〇笹本リゾートホテル
従業員用の部屋は一通り生活用品が揃っているので、自分の着替えだけタンスに仕舞うと誘われた夕飯の時間迄五月と雫電話をしてみる
電話は直ぐに繋がり電話口の向うから懐かしい声が聞こえる
『もしもし!?進!?進なの?』
『今頃電話してくるなんていい気なものね・・・すすむん』
見えないはずの二人の顔が容易に想像出来てしまって思わず笑ってしまう
『ふ、ふふふ・・ははは・・・いや・・ゴメン、二人とも声を聞けて嬉しいよ』
『ちょっと~ぉぉ・・何笑ってんの?私ら怒ってんだけど!』
『・・・・まぁまぁ五月も落ち着て・・折角電話とは言え声を聴けてるのに~ねぇすすむん♡』
雫の声に何か背筋が冷たくなるが・・・
『そ、そうだね~五月も雫も急に街を出てってしまって本当に申し訳ない・・・ごめんなさい』
『ふぅ―――まぁ私らも真理恵や両親から事情は聞いて知ってるから・・・私らこそ何も出来ずにゴメンね・・・』
『・・・・今度はお互いに謝ってばかりだと話が進まないわよ・・それよりすすむんはそっちでどうしてるの?』
『あ、うんその事で電話したんだけど、俺暫くこの街で生活してみようと思う、今日働く所と住む所を紹介してもらったんだ』
『『はぁ?』』
二人からの冷たいはぁ?が返ってくる・・・
『いや・・だから・・この街で腰を落ち着けて生活を・・・』
『そんな事、聞きたいんじゃないのよ!』
『誰?誰と?・・・あの女狐?・・・くくくく・・いい度胸じゃない・・・』
電話口で何か大きな行き違いが有るようだ・・・俺は本能的に危機感を覚え無い頭で二人にどうやって説明するか・・・
『俺・・直ぐにほとぼりが冷めて東京に戻れると軽く考えていたんだ・・・でも星奈さんや由利さんと話してる内に俺の考えが甘い事が分かったんだ・・・このまま街に帰っても二人に迷惑をかけるだけだと・・・』
『そんな事あるわけないでしょ!進の事は私らが・・』
『だからだよ・・・俺はこれ以上二人に迷惑を掛けたくない・・・』
『すすむん?冗談は、程々にしてよね・・・私らが何時までもすすむんに守って貰うだけの存在だと思われてるのは・・心外だわ』
『・・・・??雫?・・・それと・・まだ理由がある・・・』
『?進?何?何か言いたい事有るならいいなさい!』
『・・・・実は・・近いうちに富士山に火口に封印されてるオロチが復活する・・・可能性がある・・・』
『『え?』・・なに・・何言ってんの?』
『わかってる・・急にこんな話・・信じられないよな・・でも俺にはオロチの声が聞こえている・・・何故かは俺にも分からないが・・』
『・・・御爺様が言っていた、すすむんの運命って・・・この事なの?』
『え?雫?何か言ったか?』
『普通は信じれないけど、私らにも色々考えられない様な事が起きてる・・・今、すすむんと私らの周りで何が起きても不思議じゃないのかも』
『・・・・そうかも・・・』
二人は何か思い詰めた様な雰囲気だ
『どうかしたのか?二人に何かあったのか!?』
『・・・・・すすむん、私らでもこの件は動いてみるから何かあったら直ぐ連絡して』
『絶対に一人で抱えこんで無茶しないでよ!!』
『・・・・ああ、分かった・・なんだか二人に話せて少し気が楽になったよ・・・有難うな・・また連絡する』
『ええ、私らも何かあったら連絡するからチャンと電話に出なさいよ!』
『・・・・・善処します』
二人との電話を終えて直ぐ、部屋のベルが鳴るドアフォンを覗くと由利さんと星奈さんが小さく手を振って立っていた
「お待たせしました」
二人と合流すると二人に腕を組まれ、予約してると言うレストランに案内される・・・エレベーターで30階に上がると静かな雰囲気の店内に付く
「ああ、来た来た・・・龍道君こっちだ」
声の方を見ると由利さんのお父さんの克樹さんが立ち上がって手を挙げていた
「本日はお招き頂き・・有難う御座います」
克樹さんと由美さんに頭を下げる
「ふふ、龍道さん・・・て呼ぶのは他所よそしいので私等も進さんと呼ばせて頂いてもよろしい?」
「はい、では僕も克樹さんと由美さんとお呼びさせて頂きます」
二人は笑顔で頷いてくれて俺に着席を促してくれた、着席と同時に店ウエイターが飲み物を尋ねて来たので皆と同じワインを頼んでおいた(ワインなんか飲んだ事ないが・・)
「それじゃ、帰ってきた放蕩娘達と進君との出会いに・・・乾杯」
「「「「乾杯」」」」(酸っぱい!?)
「ふふ・・進君はワインは初めてだったかな?無理せず好きな飲み物を頼んだらいいよ」
全員が俺の飲んだ時の表情を見てクスクスと笑ってる、俺は頭を掻いて誤魔化しておいた
「先程、娘たちから進君との出会いや東京の街で起きた事・・・それと・・角ハンターの事を聞いた・・君に対しては娘たちの仕出かした事を親として謝罪したい・・それと娘達の命を助けて頂き有難う・・」
俺に向って克樹さんと由美さんが揃って頭を下げる
「止めて下さい!?助けて頂いたの僕の方です!・・・行くあてのない僕を引き取って・・・本来なら富士の樹海に連れて行かれれる所を・・・二人には感謝してもしきれません」
逆に二人に向って頭を下げる
「ふふ・・真面目なのね進さん・・由利、いい男じゃない~」
「でしょぉ~♡」
二人から褒められ照れてしまって俯いてしまう
「こらこら、進君が緊張してしまうだろ?今日は私等からのお礼でもあるんだ、進くんには遠慮なく、うちのホテルの料理を味わってもらいたいんだ」
そんな話をしてるとウエイター4名がワゴンを押しながら料理を運んできた、前菜である白身魚のパイ包み焼きとコンソメスープだ
「!?美味しい・・この魚料理すごくいい匂いがします・・香草ですか?」
「ふふ、スパイスには少しこだわりが有るんだ・・気に入ってくれて嬉しいよ」
熊井旅館の和風懐石料理もおいしかったが、洋食料理も美味しい、俺が食べ終わるころに次の料理が運ばれてくる・・・和牛のヒレステーキだ・・
「ん!?洋風ワサビと凄く合います!・・・やわらかくて・・美味しい」
その後、カルパッチョにグラタン、デザートのケーキを堪能し、食後のコーヒーを頂いている
「本当に全部美味しくて、お腹一杯です有難う御座います!」
「ふふ、進君とこうして食事を一緒にすると娘も喜ぶと思うから、是非また招待させて欲しい」
「僕なんかで良ければ・・いや今度は僕に御馳走させて下さい頑張って働きますので」
克樹さんと握手を交わし、笹本家族と星奈さんとの食事会は解散した
皆に挨拶した後自分の部屋に戻る前に、ホテルの外で酔いを覚まそうと外に出る、さざ波の音と周囲の木々の葉が風にさざめく音だけが聞こえる
アルコールで火照った体にヒンヤリした風が心地よい、前の道路を渡り海沿いの防波堤に肘を付き風を全身に感じる
「ん?あれは・・・・・」
風に乗って誰かの話声が聞こえてきた・・・声の方を向くと、白いワンピースを着た女性とコックの服を着た男性が何やら言い争っていた
しかし女性の方が何やら首を振ると、手を伸ばして引き留めようとする男の手を振りはらい、反対の車道に停まっていた高級そうな車に乗り込み走り去っていった
男は暫く走り去る車を見つめていたが、その場で膝から崩れ号泣している様だった
これ以上見てるのも失礼かと思い俺はそっとその場を離れホテルに戻った・・・しかしあの女性・・どこかで・・・・