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巻ノ百四十八

               巻ノ百四十八  適わなかった夢

 秀頼は薩摩に島津家が用意してくれた屋敷において何の乱れもない暮らしを送っていた、その暮らしの中で。

 傍に控える治房にこう言っていた。

「源次郎達についてじゃが」

「はい、駿府に戦に行かれましたが」

「余は何も心配しておらぬ」

「必ずですか」

「この薩摩に戻って来る」

 こう言うのだった。

「そう信じておるからな」

「だからですか」

「何も憂いておらぬ、ただな」

「それでもですか」

「余は今まで何の為に生きておったか」

 ここでこのことを言うのだった。

「そのことはな」

「どうしてもですか」

「うむ、考えたことがなかった」

 こう治房に話すのだった。

「一度もな」

「そのことをですか」

「今考える様になった」

 薩摩まで逃れてからというのだ。

「そうなった、まことにな」

「大坂におられた頃は」

「うむ、何も考えることがなかった」

「では大坂におられた時の上様は」

「何であったか」

 それはというと。

「どうもな」

「一切ですか」

「考えなかった、母上に言われるまま大坂の主いや天下人のつもりであったが」

「しかしですか」

「母上が思われていただけでな」

 茶々、大坂で自ら果てて散った彼女がというのだ。

「余は余自身が何者であるかなぞな」

「お考えになったことは」

「なかった、しかし今になってな」

 薩摩に入ってからというのだ。

「考える様になった、余は何者であるか」

「では今の上様は」

「天下人でも右大臣でもない、只の一介の人じゃ」

「それがですか」

「うむ、余なのじゃ」

 豊臣秀頼という人間だというのだ。

「そうなのじゃ」

「他の何でもないと」

「そう思っておる、今はな」

「そうなのですか」

「そじゃ、それ以外の何でもないのじゃ」

「それが上様ですか」

「他の何でもない」

 秀頼はまた言った。

「左様じゃ」

「そうなのですか、それがしにとっては」

「また違うと思うか」

「はい、それがしにとっては上様は天下人です」

「まだそう思うか」

「それがしは。そう思いです」

「今も仕えてくれておるか」

「それ以上に豊臣家、そして上様だからこそ」

 秀頼自身だからだというのだ。

「お仕えしております」

「余が余だからか」

「器が大きく我等にいつも気を配っておられる」

「そうした者だからか」

「お仕えしております」

「余の人柄が好きと聞こえるが」

「その通りでございます」

 治房の返事は淀みがなかった。

「だからこそです」

「余に仕えてくれておるか」

「国松様にも」

 秀頼の子である彼にもというのだ。

「そうしています」

「そうか」

「はい、そして」

 さらに言う治房だった。

「そのことは変わりませぬ、ですか」

「この薩摩でもか」

「お仕えしてそうしてです」

「この国に骨を埋めるか」

「そうします」

 まさにというのだ。

「そしてそれはここに来た」

「豊臣家の者達もか」

「はい、皆同じです」

 治房と共にここまで来た彼等もというのだ。

「まさに」

「そうなのか、余はまだ慕われておるか」

「その通りです、上様が上様だからです」

 それ故にというのだ。

「そうさせて頂いています」

「そうか、そう言われるとな」

 秀頼は治房のその言葉を聞いてこう述べた。

「余も同じか」

「同じですか」

「主馬のその忠義が好きじゃ、そして今戦に出ている者達もじゃ」

「源次郎殿に又兵衛殿も」

「あの者達全てがな」

 まさにというのだ。

「好きじゃ」

「そうなのですか」

「うむ」

 こう治房に述べた。

「人としてな」

「そのうえで」

「そうじゃ」

 こう言うのだった。

「だから是非な」

「どなたもですか」

「帰ってきて欲しい」

 これが秀頼の願いだった。

「そう思っておる」

「では」

「今の余に出来ることは祈ることのみ」

 幸村達が戦に勝ち薩摩に帰って来ることをというのだ。

「それだけじゃ、しかしな」

「その祈りをですか」

「懸命にする、そうしてな」

「源次郎殿達が戻られれば」

「宴を開いて迎えたいのじゃが」

「それがいいかと。では」

 治房は秀頼に応えて述べた。

「宴の用意をしておきます」

「その様にな」

「それでは」

 治房はまた応えた、そうしてだった。

 幸村が帰って来た時に備えて宴の用意をさせた、彼もまた幸村達が皆帰って来ることを信じておりかつ願っていた。そうしていたのだった。

 幸村達は九州から身分を隠したうえで密かに船に乗った、この船は加藤家が用意したものだったが念には念を入れてだった。

 身分を隠してだ、そのうえで船に乗ったのだ。

 船は博多から下関に向かう、長曾我部はその船の中で幸村に問うた。

「海から一気に向かうよりは」

「はい、それよりもです」

「真田の忍道を使えばか」

「はい、安全に進めます」

 敵に見付からずにというのだ。

「ですから」

「忍道を使ってか」

「今は駿府まで進みます」

 そうするというのだ。

「実は海の忍道もありまして」

「泳いでじゃな」

「九州を渡れますが」

 それでもというのだ。

「明石殿が水練は不得手と聞きまして」

「泳げぬ訳ではありませぬが」

 その明石が申し訳なさそうに述べた。

「どうしてもです」

「今の季節の荒波の中海を泳ぎきるまでには」

「長けておりませぬ」

 だからだというのだ。

「申し訳ござるな」

「申し訳なくはござらぬ、それならば」

「今の様に船を使い」

「はい」

 そしてというのだ。

「下関に向かい」

「そして下関から」

「再び真田の忍道に入り」

 そうしてというのだ。

「そのうえで」

「駿府にですな」

「後は忍道を使い」

 そうしてというのだ。

「駿府に向かいまする」

「わかり申した」

「駿府に着けば」 

 今度は後藤が言ってきた。

「その時は」

「はい、一気にです」

 まさにというのだ。

「戦に入ります」

「それではな」

「大御所殿が何処におられるか」

 幸村は確かな目で話した。

「もうわかっております」

「駿府城の御殿にじゃな」

「はい、おられて」 

 そしてというのだ。

「周りにはおそらくですが伊賀者が集まっております」

「そうであろうな、甲賀者もおるかも知れぬが」

「大御所殿のお傍には常に服部殿がおられます」

「服部殿は伊賀の棟梁」

「ですから」

 それ故にというのだ。

「伊賀者が集まっているでしょう」

「それではな」

「はい、我等は伊賀者と戦い彼等を切り抜けるかねじ伏せるかして」

「大御所殿のところに着いてな」

「勝ちましょうぞ」

「ではな、わしはじゃ」 

 後藤は今も肩に担いでいる自身の大槍を見て述べた。

「思う存分戦おうぞ」

「そうして頂けますか」

「そしてじゃ」

「そのうえで」

「ではな」

 まさにというのだ。

「勝って薩摩に帰ろうぞ」

「そうしましょうぞ」

「ではな」

「殿、ではです」

「駿府に着きましたならば」

 十勇士も幸村に言ってきた、それも勇んで。

「思う存分戦いましょう」

「そして伊賀者達を退け」

「大御所殿を今度こそ」

「そうしましょうぞ」

「頼むぞ、この十五人でじゃ」

 長曾我部に明石に後藤と十勇士、そして幸村父子を入れて十五人だ。

「勝つぞ」

「この十五人なら」

「一騎当千が十五人」

「それならば」

「例えどれだけの忍の者達がいようとも」

「負けることはありませぬな」

「何があろうとも」

「うむ、負ける筈がない」

 幸村も確かな顔で十勇士達に応えた。

「何があってもな、しかしこの度の戦で策はない」

「ありませぬか」

「策はですか」

「うむ、もう策を立ててもじゃ」

 まさにというのだ。

「意味はない」

「十五人だけで戦うならば」

「そして伊賀者達も来るならば」

「それならばですか」

「策はですか」

「意味はない」

 最早というのだ。

「だからな」

「それでは」

「もう我等はそれぞれ死力を尽くすだけですか」

「大坂の時以上に」

「戦いそしてですか」

「勝つ」

「それだけですか」

「そうじゃ、多くの伊賀者達に剣豪達がおり」

 そしてというのだ。

「そのうえな」

「伊賀十二神将ですな」

「あの者達もいますな」

「伊賀者でも最強と詠われている彼等が」

「彼等もいますな」

「間違いなくいる」

 その彼等もというのだ。

「だからな」

「はい、我等はですな」

「その十二神将達とそれぞれ戦うことになりますな」

「伊賀最強の彼等と」

「それが我等の役割ですな」

「そうなる、激しい戦になるしもう策を立ててもじゃ」

 例えそうしてもというのだ。

「意味がない、だからな」

「はい、承知しました」

「我等十二神将とそれぞれ闘いまする」

「そしてあの者達を防ぎそうして」

「殿はですな」

「お一人になられても」

「そうじゃ、大御所殿の御前まで向かい」

 そうしてというのだ。

「そのうえでな」

「大御所殿に勝たれる」

「そうされますな」

「何としても」

「殿お一人になられても」

「拙者は退かぬ」

 決してとだ、幸村は十勇士達に強い声で答えた。

「何があってもな、そしてな」

「そうしてですな」

「そのうえで、ですな」

「大御所殿の御首を取られ」

「勝たれますか」

「首を取るかどうかは別としてじゃ」

 このことは今もどうでもいいという風に言う幸村だった、そこにある言葉には達観すら感じられた。

「拙者は勝つぞ」

「ですか。何としても」

「大御所殿に勝たれますか」

「そうされますか」

「必ず」

「お一人になられても」

「思えばこれからの戦の為に武芸を磨いてきたか」

 幼い時からとだ、幸村は遠くを見て話した。

「例えどうなっても。身体が指一本でも動くならな」

「それならばですか」

「戦われてですか」

「そうしてですか」

「戦って勝たれ」

「帰られますか」

「そうする、勝ちて帰る」

 まさにという言葉だった。

「そうする、ではな」

「それではです」

「我等もです」

「必ずです」

「戦い生きて帰ります」

「そうなります」

「十人全てが」

「生きて帰ります」

 まさにと言う十勇士達だった、そのことを話してそうしてだった。そこに大助も入って来たのだった。

「それがしもです」

「うむ、お主もじゃな」

「真田の者なので」

 それ故にと言うのだった。

「必ずです」

「生きて帰るな」

「戦いそのうえで」

「そうじゃ、真田の武士道は死なぬ」

「どうした場合でも生きる」

「忍術とも同じでな」 

 それでというのだ。

「他の家の武士道と違ってじゃ」

「それで潔く死ぬのではなく」

「何があっても生きてそうしてじゃ」

「最後の最後まで、ですな」

「己がすべきことを果たすのじゃ」

「左様ですな」

「拙者達は誓った、右大臣様を何があってもお護りしてな」

「武士の道をですな」

「最後まで歩もうとな、その中でな」

「この度の。最後になるであろう戦でも」

「うむ」

 まさにというのだ。

「死なぬ」

「死ぬ時と場所は同じですし」

「このこともあってな」 

 それ故にというのだ。

「我等はな」

「生きまするな」

「そうする、もっとも薩摩に帰ってからはな」

「どうされますか」

「ははは、ここは思い切ってな」

 笑って言う幸村だった、戦が終わり薩摩に戻ればどうするかということについては。

「旅に出るか」

「旅にですか」

「うむ、出るか」

 こう言うのだった。

「そうするか」

「旅ですか」

「本朝の外にな」

 笑みを浮かべての言葉だった。

「そうするか」

「本朝の外ですか」

「琉球や明、呂宋にも行くか。天竺もよいし汗血馬がいたという西域もよいし南蛮もな」

「あそこまで、ですか」

「行くか。とかくな」

「本朝の外にですか」

「出たいとも思っておる」

 こう言うのだった。

「拙者はな」

「十勇士達と共に」

「うむ、そうしてな」 

 そのうえでというのだ。

「様々な国も見てな」

「ご見識もですか」

「高めたい、この世での生が終わるまで」

「この世のあらゆるところを見て回って」

「そうして見識を高めてな」

「武を振るう時もあれば」

「戦いそうしてな」

 そのうえでというのだ。

「そのうえでな」

「武も磨かれますか」

「そうしていきたいと思っておる」

「そうですか、本朝を出ることもですか」

「考えておる」

「それはまた」

「お主は考えていなかったか」

 大助のその目を見て問うた。

「そうしたことは」

「はい、本朝の外を出ることは」

「これまで本朝は歩いて回った、確かに広いが」

「本朝の外はですか」

「遥かに広いという、その広い世界をな」

「歩いて見て回られて」

「色々知りたい、そして武士の道をな」

 幸村が歩いているそれをというのだ。

「極めたい」

「そうですか」

「そうしたい、ではな」

「戦に帰られたら」

「考えておる、ではな」

 まさにと話してだ、そのうえでだった。

 幸村達は船で海を渡りそうしてだった、周防から再び真田の忍道に入りそうしてだった、そのままひたすらだった。

 駿府に向かった、途中大坂に寄ったが。

 その大坂を見てだ、幸村は言った。まだ戦の跡は残っているが町は戻ろうとしており城もだった。

「ふむ、もうか」

「建てられはじめておるな」

「左様ですな」

 こう後藤に応えた。

「本丸だけになり天守も焼け落ちたというのに」

「天守までもがな」

「土台だけとはいえ」

 今はまだそれが建てられている最中だった、天守閣は影も形もない。だがそれでもだった。

 天守閣が建てられようとしているのも見てだ、幸村は言った。

「あの巨城ではないとはいえ城も再び出来」

「街もな」

「蘇ろうとしていますな」

「うむ、むしろな」

 後藤は再建されようとしているその街を見て幸村に話した。見れば他の面々も彼等が戦っていたその街を見ている。

「前は城が大きかったが」

「今度の城は遥かに小さいですな」

「うむ」

 まさにというのだ。

「そしてその分な」

「街は広くなり」

「その分町人達が多く住めて」

「よき街になりそうですな」

「全くじゃ」

 後藤もこう言った。

「幕府は確かによく考えておるわ」

「政を」

「大坂についてもな」

「この街から西国全体を治めますが」

「ただ治めるだけでなくな」

「賑やかな街にもしますな」

「天下の台所か」

「そうですな、それにして」

 まさにというのだ。

「幕府を栄えさせますか」

「そこまで考えておるな」

「そうして大坂の街を再建させていますな」

「左様じゃな」

「今度の大坂城は治める城であり」

「大坂は町人の街となるな」

「ですな、それがよいですな」

 まさにと言う幸村だった。

「これからの天下の為には」

「全くじゃ、ではな」

「大坂は蘇りそうした街になるということで」

「その大坂のはじまりを観たな」

「ですな、それでは」

「駿府にな」

「向かいましょうぞ」

 こうしてだった、一行はその蘇ろうとしている大坂も見てそのうえであらためて駿府に向かった。その歩く速さはまさに馬で進むより速く。

 駿府まであと少しのところにまで来た、その駿府のある駿河に入ったのだ。長曾我部はここで山の中で休む中で言った。

「いや、もうとはな」

「駿河に入ったとは」 

 明石も言ってきた、一行は今は山の中で捕らえた猪を山菜と共に鍋にして食べてそのうえで夕食としている。

「信じられない速さですな」

「全く以てな」

「これが真田家の忍道ですか」

「健脚ならばまさにあっという間に薩摩から駿府まで行けるな」

「まことに恐ろしい道でござる」

「全くじゃ」

 こう二人で話す、そして大助が二人に話した。

「当家は天下にこの真田道を巡らしていまして」

「天下の至るところにか」

「あっという間に行き来出来るのか」

「はい、実は九度山にいた時もそうしていました」

 ここでこのことも話した大助だった。

「そうしていました」

「では天下のことも」

「九度山にいてご存知であったか」

「道理で何かとお詳しい筈」

「これも真田殿のお力であったか」

「そして修行にも出ていました」

 大助はこのことも話した。

「そうしていました」

「そうであったか」

「はい」

 まさにという返事だった。

「左様でした、そして」

「天下を知っていた」

「そうであったか」

「はい、常に天下の動きを見て」

 大助は二人にさらに話した。

「書も読み修行も行い」

「戦に備えていた」

「そうであったか」

「それがしもまた」

 大助自身もというのだ。

「そうでした、先の戦では敗れましたが」

「その鍛錬も学問も生かし」

「今度こそか」

「勝ちます」

「左様、駿府では勝ちましょうぞ」

 幸村は微笑み長曾我部と明石に話した。

「いよいよ駿河に入りますが」

「わかり申した、しかし思えば」

 長曾我部が幸村に答えて言った。

「まさか大坂の戦からまた戦をするとは」

「思いませんでしたか」

「全く」

 まさにというのだ。

「あの時敗れ逃れましたが」

「それでもですな」

「再起は考えておりました」

 また戦えれば戦うつもりだった、だからこそ長曾我部はあの時大坂から逃れたのである。忠義の者達と共に。

「しかしまさかです」

「この様にですか」

「また戦う時が来るとは。ですが」

「土佐のことはですか」

「もう諦めたでござる」

 長曾我部は笑って幸村に話した。

「最早」

「そうでしたか」

「はい、ですから」

 それでというのだ。

「今の戦は土佐を目指す戦ではなく」

「別の為の戦ですか」

「意地ですな」

 武士のそれだとだ、こう答えたのだった。

「それで戦っておりまする」

「土佐の主に返り咲くのではなく」

「はい」

 まさにというのだ。

「その為に。あれだけ土佐一国にこだわっていましたが」

「その想いも」

「もう諦めました」

 笑って言うのだった。

「薩摩に逃れて思いました、もうです」

「土佐の夢は捨てて」

「これからどうなるかわかりませぬが今は」

「武士の意地で」

「戦いまする、何こうした戦もよいですな」

 笑ってこうも言った長曾我部だった。

「最後の最後には」

「意地の為に戦うそれも」

「大坂で敗れた時どうも意地を通しきれていないとも思っていましたし」

「だからこそ」

「はい、それがしは戦いまする」

「駿府でも」

「真田殿と共に」

「それがしはまだ諦めていませぬ」

 今度は明石が話してきた。

「切支丹を天下に広めることを」

「そのことはでござるな」

「はい、ですが今は」

「明石殿もでござるか」

「武士の意地として。大坂では長曾我部殿と同じで」

「意地を通しきれなかった」

「その意地の分だけ戦います」

 こう言うのだった。

「そしてそのうえで勝つつもりです」

「そうですか」

「必ず」

「だから共に来て下さったのですな」

「左様です」

「わしはあれかのう」

 最後に後藤が笑って幸村に話した。

「友としてか」

「それがしと」

「そうじゃ、わしは貴殿とは何か」

「はい、そう言われますと」

「友になるのう」

「左様でありますな」

「友の為に戦うのも武士じゃ」

 そう思うからこそというのだ。

「だからな」

「戦いそして」

「うむ」

 そのうえでというのだ。

「真田殿を助けたくなってな」

「来て下さいましたか」

「そうなるであろうな、はっきりとは言えぬが」

「そうでしたか」

「何、そうした戦も面白い」

 笑って言う後藤だった。

「友の為に戦うのもな。ではな」

「駿府においては」

「わしもじゃ」

「思う存分ですな」

「戦い勝とう」

「それでは」

「我等は当然です」

 十勇士達も言ってきた。

「殿と常に共にいますから」

「家臣として義兄弟として友として」

「共にそう誓い合いましたから」

「殿が駿府に行かれるなら我等も」

「最初からそう決めておりました」

「ですからこの度も」

「そうした考えで」

「駿府でも戦いまする」

 まさにというのだ。

「これからも共におりますし」

「もうこの考えは変わりませぬ」

「そうであるな、お主達はな」

 幸村は十勇士達にも笑顔で応えた。

「これまでずっと拙者と共にいてくれておるな」

「無論です」

「生きる時も死ぬ時も同じではありませぬか」

「そう誓ったではありませぬか」

「死ぬ場所も」

「ですから」

 それならばというのだ。

「我々は薩摩に戻っても同じです」

「殿と一緒にいます」

「十一人で誓った時と同じく」

「そうしていきます」

「殿、この戦いでもですぞ」

 猿飛が笑って言ってきた。

「我等は一人も死にませんぞ」

「左様、勝って薩摩に帰るのみ」

 清海も笑っている。

「それ以外のことは有り得ませぬ」

「十二神将何するものぞです」

 伊佐は兄に続いて幸村に話した。

「例えどれだけ強くとも」

「強い敵と戦うことこそ喜びではありませぬか」

 霧隠は十勇士達が持っているこの考えを述べた。

「ではこの度も同じでありますぞ」

「戦いそして勝つのみ」

 穴山も言うのだった。

「そして帰るだけですぞ」

「至って簡単ではありませぬか」

 望月も明るく笑っている。

「殿が言われるまでもありませぬ」

「生きるも死ぬも同じならそうするだけ」

 根津の声は静かであるがそれ以上に確かなものだった。

「言葉をそのままにするまでです」

「薩摩に帰った後はその時考えればいいだけのこと」

 由利は完全に割りきっている。

「何の問題もありませぬぞ」

「深刻に暗く考えるなぞ我等はしませぬ」

 筧もあえてこう言った。

「勝って帰るまでです」

「では殿、これより」

 最後に言ったのは海野だった。

「駿府に向かいますな」

「そうする、そして駿府に入る時はな」

 この時のことも話した幸村だった。

「夜としたい」

「夜ですか」

「その時にですか」

「駿府に着いて城に攻め込む」

「そうしますか」

「うむ、その時にこうも考えておる」

 幸村は忍者としてこうも話した。

「空からむささびの術を使うか」

「むささびの術、あの術か」

 その術を聞いてだ、後藤は思わず言った。

「忍の大きな布を使って空を飛ぶ」

「はい、あの術や大凧の術はです」

「貴殿達は使えるか」

「そうなのです」

 こう後藤に答えた幸村だった。

「それでと思いました、使える者はそうしてです」

「空から城に入り込むか」

「夜に」

「そうしたことも考えておるか」

「この場合大凧の術からさらにです」

 それでそれで一旦空に上がってというのだ。

「そしてです」

「大凧からじゃな」

「むささびの術を使って」

 そしてというのだ。

「城に入ろうかともです」

「ううむ、また独特の考えじゃな」

「はい、どうでしょうか」

「わしは忍術は使えぬからな」

 後藤は幸村にどうかという顔で答えた。

「だからな」

「こうしたことはですか」

「よく言えぬ、しかしな」

「こうして城に入れば」

「うむ」

 まさにというのだ。

「面白いやもな」

「武士には武士の城の入り方があり」

「忍には忍のじゃな」

「ですから」

 それ故にというのだ。

「今の様に考えてもいます」

「左様か」

「はい、それがしと十勇士達が入り」

 そしてというのだ。

「その術で、そして」

「動きを合わせてじゃな」

「後藤殿と長曾我部殿、明石殿はです」

「普通にか」

「城に入るべきかと」

「空と陸からか」

「若しくは堀から」

 水堀、そこをというのだ。

「渡り」

「堀を渡るのは出来る」

 後藤は幸村にあっさりと答えた。

「それはな」

「出来ますか」

「うむ、堀を渡って城壁や石垣を渡るのもな」

 そうしたこともというのだ。

「得意じゃ」

「わしもじゃ」

「それがしもです」

 長曾我部と明石も言ってきた。

「それ位出来まする」

「普通にな」

「無論それがしもです」

 大助も言ってきた。

「泳げますし登ることも」

「出来るな」

「大凧やむささびの術は使えませぬが」

 しかしというのだ。

「そうしたことは出来ます。

「よし、ではな」

「二手に分かれてですな」

「城に入り込む、夜にな」

「そうしてそのうえで」

「戦いに入るぞ」

 大助に対して話した。

「よいな」

「それでは」

 大助も頷きだ、駿府に入った時にどう攻めるのかも話していった。そうしてそのことを話してだった。どう戦うのかを本格的に考え話していた。戦は密かに近付きだしていた。

 しかしだ、江戸はというと。

 家康からの文を見てだ、秀忠は大奥でお江に話した。

「大御所様から文があった」

「何とありましたか」

「うむ、右大臣殿のことじゃが」

「はい、密かにですね」

 お江は秀忠に応えて言った。

「薩摩に逃れられていますね」

「国松殿もな」

「そのことは聞いています」

「うむ、姉君のことは残念であったがな」

 お江が何としても助けたいと思っていた茶々のことについてはだ、秀忠も苦い顔になり言った。

「しかしな」

「それでもですね」

「うむ、右大臣殿とご子息の国松殿はな」

「薩摩に逃れられて」

「そこに入られた」

「そしてこれからはですね」

「薩摩で過ごされる、しかし幕府としてはな」

 秀忠はお江に幕府は秀頼をどうしているのかを話した。

「右大臣殿はあの戦で腹を切られた」

「姉上と共に」

「国松殿は都で首を刎ねられた」

「そういうことにしますか」

「そして薩摩に入った豊臣の家臣達もじゃ」 

 彼等もというのだ。

「多くは死ぬか捕らえられ首を刎ねられた」

「その様にしてですか」

「戦は終わった、そしてな」

「戦の世もですか」

「これで完全に終わった、それでこれからはな」

「天下泰平の為のご政道をですか」

「為せと文にあった」

 お江に淡々とした口調で述べていく。

「余もこの江戸で天下泰平を確かにせよと言われた」

「その文で」

「その様にな、そしてこれから駿府でな」

 ここで一呼吸置いてだ、秀忠はさらに話した。

「実は戦があるとのことじゃ」

「駿府で」

「そうじゃ、真田源次郎が生きておってな」

「真田殿といいますと」

「知らぬか」

「あの真田源次郎殿ですか」

「そうじゃ、あの御仁は実は生きておってな」

 それでというのだ。

「薩摩に逃れておってな」

「その真田殿がですか」

「薩摩から駿府に来てな」

「大御所殿と一戦ですか」

「そうなるとのことじゃ、しかしな」

「江戸はですか」

「一切無用とのことじゃ」

 戦はというのだ。

「それよりも政じゃ」

「政ですか」

「それをせよとのことじゃ」

「では上様は」

「うむ、戦には関わるな」

 二度と、というのだった。

「その様に言われておる」

「文で」

「そうじゃ、それでな」

「上様としては」

「出来れば戦いたいと思うが」

「大御所様はですか」

「大御所様と真田殿の戦と言っておられる」

 ここでも文のことを話す秀忠だった。

「それでな」

「ここはですか」

「うむ、余は戦わぬ」

 こう言うのだった。

「この江戸で政をしておく」

「このまま」

「余には泰平の政そして王道を歩めと言っておられる」

「王道ですか」

「そうじゃ、幕府は王道を歩めと言っておられるのじゃ」

「政の、天下の王道をですか」

「謀ではなく民と向かい合ってそうしてな」

 そのうえでというのだ。

「民そして天下の為の政をせよとな」

「言われていますか」

「この戦に関わることはならぬとも言われておる」

 将軍である秀忠ですらというのだ。

「その様にな」

「それでは」

「その様にする、ではな」

「明日からまたですか」

「天下の政をする」

 戦ではなくというのだ。

「それをする、駿府で何が起ころうともな」

「何もないということで」

「ことをしていくぞ」

「わかりました、では今宵は」

「明日の朝からまた政じゃが今はな」

「はい、酒をですね」

「飲みたいがよいか」

 お江に微笑んで言った。

「今宵はな」

「では。ただ上様はいつもですね」

「酒は飲んでもじゃな」

「あまり飲まれませんね」

「うむ、慎んでおる」

 意識してあまり飲まない様にしているというんどあ。

「その様にな」

「そして酒に溺れることなく」

「政に励むつもりじゃ」

「そうですか」

「その様にな」

 まさにというのだ。

「天下人たる者乱れてはならん」

「そして酒等に溺れることも」

「贅沢はせぬ」

 こう考えているからだというのだ。

「他のこともな」

「贅沢の類はですね」

「公が贅沢に覚えてはな」

「民に示しがつきませぬか」

「それに民から税を搾り取って己が贅沢をするなぞ」

 そうしたことはというのだ。

「到底な」

「贅沢はですね」

「最も卑しむべきことの一つじゃ」

「だからですか」

「余はせぬし余の後もな」

「代々の公方様は」

「してはならぬな、異朝にはそうした皇帝の話が多い」

 ここでこうした話もした秀忠だった。

「あちらの帝ではな」

「贅沢に溺れる方も多いですか」

「さっき出した酒池肉林という言葉も異朝の言葉じゃ」

 あちらのというのだ。

「今もそうらしい」

「今もですか」

「うむ、明の今の帝もな」

「贅沢に溺れて」

「何と碌に朝議にも出ぬそうじゃ」

「政をされておらぬのですか」

「それであちらの朝廷はどうしようもなくなっておるらしい」

 肝心の皇帝が政を放り出し贅沢に溺れている様な有様になってというのだ。

「何十年もの間な」

「それは酷いですね」

「それでは国が亡ぶ」

 秀忠は顔を曇らせて述べた。

「余はそうしたことはせぬ、そしてな」

「これからの幕府は」

「明の今の皇帝の様なことをしてはならぬ、あと隋の煬帝は知っておるか」

「確か異朝のかなり前の」

「うむ、贅沢だけでなく無闇な戦までしてな」

「国を滅ぼしたとか」

「そうした皇帝は特にな」

 秀忠は確かな声で述べた。

「ならぬ様にしたいな」

「そうですね、天下万民の為に」

「そこはな」

「はい、しかし」

「しかしですか」

「それは代々教え伝えていこう」

 幕府にというのだ。

「そのこともしていこう、ではな」

「お酒を少し飲まれ」

「今は休もう」

 秀忠は酒を自分の言葉通り少しだけ飲んでそうしてだった、お江と共に休んだ。彼は妻はお江だけだったので常に彼女と共に寝ていた。

 だが寝る前にだ、ふとお江にこう言われた。

「子達のことですが」

「まずは千か」

「やはり」

「うむ、右大臣殿はああしてな」

「公にはですね」

「死んだことになっておるからな」

 秀忠も応えて言う。

「だからな」

「新しいご夫君をですか」

「迎えさせてやらねばな」

「そうなりますね」

「そして将軍はな」

「竹千代ですね」

「あの者にする、もうそれはじゃな」

「はい、妾もです」

 お江は秀忠に慎んで述べた。

「それでいいと」

「国松は可愛いがな」

「可愛いですが最初からわかっていました」

「竹千代は長子じゃ」

 即ち嫡男だというのだ。

「だからな」

「もうこのことは」

「決まっておる、春日局もおるが」

「既にですね」

「もう竹千代が生まれた時から決めておった」

「次の将軍は竹千代と」

「その様にな、それでじゃ」 

 さらに話す秀忠だった。

「国松はやがて駿府にでもじゃ」

「封じて」

「大名としてな」

「そこで働いてもらいますか」

「そうしよう」

 これが秀忠の考えだった。

「是非な」

「それでは」

「その様にしよう、しかしな」

「兄と弟は」

「余はそうならずに済みそうじゃが」

「あの九郎判官殿の様に」

 お江は暗い顔になり源義経のことを話した、どうしてもこの人物のことを思い出してしまったのである。

「なってしまっては」

「あれはよくない」

「そうですね」

「鎌倉の幕府いや源氏は身内で殺し合った家じゃ」

「それも代々ですね」

「そして誰もいなくなったわ」

 秀忠も暗い顔で話した。

「まさにな」

「ああなるからですね」

「兄弟、ひいては徳川の家の者同士で殺し合うことはな」

「なりませんね」

「決してな」

 何があってもというのだ。

「だからな」

「このことはですね」

「何としてもじゃ」

 こうお江にも言うのだった。

「あってはならん」

「左様ですね」

「だからじゃ」

「竹千代と国松も」

「そうしたいが」

「もし妾が世を去り」

「余も去ってな」

 二人がいなくなってからはというと。

「その後」

「どうなるかは」

「わからぬ、それがな」

「心配ですね」

「こうしたことははじめに起こる」

「幕府の」

「その源氏もそうであったし」

 頼朝と義経のそれもというのだ。

「そして室町でもな」

「あの幕府も確かに」

「そうであったな」

「はい、そうでした」

 足利尊氏と弟直義だ、直義は長い間兄尊氏の片腕であったがやがて袂を分かった。そして一説には直義は尊氏に毒殺されたという。

「二つの幕府もそうで」

「我等もじゃ」

 この幕府もというのだ。

「若しやな」

「上様の代でなくとも」

「うむ、子達はな」

「竹千代と国松は」

「わからぬ、二人の仲は悪くないが」

 しかしというのだ。

「それでもな」

「こうしたことはで」

「幾ら仲がよくともな」

「政のことであり」

「跡目争いともなれば」

 その時はというのだ。

「有り得る」

「先の二つの幕府と同じく」

「鎌倉のあれは論外じゃがな」

 頼朝が義経を殺したことはというのだ。

「あれはもう悪い因縁じゃ」

「源氏の」

「あの家は身内で殺し合う家であった」

 源為義の家系はというのだ、頼朝と義経の父である義朝はその為義の八人の子のうちの長子であったのだ。

「そしてその結果じゃ」

「一人もいなくなった」

「あれはまさにじゃ」

「悪い因縁で」

「ああなった、あれはな」 

「この幕府としては」

「絶対に真似をしてはならん」

 そうしたものだというのだ。

「間違ってもな」

「そうですね、あの様になっては」

 お江も秀忠に顔を曇らせて応えた。

「誰もいなくなります」

「あそこまで身内で争ってばかりだとな」

「幕府は滅びます」

「だから大御所様もそれは戒められしかもじゃ」

「尾張と紀伊、やがては水戸に」

「三つの家に江戸の徳川家に何かあればじゃ」

 その時はというのだ。

「跡を継ぐ様に定められたのじゃ」

「そこまでお考えですね」

「血が絶えてはならぬ」

 断じてと言う秀忠だった。

「若し絶えればな」

「源氏の二の舞ですね」

「ああなってはな」

「だからこそ三つの家をそれぞれ置き」

「兄弟同士の殺し合いもな」

 それもというのだ。

「慎むべきじゃ」

「そして竹千代と国松も」

「それがない様にしてもらいたいな」

「まことに。確かに私は国松を可愛がっていますが」

 お江もこのことは認めた。

「ですが」

「それでもじゃな」

「はい、竹千代も我が子です」

 このことには変わりがないというのだ。

「ですから」

「兄弟で殺し合うなぞな」

「絶対にあって欲しくないです」

「余とそなたの目が黒いうちはそれはさせぬことじゃ」

「何があろうとも」

「そうしようぞ」

「はい、それは」

 二人で頷き合う、そしてだった。

 秀忠は朝起きると幕臣達に言った。

「竹千代と国松はどうしておる」

「はい、昨日もです」

「仲良く遊んでおられました」

「そして共に学問にも武芸にも励まれ」

「すくすくとしたものです」

「そうか、しかしじゃ」

 秀忠は家臣達に述べた。

「後で二人にも話すが」

「お二人にもですか」

「そうされますか」

「うむ、余からもよく話す」

 そうするというのだ。

「そうしたい」

「といいますと」

「今後ですか」

「そのまま仲良くですか」

「その様にせよと」

「うむ」

 その通りだというのだ。

「そう話す」

「やはり今後のことを考えますと」

「どうしてもですな」

「お二人がいがみ合うことはならぬ」

「そうなのですな」

「そうじゃ、兄弟身内で争ってはな」

 まさにというのだ。

「これ以上無益いや害になることはない」

「だからですな」

「どうしてもそうなりますと」

「幕府が傾くだけ」

「後世にも悪く言われます」

「汚名なぞ受けて何になる」

 まさにというのだ。

「それでじゃ」

「お二方にですか」

「そう言われますか」

「決して殺し合うなと」

「いがみ合うことのない様に」

「そうしておく」

 秀忠の言葉は強いものだった。

「二人共な」

「わかり申した、では」

「お二方をお呼びします」

 秀忠は今から暗雲を感じていた、自身の子達の運命に。その暗雲を感じつつ天下泰平の為の政を行うのだった。



巻ノ百四十八   完



                     2018・3・24

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