「おいおいどうしたんだ? そんなに騒いで」
パニックに近い状態になって、わーわーと船乗りたちと大声で喋っていると、ジェフが船の中から出て来た。そうだ、ジェフさんに聞いてみよう。もしかしたらどうにかしてくれるかもしれない。
一縷の望みをかけて、事情を説明する。どうにかなりませんでしょうか。
「~~~~~!」
話を一通り聞き終えたジェフは、厳つい自身の顔を梅干しのようにしわくちゃにして、何とも言えない表情を作っている。
が、我慢だ。ここで笑いでもしたら拳骨が飛んでくるに違いない。
「んま~、今すぐにって言うのは無理な話だな」
やっとのことで絞り出した答えは俺の期待していたものとは違うが、完全に違うという訳ではなかった。
「今すぐじゃなければいいんですね? いつですか?」
「おいおい、そんな急かすな。とにかく、今はダメだ。積み荷を降ろさなきゃならんし、それを待っている客がいる。そこだけは信用問題にかかわる話だ」
まぁ、そこを突かれたら何も言い返せないけれど。
「だから、このままククルカ島に向かう。そして荷物を降ろしたあとこの街に戻る。何か行動を起こすなら、この後だ。
「‥‥‥分かりました」
時間が掛かりそうだ。それまでフィオナは無事でいるだろうか。脅威となるような生物は近海にはいない。腐っても海竜。腐ってはいないんだけども。
俺の心配している点はそこではなく、どこか遠い海まで行ってしまい、二度と会えなくなるのではないかと言う心配だ。
唐突な別れと言うものは、これほどまでに不安なのかと、自分の身体が重く感じる。まるで今までともに育ってきた自分の身体が、何か別の、タンパク質の塊になったかのように覚える。
「フィオナ‥‥‥」
俺の胸中から漏れ出た言葉が聞こえたのか、船乗りの一人が声を掛けた来た。
「まぁ、元気出せや。その、なんだ。話だけでも聞くぞ?」
「すみません、ありがとうございます」
「そのフィオナって海竜はどんな奴なんだ? 俺もククルカ島で海竜をよく見かけるが、それぞれ個性があんだろ? 俺はただの船乗りだから、分からねぇが、調教師は分かるって聞くぜ?」
船乗りのおじさんは、そのまま木箱に腰かけると、俺にも座る様に促した。ふむ、これは何か喋らないと帰してもらえないやつか。
でもちょうどいい。今一人は少しきついかもしれない。
いつの間にか、俺の周りには船乗りのおじさんどもが集まり、円になって座っている。中には飲み物も用意している人もいた。もちろん俺にもくれた。
野次馬って感じはしない、皆がそれぞれ悲しそうにしている俺を放っておけないと、集まってくれたのだ。
「そうですね、フィオナは良く間違われやすいんですけど、オスなんです」
「へぇ、そうなのか」
「女っぽい名前だなぁ」
「そうなんです。けれど、本人にそれを言うと怒るので言わない方がいいです。一度本気で噛まれそうになりました。あ、本気って言っても普段の甘噛みより少し強いくらいですよ?」
「ほー、人の言葉が分かるのか? 海竜ってのは頭良いんだな。ウチの実家で飼ってる犬とどっちが賢いかね?」
「流石に海竜じゃねぇか? 魔物だろ? あいつら普通に賢いぞ」
実家の犬がどんなもんかは知らないけれど、きっとフィオナの方が賢いだろうな。なんてったってウチの子かわいいし。
「海竜の中でも頭の良さは結構ばらつきありますよ。でもシンプルな頭の良さとはちょっと違うといいますか‥‥‥。これはあくまで僕の所管なんですけどね?」
そう前置きを一拍おいておく。これで俺の考えが広まったとして、違った場合かなり恥ずかしいからね。
「頭の良さ、と言うよりは自我が確立しているか、みたいなところがあると思うんですよ」
「うん、ん? どういう事だ?」
「なんていえば良いのか分かんないですけど、意思表示を出来ると、何を考えているか分かるじゃないですか。その変化が分かると、こんなこと考えてたんだ、とかあんなこと考えてたんだとかこっちが分かる様になって、頭良く感じるんだと思います」
「お、おう。そうか」
「あー、完全にわかったぞ」
理解ってないな? 人間も同じだと思うんだけど、抑圧された生活の中だと、元気なくなるじゃん?
それが幼い時からずっと続く海竜なら、人格の形成に問題が起こっても仕方ないのではないかと。だから仲良くなって、素の表情を見たときに、幼く感じたのはそのせいだろう。
だけど、子供ほどの知能を持っていると分かれば、十分賢いと言えるのではないだろうか。
「まぁ、仲良くなれば、その海竜の内面を知ることが出来るっていう話ですかね」
「そりゃそうだろ」
「何を当たり前のこと言ってんだ?」
急に梯子外さないでくださいよ。自分たちが登れなかった梯子だからって。
「あとは、そうですね。頼りになるその背中ですね。元海龍なので、一回り体が大きいんですけど、これがちょうどいいんですよ。昼寝に」
海の上を、フィオナの背中に乗って、プカプカと浮かび、流れる雲をのんびりと見ている時が幸せというものを感じられる。