勇猛かつ果敢にだ、今の幸村達の様に。
「しかしじゃ」
「士気が極限まで上がらず」
「そこで遅れを取ってな」
「敗れますな」
「必ずな」
「そうなるでしょう、あの方が総大将であられる限り」
兼続は茶々のことを苦々し気に言った、城の天守を見つつ。その下に茶々がいることがわかっているからだ。
「大坂は勝てませぬ、そして」
「攻めきれずな」
「そうしてです」
「ここで攻めきれぬとな」
「滅びるだけです」
「そうなるわ、茶々殿を誰かが止められれば」
大坂にいる者がだ。
「こうはならなかったが」
「大和大納言様がおられれば」
兼続は秀長のことをここで話に出した。
「そうであっていれば」
「今の様にはなっていなかったわ」
「間違いなく」
「そうであるな」
「あれではです」
茶々が主ならばというのだ。
「どうにもなりませぬ」
「まことにな」
「そのせいで今もありますから」
それだけにというのだ。
「まことに残念ですが」
「真田殿もな」
「勝てませぬ、大御所殿の御首も」
幸村が目指すそれもというのだ。
「取れぬでしょう」
「そうであるな、しかし真田殿はどうなるか」
「おそらく一人また一人とです」
七人の幸村達がというのだ。
「力尽きそうして」
「討ち取られるか」
「そうなるでしょう」
まさにというのだ。
「このままいけば」
「やはりそうなるな」
「他の将の方も落ち延びねば」
「討ち取られていくな」
「そうなります」
兼続は冷静にどうなるかを読んでいた、今の戦いが。そのうえで彼等も戦に入っていった。その戦の場では。
幸村以外の大坂の者達も戦っていた、明石もだ。
果敢に戦いつつだ、兵達に言っていた。
「よいか、怯むことなくな」
「戦いですな」
「そしてそのうえで」
「大坂方が勝ち」
「切支丹の教えを」
「そうじゃ、広めるのじゃ」
天下にというのだ。
「幕府は禁じておる、しかしその幕府を倒せば」
「茶々様は切支丹を許しておられます」
「それならばですな」
「この戦に勝てば」
「切支丹の教えも」
「だからこそ勝つ」
明石は強い決意と共に言った。
「よいな」
「わかり申した」
「それではです」
「このまま攻めていきましょう」
「真田殿と共に」
「毛利殿、長曾我部殿もそうされておる」
彼等もというのだ。
「果敢にだ」
「攻めてそうして」
「我等もですな」
「大御所殿の御首を狙う」
「そうしますか」
「最早勝つにはそれしかない」
だからだというのだ。
「よいな」
「はい、それでは」
「このまま進みましょう」
「そして勝ち」
「切支丹の信仰を護りましょうぞ」
「是非な」
こう言ってだ、そのうえでだった。
明石も幸村達の様に突き進む、それは長曾我部も毛利も同じでこれまでの戦を生き残った彼等も果敢にだった。
攻めていた、だがそれでもだった。
兼続は大坂城の方を見てだ、達観した様に言った。
「やはりな」
「右大臣様の馬印が見えませぬな」
「もう出陣されてもいい頃ですが」
「豊臣の黄金色の具足や旗は見えますが」
「あの方の馬印は出ませぬ」
「城から」
「先の戦で我等は大砲を盛大に撃った」
兼続は周りの者達にこのことから話した。
「それで茶々殿が大層怯えられたな」
「その様ですな」
「それで一気に講和に動かれたとか」
「そしてそのことを覚えておられて」
「それで、ですか」
「あの方はいつものことじゃが」
こうも言う兼続だった。
「それで右大臣殿に傍を離れぬ様にとな」
「言われていますか」
「我儘を」
「そうなのですか」
「あの方はな」
どうにもと言うのだった。
「そうした方じゃ、だからじゃ」
「右大臣様は動かれませぬか」
「もっと言えば動けぬ」
「そうした有様ですか」
「そうじゃ、ここで右大臣殿が出陣されれば」
秀頼、他ならぬ彼がだ。
「大坂方の士気は極限まで上がってな」
「その士気で、ですな」
「攻めの勢いもあがり」
「そのうえで」
「その勢いで勝てる望みも出るが」
しかしというのだ。
「それがなければな」
「大坂は勝てぬ」
「士気が極限まで上がらず」
「それで、ですな」
「大坂は敗れる」
「そうなりますか」
「そうなる、全ては茶々殿の我儘でそうなってな」
戦になったというのだ、茶々が切支丹を家康への対抗意識から認めそうして戦が起こったというのだ。
「篭城となり講和になり」
「裸城になり」
「そしてですか」
「遂に滅ぶ」
まさにというのだ。
「そうなってしまうであろう」
「左様ですか」
「全てはあの方の我儘からですか」
「大坂は戦になり傾き滅ぶ」
「そうなるのですな」
「そうじゃ、誰もあの方の我儘を止められぬからな」
兼続はまだ大坂城の方を見ていた、もう本丸以外はなく寂しいものだ。茶々が堀を埋めても構わぬと言った結果だ、そうなったのも。
「滅ぶのじゃ」
「嘆かわしいことですな」
「天下人だった家がたったお一人の我儘を止められぬ結果滅ぶとは」
「残念なことですな」
「あの城も潰れるとなると」
「家の主は大事じゃ」
兼続が実感していることだ、このことは。
「当家もそうであろう」
「はい、殿であればこそです」
「上杉家は今も残っておりまする」
「あの殿だからこそ」
「左様、わしも殿だからこそじゃ」
上杉景勝、彼だからだというのだ。
「お仕えしそしてな」
「殿をお助けしてですな」
「政も戦も励まれているのですな」
「直江殿も」
「茶々殿ならとてもじゃ」
彼が仕えてもというのだ。
「わしもどうにもならぬわ」
「お仕えしても」
「それでもですな」
「何も出来ず」
「滅んでいますか」
「逃げておったわ」
支えるどころかというのだ。
「あの様な方と共に滅ぶことは出来るか」
「いえ、我儘ばかり申される方ですと」
「政も戦も何もおわかりになられず」
「そうした方と共に滅ぶなぞ」
「我等も」
「そうじゃ、とてもじゃ」
それこそと言う兼続だった。
「わしには出来ぬ」
「だからですか」
「大坂方は多くの者が逃げたのですな」
「十万の兵が六万を切った」
「そこまで減ったのですな」
「そうもなった、そうなったからな」
だからだというのだ。
「わしもな」
「そうはなりませぬな」
「殿にお仕えした様には」
「若し大坂におられたら」
「あの方は滅びる方じゃ」
茶々、彼女はというのだ。
「ご自身だけなく家も周りの者もな」
「引き込み」
「そうして」
「滅びられる」
「そうした方ですか」
「一番厄介な方じゃ」
滅びるにしてもというのだ。
「ご自身だけでなくしかも全く気付かれぬ」
「だからですか」
「豊臣家も滅んでしまう」
「ここでも我儘を言われて」
「そうして」
「そうじゃ、この戦如何に大坂方が攻めようとも」
今の様にだ、彼等はとかく必死に攻め立てている。勢いは傍目から見れば彼等が兵力の劣勢を覆している様に見えた。
だがそれでもとだ、兼続は言うのだった。
「結局はじゃ」
「右大臣様が出られず」
「士気があと一歩のところに届かさせず」
「そうしてですか」
「大坂方は敗れる」
「そうなりますか」
「そうなる、しかし幕府の旗本達も」
家康に直接従う彼等を見た、家康にとってみればまさに己の手足であり最も信頼の置ける者達であるが。
「流石に辛いであろう」
「今の真田殿のお相手は」
「それは」
「どうにもですか」
「うむ、鬼が相手ではな」
今の幸村と彼が率いる軍勢が愛てではというのだ。
「辛いわ、しかも十勇士も共におるな」
「天下に知られたあの者達」
「十人の猛者達ですな」
「真田殿の忠臣である友であり義兄弟でもある」
「あの十人も揃って戦っているからこそ」
「流石の三河以来の者達もな」
家康の下武辺を誇る彼等でもというのだ。
「敵わぬわ」
「勝てぬまでもですか」
「それでもですか」
「真田殿を凌げぬ」
「陣は崩れますか」
「そうなる、だが大御所様はご無事じゃ」
そこまで攻められてもというのだ、陣が崩されるまでされても。
「それでもな」
「あと一歩ですか」
「真田殿はやはり及びませぬか」
「どうしても」
「そうなる、後はどうしてあの方を逃せられるか」
また大坂城の方を見てだった、兼続は言った。
「それが問題じゃな」
「あの方?」
「あの方といいますと」
「それは一体」
「どなたでしょうか」
「いや、何でもない」
それが誰かは言わない兼続だった、そこから先は。
「別にな」
「左様ですか」
「うむ、それでな」
兼続はここで周りの者達にこうも言った。
「我等はこれよりな」
「はい、攻めましょう」
「大坂方を」
「そうしてですな」
「敵を破りますか」
「そうするぞ、手柄を立てればじゃ」
そうすればとも話した兼続だった。
「褒美は手柄のままぞ」
「では」
「我等もです」
「手柄を立てまする」
「これより」
上杉家の者達は兼続に応えてだった、景勝の采配の下動いた。そうして戦いに赴くのだった。上杉家の黒い具足も旗も動かして。
幸村はただひたすら攻めていた、敵の軍勢は片っ端から蹴散らしていよいよだった。
家康の陣に向かっていた、徳川の黄色い旗と具足が見えてだった。幸村は自身が率いる赤備えの軍勢に言った。
「よいな」
「はい、いよいよですな」
「大御所殿の軍勢ですな」
「あの方のところに来ますな」
「そして」
「前に来る者は倒せ」
向かってくる者達はというのだ。
「そしてじゃ」
「はい、大御所殿の馬印を目指し」
「あの方を討つ」
「そうしますな」
「そうせよ、お主達もじゃ」
幸村は十勇士達にも言った。
「よいな」
「承知しております」
「我等もそのつもりです」
「大御所殿の御首を」
「必ず挙げます」
「そうじゃ、拙者も向かう」
見れば軍勢の要所に全て幸村がいる、七人の彼が。
「このままな」
「七人のままで」
「七耀の術を使われたまま」
「そのままですな」
「向かわれますな」
「拙者が御首を挙げられれば」
家康、その彼のだ。
「挙げる」
「殿ご自身が」
「そうされますか」
「是非」
「そうする、何としてもじゃ」
大将である彼自ら今の様に槍を取ってというのだ。
「大御所殿の御首を挙げる」
「そして勝つ」
「そうしますな」
「ここは」
「そうじゃ、何としてもじゃ」
家康の首を挙げて勝つ、それはもう執念であった。幸村は何時になく必死さを出し自ら二本の槍を振って突いて戦っていた。
そして家康の本陣まで来た、するとだった。
幸村は自ら先頭に立って槍を振るった、そうして足軽達も騎馬武者達も薙ぎ倒しつつ高らかに叫んだ。
「大御所殿は何処、真田源次郎見参!」
「来たか!」
家康はその姿を馬上で見て言った。
「遂に」
「大御所様、それではです」
大久保が言ってきた。
「ここは」
「迎え撃つべきじゃな」
「天下人の軍勢は退きますか」
「その様なことは出来ぬ」
家康も毅然として返した。
「到底な」
「左様ですな、では」
「皆の者、ここは前に向かうのじゃ」
戦え、家康は自身が直接率いる兵達に告げた。
「敵の数は少ない、だからここは幾重にも守りの陣を敷いてじゃ」
「敵を止める」
「そうしますな」
「敵がどれだけ強くとも案ずることはない」
家康の言葉は実に落ち着いたものだった、これまで数えきれないだけの戦を経てきたその経験からのことだけに。
それでだ、己が今率いる兵達にも落ち着いて言うのだった。
「数を頼りに落ち着いて守りを固めればな」
「数の少ない敵はですな」
「その数も勢いも徐々に減り」
「そして遂にはですな」
「敗れますな」
「そうじゃ、鉄砲に弓矢に槍もある」
敵を寄せ付けずに戦うものはというのだ、実際に家康の陣にはそうしたものもかなりの数がある。それで言うのだ。
「よいな、そうしたもので倒していけ」
「わかり申した」
「それでは鉄砲に弓矢」
「そして槍で」
「そうして防ぐのじゃ」
こう言ってだ、そしてだった。
家康は幸村の軍勢に鉄砲や弓矢、それに槍を向けた。彼は圧倒的な数とそうしたものを以て幸村を止めようとしていた。今ここに幸村そして家康はその全てを賭けた戦を行おうとしていた。
巻ノ百四十 完
2018・1・24