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巻ノ百四十五

               巻ノ百四十五  落ちた先で

 船は揺れる、だが。

 秀頼は全く平気でだ、こう言った。

「これが船の揺れだな」

「はい、ですが」

「うむ、酔うと聞いておったがな」

 秀頼は幸村に応えて話した。

「余はこの通りじゃ」

「酔っておられませぬな」

「その様じゃな」

「どうも右大臣様は酔う体質ではない様です」

 幸村は秀頼に応えた、見れば彼も十勇士そして大助も全く酔ってはいない。至って平気な顔をしている。

 だがそれでもだ、幸村は秀頼に話した。

「我等は鍛えており船の旅もです」

「慣れておるのか」

「大助ははじめてでしたが」

「はい、それでもです」

 大助も平然としていた、そのうえで己の父である幸村に応えた。

「それがしもです」

「船酔いはせぬな」

「そうした身体の様です」

「そうじゃな、これ位は何でもないか」

「それがしもまた」

「ならよい、船酔いは辛い者は船に乗っておられぬ程という」

 実は幸村にも馴染みがないことだ、彼もまた船酔いというものはしたことがないからだ。これは十勇士全員がそうだ。

「しかしそうでないならな」

「よいことですか」

「そうじゃ、船は瀬戸内からじゃ」

 幸村は今度は航路のことを話した。

「密かに九州の南を回ってな」

「肥後にまで行くのですな」

「うむ、博多を回ると遠回りになるししかも見付かる恐れがある」

「人の目にですな」

「そう加藤家のお歴々が話されておる」

 この船に乗り動かしている彼等がというのだ。

「それでじゃ」

「九州を南に回り」

「そうして肥後に入るのじゃ」

「左様でありますな」

「ではな、肥後に入りな」

「落ち着いてからですな」

「頃合いを見て薩摩に移るとしよう。そしてな」

 ここからだ、幸村は目を真剣なものにさせて大助と控えている十勇士達に話した。

「わかるな」

「はい、再びですな」

「戦をしようぞ」

「我等の戦を」

「是非な」

「そうか、お主達はその考えか」

 秀頼は幸村と大助の話を聞いて言った。

「戦は終わったが」

「はい、武家の意地として」

「その為にじゃな」

「再び戦を挑もうと考えております」

「真田の意地か」

「そうです、その意地を以て」

 武士そして真田の者のそれとしてというのだ。

「再びです」

「あの方と戦うか」

「そしてこの度はです」

「勝つか」

「そうしてきます」

「そうか、もう余は天下も戦もよい」 

 秀頼は己の運命を受け入れていた、失う筈の命が多くの者に助けられそれでほっとしていてそれで言うのだった。

「だからな」

「右大臣様はですな」

「何も言わぬ、お主達がそうしたいならな」

「そうしてよいと」

「好きな様にせよ」

 こう幸村に言った。

「余はもう一介の浪人として生きる」

「天下も位もですな」

「何もいらぬ」

 欲、それも一切捨て去った言葉だった。

「ただ生きているなら」

「それでよいのですか」

「何もしようとは思わぬ」

「では」

「国松には自由に生きてもらいたい」

 秀頼の親としての言葉だ。

「余と違いな」

「人としてですか」

「そうしてもらいたい、そしてな」

「我等もですか」

「うむ、人としてじゃ」

 まさにというのだ。

「自由にな」

「生きてもよいのですか」

「もう余は一介の浪人となる」

「だからですか」

「碌も官位もなければな」

「家臣もですか」

「おらぬ、だからな」

 それ故にと言うのだった。

「お主達も自由にせよ」

「薩摩に入れば」

「お主達の戦をしてもよい、そしてな」

「その後もですか」

「自由に生きよ、お主は夢があろう」

「はい、武士として」

 幸村は秀頼に畏まって答えた。

「武士の道を歩みそうして」

「その道をじゃな」

「極めたいと思っております」

 その様にというのだ。

「武士のそれを」

「ではな」

「その武士の道をですか」

「歩みそしてじゃ」

「そのうえで」

「自由に生きるのじゃ」

「自由にですか」

 幸村は秀頼のその言葉を受けてまずは瞑目した、そうしてから秀頼に対してあらためて強い声で述べた。

「必ず薩摩に戻って参りまする」

「戦の後でか」

「はい、そして後は」

「自由に生きるか」

「そうします」

 こう秀頼に述べた。

「家臣、そして大助達と共に」

「後悔のない様にじゃな」

「して参りまする」

「わかった、ではな」

「はい、その道に従い」

「そしてじゃ」

「そのうえで」

「天下一の武士になるのじゃ」

 秀頼の言葉も確かなものだった。

「是非な」

「さすれば」

「お主は余の様なものが家臣とするには過ぎた者じゃ」

「右大臣様が」

「そうじゃ、余程度の者が家臣としてはならん」

「では」

「自由に生きよ、自由に武士の道を歩みな」

「極めよと」

「そう言う、よいな」

「それもです」

「薩摩に戻ってか」

「考えまする、それがしは今は薩摩までです」

 肥後に着いてそうしてというのだ。

「何とかです」

「余を送るか」

「そう考えています、関白様との約束を果たします」

「叔父上か、あの方は」

 秀次の名を聞くとだ、秀頼は項垂れた。そうして申し訳ない顔になりそのうえで幸村に対して話をした。

「余のせいでな」

「いえ、それはです」

「違うか」

「はい、右大臣様のせいではありませぬ」

 彼のせいで腹を切らされたのではないというのだ。

「そうしたことはお考えにならぬ様」

「そう言ってくれるか」

「運命だったのです」

「叔父上のことは」

「はい、まことに残念ですが」

 助けに高野山まで赴いた幸村にしてもだ。

「あの方のことは」

「運命だからか」

「右大臣様はお気に為されませぬ様、そして」

「その叔父上がか」

「それがしに言われたのです」

「余に何かあればな」

「助けて欲しいと。ですから」

「薩摩までか」

「お連れ致します」

 幕府の者も入って来られぬこの国までというのだ。

「ですから」

「そうか、それではな」

「それがし薩摩まで必ずです」

「余をじゃな」

「お連れ致します」

 何があろうともだ、幸村は約束した。そしてだった。

 船は密かに肥後まで向かっていた、船は一路海を進んでそうしていた。船旅は途中大きなこともなく。

 無事に肥後まで着いた、その肥後に着くとだった。

 船に乗っている者達は秀頼一行に密かに囁いた。

「肥後に着きましたが」

「それでもです」96

「油断は禁物です」

「ですから」

「変装をしてですな」

 幸村が応えた。

「そうしてですな」

「はい、真田殿とご子息と家臣の方々は」

「そうして下され」

「そしてです」

「右大臣様は籠に入られて下さい」

 見ればそれは港にもう用意されていた。

「それに入られてです」

「夜に密かにです」

「城に入りましょう」

「熊本のその城に」

「わかり申した」

 幸村も応えてだった。

 秀頼に籠に入ってもらい姿を隠してだった、そうして。

 自分達は変装をした、大柄な清海や伊佐は目立ったがそれでもだった、誰も一行を見ても何も思わなかった。

 それでだ、十勇士達は城に向かう途中の宿でこう話した。

「変装もしていてよかったですな」

「誰も我等が真田の者とは気付きませぬ」

「ではこのままですな」

「城に入り」

「そうしてですな」

「そのうえで」

「うむ、城に入ってじゃ」

 そしてとだ、幸村は十勇士達に述べた。

「そうしてじゃ」

「はい、それからですな」

「落ち着いてからですな」

「加藤殿とお話をして薩摩に入り」

「そのうえで」

「右大臣様に落ち着いて頂く、そうなれば安心じゃ」

 秀頼のことはというのだ。

「まずはな」

「左様ですな」

「薩摩まで入ればです」

「右大臣様のことは安心ですな」

「もう幕府の目も届きませぬ」

「そうじゃ、だからじゃ」

 それでというのだ。

「薩摩に入るまでは気を抜かぬ様にな」

「ですな、しかしです」

 ここで海野がこんなことを言った。

「我等十人今も揃っております」

「大助様もおられますし」

 望月は自分達の若い主も見ていた、彼等にとって大助は幸村と同じく主なのだ。

「皆無事に逃れらましたな」

「それもまたよいことです」

 穴山も笑みを浮かべて言った。

「あれだけの戦で皆無事だったことは」

「国松様もご無事ですしな」

 由利は彼のことをよしとしていた。

「あの方も」

「後藤殿は大和で養生されているとか」

 こう言ったのは筧だった。

「あの方も生きておられますし」

「長曾我部殿、明石殿も無事にここまで来られれば」

 根津は彼等のことを話した。

「さらによいですな」

「はい、そして我等はですな」

 伊佐は確かな声で言った。

「近いうちに」

「共に駿府まで向かい」

 清海は幸村に笑って述べた。

「次の戦をするのですな」

「その時が来れば」

 霧隠も今は確かな声である。

「参りましょう」

「殿、その時はです」

 最後に猿飛が幸村に言った。

「我等全員で参りましょうぞ」

「わかっておる、薩摩に入って暫くしたらな」

 その時はとだ、幸村は己に言う十勇士達に話した。

「よいな」

「はい、そうなれば」

「すぐにでもですな」

「駿府に向かい」

「再び戦ですな」

「次の戦は軍勢同士のものではない」

 幸村は十勇士達そして大助にこのことを断った。

「忍と忍、武芸と武芸のな」

「戦ですな」

「我等のみで駿府に入り」

「そして個々で戦う」

「そうしたものになりますな」

「左様、だからな」

 それでと言うのだった。

「お主達はそれまでに傷を完全に癒しておいてくれ」

「わかっております」

「そうさせて頂きます」

「ではです」

「その時までには」

「傷を癒しておきます」

「それがしも」

 大坂での戦を足を負傷している大助も言ってきた。

「必ず」

「頼むぞ、お主もじゃ」

「駿府にですな」

「来てもらう、駿府には伊賀十二神将もいて服部殿もおろう、しかしな」

 それでもというのだ、家康を守る猛者達が集っていても。

「我等はな」

「必ず勝つ」

「そうするの」

 こう大助に述べた。

「そしてじゃ。お主は拙者の子だから違うが」

「父上と十勇士の者達は」

「主従であるが友であり義兄弟でもある」

 そうした間柄であることも話した、尚十勇士の家族達は幸村の家族と共に落ち延びて片倉に保護されている。

「生きる時も死ぬ時もな」

「同じですな」

「死ぬ場所もな。そう誓っておる」

「だからですな」

「駿府でも死なぬ」

 誰一人として、というのだ。

「そのつもりじゃ」

「左様ですな」

「我等も人、必ず死ぬ時が来るが」

「それはですな」

「共に同じ時同じ場所でじゃ」

「だからですな」

「駿府で死ぬなら皆となるが」

 それでもというのだ。

「そうでないならな」

「駿府ではですな」

「死なぬ、だからな」

「はい、それでは」

「お主も死ぬな、勝ってそうしてじゃ」 

 そのうえでというのだ。

「薩摩に戻るぞ」

「その時は」

「そうするぞ」

「わかり申した」

 大助は父に応えた、そしてだった。

 真田の者達は決意を新たにした、そのうえで。

 熊本城に向かった、城には夜に入り。

 そうして秀頼は幸村主従と共に加藤と会った、すると加藤は秀頼に拝謁したうえで彼を上座に置いて話をした。

「ここまで来ればです」

「もうか」

「はい、ご心配は無用です」

「ではじゃな」

「もう島津殿とお話はしております」

「ではか」

「はい、落ち着かれたら」

 その時はというのだ。

「薩摩にお入り下さい」

「肥後ではじゃな」

「肥後はまだです」

「幕府の目が届くか」

「はい、ですから」

 それ故にというのだ。

「この城からです」

「薩摩に入りか」

「そこでお過ごし下さい」

「わかった、それでじゃが」

「国松様ですな」

 見れば父加藤清正の面影が残っている、加藤はその若々しい顔で秀頼に対して彼の子のことについても答えた。

「あの方もです」

「この城に来ておるか」

「主馬殿と共に。ただ」

「ただとは」

「都ではどうもです」

 加藤は秀頼にこのことも話した。

「国松様は捕まり斬られたと」

「そうした話になっておるか」

「その様です」

「ふむ、左様か」

「どうも幕府があえてです」

「流した話か」

「国松様を切ったことにして」

 そうしてというのだ。

「もう国松様のことはよいと」

「その様にしたのか」

「幕府は、そしてそれはです」

 加藤はさらに話した。

「長曾我部殿もです」

「あの者もか」

「国松様と同じく四条河原で切られたと言われていますが」

「実はか」

「違う様です」

「ではあの者もか」

「生きておられるかと」

 こう秀頼に話した。

「どうやら」

「そうか、あの者もか」

「生きておられそして」

「薩摩にじゃな」

「向かっておられる様です、明石殿はです」

 彼はというと。

「間違いなくです」

「生きておるか」

「はい、もう肥後に入られています」

 この国にというのだ。

「残念ながら大野殿の末弟殿の行方はわかりませぬが」

「それでもか」

「はい、今申し上げた様にです」

「長曾我部や明石がじゃな」

「生きておられます」

 そうだというのだ。

「ご安心下され」

「それではな」

「はい、では」

「まず国松と会い」

 秀頼は加藤に述べた、加藤家の家臣達だけでなく幸村親子と十勇士達も共にいて秀頼の前に控えている。

「そしてな」

「長曾我部殿、明石殿とも合流されて」

「薩摩に入りたいが」

「おおせのままに」

 加藤は秀頼に謹厳な面持ちで応えた。

「島津殿にはその様に伝えます」

「頼むぞ」

「勿体ないお言葉。ですが」

「お主のことか」

「それがしは豊臣家の家臣でした」

 だからだとだ、ここで加藤は秀頼にこのことも話した。

「ですからやがてはです」

「幕府には」

「取り潰されるでしょう」

「そうなるか、やはり」

「福島家もそうでしょうが」

「しかしか」

「その前に忠義を果たせそうで何よりです」

 主である秀頼を救ってというのだ。

「このことで悔いはありませぬ」

「そう言ってくれるか」

「はい、では」

「合流の後でな」

「薩摩に」

「入ろう」

「真田殿もですな」

 幸村にも顔を向けて問うた。

「その様にですな」

「したいですが」

「お願い申す」

 加藤は幸村にも話した。

「そしてです」

「右大臣様を」

「お護り下され、そして」

「それがしもまた」

「思いを果たされましたな」

「一つの。そして」

「もう一つの願いを」

「果たしまする」

 幸村は加藤に答えた。

「必ず」

「多くは言えませぬが応援させて頂きます」

「そうして頂きますか」

「それがしには他のことは出来ませぬが」

 それでもというのだ。

「武士として」

「戦にですな」

「勝たれることを」

「それでは」

 幸村も応えた。

「その様にさせて頂きます」

「それでは」

「はい、しかし思えばです」

「ここに至るまでですか」

「色々ありました」

 幸村はここで己のこれまでの人生、そして戦のことを思った。それは実に多くのことがあったものだった。

 それでだ、こう言うのだった。

「山もあれば谷も」

「大坂での戦も」

「あと一歩で大御所殿の御首を取れましたが」

 それでもというのだ。

「それも適わず」

「そしてですな」

「ここに辿り着きました、ですが後悔はありませぬ」

 戦には勝てなかった、だがそれでもというのだ。

「そうなるにはやることがあるので」

「それこそがですな」

「次の戦です」

 まさにそれだというのだ。

「ですから」

「そうですな、では今は肥後の酒でも飲まれて」

「そうしてですな」

「休まれて下され」

 加藤はこう言ってだ、そのうえでだった。

 幸村達は酒と馳走でもてなし秀頼は国松に会ってもらった、その国松を連れてここまで逃れてきた治房は主に畏まって言った。

「よくぞごご無事で」

「うむ、源次郎達に助けられてな」

「そうしてですな」

「ここまで至れた」

 秀頼は己に畏まる治房に答えた。

「非常に有り難い、源次郎達には何と言っていいかわからぬ、そしてな」

「それがしにもですな」

「うむ」

 その通りだと言うのだった。

「よく国松をここまで連れて来てくれた」

「若し木下殿、加藤殿のお力がなければ」

「それもか」

「出来ませんでした」

 治房は秀頼に畏まったまま述べた。

「とても。ですが」

「それでもじゃな」

「はい、この様にしてです」

 木下家、そして加藤家の助力があってというのだ。

「国松様を」

「うむ、国松よ」

 秀頼は今度は我が子に声をかけた。

「また会えたな」

「はい、父上」

「そなたが助かったのは何故かわかるな」

「はい、主馬や他の者達がいたからこそです」

「そうじゃ、お主の力で助かったのではない」

 秀頼は我が子に話した。

「主馬、木下家加藤家とな」

「多くの者達がいてくれたので」

「お主は助かった、このことを忘れるでないぞ」

「はい」

 国松は確かな声で答えた。

「そのことは決して」

「ではな、そのうえでこれから生きるのじゃ」

「そうさせて頂きます」

「薩摩でな、では時が来ればな」

「その薩摩に入り」

「生きようぞ、一介の浪人としてな」

 これまでのあらゆるものを消し去ってというのだった。

「よいな」

「わかり申した」

「では再会を祝して盃を交えよう」 

 こう言ってだ、秀頼は国松との再会を祝った。熊本城では密かに生きている者達の密かな宴が開かれた。

 暫くして城に密かに長曾我部、そして明石が来た。それでだった。

 秀頼は彼等とも会いそれが済んでから加藤に言った。

「ではじゃな」

「はい、既に島津殿から文が来ております」

 加藤はあえて上座に座ってもらっている秀頼に答えた。

「そろそろ人を密かにですが」

「この肥後に寄越してくれるか」

「そうしてです」

「その者が来たならばじゃな」

「ご家臣の方々と共に」

「薩摩にじゃな」

「入られて下さい」

 こう秀頼に言うのだった。

「そしてです」

「薩摩でな」

「生きられて下さい」

「わかった、これまでご苦労だった」

「父の願いでありました」

 加藤清正、彼のというのだ。

「それが果たせてです」

「そなたも嬉しいか」

「まことに」

 こう秀頼に話した。

「感無量です、それでは」

「うむ、ではな」

「島津家の者が来れば」

「皆の者もよいな」

 秀頼は幸村達にも問うた。

「間もなく我等は薩摩に入る、そしてな」

「そうしてですな」

「以後は薩摩においてですな」

「我等も生きるのですな」

「そうしてもらう、しかしじゃな」

 秀頼はここで幸村と長曾我部、明石を見た。今ここにいる豊臣の家臣の中でまだ戦を思う者達を。

「お主達はもう一戦行くな」

「そうさせてもらいます」

「そして次の戦ではです」

「必ず勝ちます」

 その通りだとだ、三人も答えた。幸村の後ろには大助と十勇士達が控えている。

「そしてそのうえで、です」

「薩摩に戻ってきますので」

「その時をお待ち下さい」

「わかった」

 秀頼も確かな声で応えた。

「そうさせてもらう」

「それでは」

「さて、ではだ」

「はい、間もなくです」

「島津家から使者が来るな」

「そしてです」

 幸村は秀頼に応えて述べた。

「その使者に案内され」

「薩摩に入るか」

「おそらく間道、島津家しか知らない様な」

「そうした道を通ってか」

「薩摩に入ります」

「そうしてか」

「そして薩摩に入れば」

 幸村は秀頼にそれからのことも話した。

「もうです」

「薩摩から出ることはな」

「ありませぬ、その間道もです」

 自分達が使うであろうとそれもとだ、幸村は話した。

「我等が使った後は」

「消されるか」

「そうなります」

「そうか、それで完全にじゃな」

「我等のことはです」

 まさにというのだ。

「いなかったこととなります」

「大坂で確かに死んだ」

「そうなります」

「わかった、ではな」

 秀頼は幸村のその言葉に素直に頷いた、だが。

 幸村はここで長曾我部に顔を向けて彼に言った。

「申し訳ありませぬが」

「土佐のことはか」

「はい、最早」

「これも天命じゃな」

 長曾我部は幸村に笑って応えた。

「結局わしは土佐の大名に返り咲けぬ」

「それがですか」

「わしの天命であろう、ならばな」

「それで、ですか」

「もうよいわ、ならわしもじゃ」

「薩摩において」

「一介の浪人として生きて死のう、しかしな」

 長曾我部はここで目を光らせた、そのうえで幸村にこう言った。

「わしも戦いたい」

「では」

「うむ、真田殿が駿府に行かれる時はな」

「同行して頂けますか」

「槍で雑兵共の足止め位はしてみせよう」

 そうして戦いに協力するというのだ。

「その様にな」

「それでは」

「うむ、土佐のことはもうよい」

 これが長曾我部の今の考えだった。

「しかし生きておるのも何かとなるとな」

「それはですか」

「真田殿と共に戦うのも天命であろう」

 そう思ってというのだ。

「だからな」

「共に戦って下さいますか」

「必ずな」

「それがしもです」

 明石は自ら言ってきた。

「切支丹を本朝に広めることは無理になった様ですが」

「それでもですか」

「それがし自身が信仰を守っていきます」

 切支丹のそれをというのだ。

「そうしていきます、そして真田殿の戦に」

「明石殿もですか」

「共に」

 長曾我部と同じく、というのだ。

「そうさせて頂いて宜しいでしょうか」

「有り難きお言葉、では」

「はい、その時が来れば」

「宜しくお願いします」

「その様に、しかしです」

「しかしとは」

「いえ、まさか我等が生き残り薩摩に逃れるのは」

「そのことがですか」

「先程長曾我部殿も言われましたが」 

 その長曾我部を見ての言葉だ。

「それはやはり」

「天命でありますか」

「そうなのでしょう、そして」

「その天命に従い」

「それがしもです」

「拙者の最後の戦にですか」

「助太刀させて頂きたいのです」

 こう幸村に申し出た。

「是非」

「有り難いことです、では」

「はい、それでは」

「その時が来れば」

 薩摩に入り暫くしてというのだ。

「必ずです」

「駿府にですな」

「向かいましょう」

「その際ですが」

 大助が長曾我部と明石に話した。

「実はです」

「実はとは」

「一体」

「はい、当家だけの忍道、真田道というものがあり」

「その道を通り」

「駿府まで」

「はい、進むことになります」

 薩摩からというのだ。

「我等はそれを使い天下のあらゆるところを行き来出来まして」

「その真田道を使い」

「駿府までも」

「向かうことになります」

「そしてその途中、大和で」

 幸村が言ってきた。

「後藤殿をお誘いします」

「あの者が生きておるとは何より」

 秀頼もその話には聞く度に笑みになった。

「ではな」

「はい、必ずです」

「又兵衛と合流してか」

「駿府で一戦して」

「それからじゃな」

「必ず戻って参ります」 

 秀頼の前にというのだ。

「その時をお待ち下され」

「ではな」

 秀頼も応えた、そしてだった。

 秀頼主従は暫くの間薩摩からの使者を待った、そしてその薩摩からの使者が密かに熊本城まで来てだった。

 秀頼に拝謁してだ、こう言ってきた。

「お話は聞いております、よくぞご無事で」

「皆に助けてもらってな」

 秀吉は薩摩即ち島津家の使者にもこう答えた。

「そうしてな」

「ここまで至れたと」

「そうじゃ」

 まさにとだ、秀頼は微笑んで使者に話した。

「この様にな。そしてじゃな」

「はい、これよりです」

「薩摩にか」

「道案内させて頂きます」

 使者は秀頼に確かな顔で申し出た。

「これより」

「頼む、ではな」

「家臣の方々もですな」

 使者はここで幸村達も見て言った。

「左様ですな」

「うむ、そうしてくれるか」

「無論」

 使者は秀頼に一言で答えた。

「家臣の方々のお話も聞いておりますし」

「既にじゃな」

「これより間道を通り」

「そしてじゃな」

「家臣の方々もです」

 彼等も皆というのだ。

「是非共です」

「余と共にじゃな」

「薩摩に入って頂きます」

 まさにというのだ。

「そして後は」

「薩摩においてじゃな」

「もう屋敷等も用意していますので」

 秀頼達が住むそこもというのだ。

「家臣の方々のものも」

「そうしてくれておるのか」

「禄もお出しします」

 こちらの用意もするというのだ。

「ですから」

「心配はか」

「はい、一切為さらずに」

 そうしてというのだ。

「そのうえで」

「薩摩に入りか」

「お暮し下さい」

「済まぬな、そこまでしてもらい」

「そうすると決めていましたので」

 島津家がとだ、使者は秀頼に平然とした顔で答えた。

「右大臣様はお気に為さらぬ様」

「そう言ってくれるか」

「ではこれより」

「うむ、この城を発ってじゃな」

「薩摩にお入り下さい」

 使者は確かな声で言ってだ、そうしてだった。

 秀頼を薩摩に案内することになった、加藤はこの時秀頼に言った。

「何かお困りでしたら」

「その時はか」

「それがしに何でも言って下され」

「そしてか」

「お力になります」

 今もこう言うのだった。

「ですからご安心下さい」

「何があってもか」

「左様です、これでお別れとなりますが」

「それでもお主は余の為にか」

「尽くさせて頂きますので」

「そう言ってくれるか、余は誰かの世話になってばかりであるな」

 秀頼は加藤の心を知り瞑目する様にして言った。

「これが余なのか」

「こうしたこともあります」

「戦に負けて落ちればか」

「我等は豊臣のひいては右大臣様の徳をです」

「慕ってか」

「そうしていますので」

 だからだというのだった。

「お気遣いなく様」

「そうか」

「はい、それでは」

「これよりな」

「薩摩でもお達者で」

「お主もな」

 二人で言葉を交えさせてそうしてであった。

 加藤は秀頼と家臣達に別れを告げ城で密かに見送った。この時に別れも宴も開き城内で盛大にそれを楽しんだ。

 そしてだった、その宴の後で。

 秀頼達は夜密かに城を出て間道から薩摩に向かった。この時にだ。

 幸村と長曾我部、明石は十勇士達と共に秀頼と国松の警備を行っていた。治房は秀頼と国松の傍を離れない。

 その中でだ、十勇士達は幸村に密かに話した。

「気配はしませぬ」

「敵の気配は」

「伊賀者や甲賀者の気配も」

「全くしませぬ」

「ふむ。来るやもと思っておったが」

 幸村も周りに気を張らずに述べた。

「しかしな」

「それでもですな」

「今はですな」

「幕府もですな」

「何もしませぬな」

「薩摩には入らせてくれるか、そして」

 幸村はさらに話した。

「右大臣様はな」

「そのままですな」

「薩摩で暮らさせてくれるのですな」

「幕府としては」

「そうした考えですな」

「その様じゃな」

 まさにとだ、幸村は十勇士達に話した。

「やはり幕府はな」

「右大臣様のお命は、ですな」

「取るつもりはないですな」

「国松様についても」

「左様ですな」

「そうじゃな」

 こう言うのだった。

「やはり」

「ここまで何もしてきませんでしたし」

「逃げることは察していても」

「海でも襲ってきませんでした」

「そして熊本城に入るまでもです」

「一切でしたし」

「今も」

 十勇士達は常に気を張っていた、幕府が仕掛けてくればその時は秀頼を命を賭して守ろうと決めていたのだ。

 だが、だ。今もだった。

「どうもです」

「攻めてきませんね」

「気配すらしません」

「では、ですね」

「今もですね」

「薩摩にですか」

「行ってもよいということか、そうしてな」

 幸村はさらに話した。

「大御所殿は太閤様との約束を果たされる」

「右大臣様を頼む」

「そのお言葉を確かにですな」

「守られるのですな」

「その様にされるのですな」

「あの御仁の本質は律儀じゃ」

 若い頃から言われている様にというのだ。

「約束を破ることはどうしてもな」

「出来ぬ方ですな、やはり」

「天下人になっても」

「約束は守る」

「それは絶対の方ですな」

「うむ、天下を手に入れると余計にな」

 家康はこれまで以上にというのだ。

「律儀でならぬと思われておるしな」

「天下人、公が約束を破ってどうなるか」

「それでは天下に示しがつかぬ」

「だからですな」

「大御所殿は今も約束を守られた」

「そうなのですな」

「そうじゃ、右大臣様を薩摩まで行かせてじゃ」

 大坂の戦で死んだ、そういうことになっていてもというのだ。

「約束を果たされるのじゃ」

「左様ですか」

「では、ですな」

「我等は無事にですか」

「薩摩に入ることが出来ますか」

「そのことは」

「それは出来る、そしてじゃ」

 幸村は十勇士達に間道を進みつつ話した、大柄で太っていてしかも山道を歩いたことがない秀頼は間道を進むことに苦労していたが彼等にとっては真田道と比べれば実に楽な道で幾ら歩いてもどうということはなかった。

「我等はな」

「薩摩に入り」

「時が来れば」

「密かにですな」

「駿府に向かいそして」

「最後の戦ですな」

「それをするぞ、しかしその時もじゃ」

 最後の戦でもとだ、幸村は十勇士達に話した。

「我等の誓いは忘れるでない」

「はい、何があろうとも」

「死ぬ時と場所は同じですから」

「死ぬことはですな」

「なりませぬな」

「そうじゃ、右大臣様の御前に戻ると誓ったのじゃ」

 それならというのだ。

「絶対にじゃ」

「例えどれだけ激しい戦になろうとも」

「恐ろしい敵がどれだけ出ようとも」

「それでもですな」

「誰一人として死んではならん」

「そうですな」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「そうしてじゃ」

「皆で薩摩に戻り」

「右大臣様に勝ちを報告するのですな」

「我等全員が戻り」

「そうしますな」

「そうじゃ、戦に勝って終わりではない」

 それだけではないというのだ。

「それはじゃ」

「薩摩に戻り」

「右大臣様に申し上げる」

「それで、ですな」

「全てが決まりますな」

「そうなりますな」

「そういうことじゃ、何としてもじゃ」

 まさにというのだ。

「我等は全員で戻るぞ」

「最後の戦の時も」

「そうしますな」

「生きるの死ぬも同じ」

「あの誓いのままに」

「そうするぞ、そして戦が終われば」

 そして薩摩に戻ったその時のこともだ、幸村は話した。

「それからは皆で考えようぞ」

「そうしますか」

「戦の後は」

「それからどうするか」

「そのことは」

「そうじゃ、戦が終わればな」

 まさにというのだ。

「我等はもう完全な風来坊よ」

「ですな、もう全員死んだことになっていますし」

「それではです」

「完全な風来坊です」

「そうした者達です」

「では思うままに生きられる」 

 そうなるというのだ、戦になった後の自分達は。

「それならばな」

「後はですな」

「好きに生きまするか」

「我等で」

「そうしますか」

「そうするか、まずは薩摩に入りな」

 そうしてというのだ。

「それからになるが」

「ですな、薩摩ですが」

「今向かいはじめたところです」

「間道を何日もかけて進み入る」

「そうなりますな」

「そうなる、薩摩までは遠い」 

 幸村達の足ではすぐだが他の者達特に秀頼や子供である国松は違っていた。二人共もう肩で息をしだしている。

 それでだ、使者の者も秀頼親子に言った。

「少し休まれますか」

「そうしてくれるか」

「はい、この道は幕府も知らぬ道ですし」

「追手や刺客も来ぬからか」

「焦ることはありません」

 だからこそというのだ。

「ですから」

「休んでもよいか」

「はい、しかも右大臣様はお疲れです」

 慣れぬ道を太った身体で歩いてというのだ、実際に全身汗だくになってしまって顔中から汗が滝の様に流れている。

「ですから」

「そうか、ではな」

「休みも取りつつ」

「そうしてか」

「薩摩に進んでいきましょう」

「それではです」

 幸村も秀頼に言ってきた。

「休みつつ確実にです」

「薩摩に向かうか」

「そうしましょう」

「わかった、ではな」

 秀頼は幸村の言葉に頷いた、そうしてだった。

 一行は薩摩に休みつつも向かっていた、その道はゆっくりとではあったが順調であった。



巻ノ百四十五   完



                   2018・3・1

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