巻ノ百四十九 最後の戦
島津家久は家臣の者達にこう言っていた。
「真田殿は間違いなく生きて帰られる」
「はい、他の方々も」
「必ずですな」
「生きて帰って来られる」
「だからこそですな」
「その時は内密であるがな」
それでもというのだ。
「宴を開いてな」
「勝ちを祝う」
「そうしますか」
「そうせよ、幕府も知っておるが」
幸村達が生きていることはだ、幕府も何も言わないがわかっているのだ。このことは秀頼父子のことと同じだ。
「しかし表ではな」
「死んだことになっているので」
「だからですな」
「そこは内密にして」
「あえて隠して」
「そうしてですな」
「ことを進めていきますな」
「そうじゃ」
その通りだというのだ。
「そうせよ、よいな」
「わかり申した」
「それではです」
「ことをその様に進め」
「そしてですな」
「我等は」
「真田殿を歓待せよ」
生きて帰ってきた彼等をというのだ。
「よいな、そしてその後はな」
「この薩摩においてですな」
「生きていてもらいます」
「そして我等は」
「そのお世話を」
「禄はある」
幸村達を養えるそれがというのだ。
「それで以てじゃ」
「はい、以後ゆっくりと暮らして頂く」
「この薩摩で」
「そうしてもらいますな」
「戦の後は」
「もう戦もない」
こうも言った家久だった。
「だからじゃ」
「戦の世が終わったなら」
「もうあの方々は戦うことはない」
「以後はゆっくりと過ごして頂く」
「あの方々の思うがままに」
「そうしてもらう、書を読んだり修行をしてもらってな」
その様にしてというのだ。
「過ごしてもらおう」
「わかり申した」
「それではです」
「我等はそのお世話をしましょう」
「喜んで」
「そうさせて頂きます」
「頼むぞ。しかしわしが生きているうちは何もないが」
家久の目に光が宿った、そしてだった。
そのうえでだ、家臣達にこうも言ったのだった。
「わかるな」
「はい、時が来れば」
「何時かはですな」
「幕府を倒す」
「そうしますな」
「九州を統一する筈が薩摩と大隅だけじゃ」
この二国にいるままだということをだ、家久は苦い顔で言うのだった。
「幕府がある限りこのままじゃ、ではな」
「それをどうにかするためにも」
「是非ですな」
「幕府を倒し」
「そのうえで」
「取り戻すぞ、毛利家もそう考えておるしな」
家久は確信していた、周防と長門だけになった彼等もそう考えていることをだ。
「時が来ればな」
「幕府を倒しますな」
「必ず」
「そうしますな」
「そうするとしよう、時が来ればな」
例えそれが自身の生きている間でなくともとだ、家久は決意を固めていた。そうして今は雌伏もすることにしていた。
その頃駿府城にいる武士達の多くの者達が家に帰されていた、これは家康自らの命であったのであるが。
このことにだ、彼等は怪訝な顔で話していた。
「妙じゃな」
「うむ、今宵城におるのは腕利きの者ばかり」
「しかも忠義一徹のな」
「そうした者達ばかり」
「少しでも腕が落ちる者は家におれと言われな」
「我等もこの通りじゃ」
こう言い合い飲んでいた、彼等は。
「帰されてな」
「今宵は詰める筈であったが」
「この通りじゃ」
「妙じゃな」
「今宵城で何があるのじゃ」
「わからぬな」
「全くな」
首を傾げさせながら飲んでいた。
「一体何があるのであろう、城で」
「ううむ、わからぬのう」
「大御所様のお言葉とのことじゃが」
「大御所様は何を考えておられるのか」
「あの方のお考えは極めて深いが」
「今回もそうであるのはわかるが」
それでもというのだ。
「一体何じゃ」
「わからぬな」
「まことにのう」
こうしたことを話しつつ飲んでいた、そしてだった。
城の方を見る、だが城からは何もだった。
「感じぬが」
「そうじゃな、音もせぬ」
「いつもそうであるが」
「今宵は特にであるな」
「静かじゃ」
「かえって何かありそうな」
「そうした静かさじゃな」
「今宵の城の静かさは」
こうそれぞれ言うのだった。
「不気味なまでの」
「そうした静かさじゃな」
特に天守の方を見て言うのだった、だが。
その静かな城の中でだ、服部は今柳生と共に家康の前にいた。そうしてそのうえで彼に対して言っていた。
「遂にです」
「来たか」
「はい」
こう家康に答えた。
「駿府城にもです」
「あと少しでじゃな」
「来ます」
「そうか、ではな」
「既に要所には十二神将を置いています」
そうしているというのだ。
「そしてそれがしもです」
「わしの前にじゃな」
「ここにおります、そして」
「わしを守るというのじゃな」
「そうさせて頂きます」
「そしてそれがしはです」
今度は柳生が言ってきた。
「正門におりますので」
「そこでか」
「はい、第一の守りとなります」
「わかった、ではな」
「はい、今より正門に赴きます」
「頼むぞ」
家康は柳生に確かな顔で応えた。
「これよりな」
「さすれば」
「して大御所様は」
「うむ、ここにおってじゃ」
家康は大御所のその場所から服部に応えた。
「そしてじゃ」
「そのうえで」
「采配を執るが」
「その采配は」
「お主達の場所を確認したいが」
今城にいる者達のというのだ。
「よいか」
「こうなっております」
柳生が城の地図にそれぞれ名前を書いたものを差し出した、見ればそこには十二神将達の名前もそれぞれの場所にあった。
その図を一瞬で隅から隅まで見てだ、家康は柳生に答えた。
「これでよい」
「左様ですか」
「うむ、何も言うことはない」
「では」
「このまま各自で戦うことじゃ」
「そうしてですな」
「わしはここにおる、ではな」
「それぞれ戦いまする」
こう言ってだ、柳生は家康の前から退いてだった。正門に向かった。そして服部は一人家康の前に残った。そのうえで家康に言った。
「それがしが思いますに」
「必ずじゃな」
「あの御仁はここまでです」
「来るな」
「そうなります」
こう言うのだった。
「真田殿は」
「そうじゃな、あの者の武を以てすればな」
「ここにもです」
「来るな」
「だからここで守り」
そしてというのだ。
「大御所様には指一本触れさせませぬ」
「あの者が来てもじゃな」
「そうしますので」
「任せたぞ、しかしな」
「最後の最後はですな」
「わし自身もおる」
ほかならぬ家康もというのだ。
「だからじゃ」
「大御所様も戦われますか」
「だからここにおる」
「逃れられることなく」
「そういうことじゃ、わしの最後の戦でもあると言ったな」
「だからですか」
「ここにおる」
大御所の座、つまり自身の座にというのだ。
「そしてじゃ」
「戦われ」
「そしてな」
そのうえでというのだ。
「あの者がここに来て若しやな」
「それがしに勝てば」
「その時はわしが戦う、そしてじゃ」
その手にある刀の柄を握って言った。
「あの者に勝って終わらせる」
「何もかもを」
「そうしたい、しかし面白いことじゃな」
「面白いとは」
「そうじゃ、わしは天下人になったがな」
それでもというのだ。
「それまで多くの戦に敗れてきた、特にあの者もそうである赤備えにはな」
「これまで、ですか」
「何度負けてきたか」
こう言うのだった。
「武田家にも真田家にもな」
「ですが天下は取りました」
「しかし赤備えには勝っておらん」
一度もというのだ。
「しかし最後はな」
「勝たれますか」
「そうする、そのうえで戦を終わらせたい」
家康自身のそれをというのだ。
「先の戦でも負けた」
「大坂でも」
「だからな」
それでというのだ。
「最後の最後にはな」
「勝たれますか」
「そうする、そしてわしの今の生もな」
これ自体もというのだ。
「終わらせる」
「それは」
「わしも古稀をとうに過ぎておるのじゃ」
その歳から話す家康だった。
「しかも間違いなく天命は果たした」
「天下泰平を定められ」
「それではじゃ」
「もうですか」
「この世での生は終わる」
歳から見ても務めから見てもというのだ。
「だからな」
「今宵の戦が終われば」
「どちらにしろ間もなくな」
「この度の生はですか」
「終わるわ、そして生まれ変わったら」
それからのことも話した家康だった。
「またお主と会うかな」
「それがしと」
「あの者とも会いたいのう」
「真田殿とも」
「今度は敵同士でなくな」
「主従としてお会いになりたいですか」
「いや、友じゃ」
家康はここで笑った、そのうえで服部に答えた。
「友として会いたい」
「その間柄で、ですか」
「うむ、会いたい」
こう考えているというのだ。
「是非な」
「そうなのですか」
「あの者とは主従であるよりもな」
「友としてですか」
「次の生では会って共にいたい」
「それは真田殿のお心故にですな」
「そうじゃ、あれだけ見事な心の者はおらん」
幸村の心はわかっていた、それは敵同士だからこそ余計にわかることなのだ。
「それでじゃ」
「是非にですか」
「あの者とは友としてな」
「次の生では」
「共にいたい」
「左様ですか」
「うむ、ではな」
家康は服部にここまで話してだ、そしてだった。
その場に確かな顔で自身も刀を手に取った、そのうえで幸村達を待ち構えるのだった。
幸村一行のうち十勇士以外の者達は夜の駿府の城下町を進んでいた、夜の町は静かで今は人っ子一人いない。そして野良犬や野良猫もだ。
街にいない、それで長曾我部はこう言った。
「ふむ、今はな」
「静かですな、駿府の街も」
「全くじゃ」
こう明石に応えた。
「実にな」
「まるで嵐が来る前の様に」
「町人達はこれからの戦は知らぬが」
「それでも何かをですな」
「感じ取っておるのであろう」
それでというのだ。
「だからじゃ」
「それで街も静かで」
「人も家の中に引っ込んでおるぜよ」
「左様でありますな」
「そうじゃ、ではな」
「このままですな」
「大手門まで向かおうぞ」
駿府城のそこにというのだ。
「そしてじゃ」
「その大手門から」
「城の中に入るのじゃ、さて」
ここでだ、長曾我部は。
己が手に持っている槍を見てこうしたことを言った。
「わしの槍も唸る時が来たな」
「ですか、ではそれがしは」
明石は自身が持っている弓矢を見て言った。
「弓で以てです」
「戦うな」
「そうします」
まさにというのだ。
「そしてそのうえで」
「最後まで戦いじゃな」
「勝ちまする」
こう長曾我部に答えた。
「その時はお任せ下され」
「ではな」
「はい、まずはです」
「城の正門、大手門にな」
「参りましょうぞ」
「間もなく大手門が見えて参りますぞ」
先頭を行く幸村が二人に言ってきた。
「いよいよ」
「左様か、ではな」
「戦をはじめまするか」
二人は幸村のその言葉に笑顔で応えた、そうしてだった。
二人も他の者達もそれぞれの得物を出した、そのうえで見えてきた大手門に向かっていった。そのうえで。
大手門の前に来た、だがその前に柳生がいて幸村に言ってきた。
「真田左衛門佐殿でありますな」
「もう官位は持たぬ身」
「あえて敬意を払ってでござる」
柳生は幸村にこう返した。
「そう呼ばせて頂きました」
「左様でありましたか」
「そしてです」
柳生は幸村にさらに言ってきた。
「ここから先は」
「通せぬと」
「左様、若し通られるとならば」
柳生は刀を抜いた、そのうえで幸村にさらに言った。
「それがしがお相手致す」
「では」
「待たれよ、真田殿」
長曾我部が前に出て言ってきた。
「ここはそれがしが引き受ける」
「そうされますか」
「相手にとって不足はなし」
自慢の槍を出して言うのだった。
「天下の剣豪柳生殿が相手ならば」
「では」
「貴殿等は先に行かれよ」
こう幸村に言うのだった。
「城の中に」
「わかり申した、それでは」
「柳生殿、ここはじゃ」
長曾我部は槍を手にしたままその柳生に言った。
「わしが相手をさせてもらう」
「おお、長曾我部殿が」
「そうじゃ」
こう言うのだった。
「不服か」
「いえ」
柳生はその長曾我部に礼儀正しい声で応えた。
「滅相もない、天下の豪傑であられる長曾我部殿が相手ならば」
「相手にとっては」
「十二分でござる」
そうだと言いつつだ、柳生は剣を抜いた。
そうして構えてだ、長曾我部にあらためて言った。
「お相手させて頂きます」
「ではな」
「心残りは全ての方をここで足止め出来なかったことでござるが」
「それはわし一人でよしとせよ」
「そう言われますか」
「これから死合うのじゃからな」
こう言ってだ、長曾我部も槍を構え柳生と対峙に入った。幸村はそれを見て他の者達に対して言った。
「では我等は」
「うむ、城の壁を飛び越えてな」
「そうして入りましょうぞ」
城の中にというのだ。
「そうしましょうぞ」
「承知致した、では」
「これより」
一行はすぐにだ、城の城壁を跳んで越えた。すると空からだ。
十勇士達が来た、皆闇夜に揚げていた大凧からむささびの術で来た。幸村達は事前にその凧を揚げてから来たのだ。
十勇士達は幸村の前に来て闇色の術に使った生地を収めてから幸村に言った。
「殿、我等もです」
「今ここに来ました」
「それではですな」
「これより」
「そうじゃ、大御所殿の御前に向かうぞ」
幸村も十勇士達に答えた、そしてだった。
一行は城の中にさらに行こうとする、だがここで後藤が幸村に問うた。
「もう駿府城の中はか」
「はい、実は既にです」
「大坂の戦の前にか」
「天下の城のおおよそは頭に入れておりました」
「それで駿府の城のこともか」
「全て頭に入っておりまする」
こう後藤に話した。
「それこそ大御所殿のお部屋の場所まで」
「そうか、ではな」
「はい、それがしが案内させて頂きます故」
「わかった、では先に進もう」
「さすれば」
幸村は自ら先頭に立ち一行を先に導こうとした、だが今度はだった。
多くの侍達が出て来た、後藤はその彼等を見て言った。
「どの者もな」
「かなりの腕ですな」
「そうじゃな、ここはわしが食い止めるか」
「いえ」
後藤が前に出ようとするとだった、彼より前にだった。
明石が弓矢を構えて出て来てだ、そうして彼に言った。
「ここは拙者にお任せを」
「その弓矢でか」
「はい、例え矢がなくとも」
明石は鋭い声で言った。
「明の書でありましたな」
「確か列子だったか」
「あの書にある通りに」
「気も使ってか」
「ここは食い止めますぞ」
「そうか、ではな」
「ここは拙者が食い止めます故」
先の長曾我部と同じくというのだ。
「皆様方は先を」
「わかり申した」
幸村は明石にもこう応えた。
「それでは我等は」
「はい、先に」
「行きまする」
こう明石に言ってだ、一行は明石が矢を嵐の様に放ち一発一発で侍達の胸や足を貫き動けなくする横を風の様に駆けてだった。
先に進んだ、だがまたすぐにだった。
新たな侍達それに伊賀者達が来た、一行は今度はそれぞれの武芸で切り抜けんと槍や刀を振るった。しかし。
その彼等の前にだ、橋の上に一人の男が出た。その男はというと。
「むっ、貴殿は」
「伊賀十二神将の一人双刀」
双方は自ら名乗った。
「ここは通す訳にはいかぬ」
「双刀殿か、それでは」
その双刀を見てだ、根津は自ら前に出てだった。幸村に言った。
「殿、ここは」
「お主がか」
「引き受けまする」
「そうか、ではな」
「殿はお先に」
「済まぬ」
「では双刀殿よいか」
根津は刀を構えそのうえで双刀に問うた。
「貴殿にとっては殿を足止め出来ぬことは残念なれど」
「確かに残念、しかし」
双刀も己の二振りの刀をそれぞれの手に持ちつつ応えた。
「根津殿だけでも止められるなら」
「よいと言われるか」
「そう思う次第、それでは」
「うむ、死合おうぞ」
根津は己に対している双刀に返した、そしてだった。
激しい剣撃の応酬に入った、両者はそれぞれの刀を振るい闘う。双刀はその中で根津に対して問うた。
「貴殿はかつては浪人であったとか」
「昔のこと」
根津はこう双刀に返した。
「殿とお会いするまでの」
「その時から剣の腕を磨き」
「そして殿にお会いし」
そしてというのだ。
「それからも剣の腕を磨いてきております」
「そしてその腕に至ったか」
「はい」
まさにというのだった。
「この通り」
「そうか、よい主に出会えて」
「そうしてです」
まさにというのだった。
「より腕を磨けた次第」
「何故腕を磨かれた」
双刀は根津と斬り合いつつ彼に問うた。
「それは」
「最初は強くなりたかっただけ」
「それだけだったか」
「左様、最初は」
そうだったというのだ。
「それだけでした、しかし」
「今は違うと」
「左様、今は殿と共に戦い殿の為になるからこそ」
だからだというのだ。
「剣の腕を磨いている次第」
「成程な」
「それが間違っていると」
「いや」
双刀は鋭い目で根津に答えた。
「そう思えるだけの方を主に持てた」
「そのことがですか」
「根津殿の幸せかと」
そうだというのだ。
「それがしが思うに」
「そう言って頂き何より」
「そしてそれは」
「双刀殿もですな」
「左様、我等の主は半蔵様」
伊賀を率いる彼だというのだ。
「半蔵様程の主はおらぬ」
「だからですな」
「半蔵様の為に戦う、では今は」
「どちらの剣が上か」
「競おうぞ」
「さすれば」
二人はお互いに剣撃を繰り出し合いそうしてだった。お互いに一歩も退かぬ戦いを繰り広げていた。
幸村達はさらに進む、そして今度はだった。
幻翁が出て来た、幻翁は幸村達の前に出て言った。
「ここを通りたければそれがしを倒すこと」
「そう言うか」
「左様」
まさにというのだ。
「ここは」
「そうか、ではな」
「殿、ここはです」
幸村が前に出ようとしたところでだ、筧が出て彼に言った。
「それがしが」
「十蔵、お主がか」
「はい」
引き受けるというのだった。
「ですから先に行かれて下さい」
「そうか、しかしな」
「はい、必ずですな」
「生きて帰れ」
こう言うのだった。
「よいな」
「わかり申した、それでは」
「ここは戦う」
こう言ってだ、そしてだった。
今度は筧が残った、そうして彼は幻翁と門前での闘いに入ったが。
幻翁は得意の幻術を使い筧に幻を見せてだった。そうして。
そこに妖術を織り交ぜる、しかしだった。
筧は幻術は使わないが様々な術、火や氷を出して幻翁を攻める。そのうえで幻翁に対していた。そしてだった。
自分と互角に闘う筧にだ、彼は言った。
「惜しいのう」
「惜しいとは」
「それだけの腕の者が伊賀にいないとは」
このことを言うのだった。
「それが惜しいと思ったのじゃ」
「そうでござるか」
「うむ、しかしじゃな」
「それがしは充分以上にでござる」
「満足しておるな」
「誰よりも」
まさにというのだ。
「殿がおられるので」
「真田殿が主だから」
「充分以上にです」
「満足されておられるか」
「だからこそ今も」
「ご自身が残ってか」
「幻翁殿と大している次第」
今の様にというのだ。
「そうさせてもらっているでござる」
「貴殿は惜しくないか」
幻翁はまた幻術を繰り出した、筧の周りにこれ以上はないまでに深い霧を出したのだ。それによってだった。
彼の目を惑わそうとした、だがその霧もだった。
筧には通じず彼は幻翁の場所をその放つ術の場所から正確に把握してそのうえでそこに火の球や氷の柱、雷等を繰り出していた。幻翁は筧のその術を自身の術で打ち消して言った。
「いや、惜しいとはな」
「全くです」
「そうじゃな、真田殿は見事な方」
これ以上はないまでにというのだ。
「わしも思う、しかしな」
「幻翁殿の主はですな」
「半蔵様以外おられぬ」
こう言うのだった。
「それと同じじゃな」
「そうでありますな」
「貴殿もわしも果報者」
「お互いに」
「そしてその真田殿の為にじゃな」
「今も闘いまする」
「わかった、ではな」
それではとだ、こう言ってだった。
幻翁はさらに術を繰り出した、今の幻術で駄目ならこの幻術ではどうかとだ。彼は次から次に術を繰り出していた。筧はその彼と互角の勝負を繰り広げていた。
城の櫓の前でだった、そこでまた一人出て来た。今度は。
「伊賀十二神将の一人剛力」
「貴殿もか」
「真田殿を通すなと言われ」
そしてと言うのだった。
「参上しました」
「通るなと言われても聞けぬ時もある」
幸村は剛力にこう返した。
「それ故に」
「ここは」
「通らせてもらう」
「では殿、今度は」
望月が出て言ってきた。
「それがしがです」
「引き受けてくれるか」
「はい」
こう幸村に答えた。
「そうさせて頂きます」
「力には力じゃな」
「ですから」
その大柄な身体でだ、望月は笑って応えた。
「ここはお任せあれ」
「わかった、ではな」
「はい、先に行って下さい」
「それではな」
こうしてだった、今度は望月が足止めになってだった。一行を先に行かせた。そうして望月は剛力との勝負に入った。
両者は激しい死闘に入った、その中でだった。
剛力は望月の凄まじい拳や張り手を真っ向から受けて立ち自らも攻めを加えつつそうして言うのだった。
「わしと力で互角に渡り合うとはな」
「それはか」
「見事だ」
まさにと言うのだった。
「流石は十勇士の一人だけある」
「それは同じこと、力は衰えるものだが」
「鍛錬していれば衰えぬ」
まさにと言うのだった。
「そうであるな」
「だからであるか」
「そうだ、しかしだ」
「しかし?」
「貴殿は極意も備えておるな」
剛力は望月とがっぷり四つに組みだした、そうして互いに激しくせめぎ合いつつそれで話をするのだった。
「力の」
「修行で備えた」
これが望月の返事だった。
「それだけのこと」
「成程のう」
「その中身はあえて言わぬが」
「ふん、それを言わずともな」
まさにというのだ。
「強くなればいいだけのこと」
「中身はともかくとしてか」
「よい」
「そうか、ではそのわしと」
「今から全力でぶつからせてもらう」
「ではな」
二人で激しくぶつかり合いつつだ、両者はせめぎ合っていた。それはまさにがっぷりと四つに組んだものだった。
幸村達は城の中の庭の真ん中に出た、すると。
そこにいたのは無明だった、その無明を見て先にだった。
伊佐が出てだ、幸村に言った。
「次はです」
「お主がか」
「はい、闘い」
そうしてというのだ。
「引き受けさせて頂きます」
「そうか、ではな」
「殿は先に行かれて下さい」
「そうさせてもらうな、ここでも」
「さすれば」
こうしてだ、一行はこの時も足止めを置いてそのうえで先に進んだ。無明はその伊佐と対峙してだった。
静かな口調でだ、こう言ったのだった。
「迷わず足止めを引き受けるとは」
「思いませんでしたか」
「まさに」
己の前にいる伊佐に答えたのだった。
「躊躇なくとは」
「そうですか、しかしこのことは」
「貴殿達にとっては当然のこと」
「息をする様に」
その程度のことだというのだ。
「ですから」
「私と闘うことも」
「当然のこと、では無明殿」
錫杖を両手に持って構えそうしてだった。
伊佐はその錫杖と法力を使って無明と闘いはじめた、動と静の勝負の中で。
伊佐は締まった表情であの法力を飛ばし無明を攻めた、だが。
無明はそれをかわして言った。
「素早い、しかし」
「今の出はですね」
「私ならかわせる、私なら」
「左様でありますな」
「十二神将と半蔵様ならば」
自分も含めてというのだ。
「かわせる」
「今の法力も」
「そう、けれど」
表情のないまま言うのだった。
「この勝負油断出来ない」
「それはこちらも同じこと」
伊佐はこう返した。
「それでは」
「お互いに一歩も退かず」
「闘う、しかし貴殿は」
「死ぬつもりはありませぬ」
それは一切と言うのだった。
「全く」
「そうだね、貴殿の闘い方は死ぬそれじゃない」
「はい、我等は死ぬ時と場所は同じです」
そうだというのだ。
「共に」
「そうです、そのうえで」
まさにと言うのだった。
「今もです」
「ここで死ぬつもりはない」
「そうだね」
「ではこの度も」
「死なずにだね」
「闘いまする」
伊佐は笑みを浮かべ無明に応えてだ、そうしてだった。
二人の勝負を続けた、そうしているうちにもだった。
一行はさらに進む、すると次は城壁の上に道化がいて言った。
「ここは悪いが」
「先には通さぬ」
「そういうことで」
軽いがそこには無二を言わせない強さがあった。
「宜しく」
「宜しくと言われてはいそうですかってなるか」
由利が出て言ってきた。
「残念ながらな」
「それじゃあわしをか」
「ああ、逆にわしが止める」
幸村達を足止めしようとする彼をというのだ。
「覚悟しろ」
「やれやれと言うべきか、いや」
「そうも言えないな」
「真剣勝負になるな」
「その覚悟は出来ているな」
「だからわしもここにいるんだよ」
その軽い調子で応えた道化だった、だが。
それでもだ、その顔は真剣でだった。
構えを取ってだ、由利にあらためて言った。
「やるか」
「ああ、今からな。では殿」
由利は幸村に目だけ向けて自身の主に話した。
「ここはです」
「頼むぞ」
「それでは」
こうしてだった、幸村はまたしても先に向かった。そうして念動力を使い仕掛けてきた道化に対して。
鎖鎌を使って闘う、道化は念動力だけでなく重力も使うが。
その彼がだ、こう由利に話した。
「面白い闘いになりそうだが」
「それでもか」
「あんた見てるとな」
「わしをか」
「ああ、随分晴れ渡った顔だな」
由利の鎖鎌の分銅、あまりもの速さで繰り出すので何十にも見えるそれをかわしながらそれで言うのだった。
「一点の曇りもないな」
「それか、言われてみれば曇った思いなんてな」
由利は道化にさらに攻撃を仕掛け彼が繰り出す石の雨を避けつつ応えた。
「なかったな」
「真田殿の仕えてからか」
「ああ、一度もな」
それこそというのだ。
「なかったな」
「真田殿にお仕えすることはか」
「こんないいことはないからな」
だからだというのだ。
「わしの心はいつも晴れだ」
「だからその顔か」
「そうだろうな」
「成程な、しかしな」
「しかし?」
「それはわしもだな」
自分もと言う道化だった、由利が近寄ってきて鎌で切ってきたがそれは自身が持っている杖で防いでみせた。
「わしにしてもな」
「晴れ渡っているか」
「半蔵様にお仕えしてな」
それからというのだ。
「本当に満足しているからな」
「だからか」
「ああ、それこそな」
「あんたも曇ったものはないか」
「顔にも出ているだろ」
「成程な、しかしわしはな」
由利は再び分銅を何十も一度に出す様な勢いで繰り出しつつ道化に話した。
「もうこれ以上はないまでに満足しているからな」
「今もか」
「このまま闘う、殿と共に」
「本当にいい主に巡り合えたな」
「そう思っているさ」
道化に応えつつ闘う、そしてだった。
二人は激しく闘い続けた、その場所で。
幸村は次第に家康のいる場所に近付いていた、途中出て来る侍や忍達は退けていくが今度はだった。
茶室の上に音精がいた、音精は妖艶な笑みで幸村に言った。
「真田殿、お茶を飲まれますか」
「その茶を飲みか」
「はい、お下がり下さいませ」
こう幸村に言うのだった。
「こも度は」
「出来ぬと言えば」
「その時は私が相手をします」
「そうか、では」
「いや、殿ここはです」
海野がだ、すっと前に出て幸村に話した。
「それがしがです」
「引き受けるというのか」
「はい」
幸村に笑って答えた。
「そうさせて頂きます」
「そうか、では頼むぞ」
「そうさせて頂きます」
こう話してだ、そのうえでだった。
幸村は他の者達と共に先に向かった、そして海野は茶室の前から茶室の上にいる音精に対して声をかけた。
「茶を飲むか、共に」
「では茶室の中で」
音精も妖しい笑みで応えた。
「お話をしますか」
「存分にな」
「では」
二人は一旦姿を消した、そして茶室の中に入るとそこは思ったより広く少しした道場程あった。その茶室の中でだ。
海野は音精と対峙しそのうえで言った。
「わしはおなごと闘うつもりはなかったが」
「それでもですか」
「この場合は別だ」
「おなごと闘わぬのは武士ですね」
「忍はまた違う」
忍同士の闘いはというのだ。
「お主の様なくノ一もおるからな」
「それでは」
「これから闘うか」
「そうしましょう」
こうしてだ、二人で激しい闘いに入った、音精は笛を吹きそこから衝撃波を繰り出し海野は水を何処からともなく出してだ。
攻防に入った、だがここで。
その攻防の中水の巨大な一撃をかわしてだ、そうして言った。
「今の攻撃は並の者なら」
「大抵はか」
「かわせなかったわよ」
「しかしお主はかわせた」
「私だからかわせたのよ」
音精は素早く笛を吹き曲がる衝撃波を幾つも出してそれぞれの複雑な軌跡で海野を攻めつつそのうえで言った。
「十二神将の私だからこそ」
「伊賀者の中でも腕利きの」
「そうよ」
まさにというのだ。
「伊達に十二神将になっていないわ」
「服部殿に任じられてだな」
「そうよ、その腕にかけてね」
「わしの攻撃もかわしてか」
「貴殿を倒すわ」
「そうか、しかしな」
海野は音精の衝撃波を己の周りに次から次に水の壁を出してそれで防ぎつつそうして彼女に対して返した。
「わしもじゃ」
「防ぐというのね」
「この程度の数なら全て見切れる」
音精の出す衝撃波もというのだ。
「このことを言っておく」
「そう、では私もね」
「わしの水術を全て見切ってか」
「そうして貴方を倒すわ」
「そうするか、ではその言葉お主に返そう」
こう言ってだ、そのうえでだった。
海野は音精との戦を続けた、そうして激しい攻防はお互いに一歩も譲らずそのまま続いていくのだった。
幸村達は家康がいる本丸まで近付いていたがここでもだった、今は櫓の上を進む彼等の前にまた一人出て来た。
今度は傀儡だった、傀儡は凄みのある女の笑みで幸村達の前に立っていた。
「わっちがお相手するでありんすよ」
「また十二神将か」
「そう、傀儡といいます」
傀儡はその笑みで以て幸村に応えた。
「覚えておられるでありんすか」
「大坂での戦で会ったな」
「はい、あの時はどうもでありんす」
傀儡は笑ったまま幸村に応えた。
「真田様もお元気そうで何より」
「この通りな」
「そしてでありんす」
「この度はじゃな」
「大坂での続きを」
戦、それのというのだ。
「そうしたいでありんすが」
「先に進みたいと言えばどうか」
「それでもでありんす」
あくまでこう言ってだ、そしてだった。
傀儡は自らの術を使おうとしてきた、しかしここで。
穴山が己の短筒から一発出して彼女が出した手裏剣を弾き返してだ、そのうえで幸村に対して言った。
「やっとそれがしに出番ですな」
「今度はお主がか」
「いや、今か今かと待っていましたが」
笑いつつ幸村に応えてだ、穴山は前に出てきた。
「遂にですな」
「そうか、ではじゃな」
「はい、ここはお任せを」
「わかった」
幸村はここでもこう応えた。
「ではな」
「殿は先に」
「そうさせてもらう」
こうしてだった、今度は穴山を足止め役に置いてだった。幸村は他の者達と共にさらに先に進んでいった。
穴山は短筒に鉄砲、そして炮烙も投げてそうし傀儡が操る人の大きさの人形達に彼女自身が出す手裏剣等にだ。
互角に闘っていた、傀儡はその銃撃をかわしてから笑って言った。
「まさに天下一の金の術でありんすな」
「誉めるのかい?生憎だがな」
「誉めてもでありんすな」
「当然のことだしな」
自分の鉄砲等火薬を使ったものの使い方、即ち金の術はというのだ。
「何も出ないぜ、出るのはな」
「銃弾でありんすな」
「おうよ、しかしわしの腕は百発百中だが」
「それはあっちには違うでありんすよ」
今度は人形を己の前に置いて盾にしてだ、傀儡は穴山が次から次に放った火縄銃の連射、火縄銃を幾つも出して風の様に動き次々と繰り出したそれを防いでいった。
「この通り」
「防ぎそしてか」
「さっきの様にかわすでありんす」
「わしの鉄砲をかわすか」
「そうでありんす、しかし」
傀儡は己の人形達の放つ火や延びる爪、刀をかわす穴山を見て思わず唸った。
「あんた様も見事でありんすな」
「この攻撃をかわしていてか」
「今頃並以上の者でも鱠切りでありんすよ」
そうなっているというのだ。
「それが、でありんすからな」
「ふん、これ位はな」
「かわせるでありんすか」
「わしならばな」
「そうでありんすか、わっちも本気でありんすが」
「それはわしも同じこと」
「死ぬ気で行くでありんすよ」
こう言ってだ、その顔からこれまでの余裕仮面でもそれを着けていたそれを外してそれでだった。
傀儡は己の人形達と共に向かった、そうして穴山の鉄砲に向かい穴山もそれを放った。
一行は本丸の前に来た、だがその前に今度はだった。
土蜘蛛がいた、彼は仁王立ちをしてそこにいた。左右には堀がありその先に門がありその門は開かれていてだ。
狭間になっている場所にいた、そこから己の前に来た幸村達に言った。
「真田殿、退かれぬか」
「お主ならどうする」
幸村はその土蜘蛛に問うた。
「こうした時は」
「そう言われると」
「ではな」
「致し方ない、それでは」
「戦うか」
「そうさせて頂く」
これが土蜘蛛の返事だった。
「これより」
「ではな」
「ははは、それではです」
清海が明るく笑って出て来た。
「ここは拙僧が引き受けます」
「今度はお主がか」
「はい」
さにというのだ。
「そうして宜しいでしょうか」
「長曾我部殿、明石殿にか」
「我等が義兄弟達の様に」
「そうじゃな、ではな」
「はい、次は」
「お主に任せる」
清海にじかに言った言葉だ。
「よいな」
「それでは」
「はい、それでは」
「我等は先に向かう」
「その様に」
こうしてだった、幸村はここでもだった。
残った者達と共に先に進んだ、そして正解は巨大な錫杖、花和尚が使う様なそれを手にしてだった。
土蜘蛛に向かった、土蜘蛛はその禍々しい八本の石の牙を術で出してだった。
人の半分程の大きさの分銅と鎌を出してだ、清海に向かった。清海はまずは八本の牙が来たがその全てを錫杖で潰した。
そうして土蜘蛛と一騎打ちに入ったがそこでだった、彼は言った。
「ここからじゃな」
「わしの牙を全て壊すとはな」
「並の者ではじゃな」
「あれで終わっておった」
そうだったというのだ。
「並の者ではな」
「そうか」
「だからわしはこの二つも出した」
分銅、それに外に半月状になっている鎌をというのだ。分銅と鎌はとてつもない太さの鎖でつながれている。
「貴殿がそうしてくると思ってな」
「そうか、ではな」
「この二つで闘う」
「そしてか」
「貴殿を倒せずともな」
「ここで止めるか」
「そうする」
こう清海に言うのだった。
「是非な」
「ならわしは通る」
「そうするか」
「そしてじゃ」
そのうえでというのだ。
「殿のお力になる」
「真田殿をそこまで思っておるか」
「無論、我等十勇士皆只の家臣ではない」
清海は土蜘蛛と激しい一騎打ちに入りつつ応えた、両者は凄まじい攻防を門の前ではじめてその中でやり取りをしていた。
「義兄弟でありな」
「しかもじゃな」
「友でもある」
だからだというのだ。
「だからじゃ」
「真田殿の為にか」
「最後の最後までじゃ」
まさにというのだ。
「闘いそしてな」
「わしに勝ってか」
「殿と合流する」
「そうか、ではな」
「ここはか」
「お主に勝つわ」
「そう出来る程わしは弱くないぞ」
「ならそれを見せてみよ」
二人で話してだ、そうしてだった。
両者の一騎打ちは本格的に激しいものになっていった、それは一歩も退かぬものであり百合二百合となっても続いていった。
巻ノ百四十九 完
2018・4・1