巻ノ百五十一 決していく戦
長曾我部は槍を手に柳生との一騎打ちを続けていた、それは近間では激しい打ち合いになり遠間になるとお互いに気を放って攻め合っていた。
その攻めの中でだ、柳生は長曾我部に言った。
「手合わせすればする程わかります」
「わしの腕がか」
「はい、これだけの槍の腕は」
まさにというのだ。
「他には後藤殿でしょうか」
「後藤殿か」
「あの方位でしょう」
「ふん、しかしじゃ」
長曾我部は己を誉める後藤に自嘲して返した。
「わしは大名に戻れなかった」
「もうそのことは」
「諦めた」
こう言うのだった。
「最早な」
「そしてですか」
「大坂で敗れた」
だからだというのだ。
「もうそれではな」
「戦の世が終わったからですな」
「そうじゃ、それではじゃ」
最早というのだ。
「戦は起こらぬ、ではな」
「大名に返り咲いてですな」
「土佐に戻ることもなくなった」
「だからですか」
「もうよい、むしろ今生きておること」
そして柳生と一騎打ちを行っていることがというのだ。
「このことは何故かと考えておる」
「そのことですか」
「一体何故かとな」
「おそらくですが」
柳生は長曾我部と近間で激しい打ち合いを行いつつ言った。
「長曾我部殿はご自身を何だと思われていますか」
「わし自身をか」
「はい、何だと」
「知れたこと。武士じゃ」
長曾我部は柳生に即座に答えた、それも淀みなく。
「それ以外の何か」
「武士だと言われますか」
「そうじゃ、わしは武士じゃ」
まさにというのだ。
「それ以外の何でもないからな」
「だからでござるか」
「わしは今こう答えた」
武士、それだというのだ。
「まさにな」
「だからですか」
「そうじゃ」
また言った長曾我部だった。
「わしは武士、槍を手に戦う者じゃ」
「それです、長曾我部殿は大名であるよりもです」
「武士か」
「そうであられます」
「では武士として生きる」
「その為にです」
まさにというのだ。
「生きておられるのです」
「今もか」
「そうです、武芸者として」
「そうか、わしは武芸をする武士としてか」
「生きられるべきなのでしょう」
「だからわしは死ななかったか」
大坂での戦でというのだ。
「逃げ延びることが出来たか」
「その時危うい時もありましたな」
「その都度家臣達に助けてもらった」
「そしてその家臣の方は」
「一人だけになったがな」
薩摩まで供だったのはというのだ。
「しかしな」
「それでもですな」
「助けられた」
家臣にというのだ。
「そしてじゃ」
「今もですな」
「逃げられた、そしてな」
「今もですな」
「闘える」
「そしてそのことが」
「嬉しい」
まさにという返事だった。
「わしはな」
「そのお考えこそがです」
「武士の考えか」
「はい、それでは」
「今じゃな」
「この戦の雌雄を決しますか」
「それではな」
長曾我部は柳生のその言葉に頷いた、そして槍をだった。
嵐の如く振り回した、だが柳生はその攻めもかわしてだった。
逆に攻め返す、それで激しい死闘が続いたが。
柳生は目でだ、長曾我部を見据えて言った。
「柳生新陰流の最終奥義お見せしましょう」
「柳生新陰流のか」
「如何にも」
その通りだというのだ。
「それをお見せしましょう」
「そうか、ではわしもな」
「その槍術のですな」
「それを見せよう」
「それでは」
二人共だ、それぞれの奥義を繰り出した。柳生は無数の太刀を縦横に繰り出し長曾我部もであった。
突きを怒涛の勢いで繰り出す、そうして。
激しい火花が散ってだ、それが終わった時に。
両者は動きを止めていた、しかしそれは一瞬のことで。
柳生は片膝を曲げた、それで長曾我部に言った。
「拙者の負けでござるな」
「そう言うか」
「それがし奥義百斬を出しましたが」
「わしは羅漢を出したがな」
「しかしです」
「わしは膝を曲げずか」
「それがしは曲げました」
そうなってしまったというのだ。
「ですから」
「お主の負けとか」
「認めまする、ではそれがしの首をお取り下さい」
勝ったからにはというのだ。
「そうされて下さい」
「いや」
長曾我部は笑ってそれで柳生に答えた。
「それはよい」
「勝たれてもですか」
「うむ、よい」
そうだというのだ。
「わしは勝つ為に来たのであってな」
「だからですか」
「首を取る為ではない」
この度の戦に来たのはというのだ。
「だからな」
「それがしの首はですか」
「よい、ではわしはな」
「これからはですか」
「武士として生きる、もう天下の往来を歩けぬが」
それでもというのだ。
「それでもな」
「武士の道をですな」
「歩こう、武芸者としてな」
「そうされますか、では」
「うむ、それではな」
「暫しですな」
「ここで待つわ」
幸村、そして仲間達をというのだ。戦を勝って終えた長曾我部の顔は実に晴れやかなものであった。
穴山は鉄砲も短筒も炮烙も次から次に繰り出す、だが。
傀儡はその全てを防ぎ逆に十本の指から糸を放ち穴山を襲う。穴山はその糸をかわしてから傀儡を見据えて言った。
「只の糸ではないな」
「さいでありんす」
傀儡は穴山に妖しい笑みで答えた。
「一見すると普通の糸でありんすが」
「そんな糸をここで使わぬな」
「今の糸はあらゆるものを切る糸でありんす」
「まさにじゃな」
「はい」
その通りという返事だった。
「刀と同じでありんす」
「危ういのう」
「かわしたでありんすよ」
「しかしじゃ」
それでもというのだ。
「危うかったのは事実じゃ」
「だからそう言われるでありんすか」
「そうじゃ、しかしな」
穴山は傀儡を鋭い目で見据えつつさらに言った。
「わしもお主に負けてはおらぬぞ」
「ではでありんすな」
「そうじゃ」
まさにと言うのだった。
「ここは秘術を使うわ」
「その秘術とは」
「言わぬ、その目に見せる」
鉄砲を右手に出しての言葉だ。
「お主のその目でな」
「それではでありんす」
傀儡も穴山のその言葉を受けて言った。
「あっちもでありんす」
「お主の秘術を見せるか」
「そうさせてもらうでありんすよ」
「そうか、ではどちらの秘術が上かな」
「決めるでありんすよ、ただ」
傀儡は穴山に妖しい笑みのまま告げた。
「あっちもでありんす」
「負けるつもりはじゃな」
「ないでありんす」
全く、という返事だった。
「そうでありんす」
「そうじゃあな」
「では」
「あっちの秘術でありんすよ」
傀儡が言うとだ、彼女の周りに。
二体三体と公卿の恰好をし能面を被った人程の大きさの人形達が出て来てだ。その彼等が。
穴山に向かってきた、傀儡はその彼等を見つつ言った。
「全部あっちの可愛い人形達でありんすよ」
「只の人形ではないな」
「そうでありんす」
まさにというのだ。
「あっちが思う通りに動くでありんすよ」
「心で動かしているか」
「そうでありんす」
「念力が」
「いや、言った通りでありんす」
これが傀儡の返事だった。
「あっちが思った通りにでありんす」
「そうか、思うままにとはか」
「そういうことでありんすよ」
「そこまで出来るとはな」
「思うままに手裏剣を放ち刀を使い」
「戦うか」
「この者達をどう倒すでありんすか」
既に穴山を囲んでいる、そして。
傀儡の言う通り手裏剣を放ち刀を振るってくる、そうしてきていた。
「あんた様は」
「だからだ、秘術をだ」
「使ってでありんすか」
「この人形達を倒す、しかしだな」
「この人形は鉄よりも硬いでありんすよ」
このことも言うのだった。
「鉄砲でも倒せないでありんすよ」
「倒せると言えば」
その秘術でとだ、穴山は傀儡に言い返した。
「どうする」
「ではそれを見せてもらうでありんす」
「そうか、ではな」
「見せてくれるでありんすか」
「今からな、その秘術を見せよう」
穴山はマントを翻した、そうして。
姿を消した、一瞬遅れて人形の一体の刀が空を切った。その彼等が。
突如として宙に現れた無数の鉄砲からの銃撃により吹き飛ばされた、そこに鉄砲だけでなく炮烙もだった。
放たれてだ、人形達は影も形もなくなっていた。それを見てだった。
傀儡は唸ってだ、こう言った。
「まさか」
「そう、今のが秘術だ」
穴山は姿を出した、そうして傀儡に答えた。
「わしのな」
「一気に鉄砲を出し」
「その鉄砲から鉄砲を風の様に動いてな」
姿が見えないまでの速さでだ。
「撃ち続けそして」
「炮烙も鉄砲と同じだけ放ってでありんすな」
「攻める、一つの鉄砲で倒せずともな」
「それが多いならば」
「この通りじゃ、お主の自慢の人形達もな」
傀儡の意のままに動き一発の鉄砲では倒れぬ彼等もというのだ。
「倒せるのじゃ」
「そうでありんか。では」
「お主の負けじゃな」
「はい」
このことを認める返事だった。
「あっちの負けでありんすよ」
「それならよい」
「よい?」
「わしの戦は終わりじゃ」
「あっちの首を取らないでありんすか」
「わし等が欲しいのは勝ちじゃ」
首ではなく、というのだ。
「それじゃ。だからな」
「あっちの首はでありんすか」
「別にいいわ」
欲しくないというのだ。
「その奇麗な顔を大事にしておけ」
「ううむ、そうでありんすか」
「そうじゃ、ではな」
「それで、ではでありんすか」
「わしは殿をお迎えに行く」
「では」
「さらばじゃ」
こう言ってだ、そしてだった。
穴山は幸村の気を辿ってそちらに向かった、傀儡はその彼を観るだけだった。
道化と由利も闘い続けている、道化は由利に攻撃を仕掛けつつだ、風の術と鎖鎌を使う彼に対して言った。
「いや、どうにも」
「どうにも。何じゃ」
「見事な腕前ですなあ」
こう言うのだった。
「流石は十勇士か」
「そう言うお主もな」
由利もこう返した。
「中々どうしてな」
「見事だと」
「そう思うわ」
まあにというのだ。
「わしもな」
「そうですか」
「うむ、しかしな」
「しかし?」
「お互いこのままではいかんな」
闘い続けていてもというのだ。
「そうであるな」
「ははは、それは確かに」
道化も笑って応えた。
「千日闘う訳にもいきませんわ」
「ならそろそろ決めるか」
「お互い秘術を出して」
「そうしてな」
そのうえでというのだ。
「決めるか」
「さすれば」
道化も頷いて応えた。
「そうしましょうぞ」
「負けんぞ」
「わしもですわ」
「ではお互いにな」
「秘術を見せ合おう」
「これより」
二人で言い合ってだった。
道化はその杖から重力の穴を出した、それで由利を吸い込もうとする。由利は穴から強烈な全てを吸い込む力を感じてだ。
それでだ、こう言ったのだった。
「この穴は」
「普通の穴じゃなくてな」
「全てを吸い込みか」
「決して出さぬ穴」
そうした穴だというのだ。
「わしの最高の秘術よ」
「恐ろしい穴を出したな」
「それだけに滅多に出さないんだよ」
術を使う道化にしてもというのだ。
「危ないですからな」
「しかしそれでもか」
「あんたには出したよ」
「見ての通りだな」
「如何にも、あんたならな」
由利、彼ならというのだ。
「これを使うしかないと思って出したんだ」
「ほう、わしを倒すにはか」
「この秘術しかない、さてこの穴はそれこそ何でも吸い込むが」
「わしはそれをどう防ぐか」
「それでわしに勝てるかい?」
「今こうしておるだけでもその穴に吸い込まれてしまいそうだ」
周りの石や草がどんどん吸い込まれている、それは風がその穴に無理に押し込んでいる様だった。それは由利も同じで。
少しでも油断すると穴の中に吸い込まれてしまいそうだ、今は踏ん張っているがそれでもだった。
だが由利の顔には余裕があった、その余裕を以て道化に告げた。
「ではわしもな」
「秘術を出すんだね」
「うむ、そしてその秘術でじゃ」
まさにというのだ。
「お主のその秘術を破ってみせよう」
「わしの秘術はもうこれでないよ」
「それでじゃな」
「この秘術を破られたら負けだよ」
もう他に手がないというのだ。
「だからね」
「それでじゃな」
「由利殿のその秘術が穴を潰せば」
その時こそというのだ。
「終わりだよ」
「そうか、それではな」
「破るんだね」
「そうさせてもらう、ではじゃ」
まさにとだ、由利は道化に応えてだった。
その鎖鎌の鎌のところに渾身の気を込めた、そうしてだった。
上から下に鎌を一閃させた、その一閃を幾度も幾度も繰り返した。すると。
一閃ごとに竜巻、大きさは小さいが凄まじい速さと衝撃力を以て穴に向かった。竜巻達は穴に次々にぶつかり。
最初は何もなかったが遂にだった、穴にきしむが生じ。
やがて穴も遂に壊れ鏡の様に粉々に砕け散った、これで何もかも吸い込む穴はなくなった。
それを見てだ、道化は唸って言った。
「竜巻に気を込めて放つと」
「只の風だけでなくな」
「この上ない強さになってそうして」
「穴もだね」
「この通りじゃ」
まさにというのだ。
「壊れる、何度も撃って壊れぬものはない。この気を込めた竜巻は金剛石すらも砕けるのだからな」
「あの金剛石を」
「それを何度もぶつけた、ならばじゃ」
「穴も壊れるんだね」
「左様、これでわしの勝ちじゃな」
「やられたよ、じゃあわしの首はね」
「そんなものはいらん」
由利は道化に即座にこう返した。
「わしは勝った、ならばじゃ」
「それだけでいいんだ」
「もうお主は何もせぬな」
「最高の秘術を破られたんだよ」
それならとだ、道化は由利に答えた。
「それじゃあね」
「仕掛けることはないな」
「ない、ではな」
「わしの首を取らずに」
「殿をお迎えに行く、さらばじゃ」
「負けたからね、行くといいよ」
道化も笑って告げた。そうしてだった。
由利が行くに任せた、由利もまた主の下に向かった。
海野は音精の次から次に繰り出す音の攻撃をかわしそうしつつ己の水の術を使っていた。水は何処からも出して放っているが。
その中でだ、彼は言った。
「ううむ、これはな」
「これは?」
「そろそろか」
「秘術の出すのかしら」
「その時が来たと思ったがな」
「奇遇ね、それは私もよ」
音精は今の海野の言葉に笑みで応えた。
「もうね」
「お主もか」
「秘術を出そうと思っていたわ」
まさにその時だったというのだ。
「だからね」
「ここでは」
「私の最後の術、最高の秘術を出すわ」
「ならばわしもじゃ」
海野も強い声を返した。
「ならばじゃ」
「どちらの秘術が上か勝負ね」
「わしはここで勝って殿をお迎えせねばならん」
彼のところに行かねばならないというのだ。
「だからな」
「私に勝つというのね」
「必ずな、ではな」
「ここでね」
「決着をつけよう」
「望むところよ」
音精は横笛をあらためて手にした、そうして。
海野は印を結んだ、音精が笛を奏でると。
何か音にならない音がした、海野はその音を感じ取って言った。
「この音は」
「音は不思議なものよ、これは人には聴こえないけれど」
「それでもか」
「そうよ、それは確かにあって」
音、それはというのだ。
「その衝撃で全てを壊すのよ」
「そうしたものか」
「そうよ、私が壊そうと思った全てのものを壊す」
今音精が奏でているその音はというのだ。
「音が奏でられている場所の中にあるね」
「それは凄い秘術だな」
海野が聞いても思うことだった、それも正直に。
「そんな術を使われるとな」
「例え真田十勇士でもね」
「倒せるか」
「そうよ、この術には勝てるかしら」
「その自信はある」
これが海野の返事だった。
「だからここにいる」
「そう言うのね」
「わしもここで秘術を使う」
まさにという返事だった。
「先程言った通りにな」
「それじゃあ」
「今その秘術を出そう」
印はまだ結んでいる、そしてその印を結んでいる海野の周りからだった。まずは。
水が起こった、その水は忽ちのうちに辺り一面を流し尽くす様な激流となり海野の周りを洗った。すると。
音精の聴こえず見えもしない音がだった。
潰された、そうしてその潰されなかった流れが音精に向かってきた。音精はその流れを跳んでかわしたが。
流れが終わってからだ、音精は唸って言った。
「まさか激流を起こすとは」
「水は火も何もかも消し飲み込む」
海野はその激流を出した後で音精に告げた。
「お主の音もな」
「そういうことね」
「水は強い」
海野はこうも言った。
「如何に全てを壊す音もな」
「潰すというのね」
「今の通りな、そしてな」
「ええ、認めるわ」
音精は海野の潔いい声で返した。
「私も負けよ」
「そうじゃな、ではな」
「私の首を取るのかしら」
「勝った、それでいい」
海野は毅然として音精に言った。
「わしはな」
「私を討たないのね」
「勝った、それは手柄にならぬ」
だからだというのだ。
「わしがどうかよ」
「だからいいの」
「左様、ではわしは殿をお迎えに行く」
「わかったわ、ではね」
「これでな」
「達者でね」
音精は微笑みそうしてだった、幸村のところに向かう海野を見送った。海野は彼女の方を見ずに幸村の方に向かった。
望月は剛力と正面からぶつかり合っている、そうして激しい一騎打ちを続けているがその一騎打ちの中でだ。
剛力は強い声でだ、望月に言った。
「わしは伊賀随一の力を持っている」
「身体の力はな」
「その力は負けていない」
まさにというのだ。
「その力はな」
「それで自信もあるな」
「そうだったはな」
「そうだったか、か」
「お主と今ぶつかって思っておる」
今現在とだ、剛力は望月と激しいぶつかり合いの中で相手である望月を見てそのうえで言ったのだ。
「伊賀随一、それは天下一と思っていたが」
「それがか」
「お主とぶつかってな」
そうしてというのだ。
「わしかお主かとな」
「思っておるか」
「うむ」
その通りというのだ。
「だからな」
「それで、ですか」
「ここでそれをはっきりさせるか」
こう望月に言った。
「そうするか」
「わかった、ではな」
望月も応えた、そしてだった。
剛力は望月にだ、強い声であらためて言った。
「秘術を持っておるな」
「お主もじゃな」
「無論、わしは力で戦う者だがな」
「忍じゃな」
「十二神将の一人」
伊賀の上忍の一人だというのだ。
「そしてそれだけにな」
「秘術もあるな」
「それは今まで誰にも見せたことはないが」
それでもというのだ。
「わしはここで出そう」
「そうか、ではな」
「お主もじゃな」
「出す」
望月は剛力に毅然として返した。
「そしてな」
「今からだな」
「どちらが天下一の力の持ち主かな」
「今からはっきりさせるとしよう」
「お互いに秘術を出してな」
二人は言い合いそしてだった。
剛力は己の身体を金剛石に変えた、そうしてこの上ない速さと重さを自身の力に入れてそうしてだった。
望月にぶつかる、そして。
望月はというと。その身体に。
金剛石ではなくだ、砂を出した。そこにさらにだった。
金剛石とは別の何かしらの石に身体を変えた、その二つでだった。
剛力とぶつかり合った、剛力は金剛石の身体で望月とぶつかり合うが望月の身体に付いた砂に動きを取られ。
そのうえで望月と激しくぶつかり合う、しかし。
徐々にだ、その砂と望月の今の身体の力にだった。
押され遂に吹き飛ばされた、そうして何とか受け身を取ってだった。
その後でだ、こう望月に言った。
「それは何の石じゃ」
「わしが修行の末に備えた金剛石のさらに上をいく石よ」
「その様な石があるのか」
「人の世にはないが六界にある」
剛力に対して語った。
「わしは修行からそうした石のことを知りな」
「その石に身体を変える力を備えたか」
「そうだったのだ」
「そうか。金剛石も強いが」
「その石はそれ以上、しかもな」
「砂も出したな」
剛力は望月のこのことも言った。
「そうしたが」
「左様、砂でお主の動きを少しでもな」
「絡め動きを遅くしたか」
「その少しがじゃ」
まさにというのだ。
「勝負の分かれ目だからな」
「それで砂も出してか」
「お主の動きに影響を与えてじゃ」
「闘ったのじゃな」
「それがわしの秘術だった」
「わかった、わしの完敗だ」
剛力は素直にこのことを認めた。
「首を取っていくがいい」
「首はよいわ」
望月は剛力のその言葉に笑って返した。
「別にな」
「それはよいか」
「首を取らずとも勝った」
このことは確かだというのだ。
「だからな」
「それでよいか」
「うむ、それに首なぞ取ってはじゃ」
戦のこのしきたりを行ってはというのだ。
「重くて殿の御前にすぐに行けぬ」
「そのこともあってか」
「首はよい、勝ったというそのことを持ってな」
「真田殿のところに行くか」
「そうする」
「わかった、ならそうせよ」
剛力は望月のその言葉を受けて笑って返した。
「そしてじゃ」
「そのうえでじゃな」
「真田殿を迎えに行くがよい」
「有り難く言葉、ではな」
「さらばじゃ」
「いい勝負であったわ」
二人で笑みを浮かべ合って話をしてだった、そのうえで。
望月もまた最後の戦に勝った、そうして主のところに向かうのだった。
根津と双刀の一騎打ちも佳境に入ろうとしていた、両者はそれぞれの刀で打ち合い切り合い激しい死闘を演じていたが。
その中でだ、双刀は根津にこう言った。
「わしにここまで剣で渡り合った者はおらん」
「それはわしも同じこと」
「わしのこの二刀にな」
「その二刀まさに天下の腕」
根津は双刀の刃を防ぎつつ彼に返した。
「わしでなければ今頃死んでおった」
「そうであるな」
「しかしじゃ、わしならばな」
こうも言う根津だった。
「そのお主にな」
「勝てるというのじゃな」
「左様」
その通りという返事だった。
「そのことをこれから見せよう」
「そうか、ではな」
「これよりじゃな」
「その言葉がまことかどうか見せてもらう」
こう根津に言うのだった。
「今よりな」
「わかった、ではな」
「これよりじゃな」
「わしは秘術を出す」
「無論わしも」
「それで決着をつけるか」
「わしの秘術は伊賀の剣術の極み」
双刀は根津にこのことを話した。
「わしだけが使える無双のものよ」
「それを使ったことはあったか」
「敵に対してはない、それを出す前にじゃ」
その秘術をというのだ。
「倒してきた」
「だからか」
「その秘術を使ったことはない」
「ではわしが最初か」
「そして最後となる」
双刀は凄みのある顔で根津に話した。
「お主を倒してそれからはな」
「二度とか」
「使わぬことになろう」
「そうか、しかしな」
「その秘術にか」
「わしは挑みそしてじゃ」
根津もまた双刀を見据えつつ言うのだった。
「勝つ」
「その言葉偽りでないな」
「真田の者はそうした術は知らぬ」
虚言を弄する、そうした術はというのだ。
「一切な」
「そうか、ではじゃな」
「その秘術を見せよう」
「では来るのじゃ」
双刀も受けて立って返した。
「その秘術でな」
「そうさせてもらおう」
「これよりな」
二人共一旦間合いを離した、そうしてだった。
互いに構えに入った、そのうえで。
双刀は両手の剣からそれぞれ無数の気の刃を出した、その一つ一つが二階建ての家位の大きさがあった。
その刃を遮二無二に出して根津を襲う、そして。
根津はというと。一瞬だった。
刀を抜いた、その一瞬で。
双刀の気を全て断ち切りさらにだった。
気の刃を放つ双刀のその二振りの刀も弾き飛ばした、双刀自身は無事であったがそれでもであった。
双刀は唸ってだ、こう言った。
「まさにな」
「今のでだな」
「決まった」
根津に確かな声で告げた。
「完全にな」
「わしの勝ちだな」
「如何にも。かろうじて防いだが」
根津のその一撃をだ。
「わしの気は全て断ち切られ消されてな」
「お主の刀もな」
「弾かれた」
根津の放った気の刃を防いだがだ。
「それではな」
「わしの勝ちだな」
「そうだ、わしの負けだ」
「ではだな」
「首を取れ」
自分の首をとだ、双刀は根津にこうも告げた。
「今からな」
「戦に勝てば褒美の証として首は取るが」
根津はその双刀に話した。
「今はそうした戦ではなかろう」
「だからか」
「勝ったらそれでよい」
「それで充分か。しかし若しわしが再び刀を取りだ」
その手にというのだ。
「そのお主を背から襲えばどうする」
「お主はせぬ」
一言でだ、根津は双刀のその言葉を否定した。
「負けを認めた、だからな」
「それでか」
「そうしたことはせぬ」
一切と言うのだった。
「だからな」
「それでか」
「わしはこのまま殿の御前に向かう」
勝ったからだというのだ。
「そうする、ではな」
「わしの首を取らずにか」
「殿の御前に向かう」
「ではな」
こう話してだ、そしてだった。
根津は幸村の下に向かった、双刀はその彼を背を向けたうえで見送った。そうして己の刀を手に取ったのだった。
筧は幻翁と術の術の応酬を続けていた、幻翁は幻術を使いその中で手裏剣や他の術を放っていた。しかし。
あらゆる術を使う筧にだ、彼は言った。
「わしは幻術なら誰にも負けぬが」
「それでもですか」
「お主のあらゆる術を使う力にはな」
それにはというと。
「適わぬか」
「そう言われるとは」
筧は幻翁のその言葉を受けて言った。
「有り難きこと、しかし幻術では」
「わしの方が上か」
「はい、それがしにはです」
とてもという言葉だった。
「幻翁殿の様な幻術が使えませぬ」
「幻術ではわしか」
「ですが」
「他の術ではか」
「それがしは絶対の自信があり申す」
「それでわしには負けぬか」
「はい」
一言での返事だった。
「その自負があります」
「そうか、ではな」
「その自負に相応しいものをですか」
「見せてもらう」
こう言うのだった。
「是非」
「それでは」
「わしも見せよう」
幻翁も鋭い目になり言った。
「これよりな」
「天下一の幻術で以て」
「お主のその術に向かおう、一つの術で天下一か」
「あらゆる術に秀でているか」
「それを確かめよう」
「はい、しかしそれがしの術は言うならば」
ここでだ、筧は幻翁にこう話した。
「妖術になるので」
「では天下一の妖術か」
「はい、そうなります」
「そうか、では天下一の幻術とな」
「天下一の妖術がですな」
「競うか、どちらの力が上か」
「幻翁殿かそれがしか」
筧も応えて言う。
「どちらが上か」
「確かめようぞ」
「これより、では」
「はじめるとしよう」
まずは幻翁がだった、全身で以て念じると。
四霊獣に麒麟を出してだった。その獣で筧に向かった。だがその四霊獣達に対して筧はどうしたのかというと。
獣達に対して一人の大元帥明王を出した、その身体は様々な力を帯びているのか赤に青、黒、白、黄色に光り十八の頭と三十六の腕でだった。
獣達と戦ってだった。
彼等を倒した、だがそれと共に。
明王もその戦いで激しい傷を負い姿を消した。それで幻翁は言った。
「相打ち、いやわしの負けか」
「そう言われる理由は」
「わしの獣達が負けてじゃ」
そうしてというのだ。
「お主の明王が残ってな」
「それで消えたからですか」
「確かにお主の明王も傷ついたが」
それでもというのだ。
「わしの獣達が倒されたのじゃ」
「だからですか」
「わしの負けじゃ」
こう言うのだった。
「紛れもなくな」
「それでな」
「わしは敗れた」
それ故にというのだ。
「首はやろう」
「いえ」
筧は幻翁のその言葉を静かな声で断った。
「それはいいです」
「よいのか」
「はい、それがしは勝てばよかったのです」
「わしに足止めをさせずか」
「そして勝つ」
今の戦にというのだ。
「それが目的だったので」
「だからか」
「はい、首はいいです」
「そうか、ならばな」
「もうこれで、ですな」
「わしは止めぬ」
一切とだ、幻翁はその場に止まって言った。
「負けたからにはな」
「死んだも同然なので」
「そうじゃ、勝った者を止める資格はない」
だからこそというのだ。
「お主は先に行け」
「お言葉に甘えまして」
「それではな」
「おさらばです」
筧は最後にこう言ってだ、そしてだった。
幻翁に別れの言葉を告げた後で幸村のいる場所に向かった、戦が終わった彼は彼の主を迎えに行った。
明石は弓矢を放ち続けた、そうして。
侍や忍達を寄せ付けなかった、その彼を囲んでだ。
侍達は唸ってだ、こう言った。
「ううむ、何と恐ろしい弓の腕か」
「恐ろしい腕だ」
「一発放てば必ず当たる」
「まさに百発百中」
「恐ろしい腕だ」
「そしてな」
「あの腕はな」
「恐ろしい腕だ」
「しかもな」
それだけでなくというのだ。
「矢はとうの昔に尽きておる」
「それでも放ってきておる」
「ではあれは」
「噂に聞く」
「左様、異朝の古典にありましたな」
その明石が言ってきた。
「それがしはそれを使いました」
「まさか」
「まさか弓の術に奥義」
「矢を使わずとも放つ」
「その術を使いましたか」
「左様です」
まさにというのだ。
「拙者は今は弓で気の矢を放っています」
「何という御仁か」
「矢が尽きても気を放つとは」
「まさに名人」
「神技の域に達しておる」
「神技を使わねば」
それこそというのだ。
「拙者も勝てませぬので」
「だからと言われるか」
「必死に戦い」
「そして」
「そのうえで」
「貴殿等を足止めしております」
気の矢、それを放ってというのだ。
「この様に」
「ううむ、矢が尽きてもまだ戦えるとは」
「何という凄い御仁か」
「これは勝てぬ」
「百発百中だけではない」
「矢が尽きても戦えるとは」
「敵ながら見事」
こうまで言う者がいた、そして。
彼等を率いている旗本の一人が侍達だけでなく忍の者達にも話した。
「ここはな」
「ここは?」
「ここはというと」
「どうせよと言われますか」
「我等の相手になれる御仁ではない」
到底というのだ。
「だからな」
「ここはですか」
「間合いを離し」
「そうしてですか」
「そのうえで」
「うむ、遠間に離れたままな」
今の様にというのだ。
「動けぬ様にしよう」
「それしかありませぬか」
「無念ですが」
「ここは囲んだまま」
「迂闊に動かぬ」
「その様にしていきますか」
「それしかない、下手に動けば」
それこそというのだ。
「また多くの者が倒れるぞ」
「ですな、明石殿の弓は百発百中」
「しかも気の矢です」
「幾らでも放てますから」
「下手に動けば」
「また倒される者が出ますな」
「ここは仕方ない、後ろや横から攻めようとも」
例えだ、そうしようともだったのだ。
「撃たれてきておるな」
「はい、実際に」
「素早く矢を放たれ」
「そうなっています」
「これでは仕方ない」
最早というのだ。
「だからな」
「はい、それでは」
「ここはです」
「我等もです」
「動かないでおきましょう」
「その様にな」
こう命じてだった、明石に迂闊に近寄らない様にした。しかしそれを見逃す明石ではなく。
侍達にだ、櫓の屋根の上から言った。
「ではそれがしはこれで」
「むっ、まさか」
「これで去るのか」
「足止めはこれで充分、後は共に去るのみ」
自分の言葉にまさかとなった侍達に述べたのだった。
「それではこれで」
「帰るのか」
「そうするのか」
「さすれば」
こう言ってだ、そうしてだった。
明石もまた幸村の下に向かった、彼もまた自身の最後の戦を終えてそうして幸村を迎えに行ったのだった。同志である彼を。
巻ノ百五十一 完
2018・4・15