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巻ノ百四十七

               巻ノ百四十七  吉報

 大助は一人真田の忍道を通り大和に向かっていた、この道を忍の者特有の風の様な速さで進みそうしてだった。

 彼は瞬く間に大和まで来た、そこで一旦飯を食う為に奈良の街に入るとだ。

 奈良では秀頼達のことを話していた、彼等はこんなことを話していた。

「右大臣様はまことに亡くなられたのか」

「どうであろうな」

「城からお逃げになられたというが」

「わからぬな」

「国松様は都で切られたのじゃな」

「いや、それはわからぬらしいぞ」

 国松のことも話していた。

「切られたのは何処かの人を殺めた札付きの悪童であるらしい」

「何と、では国松様はご無事か」

「お護りしていた大野主馬様も行方知れずというが」

「あの方は生きておられるか」

「そして右大臣様も」

「そうであるのか」

 秀頼親子は生きているのではという話をしていた、そして。

 幸村達についてもだ、こんなことを話していた。

「真田様は素晴らしい働きをされたがな」

「討たれて残念であったな」

「いや、真田様の御首も影武者だとか」

「何っ、ではあの首は偽の首か」

「そうであるのか」

「他の誰かの首か」

「では真田様は」

 幸村、彼もというのだ。

「生きておられるのか」

「そうであるのか」

「あの方は」

「そういえば十勇士のことも聞かぬな」

「そうじゃ、真田様の十人の腕利きの家臣の方々もな」

 今度は十勇士達のことが話された。

「噂を聞かぬな」

「そうじゃな、討たれたとな」

「戦の最後の方でお姿を消したというが」

「果たしてどうなのか」

「ことの真実はのう」

「若しかするとどの方も今も何処かで生きておられるのやもな」

「いや、きっとそうであろう」

 誰かが希望を以て言った。

「きっとどの方もまだ生きておられるわ」

「大坂から落ち延びられてか」

「そうしておられるか」

「そうじゃ、きっとじゃ」

 秀頼も幸村達もというのだ。

「きっと生きておられるわ」

「そうか、戦には敗れたが」

「そうなったか」

 奈良ではこうしたことを話していた、しかし。

 大助はそうした話を聞くだけで飯を食うとすぐに奈良の街を後にした、そしてだった。

 また真田の忍道に戻り大宇陀に向かった、すると。

 そこは一見して普通の村だった、だが。

 ここで大助は耳を澄ませた、すると村人達の声が聞こえた。

「あの方もご無事で何より」

「全くじゃ、ここに来られた時は瀕死であったがのう」

「それが思わぬ位に傷が治られて」

「今では稽古もはじめられた」

「このまま無事にな」

「ここで生きておられて欲しいのう」

 こうしたことを小声で話していた、それを聞いてだった。

 大助は確信してだ、大宇陀の外れの方に行った。そこから大きな何かを振り回すかの様な音が聞こえたからだ。

 それでそこに行くとだ、まだにだった。

 後藤がいて槍を振るっていた、大助はその姿を見てすぐにだった。

 後藤のところに行って彼に声をかけた。

「後藤殿、お久しぶりです」

「おお、これは真田殿のご子息の」

「はい、大助です」

 後藤に畏まって応えた。

「お元気そうで何よりです」

「ははは、お互いにな」

「ご無事と聞いていましたが」

「この通りな」

「実際にですな」

「傷は深かったが家臣やここの百姓達に助けられてな」

 そうしてというのだ。

「この通りじゃ」

「槍を振るえるまでにですな」

「戻ったわ、それでじゃ」

 今度は後藤の方から言ってきた。

「貴殿がここに来られたのは」

「はい、右大臣様は無事に薩摩に入られました」

 大助は後藤にこのことから話した。

「国松様も」

「そうか、ご無事であられるか」

「はい、長曾我部殿と明石殿もです」 

 二人もというのだ。

「ご無事で」

「薩摩にじゃな」

「おられます、そして父上と十勇士も」

「そうか、無事で何より」

「幸いにして」

「そしてじゃな」

「はい、そしてこの度それがしがここに来たのは」

「わかっておる、駿府にじゃな」

「そこまでおわかりですか」

「うむ」

 後藤の返事は強いものだった。

「その通りじゃ」

「それでは」

「真田殿はもしやと思うが」

「はい、駿府に行く前にです」

「この大宇陀にか」

「寄られるとのことです」

「それには及ばぬ」

 後藤は大助に笑って応えた。

「それではな」

「まさか」

「そのまさかじゃ、今よりここを発つ支度をする」

「そうしてですか」

「薩摩まで案内してくれるか」

 こう大助に言うのだった。

「そしてな」

「その薩摩からですか」

「共に駿府に行きたい」

 大助、ひいては幸村達とというのだ。

「そうしたいのじゃが」

「左様ですか」

「よいであろうか、道を案内してもらって」

「わかり申した」

 大助は後藤が今の様に行ってくるとは思っていなかった、だが。

 後藤自身がそう言うのならとだ、自身で断を下してそうしてだった。後藤にこう答えたのだった。

「薩摩まで案内致します」

「ではな」

 こうしてだった、後藤は自分に大宇陀までついてきてくれている家臣と共にだった。

 旅支度に入った、そうしてだった。

 その家臣と共に大助に案内されて大宇陀を後にする時にだ、村の長老が彼のところに来てこう言ってきた。

「これよりですか」

「まさかと思うが」

「はい、村の者達皆では来られませんでしたが」

「そなたがか」

「村を代表してです」

 そうしてというのだ。

「お見送りに」

「来てくれたか」

「はい、後藤様を村の者達で見送る代表に」

 そうした代表でというのだ。

「参りました」

「済まぬな」

「後藤様が来られた時はです」

 長老は後藤にその時のことから話した。

「まさかと思いました」

「あの時何故わしを幕府に突き出さなかったの」

 後藤は長老に怪訝な顔で問うた。

「そうすればそなた達の手柄となったが」

「滅相もない」

 長老は首を横に振って後藤に答えた。

「後藤様の様な立派な方をそうしては人としての道を外してしまいまする」

「そう思ってか」

「はい、村の者達は皆です」

「わしを匿い傷の手当てをしてくれたか」

「左様です」

 まさにというのだ。

「そうさせて頂きました」

「そうであったか」

「左様であります、そしてですか」

「うむ、今よりここを発ってな」

「戦に赴かれますか」

「そうする、しかしそなた達にはな」

 後藤はその顔をやや曇らせて長老に述べた。

「あえてな」

「あえてでしたか」

「別れは言わぬつもりであった」

「それは後藤様が、ですか」

「大坂方で戦った、幕府から見れば謀反人じゃ」

「その謀反人を匿ったと幕府に知られれば」

「そう思い挨拶をせずに去るつもりであったが」

 後藤は長老に苦い顔のまま話した。

「そうであったが」

「はい、我等もそう思い」

 それでとだ、長老も後藤に述べた。

「わしだけがです」

「見送りに来てくれたのじゃな」

「そうでした、お互いに思うことは同じでしたか」

「その様じゃな、しかしな」

「戦はですか」

「必ずじゃ」

 まさにというのだ。

「勝つ、そしてな」

「生きられますか」

「そうする、ではな」

「これより」

「わしはわしの最後の戦に向かう」

 こう長老に述べた。

「そうしてくる」

「はい、ではご武運を」

「村でのこと、忘れぬ」

 二人で言葉を交えさせてだ、そしてだった。

 後藤は長老と別れそうしてだった、大宇陀を後にして。

 そのうえで薩摩への道中に入った、その中で大助は後藤に尋ねた。

「よいでしょうか」

「大宇陀でのことか」

「はい、後藤殿が村の者達に匿われたことは」

「わしを慕ってというのじゃな」

「はい」

 こう後藤に言うのだった。

「だからです」

「わしの様な者をか」

「いえ、後藤殿だからです」

 大助は道案内をしつつ後藤に答えた。

「だからこそです」

「そうなのか」

「はい、ですから」

 それでというのだ。

「ああしてです」

「村の長老が村の者達を代表してか」

「来てくれたのです」

 見送り、それにだ。

「そうしたのです」

「謀反人ではなくか」

「天下の豪傑として」

「そうであるか」

「ではです」

「うむ、わしはあの者達の心に応えねばならんな」

「駿府では共に戦いましょう」

 後藤にこうも言った。

「是非、そして」

「勝ってじゃな」

「帰りましょう」

「わかった、わしはずっと死に場所を求めておった」

 後藤は遠い目になり大助に述べた。

「それで大坂でも戦っていたが」

「それでもですか」

「ここに逃れて今の様にな」

「村人達によくしてもらい」

「そしてだ」

 そのうえでというのだ。

「考えが変わった、死ぬのは何時でも出来る」

「何時でもです」

「うむ、何処まで満足した武士として生き通せるか」

「そのことがですか」

「確かだと思う様になってな」

「それで、ですか」

「わしは死に場所を求めて戦うのではなく」

 そうではなく、というのだ。

「武士としての道を歩む」

「そうした戦をですか」

「したい、これがおそらく最後の戦になるが」

「その戦において」

「わしは戦いな」 

 そうしてというのだ。

「生きる、そうしてじゃ」

「薩摩にですか」

「戻る、その後はな」

「どうするかはですか」

「わしが決める、ではな」

「薩摩に入って」

「それからあらためて話をしよう」

 二人で話してだ、そのうえでだった。

 大助は後藤と彼の家臣を薩摩まで案内した、後藤も健脚でそうしてだった。一行はすぐに薩摩に着いた。それから。

 後藤はすぐに秀頼の前に来て頭を下げた、そのうえで彼に話した。

「それがしもです」

「うむ、無事であって何より」

「この通り、では」

「お主もじゃな」

「はい、一戦赴いて宜しいでしょうか」

「もう余は何も言うことはない」

 秀頼は後藤に微笑んで答えた。

「そなたが好きにすることだ」

「それでは」

「うむ、そしてじゃが」

 秀頼は後藤の家臣である長沢にも顔を向けて彼に声をかけた。

「お主が又兵衛を大宇陀までか」

「お連れしました」

「その功まことに大きい」

「有り難きお言葉」

「そなたのことは島津も聞いておる、島津家として藩士として召し抱えるとのことじゃ」

「藩士としてですか」

「うむ、その忠義に報いるとのことじゃ」 

 後藤へのそれにというのだ。

「だからな」

「はい、それでは」

「これからも武士として正しくある様にな」

「そうさせて頂きます、して殿は」

 長沢は後藤に顔を向けて己の主に問うた。

「どうされますか」

「わしか、戦に行ってからな」

「戻られた時は」

「何も考えておらぬ」

「そうですか」

「大助殿にもお話した通りな」

 今はというのだ。

「考えておらぬわ」

「左様ですか」

「うむ、しかしな」

「まずはですか」

「戦を戦ってじゃ」

 そしてというのだ。

「思う存分槍を振るってな」

「最後の戦に勝たれて」

「また薩摩に戻るからな」

「お待ちしております」

 これが長沢の返事だった。

「殿のお帰りを」

「そうしてくれるか」

「はい、では」

「ご武運を」

 長沢は微笑み己の主に応えた、そうしてだった。

 後藤は島津にも挨拶をしそうしてだった、幸村達と共に駿府に向かう用意に入った。その用意はすぐにはじまり。

 旅支度も整った、そこで幸村は夜に屋敷で大助に話した。

「さて、無事にな」

「これで全て整いました」

「うむ、だからな」

「すぐにですね」

「明日の日の出と共にな」

 こう大助に話した。

「ここを発つ。よいな」

「わかりました」

「そしてな」

 大助はさらに話した。

「行くのは拙者とお主に十勇士達にな」

「後藤殿、長曾我部殿、明石殿ですな」

「合わせて十五人、一騎当千の猛者達がな」

「十五人となると」

「思う存分戦える、そしてな」

 そうしてというのだ。

「勝てる」

「はい、間違いなく」

「だからな」

「憶することなく」

「向かうぞ、そしてな」

「今度こそ大御所殿の御首を」

「いや、勝てればよい」

 幸村は大助にこう答えた。

「もうな」

「勝てればとは」

「そうじゃ、言った通りじゃ」

「勝てばですか」

「それでよい」

「勝つにはです」

「大御所殿の御首をか」

「取るのでは」

「それだけが勝ちのあり方ではない、この度はな」

「そうなのですか」

「そうじゃ、大坂での戦はそうでなければ勝てなかったが」

 あの時はというのだ。

「しかしな」

「この度はですか」

「そうじゃ、戦ってもな」

 そして勝ってもというのだ。

「それが勝ちではないのじゃ」

「どうもそれは」

 大助は父の言葉に首を傾げさせた、そのうえで父に問うた。

「わかりませぬが」

「それは戦の後でわかる」

「その時にですか」

「勝ってからな」

「左様ですか」

「うむ、そなたにも言っておく」

「それでは」

 大助は父の言葉を聞いてだ、確かな顔で応えた。

「楽しみにさせて頂きます」

「その時をじゃな」

「はい、父上に教えて頂くことを」

 次の戦では家康の首を取っても何故勝ちとはならないのか、その必要はないのか。そのことをというのだ。

「楽しみにしております」

「ではな、しかしな」

「それでもですな」

 このことは大助もわかってすぐに応えた。

「それはそれがしにわかるのは」

「勝ってこそじゃ」

「左様ですな」

「勝たねばじゃ」

 それこそとというのだ。

「わかることではない」

「ですな、では」

「うむ、勝つぞ」

「さすれば」

「お主にはあらゆる武芸を仕込んできた」

 まさに十八のそれをだ、幸村だけでなく十勇士全員で大助にそれを仕込んできたのだ。特に水練と馬術、手裏剣に忍術をだ。

「その武芸、次の戦でこそな」

「存分にですか」

「使ってもらうぞ」

「わかり申した」

 父に確かな声で応えた、そしてだった。

 大助は次の戦で思う存分これまで身に着けた武芸を使うことを約束した、その日の夜に。

 幸村は己の屋敷に大助と十勇士以外に後藤と長曾我部、明石とこの度の戦に向かう者達だけでなくだ。

 治房も呼んだ、それで酒を出してだった。

 まずは治房にだ、こう言った。

「それがし達は必ず帰ってきますが」

「それでもですな」

「はい、帰らぬ時は」

「右大臣様、国松様を」

「お願いします」

 こう頼むのだった。

「是非」

「はい、その時はです」

 治房も幸村に確かな声で応えた、皆まだ杯も取っておらず真剣に話をして聞いている。

「それがし一命にかえて」

「お二方を」

「お護り致します」

「そうして頂けますか」

「必ずや」

「もうここには幕府は来ませぬが」

 実は逃れたのをわかっていてあえて見て見ぬ振りをしているのだがこのことは今はあえて言わないのだった。

「しかし」

「それでもですな」

「はい、どうかです」

「承知しております」

 是非にという返事だった。

「それがしは豊臣の臣ですから」

「だからですな」

「最後の最後まで豊臣の臣として」

「お護りします」

 必ずというのだ。

「ですから」

「それがし達はですな」

「ご心配無用です、是非戦い」

「そのうえで」

「勝たれて下さい」

 これが治房の言葉だった。

「そうされてそして」

「万が一もあれど」

「帰られて下され。帰られたら」

「その時は」

「祝いましょうぞ」

 治房は自らこれをしようと言った。

「是非」

「そうして頂けますか」

「そう考えていますが」

「そうですか、実はそれは島津家の方々からも」

「言われていますか」

「はい、幕府には内密に」

 その様にしてというのだ。

「お祝いをしようと」

「その様にですか」

「お話してもらっています」

「そうなのですか」

「勝った時は祝いが多そうですな」

「ですな、しかし勝ったなら」

 それならというのだ。

「それだけのことがあるので」

「だからですな」

「それがしだけなく島津家の方々もです」

「祝いの宴を開こうと」

「言っておられるのでしょう」

 まさにというのだ。

「その様に」

「左様ですか、では」

「はい、その時は」

「思う存分飲ませて頂きます」

「明日の朝が辛いまでに」

 二日酔いになるまでにとだ、治房は幸村に笑って述べた。

「飲みましょうぞ」

「二日酔いになるまでですか」

「何、この薩摩は温泉も多いので」

「それで二日酔いになれば」

「朝からそこに入り」

「二日酔いをですな」

「消せばいいだけです」

 その時はというのだ。

「ですからもう」

「勝ったなら」

「はい、飽きるまで飲みましょう」

「その時のこと、楽しみにしております」

 幸村は治房に笑って応えた。

「是非」

「それでは」

「勝って帰ってきます」

「お待ちしていますぞ」

 治房も笑って応えた、そしてだった。

 一行は薩摩を発った、そうして真田の忍道を使って駿府に向かうのだった。その駿府では。

 家康が家臣達にだ、こんなことを言っていた。

「どうも近頃身体がな」

「大御所様、そうしたことはです」

「言われぬことです」

「言葉は形になりまする」

 幕臣達は言霊という言葉から家康を諫めた。

「むしろここはです」

「百まで生きようと思われることですぞ」

「病も気からと申しますし」

「まだまだこれからではありませぬか」

「幕府にしましても」

「ははは、もう戦の世ではなくじゃ」

 家康は自分のやることがあるという言葉に笑って返した。

「幕府も江戸で土台固めに入っておる、後は竹千代達がやってくれる」

「だからと言われますか」

「それで、ですか」

「もう大御所様はですか」

「これでと言われますか」

「その様に」

「天命を終えたのであろう」

 こう言うのだった、それも穏やかな顔で。

「やるべきことは果たした、しかも古稀も越えた」

「七十のそのお歳を」

「だからですか」

「もうこれでよい」

「そう言われますか」

「そうじゃ、諸法度も出しておるしのう」

 天下の法を定めたこともしたというのだ。

「もう後は幕府もな」

「足場を固める」

「江戸において上様がされる」

「だからですか」

「大御所様は」

「日光の用意も進めておる」

 江戸から見て北東即ち鬼門の方の霊的な護りもというのだ。

「わしはあそこに祀られる、そしてな」

「江戸を護られますか」

「それからは」

「幕府も」

「そうされますか」

「そうする、それがわしの最期の働くことじゃ」

 それになるというのだ。

「ではな」

「ですか、人は必ず死ぬ」

「だからですか」

「大御所様もですか」

「その様に言われますか」

「そうじゃ、この世にあるもので終わらぬものはなくじゃ」

 家康はこの時はまるで悟った様な顔で述べた。

「そしてじゃ、人もじゃ」

「死ぬ」

「誰であろうと」

「この世で不滅の者はない」

「だからですか」

「わしは近いうちにこの世を去る」

 そうなるともいうのだ。

「それでも悔いはない、そしてお主達には竹千代を頼みたい」

「上様を」

「その様にですか」

「そうじゃ、そして幕府の為に尽くしてくれ」

 こう言うのだった。

「天下万民の為にな」

「わかり申した」

「それではその様にさせて頂きます」

「我等これからも幕府にお仕えします」

「そうさせて頂きます」

「その様にな」

 家康は幕臣達に落ち着いた顔で話した、そうして彼等には幕府の政の話をした。しかし彼等が去った後にだ。

 服部が来てだ、強い声で言ってきた。

「遂にですか」

「そうか、薩摩をか」

「発たれたとのことです」

「後藤又兵衛も一緒じゃな」

「はい、長曾我部殿に明石殿も」

 彼等もというのだ。

「ご一緒です」

「左様か」

「来るのは十五人です」

「十勇士達も入れてじゃな」

「はい、その十五人がです」

「薩摩を発ったか」

「そして間違いなくです」

「ここに来るな」

「はい」 

 服部は家康に答えた。

「そうされます」

「わかった、ではな」

「戦の用意ですな」

「わしはここにおる」

「そして我等が」

「思う存分戦ってもらうわ」

「わかり申した、では伊賀者をこの駿府に集めます」

 服部は家康にこう返した。

「そうしてです」

「そのうえでじゃな」

「戦いまする」

 こう家康に約束した。

「大御所様をお守りして」

「頼むぞ」

「その様に」

「戦の世は終わった」

 家康は服部に澄んだ声で述べた。

「先の大坂の戦で完全にな」

「もうこれからは」

「一揆はあるであろうが」

 それでもというのだ。

「大名同士の戦はない」

「民達は泰平の世を楽しみますな」

「長きに渡ってな、しかしな」

「今より」

「最後の戦がはじまる」

 戦国の世が終わったがというのだ。

「わしにとってもな」

「ですな、歴史には残りませぬが」

「密かに行われる、さてわしは最後の戦を勝って終われるか」

 長い戦の人生、それをというのだ。

「それはどうなるであろうかな」

「それはもう決まっております」

 既にというのだった。

「最早」

「勝つというか」

「はい、伊賀者を揃え」

「その中でも最強の十二神将にじゃな」

「それがしもおるのです、しかも」

「但馬もか」

「あの方もおられます」 

 柳生、彼もというのだ。

「ですから」

「負ける筈がないか」

「如何に豪傑が揃って来ようとも」

 それでもというのだ。

「我等に勝てる筈がありませぬ」

「そうか、ではな」

「はい、是非です」

「ここはか」

「大御所様はご安心を」

 家康にこう言うのだった。

「この場所から一歩も動かれず」

「そのうえでか」

「吉報をお待ち下さい」

「そうさせてもらうぞ」

 家康も服部の言葉を受けて述べた。

「それではな」

「その様に」

「わしは家臣にも恵まれてきた」

 家康は服部の言葉からこれまでの自分の生涯を振り返ってこうも言った、それは実に暖かい声であった。

「幼い頃からな」

「駿府に人質におられた時から」

「うむ、あの時もわしの傍に三河から来てくれた者達がおってな」

 そうしてというのだ。

「忠義を捧げてくれた、そしてな」

「三河に帰られてからも」

「そうじゃ、常にじゃ」

「優れた家臣の方々がですか」

「四天王、そして四人を入れた十六神将達がおってな」

 それでというのだ。

「わしをいつも助けてくれた、そして天下人となってもな」

「今に至るまでも」

「優れた者達がいてくれておる、だからな」

「それで、ですか」

「何とも果報者じゃ」

 自分はというのだ。

「わし程忠義と才覚を併せ持った者達に仕えられた者はおらん」

「そしてそのことをですか」

「幸せに思う、ではその幸せな思いと共にな」

「最後の戦もですな」

「行ってじゃ」

 そうしてというのだ。

「日光で休む」

「そうされますか」

「うむ、さて真田じゃが」

 幸村のその話もした。

「あの者じゃが」

「はい、ここに来たならば」

「勝っても負けてもな」

 どちらでもというのだ。

「よいな」

「御首はですか」

「取る必要はない、出来ることなら命もな」

「それもですか」

「取らぬ様にな」

「もう御首を取ることもですか」

「ない、あの者は戦に勝っても敗れてもここから去る」

 この駿府からというのだ。

「だからな」

「それで、ですか」

「去る時は去らせてやれ」

 戦が終わった時に幸村が生きていればというのだ。

「そうしてじゃ」

「その後は」

「あの者に武士の道を歩ませるのじゃ」

「そうしますか」

「うむ、これからもな」

「そうですか、しかし大御所様は真田殿を」

「惜しく思っておる」

 まさにと言うのだった。

「わしの家臣にしたかったからのう」

「どうしても」

「ずっとな、しかしやはりな」

 幸村、彼はというのだ。

「わしの家臣になる星ではなかったのじゃ」

「その運命では」

「そうじゃ、なかったのじゃ」

 家康は達観している目で語った。

「真田という家自体がな」

「そうなのですな」

「あの者は誰かに仕えている様でな」

「その実は」

「誰も仕えさせることが出来ぬ者か」

「それがあの御仁ですか」

「忠義の心は篤い」

 幸村自身はというのだ。

「それはな、しかしな」

「それでもですな」

「あの者は大きいしかもな」

「あまりにも大きく」

「それでじゃ」

 その為にというのだ。

「まさに駄目もじゃ」

「仕えさせることはですか」

「出来ぬのであろう」

 まさにというのだ。

「あの者はな」

「だからですか」

「天下人になれる者ではないが」

 しかしというのだ。

「それでもな」

「あまりにも大きな御仁なので」

「それでじゃ」 

「誰もですか」

「家臣には出来ぬ」

「そうした方ですか」

「お主もそう思うだろう」

「はい」

 服部もこう答えた。

「あの方については」

「そうであるな、では」

「はい、だからですか」

「わしも諦めたのじゃ」

「左様でありましたか」

「あれで天下を望むならわしも黙ってはおられなかった」

 その場合はというのだ。

「何があろうとも首を取っておったわ」

「そうでしたな」

「天下に二日はいらぬからな」

「その場合は」

「あの者の首を取っておった、大坂の戦でそれが出来ぬならな」

「薩摩に刺客を送ってでも」

「あの地に入られるのが厄介なのはわかっておったがな」

 それでもというのだ。

「何とかしておった」

「左様でしたか」

「うむ、しかしな」

「真田殿は天下を望んではおられぬ」

「だからな」

「お命まではですか」

「狙おうとは思っておらぬ、次の戦であの者が生きておれば」

「もうそれで戦は終わりですな」

「そうなるしな」

 それが為にというのだ。

「あの者は放っておけ」

「わかり申した、それでは」

「あの者は生かしておく様にな」

 若し戦で幸村が生きていればというのだ。

「その様にな、他の者達もじゃ」 

「さすれば」

「うむ、その様にな。では戦の用意じゃ」

 家康は服部に確かな顔で告げてそうして自らも戦の用意に入った、だがこの戦についてはだった。

 江戸の秀忠はただ話を聞いているだけでだ、こう言った。

「父上の戦か」

「はい、この度の戦は」

 本多正信が秀忠に答える。

「そうした戦でありまして」

「江戸におる余には関係ないか」

「大御所様が言われるに上様はです」

「この江戸においてじゃな」

「はい、しかと政に励み」

 戦ではなくだ。

「天下の政をより固める様にと」

「言われておられるか」

「はい、左様です」

「わかった、ではな」

 秀忠は本多の言葉に頷いた、そうしてだった。

 その本多に確かな声でこう答えたのだった。

「その様にする」

「公方様として」

「働く、ではな」

「はい、その様に」

 本多も応えた、だが。

 秀忠はその本多の顔を見てだ、心配な顔になり言った。

「お主どうも」

「身体のことですか」

「大丈夫か」

「正直に申し上げていいでしょうか」

「うむ」

 秀忠は本多にそれを許した、するとだった。

 本多は一呼吸置いてからだった、秀忠に答えた。

「それがしもそろそろ」

「そうか、ではな」

「はい、あと少しいさせてもらいますので」

「それまで宜しくな」

「それでは」

「余はこれからより天下の政に励む」

 秀忠は確かな声で約束した。

「戦が終わったからにはな」 

「泰平になりました、それでは」

「次はその泰平をしかと守る政をすること」

「だからな」

「上様は政にお励み下さい」

「そうする、父上はまだ戦われるが」

「上様はです」

「戦がない様な天下を作る政をしようぞ」

 こう話してだ、そのうえでだった。

 秀忠は戦のことも知りつつだった、そのうえで。

 政を行うことにした、彼は己のやるべきことをしていくのだった。江戸において。

 幸村はその江戸には向かわず共に戦う者達と共に真田の忍道を通り駿府に向かっていた。その駿府に向かう途中で。

 幸村は夜の月を見て言った。

「よい月じゃな」

「はい、実に」

「見事な満月です」

「黄色く光っていて」

「実によい月ですな」

「全くじゃ」

 こう言うのだった。

「それはな」

「はい、しかし」

「しかしですな」

「この月もですな」

「戦が終わったその時二ですな」

「見られるかどうか」

「そうするんですな」

「問題は」

「それですな」

「そうじゃ、戦うが」

 しかしと言うのだった。

「そこで死ねばな」

「月も見られませぬな」

「あの月も」

「そうなってしまいますな」

「左様、このよい月も生きてこそ見られる。しかしまだ見られるか」

 それはというと。

「戦次第じゃ。あの世で見る月は別の月じゃ」

「全くですな」

「それはまた別の月ですな」

「死んで見る月は」

「そうした月ですな」

「そうじゃ、だからここはな」

 まさにと言う幸村だった。

「勝ってな」

「そうしてですな」

「この月を見ましょうぞ」

「薩摩に戻り」

「是非な」

 こう十勇士達に言うのだった。

「そうしていこう、それでは今宵はな」

「はい、寝てですな」

「明日日の出と共にですな」

「また出発しましょう」

「そうして進んでいきましょう」

「そうしようぞ、駿府まですぐだ」

 真田の忍道を使えばというのだ。

「急ぐことはない」

「ですな、どの方も健脚ですし」

「駿府までは近いですな」

「では焦らずに駿府に向かい」

「駿府に着けば」

「それからは」

「戦をしようぞ」

 幸村は満月を眺めつつ十勇士達に応えた、そうしてだった。

 今は共に駿府に向かう者達と共に寝た、そうして英気も養っていた。



巻ノ百四十七   完



                2018・3・15


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