〇笹本ホテルリゾート 1Fホール コンビニ ワーソン
このバイトを初めて2週間が経った、鰐淵さんの指導もあり東京で働いていた時より仕事が出来る様になったと自分でも感じてる
その甲斐あって、鰐淵さんは1ヵ月ぶりに長時間勤務から解放されており朝6:00~9:00で一旦帰宅して夜の部で17:00~閉店である22:00の勤務にシフトしていた
「でもこのままじゃ龍道君もアタイも休めないからバイトの募集はするからな」
そうは言っていたがリゾートホテルだけあって学生のバイトが気軽に通える様な立地に無いのがネックだ
そんな近況を毎日の様に雫と五月に連絡している・・・ちなみに鰐淵さんは既婚者で旦那さんは東北に単身赴任中らしい
その話をしてからは雫も五月も鰐淵さんの事でのトゲトゲしさが抜けて色々とアドバイスをくれる様になった
『すすむんは、その野暮ったい髪の毛をキチンと整えたらカッコよくなるんだから』
『お客さんの目を見て話すのが苦手ならお客さんのオデコを見て話したら緊張しないよ?』
そんなアドバイスも今の俺は素直に聞けてしまうくらい、仕事での成長を実感していて日々バイトが楽しくて仕方ない
「きゃは、進君、今日も髪型決まってるねぇ~今度ホテルの受付嬢とコンシェルの子の合同で合コンするからおいでよぉ~」
「お~お、進~朝から掃除にせいがでるな、今週の少年ジャブもう入荷してるか?」
「龍道君、この荷物・・孫の棲んでる沖縄まで送りたいんじゃが・・」
すっかりホテルのスタッフさんにも馴染めて偶に差し入れなんかもくれたりする、星奈さんは流石に毎日とはいかないが週に2,3回は顔を見せてくれその度に笹本家族と夕飯を楽しんだ
「私、今熊井旅館で見習いの仲居をしてるのよね・・何時までも無職じゃ恰好つかないしょ」
そんな話をしていたので、星奈さんなりに将来を考えているようだ
由利さんもホテルの経営に関わる仕事をしてるらしく、由美さんについて経理部で働いていると聞いた・・・しかし
(最近由利さんを見かけないな・・・先週は毎日仕事終わりに来てくれてたけど・・・)
ホテルもシーズンオフとは言え全くお客さんが居ない訳では無い、覚えたてで忙しいのかも知れない
そんな事を考えていると、フロントの方で何やら数人が集まり何か話していた
「黒原君・・・急にそんな事を言われても困るよ」
「いやね、笹本さんとは家族ぐるみでのお付き合いがあったんで今まで優遇してきましたが、それも先代迄の話ですよ?」
「時夜君も昔は由利と星奈君と3人で良く遊んでいたじゃなか・・・それを関係無いと言うのは・・あまりに・・」
良く見ると、克樹さんと由美さんが、時夜さんと例の黒いドレスの女性と白いワンピースの女性の前で言い争っている
「イヤイヤ、笹本さん~それこそ関係ないでしょ~由利は幼馴染の俺より高校の同級生の男と宜しくしてた訳だし」
「それは高校生の時の話しじゃないか、それに恋愛は自由だよ時夜君・・君もその後ろの奥さん方とそういう出会いをしたんだろ?」
その言葉が気に障ったのか急に言葉が荒くなる
「あぁぁ!んなこたぁ関係ねぇーつぅの!!黒原家が貸した金を今すぐ耳を揃えて返すか、由利を俺の3番目の嫁にするかどっちか選べよ!」
「それこそ関係ないじゃないか・・黒原家への借金と由利の事は・・別に返済しないと言ってる訳じゃないんだ今度の決算の時には借入金の内幾らかは返済を・・・」
「だめだねぇ~待てねぇなぁ~今日返事をくれよ」
「今日って・・・いきなり来て勝手な事を・・・」
「貴方・・・」
笹本夫婦が困っている所に由利が現れる
「パパ、ママ、私がコイツの所へ嫁げば良いんでしょ?バツイチの出戻り女に固執するとか時夜・・あんたマジキモいよ?」
由利さんは見た事無い冷たい表情と目で時夜を見つめ軽蔑したように冷たく言い放つ
「おいおい、笹本の家では嫁ぎに行く娘の夫への言葉遣いも教えてないのか?あ~あ嫌だ嫌だ・・・興冷めだぁ・・こんな態度の悪い嫁なんかいらねぇ・・つぅー訳で明日耳揃えて金返せよ?いいな!」
そう克樹さんに言い終えると、二人を引きつれてホテルのロビーから去ろうとした
「まって!!・・・まって・・・下さい・・・・」
「!?由利!!」「・・・くっ・・・由利・・すまん」
由利さんは、その場で膝をつき時夜君達に頭を下げる・・・・土下座だ
「態度を改めます・・・申し訳御座いません・・私で良ければ時夜様に嫁がせて下さい・・お願い致します」
俺はその姿を見て飛び出した
が・・・・
俺の腕を鰐淵さんが掴み真剣な表情で黙って首を横に振る
「ぎゃはははは、いいねぇぇ良き妻はこうでなきゃぁぁ、まぁ?そこまで言うならいいぜぇぇ?嫁に貰ってやるよ?あはははは」
ロビーに時夜の下品な笑い声が木霊する・・・受付嬢もコンシェルも俯いたままだ・・笹本夫婦も由利さんの背中に手を添え苦しそうな顔をしてる
「由利ぃぃ今度迎えに来る時までに身支度とその身体を磨いておけよぉ~ぎゃははははは、行くぞ~お前らぁ~」
時夜は下品な笑い声と共にホテルから出て行った、両親に支えられながら起き上がった由利さんの表情は髪の毛に隠れて伺えない
「由利・・・さん・・・」
いつの間にか俺の腕から手を放していた鰐淵さんも悔しそうに唇を噛んでいたそしてボソッと話し出す
「あの黒原のドラ息子・・時夜って言うんだが・・ここ数年で急に性格が変わってな・・前は少し内向的だけど人を傷つける様な事をする奴じゃなかったんだけどな・・・」
「ええ・・由利さんと星奈さんの幼馴染だと二人から聞きました・・・」
「そうなのか・・だが由利ちゃんや星奈ちゃんがこの町から去った辺りから、また時夜君への嫌がらせが増えたみたいで主に由利ちゃんや星奈ちゃんの元彼の逆恨みだったんだけど・・時夜・・二人の事をストーカーしてたらしくてそのせいで別れる事になったとかで・・」
「そうだったんですね・・確かにその事も由利さんが言ってました」
「事態が大きく変わったのは、時夜が結婚して連れて来た奥さん・・マミさんて言うんだけど・・ほらあの黒いドレスの凄い美人後ろに居ただろ?」
(あの嫌な雰囲気の女性か・・・)
「皆は自分が見下していた時夜が物凄い美人でスタイルの良い女性を妻にした事が悔しくて・・まぁ妬みだな・・時夜とマミさんを大人数で襲う計画を立てて実行したらしいんだ・・・・」
「それは・・・酷いですね・・・」
「ああ・・・でも結果はまるで逆・・マミさんはどうやら、かなりのランク上位のマジシャンらしくてな、全員が返り討ちに逢って、逆に襲ってきた連中はその家族もろも黒原家に酷い制裁を受けることになって・・」
「制裁ですか?」
「ああ、ある家族は黒原家の保有する住宅の家賃を通常の5倍に増やされたり、ある家族は全員働き口を解雇されたとか・・・全員が時夜に多額の慰謝料とその後も制裁を受けてるって聞いた」
「・・・・・それは・・なんとも」
「特に由利の元カレへの制裁は驚いた・・時夜は元カレの妹を自分の2番目の妻に差し出させたんだ・・でないとこの先、家族全員地獄の生活が待っていると・・」
「!?それは・・・やり過ぎなのでは・・・」
「本当にそうだ・・・でもその元カレの妹は時夜の言う通り彼の元に2番目の妻として嫁ぐ事に承諾したんだ・・・麻美(あさみ)ちゃんて言うんだけど、ほらもう一人居た白いワンピースを着た女の子がそうだよ」
(・・・ん?っもしかしてあの夜の・・・)
「鰐淵さん、もしかしてその元カレってこのホテルの飲食店で働いてます?」
「あらよく知ってるな、30階にあるレストランでシェフ見習いとして働いてるぞ、働き口が黒原家の力で全部断られて、それを不憫に感じたオーナーが自分のホテルで働いたらどうだ?と声を掛けたみたいだな」
(そうか・・あの夜の二人は・・・)
「僕も時夜さんと通じる所があって・・皆から必要とされない居ないものとして無視される気持ち・・少し解ります・・」
「龍道君・・・・」
「でも、だからって家族とは言え関係ない人へ八つ当たりの様な復讐する事は賛成できません・・いや・・間違ってる!」
俺は鰐淵さんに中抜けの断りを入れ、笹本家が住む最上階へ向かった