「‥‥‥分かりました。では、後ほどいただきますね」
「いいや、今だ」
「お腹いっぱいですし」
「今喰わないと、帰さない」
「「‥‥‥」」
ダメだ、話が通じない。助けを求めるようにお店のお姉さんに視線を向ける。こっちもダメだ。「忙し、忙し」と狭い露店の中をガサゴソと動き回っている。お客さんなんて並んでおらず、人っ子一人いないのに。
味方がいないこの状況で、どう切り抜けるか。
考えても思いつかなかったので、潔く食べることにした。右手の手の平の上に置いて、ぐいっと一気に飲みこむ。味がしないうちにコーヒーで流し込むと、幸いにも臭くも不味くもない。
「‥‥‥えっと、これで良いですか?」
「なんじゃい、味わうということをしなかったのか」
「怖かったんで。‥‥‥ちなみに味は苦いんですか?」
「うむ。ちとばかりな、だが体に悪い物でもない。安心するがいい」
知らないおじさんから貰った食べ物で安心できるはずもなく、唯一この街でよく知られてる人で、変な噂は聞くけれども、悪い噂を聞かないことだけを頼りに飲み込んでみたけれど、もう少し危機感をもって行動しよう。次回から。
「ところで、どこか行くところがあったのではないか?」
「あ!? そうだった!! じゃ、じゃあこの辺で失礼しますね!」
俺は手早く荷物をまとめて、コーヒーを飲み干し、カップとお皿を返すと足早に駆けた。背を向けているためお爺さんの表情は見えないが、きっといつものように無表情なのだろう。
あー、変な目にあった。願わくば、もう出会いませんように。
船着き場に戻ると、だいぶ人の賑わいの増えた道路を、人の隙間を縫うようにして目的の場所に辿り着いた。
見覚えのある船の前に、見覚えのある一団を見つけた。
「ジェフさん! お待たせしました!」
「おぉ! ランディじゃねぇか! 久しぶりだなぁ」
相変わらずの日に焼けた肌は、彼の筋肉を照らしている。まだまだ衰えを知らないその腕周りは、また一段と太くなっている気がする。
「早いとこ、荷物を乗せておけよ。すぐに出発しちまうからよ」
「はい、今回もお願いします」
促されるままに船に乗り込み、自身の部屋に荷物を降ろして、ゆっくりと一息つく。前回この船に乗ったときは魔物に襲われたんだよな。
今回は何事もなく無事に旅を終えれますように。そんなことをベッドの上で考えていると、早起きがたかったのか、うつらうつらと船を漕いでいき、しまいには眠りについてしまった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「――、――――、――」
「――?」
「――」
「――――」
人の話し声がする。そうだ、俺はジェフさんの船に乗って、それで眠っちゃってたのか。まだ寝ぼけている瞼を擦って、ベッドから起き上がる。
ドアを開けて甲板に出ると、風にのった船の上でやることが無くなった船乗りたちが、談笑している。この声で起きたのか。
「おはようございます」
「おう、つってももう昼だけどな。久しぶりじゃねぇか」
ここの船乗りたちは皆気さくで優しい人ばかりだ。俺も人見知りを発揮することなくしゃべれる貴重な人達だ。
「そういや、知ってるか? 今朝聞いた噂なんだけどよ」
「噂? なんでしょうか?」
今朝は変なおじさんに変な種を喰わされたことしか。
「なんかよう、お前さんの行ってたはずのノミリヤ学園の話なんだがな?」
え? なんだろう。何か問題でもあったのか?
「とある海竜が逃げ出したらしいぞ? 冒険者ギルドだけじゃなく、漁業組合にまで、捜索依頼が出てるっていうんで、今は大慌てだって、知らないのか?」
思わず開いた口が塞がらなかった。頭に思い浮かんだ可能性をブンブンと首を左右に振って吹き飛ばすと、念のためにもう少し話を聞くことにする。
「‥‥‥すみません、もう少し何か情報はありますか?」
「あ、あぁ。なんでも海竜の中でも殊更身体が大きくて――」
まずい。
「そんで、昔は海竜たちのボスだったらしく――」
ほんでほんで。
「名前はフィオナっていうらしいぞ」
あぁ、神よ。なぜにこんな無慈悲を。おぉ、フィオナよ。一体どうしちまったんだ。いい子で待っててねと言ったのに。
「お、おい大丈夫か? どうしたんだ天を仰いじまって。もしかしてその海竜知ってんのか?」
「‥‥‥知ってるも何も、その海竜、僕の担当の子です」
「何だって!? てことは、その海竜逃がしたのってランディなのか?」
「いや、それは違います」
手の平を前に突き出して、断固として否定しておく。まずい、責任問題という単語が俺の脳内を駆け巡る。何故か身体が急激に重くなった気がする。
「多分‥‥‥僕が学園を離れるから、追いかけてきちゃったんだと‥‥‥」
「追いかけて来たって、そんな、お前。あり得な――いや、あるか。ランディだから」
「うわ~! どうしよう! 戻った方がいいですかね!? だって僕の行先分かってないですよ! 広大な海の中で迷子になってたらどうしましょう!!」