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巻ノ百五十二

               巻ノ百五十二  迎えに向かう者達

 伊佐は今も無明と闘っていた、彼は自身の錫杖で無明の右手の槍と左手の短筒に対していた。しかし。

 そのどちらも防いでだ、こう言ったのだった。

「お見事です」

「貴殿も。流石は十勇士」 

 無明は表情のない顔で伊佐に応えた。

「それがしの攻撃をここまでかわすとは」

「左様ですか」

「それは貴殿がはじめて」

 まさにというのだ。

「それがしも感服しました」

「有り難きお言葉、ですが」

「それでもでありますな」

「拙僧は引き分けるつもりはありませぬ」

 しかと構えを取ってだ、伊佐は無明に答えた。

「間違いなく拙僧にとって最後の戦となります」

「それ故に」

「これは煩悩になるかも知れませんが」

 それでもという口調で言うのだった。

「最後の戦ならば」

「勝って終わらせたい」

「そう考えていますので」

 だからこそというのだ。

「ここは勝たせて頂きます」

「それはそれがしも同じこと」

 ここでも表情のないまま言う無明だった。

「ですから」

「いよいよですね」

「決着をつけますか」

「そうしましょう」

 是非にと言うのだった、伊佐も。

「これより」

「それがしもそのつもりでした」

「そうですか、では」

「これより」

「お互いに秘術を出して」

「死合いましょう」

 二人共構えに入った、そしてだった。

 まずは無明が仕掛けた、何とだった。

 その場が闇に覆われた、そうして。

 その闇の中左手の短筒から銃弾を放った、右手からはだった。

 槍を繰り出し伊佐の気を感じる場所に攻撃を仕掛けた、だがその無明に対して。

 伊佐は法力の念を込めた、するとその念が。

 地震を起こした、それは今彼等がいる場所だけでなく。

 空気まで揺らした、それでだった。

 無明の攻撃も揺らした、それで銃弾も槍も乱れその気が乱れた場所に対してだった。伊佐はその錫杖を右から左に振るい。

 無明を吹き飛ばさんとした、だが無明も流石にだった。

 攻撃をかわした、そうして後ろに着地して体勢も立て直した。しかし地震の衝撃が残っていてだった。

 着地しつつも姿勢を崩し片膝をつき闇も消えてしまっていた。そうして元に戻った周りを見つつ言った。

「負けですな、それがしの」

「何故そう言われますか」

「周りを包む闇を破られ」

 この術がというのだ。

「攻めをかわしても姿勢を崩してしまいました」

「そうなったからですか」

「それがしに負けでござる」

 このことを認めての言葉だった。

「まさに」

「そう言われますか」

「はい、まことにお見事でした」

 無明は伊佐にこの誉め言葉も贈った。

「ではそれがしの首を」

「いや、待たれよ」

 伊佐は無明の今の言葉は即座に断った。

「拙僧は戦に勝つことだけを求めていました」

「それがしの命は」

「求めていませんでした、そして拙僧は僧侶」

 この立場もあるからだというのだ。

「ですから」

「それがしの首は」

「いりませぬ」

 一切という言葉だった。

「そのことを申し上げさせて頂きます」

「左様ですか、では」

「はい、これで」

「貴殿の望まれる場所に行かれよ」

「殿の御前に」

「貴殿は最後の戦を終えられました、ならば大御所殿を倒しにも行かれませぬな」

「決して」

 これが伊佐の返事だった。

「ありませぬ」

「ならば構いませぬ、それでは」

「これで、ですか」

「行かれよ」

 彼の望む場所にというのだ。

「そうされるがよろしかろう」

「有り難きお言葉、さすれば」

「これで」

「おさらばです」

 互いに別れの言葉を贈り合いだ、両者は別れた。伊佐もまた戦の後は自身の主のところへと向かうのだった。

 清海も土蜘蛛と闘っていた、その金棒が唸り土蜘蛛の巨大な鎖鎌とぶつかり合う。

 そこに互いに術も使い合う、しかし。

 決着はつかない、それで土蜘蛛も言った。

「恐ろしいこと」

「戦の決着がつかぬことがか」

「まさに、わしの力を以てしても倒せぬとは」

「見ての通りじゃ」

 清海は土蜘蛛に笑って答えた。

「わしも意地があってな」

「それでか」

「負けるつもりはない、いや」

「わしに勝つか」

「そのつもりだ」

 まさにというのだ。

「だからだ」

「ここにおるのだ」

「今もか」

「左様」

 その通りだというのだ。

「こうしてな」

「そうか、ではな」

「お主もじゃな」

「その様に言っておく」

 清海と今ここにいる理由は同じだというのだ。

「わしもまたな」

「勝つつもりだからだな」

「ここにおる、忍とは文字通りよ」

「忍ぶ者達」

「戦も勝つ為にするものではない」

 本来はだ、そこは武士達とは違うのだ。

「己が生きる為にするものよ」

「必要とあれば逃げるな」

「そうする」

 清海に対してこう話した。

「それが忍だからな」

「そうじゃな」

「しかしじゃな」

「我等十二神将は違う、そして今はな」

「特にじゃな」

「貴殿程の剛の者ならば」

 それならばというのだ。

「戦ってそしてじゃ」

「勝ちたいか」

「だから今ここにおる」

「成程な、しかしな」

「それでもじゃな」

「わしはこの金棒と土の術では誰にも負けぬ」

 この二つではとだ、清海は土蜘蛛を見据えて言った。

「誰にもな」

「そうじゃな、ではな」

「これよりどちらが上か」

「決着をつけようぞ」

 二人で言い合う、そしてだった。

 二人共己の周りに巨大な岩を幾つも出した、その岩達を宙に漂わせそのうえでこうも言い合ったのだった。

「この岩にじゃ」

「それぞれの金棒と鎖鎌がな」

「どちらが上か競おうか」

「これよりな」

 二人は岩を飛ばし合った、それと共に。

 自分達も突進し合った、清海は金棒を土蜘蛛は鎖鎌を手に。

 それぞれぶつかり合った、岩と岩が激しくぶつかり合い砕け合った、すると二人の出した全ての岩が砕け散ったが。

 その中でだ、たった一つだった。

 清海が出した岩の砕けた破片が土蜘蛛に向かった、土蜘蛛はその破片を鎖鎌で弾き返したがそこに一瞬の隙が出来た。

 清海はそこに金棒を思い切り振った、土蜘蛛はその金棒の一撃は鎖鎌の巨大な今の球で受けたのだが。

 受けた角度が破片に気を取られて動きが遅れた為悪くなっていた。そのせいでだった。

 これまで傷一つ負わなかった岩にヒビが入った、そうして土蜘蛛自身半歩退いた。そこで両者は動きを止めたが。

 その半歩退いた土蜘蛛が言った。

「勝負ありか」

「勝ったのはどちらか」

「貴殿よ」

 清海を見て告げた。

「わしの岩は全て砕け散りな」

「破片一つじゃな」

「貴殿に向かわなかった」

 そうなったからだというのだ。

「そしてわしは貴殿の金棒を受けたが」

「それもじゃな」

「しくじった」

 受け損ねたからだというのだ。

「岩の球にヒビが入り半歩退いた」

「その半歩でもか」

「わしは認める」

「お主の負けをか」

「そうする、見事であった。ならばな」

「その首をか」

「持って行くがいい」

 負けた者として言うのだった。

「これよりな」

「いや、それはよい」

 首はとだ、清海は土蜘蛛に答えた。

「お主の首はいらん」

「それは何故じゃ」

「勝って褒美を貰う戦ではないわ」

 今の戦はというのだ。

「殿の武士の道を歩まれる中での戦、我等はその道をお助けしている」

「その中での戦だからか」

「褒美の為の戦ではないか」

「だからか」

「左様、それにお主程の者首を取って死なせては惜しいわ」

 清海は笑ってこうも言った。

「もっともっと強くなりたいであろう」

「無論、半蔵様の為にな」

「ならわしも強くなる、もう会うこともないであろうが」

「共にか」

「強くなっていこうぞ」

「そうか、ではな」

「うむ、これでな」 

 まさにとだ、清海は土蜘蛛に豪快に笑って述べた。

「さらばじゃ」

「身体を労わる様にな」

「お主こそな」

 二人で言い合い別れとした、清海はその後で幸村の気を感じる方に向かった。

 霧隠と氷刃も闘っていた、氷刃の剣と氷の術に対して。

 霧隠は己の剣と霧の術で闘っていた、だが両者の氷と霧は。

 どちらも相手に即座に見破られ効かない、氷の刃を飛ばしても霧隠はかわし氷刃は霧に隠れていても場所がわかる。

 それで両者は互角の勝負を行っていた、氷刃はその中で己と対峙している霧隠を見据えて強い声で問うた。

「毒霧を使わぬか」

「あの術か」

「あの術を使えばこうした戦にも強いが」

「こうした時には使わぬ」

 霧隠は氷刃を見据えて答えた。

「それで勝っても勝ったとは思えぬからな」

「だからか」

「左様、今は使わぬ」

 決してと言うのだった。

「わしもな」

「そうか」

「霧の術を使ってもな」

「そこに毒は入れぬか」

「そうした類はな、しかしな」

「それでもか」

「わしの霧は只の霧ではない」

 霧隠は今は霧を出していない、その前に氷刃をそのまま見ての言葉だ。

「そのことも言おう」

「そうか、ではな」

「その霧と剣術でじゃ」

「わしを倒すか」

「そうさせてもらう」

「よく言った、ではだ」

 霧隠のその言葉を受けてだ、氷刃もだった。

 その刃を構えつつだ、彼に告げた。

「わしも最大の秘術を以てな」

「そうしてか」

「貴殿を倒す」

 まさにというのだ。

「これよりな」

「そうか、ではわしもな」

「秘術の霧と刃でか」

「勝つ」

 氷刃に言葉を返した、そうしてだった。

 霧隠はまた霧を出しつつ構えた、すると。

 氷刃もだった、構えを取り。

 その身体から氷を放った、それは只の氷ではなく。

 蜘蛛の巣の形をして四方八方に飛んだ、それでその氷を霧隠を襲うと共に居合の要領で刃から鋭い氷の嵐、吹雪の如きそれを放つが。

 その氷の蜘蛛の巣も氷の刃も霧の中に消える、これに氷刃は深い霧の中で気付いたが。その彼に対して。

 刃が来た、彼は咄嗟にそれを弾き返したが。

 弾き返した刀の刃が毀れた、彼はそれを見て目を瞠った。その瞬間に。

「勝負ありじゃな」

「くっ・・・・・・」

 霧隠の声だった、氷刃はその言葉に歯噛みした。

 だがその歯噛みは一瞬ですぐにこう返した。

「左様」

「そうじゃな、しかしな」

「わしの氷の蜘蛛の巣と気の刃を霧の中に消してもか」

「あまりにも力が大きくてな」

 氷刃が出したそれがというのだ。

「それでじゃ」

「その霧もか」

「消える、敵の攻めの全てを出す霧を出したが」

 これが霧隠の秘術であった。

「それも間もなくじゃ」

「ふむ、消えてきたな」

「恐ろしい氷であった」

 霧隠は氷刃の前にいた、剣の間合いよりもさらに近くに。

「わしの霧もこれが限度」

「それまでの力であった」

「霧で消すにはな」

「そうであったか、そしてか」

「お主の氷を消してな」

 蜘蛛の巣も剣から出した吹雪もだ。

「一閃を加えたが」

「弾き返した、しかしな」

「刃は毀れたな」

「刃が毀れた、ではな」

 それではというのだった、氷刃は自ら。

「わしの負けじゃ」

「そのことを認めるか」

「わしの剣はこれまで幾ら切っても刃毀れ一つしなかった」

「受けてもか」

「刃毀れするまでの相手、わしがそうするまでの相手にはな」

「会ってこなかったか」

「先程の術を出させた者もな」

 そうした者もというのだ。

「おらんかったわ」

「そうか、しかしじゃな」

「わしは秘術も破られ刃毀れもした」

「だからか」

「わしの負けじゃ」

 このことをだ、氷刃は自ら認めた。

「紛れもなくな、だからな」

「それでか」

「この首をやろう」

 氷刃はこのことも自ら口にした。

「そうしよう、ではな」

「それではか」

「早く取れ」

 その首をというのだ。

「そうせよ、よいな」

「わしは首をなぞ欲しくはない」

 霧隠はその氷刃に表情を変えずに述べた。

「最初からな」

「手柄は欲しくないか」

「手柄なぞ何の意味もないわ」

 今度は笑って言った。

「今のわしにはな」

「最早そうしたものはか」

「いらぬ様になったわ」

 死んだことになっている今はというのだ、幸村だけでなく十勇士達も大坂の戦でそうなったことになっているのだ。

「ならばな」

「よいか」

「わしは勝った、そしてじゃ」

「そのうえでか」

「殿をお迎えに行く、そして殿と共にな」

 まさにというのだ。

「帰るわ」

「そうするか」

「左様、だからお主とはこれで別れる」

 戦は終わった、それでというのだ。

「ではな」

「これでか」

「さらばじゃ」

 氷刃に背を向けた、そうしてだった。

 霧隠もまた幸村のところに向かった、戦のその後で。

 猿飛は雷獣と天守の最上階で闘い続けていた、二人はそれぞれ木の葉の手裏剣と雷を放ち合っている。

 しかし勝負は互角だった、それで猿飛は言ったのだった。

「おいらとしてはな」

「戦は」

「せっかちな性分でな」

 それでというのだ。

「早く決めたいんだがな」

「聞いた通りの性格ですな」 

 雷獣は猿飛のその言葉に思わず笑って返した。

「せっかちとは聞いてますが」

「如何にも」

 その通りと返す猿飛だった。

「おいらは十勇士で清海と並ぶせっかち者よ」

「やはりそうですか」

「だから戦だってな」

「すぐにですか」

「終わらせたくなるんだよ、とはいってもな」

「忍ぶ時はですね」

「おいらも忍者の端くれだからな」

 それ故にとも言う猿飛だった。

「忍ぶ時は忍ぶしな」

「戦の時も」

「機を見る時は見るさ」

 そして待つというのだ。

「しっかりとな、しかしな」

「今は」

「そろそろ決めたいがな」

「そうですか、それはです」

「お主もか」

「私もせっかち者でして」

 それでとだ、雷獣は猿飛に話した。

「この度の戦はそろそろ決めたくなったか」

「はい」

 両者は木の葉や雷を投げ合うだけでなく剣を出して斬り合いもしている、こちらの腕も互角で何百合も剣を打ち合っているが勝負はついていない。

 その中でだ、雷獣は猿飛に言ったのだ。

「私も」

「ではな」

「お互いに」

「秘術を出すか」

「そうしましょう、では」

「行くぞ」

「どちらの秘術が上か」

「勝負じゃ」

 こう言い合いだ、そしてだった。

 猿飛も雷獣もそれぞれの秘術を出した、雷獣がだった。

 右手に雷を宿らせた、その右手を前に肩の高さで突き出すと。

 雷の帯が右手から幾つも荒れ狂って出て場を乱れ飛びだした、そうして猿飛もだった。

 木の葉を出した、それも一枚ではなくまるで森の木の木の葉を全て集めたかの如き数の木の葉を木の葉隠れの術として出した、その木の葉一枚一枚に気と刃を仕込み雷獣が放った荒れ狂う雷達に対した。

 双方互いに潰し合い消し合う、両者は雷と木の葉が消える度に新たなものを出す、そうして互いの力の限りを尽くした。

 その中でどちらが先に尽きるかとなった、そして先に尽きたのは。

 雷獣だった、雷獣が放つ雷が付き最後の雷も消された、だが猿飛の木の葉もここで突き雷獣の雷を受けて残り一枚となり。

 その残り一枚が雷獣の右手の甲をかすめ切った、その甲にうっすらと血が滲み赤い血を見てだった。

 雷獣は猿飛に顔を向けて彼にこう告げたのだった。

「お見事です」

「わしの勝ちじゃな」

「はい、今のが私の最大の秘術でしたが」

「わしも今のがな」

「最大の秘術でしたか」

「木の葉隠れの術でも最大のものであったわ」

 それが猿飛の秘術だったのだ。

「しかしその秘術を残り一枚まで減らすとはな」

「そのことがですか」

「見事じゃ、しかしな」

「はい、勝ったのは貴殿です」

 このことは間違いないとだ、雷獣は猿飛に話した。

「私の雷は全て消えましたが」

「わしの木の葉は残ったからじゃな」

「貴殿の勝ちです」

「そうか」

「はい、では私の首を」

「ははは、そんなものはいらんわ」

 猿飛は雷獣の今の言葉は笑い飛ばした、実に明るい笑い声だった。

「勝った、それならじゃ」

「それでいいというのですか」

「うむ、お主の首なぞいらん」

「そうですか」

「ただ一つ行わせてもらう」

「ご主君のところにですね」

「行かせてもらう」

 幸村、彼のところにというのだ。

「そうさせてもらう」

「そうですか、それでは」

「もう会うことはないがな」

「そうですね、戦は終わりましたし」

「お主達との因縁も終わった」 

 真田と幕府、それのというのだ。

「だからな」

「それは真田殿が半蔵様に勝つということでしょうか」

「そう言えば何と言う」

「有り得ぬとだけ申し上げます」

 半蔵の強さを知っているが故の言葉だ、十二神将は服部の人格だけでなくその強さにも魅入られ絶対の忠誠を誓っているのだ。

 だからだ、猿飛にも言うのだ。

「それは」

「しかし因縁は終わるな」

「はい、それは」

「この戦を最後にしてな」

「では」

「わしはこれより殿をお迎えに行く」

 勝った、それ故にというのだ。

「ではな」

「そちらはどうぞ」

「そういうことでな。さらばじゃ」

 最後にこう告げてだった。猿飛もまた幸村の下に向かった。十勇士達は敵の首よりも皆自分達の主を選んだのである。

 後藤と神老は廊下で激しく渡り合っていた、神老の神技の域に達している忍術に後藤は槍で果敢に向かっていた。 

 双方の力は互角だった、神老はその勝負の中で言った。

「お見事、そして生きておられてです」

「それでか」

「何よりです」

 こうも言うのだった。

「そうお話させて頂きます」

「わしが大坂で死ななくてか」

「はい、後藤殿の豪傑を失うことは天下にとって大きな損失でした」

 若しあの時後藤が死んでいればというのだ。

「ですから」

「その様に言ってくれるか」

「はい」

 その通り返事だった。

「そう言わせて頂きます」

「嬉しい言葉じゃ」106

 後藤は神老のその言葉に素直に笑みを向けて答えた。

「わしなぞにな」

「なぞにとは」

「わしは所詮一介の浪人じゃ」

「だからですか」

「それで言ったのじゃ」

「なぞと」

「左様、もう万石取りではない」

 黒田家にいた時の様にというのだ、つまり大名だったのだ。

「まことに一介の浪人じゃ」

「そうですか、しかし」

「わしは今でもか」

「見事な御仁、豪傑であります」

 例え大名でなくなろうと、というのだ。

「まことに、そして」

「そのわしがあの戦で死ななかったことはか」

「よきことです」

「そうか、しかしな」

 後藤は神老の忍者刀と手裏剣を槍で防ぎつつ言った。

「ここで死ねばな」

「大坂で生きておられたにしても」

「同じことじゃな」

「だからですか」

「わしはこの場でも生きる」

 強い声での返事だった。

「勝ってな」

「それがしに」

「そうしてこれからも生きていく」

「そうされますか」

「お主にも勝つ」

 まさにというのだ。

「必ずな」

「そう言われますか、それは」

「来るか」

「そろそろ決めまするか」

 神老は後藤との攻防を一時止めて述べた、後藤も攻防を止めた。

「我等の戦を」

「そうであるな、ではな」

「それがしも秘術を出します」

「そしてじゃな」

「はい、それがしもです」

「勝ってじゃな」

「戦を終えまする。先程生きておられて何よりと申し上げましたが」

 しかしというのだ。

「後藤殿には秘術を出させねば勝てませぬし」

「その秘術でじゃな」

「後藤殿がお命を失おうとも」

 それでもというのだ。

「覚悟しております」

「それは同じこと、わしもじゃ」

「それがしをですか」

「討つことになろうともな」

 後藤は両手に槍を持ち構えつつ述べた。

「それでもじゃ」

「戦にですか」

「勝ちたい」 

 是非にという言葉だった。

「この度はな」

「だからですか」

「うむ」

 それこそというのだ。

「お互いどちらか、両方が失おうとも」

「それでも」

「恨むことはないとな」

「そうしてですな」

「決着をつけようぞ」

「さすれば」

 神老は応えてだった、そしてだった。

 神老は無数の手裏剣を放った、その無数の手裏剣は嵐の如く舞い後藤に四方八方から襲い掛かった、その手裏剣達を。

 後藤は槍で落としそのうえで。

 神老に突き進み槍を繰り出す、神老人はその無数の突きをだ。

 かわしていく、だがそのうちの最後の一撃が。

 神老人の頬を掠めた、そこで両者の動きは限界に達しどちらも動きを止めたが。

 ここでだ、神老は言った。

「掠めたその分が」

「まさにと言うか」

「はい」

 その通りだというのだ。

「勝敗ですな」

「はい、それこそが」

「ではわしの勝ちか」

「それがしはもう動けませぬ」

「わしもじゃ、動こうとすれば」

 それならばとだ、後藤も言う。

「それはな」

「まさにですな」

「仕切り直しとなるが」

「しかしもう秘術は出せませぬな」

「お互いにそうじゃな」

「では」

「わしの勝ちとか」

「はい、それがしの秘術は破られ」

 そしてというのだ。

「後藤殿の槍はです」

「お主を掠めた」

「それがです」

 まさにというのだ。

「勝敗の分れ目でしょう」

「だから言うか」

「それがしの負けです」

 そのことを認めた言葉だった。

「ですから」

「お主の首をか」

「お取り下され」

 神老はこのことも自ら言った。

「どうぞ」

「いや」

 後藤は神老にこう返した。

「それはよい」

「勝たれたというのに」

「だから言ったな、わしはもう一介の浪人」

「だからですか」

「もう首を取ってもな」

 例えだ、そうしてもというのだ。

「手柄にもならぬ、だからな」

「それがしの首はですか」

「よい」

 一切という言葉だった。

「もうな」

「左様ですか」

「お主の命はいらぬ」

 こう告げたのだった。

「全くな」

「わしは真田殿を迎えに行く」

 幸村、彼をというのだ。

「この御殿の一番奥に向かいな」

「そうされますか」

「ただ一つ言っておく」 

 ここで神老にこうも告げた後藤だった。

「大御所殿とのことは真田殿のこと」

「後藤殿はですか」

「敵味方ではあるが」

 それでもというのだ。

「わしは大御所殿と闘う者ではない」

「だからですか」

「わしはもう闘わぬ」

「真田殿が敗れていても」

「ははは、それは絶対にない」

 後藤は幸村が敗れている可能性は全くないと言い切った、それは実際に確信して言った言葉である。

「今の真田殿が敗れることはな」

「決してですか」

「あの御仁はこうした時が最も強い」

「かなり辛い条項ですが」

「その辛い時こそじゃ」

 まさにというのだ。

「あの御仁は底力を出されるからな」

「だからですか」

「あの御仁は負けぬ」

「勝たれますか」

「必ずな、そして勝ったあの御仁をな」

「お迎えする為に」

「今から行く」

 その幸村の前にというのだ、こう言ってだった。

 後藤は神老と別れ幸村の方に向かった、戦を終えた彼も友を迎えに行った。

 大助と妖花の一騎打ちも続いていた、大助は若き日の己の父を彷彿とさせる槍術と忍術で闘う。だが。

 妖花は炎を自在に使いその大助と闘っていた。大助は苦しい戦を闘っていたが相手の妖花もこう言った。

「私も随分戦ってきたけれど」

「それでもですか」

「君みたいな猛者と闘ったことはね」

 それこそとだ、放った炎が大助の槍に払われたのを見て言った。

「なかったよ」

「そうですか」

「君幕府に使えていたら」

 若しそうしたならというのだ。

「その武芸だけで三千石位のね」

「旗本にですか」

「なれるよ、そして他の才を出せば」

 そうすればというと。

「大名にもなれるよ」

「そうなりますか」

「お父上は大名だったし」

「返り咲きですね」

「そうなるよ、けれどだね」

「はい、我等父子も共に来てくれた方々も家臣の者達も」

 ここに来た者は皆というのだ。

「もうね」

「そうしたことはだね」

「興味がなくなっております」

 そうなったというのだ。

「我等父子と十勇士達は最初からでしたが」

「無欲のまま戦っているってことだね」

「そうなります」

「そうだね、けれどね」

「それでもですか」

「私が言ったのは本当のことだよ」

 左手に炎で生み出した刀を出す、それで大助を激しく切りつける。だが大助は己の双槍でその刀も受けてみせる。

「それはね」

「そうですか」

「うん、君はね」

「そして父上も」

「大名にも戻れるから」

 その才覚によってというのだ。

「間違いなくね」

「もうそうした心はなくとも」

「なれるよ、本当に強いから」

「その強いというお言葉をです」

 妖花に逆に攻撃を仕掛けつつ言う、今度は妖花が受けて攻防が逆になった。

「それをです」

「受けてくれるんだね」

「はい、ですが」

「それでもだね」

「何度も申し上げますが」

「真田殿も君も他の人達も」

「そうした気持ちはありません」

 消えた、それも完全にというのだ。

「そうなりました」

「そうだよね」

「はい、そして」

 さらに言う大助だった、見れば彼も炎を出している。槍の刀身に炎を出してそうして闘っているのだ。

「私はです」

「そろそろだね」

「決着をつけようと考えています」

「私もだよ」

「妖花殿も」

「うん、決着をつけようってね」

 その様にというのだ。

「考えてるよ」

「そうですか、では」

「秘術を出すよ」

 自身のそれをというのだ。

「そうするね」

「それでは」

 二人はここでだった、一旦間合いを離した。そうして。

 妖花は全身に炎をまとわせた、それは鳳凰の形をしていた。その紅蓮に燃える鳥になり辺りに紅蓮の炎を飛ばしつつ。

 大助に向かった、大助もだった。

 二本の槍だけでなく全身に炎をまとわせた、彼の炎も紅蓮に燃え盛る。そのうえで妖花に向かって突進した。

 両者は炎となり激突した、場が紅に燃え盛り他には何も見えなくなったかの様だった。そうしてその激突の後で。

 両者は互いの背中を突き抜ける形で背中で向かい合う形になった。今は二人共身体から炎を出していなかった。

 二人は一瞬しかし二人にとっては永遠とも思える位長い間動きを止めていた。勝敗はつかなかったかの様に見えた。

 だが妖花の膝がだった、その永遠に思える一瞬の後で。

 崩れた、それで妖花は自ら言った。

「残念だけれどね」

「負けをですか」

「ええ、そうよ」

 まさにそれをというのだ。

「認めるわ」

「そうですか」

「貴方は片膝も折れなかったわね」

「危うかったですが」

「それでもね」

「この様にです」

 万全に立っている、まさにだった。

「それもあってですか」

「そうよ、私は負けを認めるわ」

 こう大助に言うのだった。

「まことに」

「そうですね、それでは」

「貴方の勝ちよ、ではね」

「御首をですか」

「渡すわ。切るといいわ」

「いえ」

 大助は妖花の背に顔を向けた、そのうえで彼女に話した。

「御首はいりませぬ」

「それはどうしてかしら」

「それがしは勝ちました、それは確かです」

「だからなの」

「御首は手柄の為に得るものです」 

 こう妖花に言うのだった。

「しかし今のそれがし達はです」

「手柄を目指すものじゃないというのね」

「はい、ですから」

 だからだというのだ。

「今はいりませぬ、今することは」

「何かしら」

「父上をお迎えすることです」

 このことだというのだ。

「ですから」

「そうなのね。では」

「父上は勝たれますと間違いなくです」

 それこそというのだ。

「ここに来られます、ですか」

「そう。では私はね」

「去られますか」

「この部屋からね」

 そうするというのだった。

「そうするわ」

「そうですか。それでは」

「ここに来るのは貴方だけではないね」

「はい、おそらくは」

「それではね」

 だからこそとだ、こう言ってだった。

 妖花は自ら姿を消した、そして。

 そのうえでだ、その場にだった。

 一人また一人と来た、すぐに十勇士は全員揃い後藤、明石、長曾我部もだった。

 共にいた、そこで十勇士達は大助に言った。

「ではですな」

「これよりですな」

「殿をお待ちしますか」

「ここに来られる時を」

「そうしますか」

「うむ」

 まさにとだ、大助は彼等に答えた。

「父上をお待ちしよう」

「はい、そしてですな」

「殿と共に」

「帰りますか」

「そうするとしよう」

 こう言って幸村を待つのだった、すぐそこで自身の最後の戦を行っている彼に対して。そうしているのだった。

 秀頼は遠い薩摩で家久にだ、密かに訪れられて言われていた。

「実は木下殿からです」

「話があったか」

「はい、国松様のことで」

「まさかと思うが」

「はい、あの方をです」

 まさにというのだ。

「木下家にお迎えして」

「そしてか」

「一万石をお分けして」

 木下家からというのだ。

「そうしてです」

「そのうえでか」

「大名にとお話があります」

「そうか。国松をか」

「幕府は気付いていますが」

 それでもというのだ。

「あえてです」

「言わずか」

「はい、そして」

「あの者を大名にしてくれるというか」

「そうお考えです」

「そうか。ではな」

「どうお考えでしょうか」

「よい」

 これが秀頼の返事だった。

「木下家がそう思いな」

「幕府が何も言わぬなら」

「それでよい」

 まさにというのだ。

「余もな」

「では時が来れば」

「国松のことはな」

「その様に」

「頼むとしよう」

「わかり申した。そして真田殿ですが」

「あの者達のことは何も心配しておらぬ」

 秀吉は幸村達のことは笑みを浮かべて話した。

「全くな」

「最初からですか」

「うむ」

 その通りだというのだ。

「何も心配しておらぬ」

「では」

「帰ればな」

 その時はというのだ。

「笑顔で迎えたいが」

「そして宴も」

「よいであろうか」

「承知しました」

 家久は秀頼に礼儀正しく応えた。

「それではその時は」

「宴を開いてくれるか」

「内密ですが」

「やはりそこはか」

「はい、右大臣様も真田殿達もです」

 誰もがというのだ。

「天下においては死んだことになっていますので」

「死人は飯も酒も口にせぬからな」

「この世にあるものは」

「だからであるな」

「内密にです」

 密かにというのだ。

「そうします」

「わかった。ではな」

「その様にして」

「あの者達を迎えよう」

「それでは、それとですが」 

 家久は秀頼にこうしたことも話した。

「今日星見の者が言っていましたが」

「何とじゃ」

「大御所様は敗れますが」 

 幸村との戦、それにというのだ。

「まだお亡くなりにはです」

「ならぬとか」

「はい、出ているとか」

 星にはというのだ。

「確かにお亡くなりになる時は近いですが」

「それでもか」

「今の戦では」

「真田達が勝ってもか」

「その様に出ています。妙なことに」

「いや、妙なことではあるまい」

 家久は怪訝な顔になったが秀頼はその家久に落ち着いた顔で答えた。

「そのことは」

「当然のことだと」

「うむ、あの者達は戦に勝つことを考えておるな」

「はい」

 その通りだとだ、家久もこのことは答えられた。

「だからこそ駿府に行かれました」

「そうじゃな、しかしな」

「それでもですか」

「戦は相手を退けても戦えなくしても勝ちであろう」

「では総大将の首を取らずとも」

「それでもじゃ」 

 まさにというのだ。

「勝ちであるからな」

「それで、ですか」

「真田は勝つ、しかしな」

「大御所様の御首を取らず」

「戻るのであろう」

「真田殿は大御所様を恨んではおられぬのですな」

「うむ、実はな」

 幸村、彼はというのだ。

「お互いにじゃ」

「嫌い合ってはおらぬのですか」

「余にしても同じじゃ」 

 かく言う秀頼もというのだ。

「今も大御所様はな」

「決してですか」

「嫌いではない」

 そうだというのだ。

「今もな」

「そして真田殿も」

「大御所様には勝たれるが」

「お命は奪わずに」

「そうして帰ってくる」

「言われてみますと。大御所様はあと少しですが」

「まだやられるべきことがあろう」

 秀頼もわかっていた、このことが。

「最後の最後にな」

「天下に諸法度を定められてますし」

「それは間もなく終わる、後はな」

「後はですか」

「江戸の北東、鬼門にな」

 その方角にというのだ。

「然るべき備えを置かれる」

「江戸のですか」

「おそらくそこは日光か」

 この地にというのだ。

「然るべき備えをもうけられてな」

「それを終えてからですか」

「おそらくご自身を祀らせてな」

 自身が死んだ後でというのだ。

「江戸の鬼門の備えとされるであろう」

「それがあの方の最後のされるべきことですか」

「うむ、それを果たされるまでな」

「あの方はお亡くなりになる訳にはいきませぬか」

「天下の為にな。もっともそなた達島津家と毛利家それに黒田家あとは伊達家か」

 秀頼はここでこうした家々の名前を挙げた。

「機会があればな」

「そのことはお気付きでしたか」

「言わなかったがな」

 それでもというのだ。

「そうであろう、しかしな」

「天下泰平の為に」

「あの方はそこまでお考えでじゃ」

「日光のことまでされて」

「そしてじゃ」

 そこまでしてというのだ。

「世を去られる、そしてな」

「その後で」

「あの方は去られるおつもりでな」

「去られるべきですか」

「真田達もそのことはわかっておる」

「では」

「あの方の御首を取らずな」

「帰って来られますか」

「そうなる」

 まさにというのだ。

「そしてな」

「その真田殿達を」

「迎えて欲しい」

「わかり申した、しかし右大臣様は」 

 家久は瞑目する様にして述べた。

「聡明な方ですな」

「そうであればよいがな」

「やはり無念です」

 死んだことになり薩摩に身を潜めている今はというのだ。

「どうしても」

「いや、やはり天下人はな」

「大御所様の方がですか」

「相応しい」

 家久にこう語った。

「まさにな」

「では」

「うむ、余は天下を望まずな」

「この薩摩において」

「一生を過ごそう、国松がそうしてくれるなら」

 幕府が黙認し木下家が大名にしてくれるならというのだ。

「その様にな」

「さすれば」

「うむ、余はそれでよい」

 秀頼自身はとだ、確かな声で答えてだった。

 彼は幸村達を待つことにした、勝って帰って来る彼等を。



巻ノ百五十二   完



                2018・4・23

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