時は少しさかのぼり、ランデオルスが急いで走り去った後の竜舎では。
「ぴぃ~~、ぴぃ~~」
自分の大好きな人間が会えないと宣言して、どこかへ行ってしまった。フィオナは戻って来てと、しばらく泣き続けた。
思いだす三年間、彼との繋がった何かが途切れたあの三年間。あの寂寥感はもう二度とごめんだ。だからこそ、じっとしていられなかった。
今だ繋がっているこの感覚の途切れぬうちにと、見つめるのは前のタックルで緩んだ柵。
ドシン、ドシン、ドシン‥‥‥ギィィィ、バタン。
壊れた柵を乗り越えて、なんとか自分に割り振られた部屋を脱出する。しかし、竜舎そのもの大きな扉は閉められたままで、どうすることも出来ない。
焦がれる気持ちは冷める様子を見せない。一途に、ただ一途に彼を想う。むしろだんだんと気持ちが膨れ上がる。あの笛の音を心に流しながら、思いのたけを声に出して発散させる。
悲痛な思いは他の海竜にまで伝播する。
一体、また一体と鳴き声を上げていく、その数はどんどんと増えていき、しまいには大合唱になり、竜舎だけにとどまらず、その声は外にまで響いていた。
「おいおいおい、どうしたんだ!? 何か異常か?」
竜舎からの大合唱に気づいた人間が一人、様子を見にやって来た。
オレガノ先生だ。たまたま、一番近くにいる人間が彼であって、その声を聴いた彼は事態の把握のため、そのまま駆けつけてきて、今、竜舎のドアを開けた。
ずいっと目の前に現れた海竜の顔に、オレガノは驚きつつも、直ぐに横に逸れて、手早い動作で腰に付けていた眠り笛を取り出し、思い切り吹いた。
「―――――――ッ!!」
吹き終えたオレガノと、目が合い動かないフィオナ。ふぅと一安心して、フィオナの柵の中に戻そうと一歩目を踏み出したそのとき、固まっているはずのフィオナが、ピクリと動いた。
「?」
今までに経験したことない違和感。眠り笛を吹いた、確実にその音は発された筈、しかし、なんだろうか。目が、その俺を見る瞳が、感情が今にも爆発しそうなほどに込められている。
「おい、どうした? このまま柵の中に戻ってくr――!?」
「ぴぃ」
一言だけ、鳴くと、そのまま動き出す。
その巨体は、彼のいうことを聞かずに、大きく揺らしながら、ドシンドシンと海を目指す。その視線は海の先、水平線の彼方を見ている。
その意志は彼の元へ。
「おい! 待て! ――――ッ!! くそ! なんで効かねぇ!!」
オレガノはただその後ろ姿を眺めていることしか出来なかった。
自分がボーっとしていたことに気づいたのは、フィオナの姿が点になるほど遠くに行ってしまった後だ。彼は急いで、校舎へ戻り、他の教師たちへ報告する。そして近海の海へ船を出す者たちにも、その話は急速に広まっていく。
しかし、ランデオルスを運ぶ船は既に海の上、これがランデオルスの耳に入るのはもうしばらく先のこと。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「いや~、美味かった美味かった。もう一日、この船で居たいくらいですよ」
「はっはっは、そりゃ嬉しいこと言ってくれるね。俺はべつに構わねぇけどな。料理代のチップぐらいはいただくぜ?」
「最近まではお金あったんですけどね、今はすっからかんの貧乏学生ですよ。大人しく、次の便に乗りますね」
残念だ。お金があったら本気でもう少し滞在したかった。だってこんなところでこんな美味いご飯を食べられると思わないじゃん。
「まぁ、そうだな。次の街に着くまでだったら、拵えてやるよ。その代わり‥‥‥」
「勿論です。自分の魚は自分で釣りますよ。なんなら他の人たちの分も釣りますよ」
よし、解禁しよう。時間を楽しむための釣りから、本気で食べるための釣りへと。覚醒、俺。ご飯のことが掛かってるんじゃ、こちらも本気を出さざるを得ませんよ。
「ほーう、自信ありげだな。今は貨物乗客船として働いているが、元々は漁業船だぞ? 大見えを張ったなぁ。ま、楽しみにしてるよ」
サーイエッサーと、敬礼をして、仕事に戻るイテプワの後ろ姿を見送り、自身も与えられた客室に、戻る。
その後しばらくして日没前に、釣りを披露して見せた。魔力で網を作って、引っかかった獲物を獲って見せると、ワァっと盛り上がりを見せた。やはりここでも漁師にならないかと言われたが、丁重にお断りさせていただいた。
ちなみに、釣った魚で刺身を作ってもらった、ふむ、こういうのでいいんだよ。ここらの海域でしか取れない魚もいるらしく、捕まえたかったが、もっと深い場所に隠れているらしく、今回は釣れなかったので、次回への期待を胸に、布団に入る。
少しだけ、眠る前に夜風に当たったせいか、布団の中に入ってもブルっと寒気がした。‥‥‥風邪じゃないよな? 異世界の流行り病は本当に怖いな。ちょっと気を付けよう。
日付が変わり、朝日が昇ると自然と目が覚めるようになってしまった。海の上で、遮るものが何もない水平線のオレンジ色の太陽はこの世界で見るようになったものだが、何回見てもいいものだな。
窓から見える景色に、心を打ち、二度寝にしゃれこむことにして、もう一度掛け布団を大きく羽織る。ふぅ、おやすみ。
と、そうは問屋が卸さなかった。
「お~い、もうそろそろ着くから、準備しておけよ~」