少し赤く腫れた肩を反対の手で揉みほぐしながら、船から降り、島に降り立った。
「ただいまー」
誰に言うでもなく、一人でそう呟いた。というより、呟いてしまった。いつの間にか、このククルカ島が俺の故郷となっていたようで、思わず笑みを零す。
「で、とりあえず誰かに伝えればいいんだよな? 海竜を連れてきちまったって」
「はい、お願いします。誰でも大丈夫なはずです。最終的には村長か、ウチの父に話が行くはずなので」
海竜は群れで生活する社会性をもつ魔物だ。そこに知らない海竜が急に現れれば、パニックに陥ってしまうだろう。海竜の集団パニック‥‥‥考えるだけで恐ろしいな。
なので、事前にバッタリ海竜同士が出くわさないように、人払い、ならぬ海竜払いを頼みたいのだ。
あと出来ればフィオナの寝床とかも用意してやりたい。たしか使われてない竜舎があるはずだ。取り壊されてない限りは。病気だったり、集団になじめなかったりした海竜のために使われるのだが、そんなことはほとんどないので、実質空き小屋になっており、調教師たちの休憩所に使われてたりする。
未だ海の中で船の傍を離れずに、プカプカと浮いてこちらを見つめるフィオナを、その自由奔放さに羨ましさを感じながら、見つめ返していると、遠くの方から声が聞こえた気がした。
どこからだろうかと、辺りを見渡していると、こちらに手を振りながら近づいてくる集団が見えた。あんなに遠い所からよく声が届いたもんだと感心していると、その人影の中に見慣れた人物を見た。
「父さん!!」
「ランディ!!」
二人は勢いよく走り、ガシっと胸に飛び込んだ俺をザンキは逞しい腕で抱えた。
再会を祝して、微笑ましい雰囲気になるかと思われたが、ザンキはそのまま一頻り抱きしめたあと、俺をそっと降ろして、右の手を天高く握りしめ、そのまま地に振り下ろした。
勿論その軌跡に入っていた俺の頭部を直撃したわけで。
「いってえええええええええええ!!」
なにするんだようと心の中でボヤいてみるも、態度に現れてしまっていたのか、ザンキが「はぁ」と溜息を吐いて、拳骨の理由を話し出した。
「その子が脱走したっていうフィオナか。‥‥‥海竜の脱走を許してしまうだなんて、調教師としてどうかと思うぞ」
「それは! いや、そうですね、すみません」
俺が能動的に脱走させたわけではもちろんない。けれども、逃げたという責任は、そう育ててしまった、そうなることに気が付けなかった調教師に責任の一旦がある。
それを理解しているからこそ、認めなければならない。
「自分で反省出来てるなら、俺からもう言うことはないよ。‥‥‥あ、ひとつだけあったな」
「?」
なんかあっただろうか? 他に問題は起こしてないはず、いや、フィオナを連れてきたことか。
「お帰り、ランディ」
「‥‥‥た、ただいま」
「おう!」
不覚にも息を詰まらせてしまった。が、どうにか言葉を返す。こっぱずかしいのでさっさと本題に入ろう。
「フィオナのことなんだけどさ、空いてる竜舎ある? そこに連れていきたいんだけど」
「あー、あるにはあるんだがな~」
「あれ?もしかして誰か使ってる? この時期に病気だなんて珍しいね」
「い、いやぁ、病気じゃなくてな、フォルがいるんだよ」
フォル? なんで? 最近はいう事聞くようになって、もうすぐ軍に卸されるんじゃなかったっけ?
俺の疑問が顔に出ていたのか、ザンキは顎髭を弄りながら顔を曇らせた。
「さっきああ言った手前、ものすごく言いづらいんだけどな。‥‥‥フォルがいう事を聞かなくなっちまった。それも全くだ。だから他の海竜に影響が出ないように、別の竜舎に移動させているんだ」
「えぇ!? なんで? 急に?」
「あぁ、急にだ。いう事を聞いたり、他の人を背に乗せることもあったんだがな、とある日に大きく嘶いて、それからは全く人を乗せなくなってしまったんだ」
えぇ‥‥‥なんでだろう、あと凶暴になってないと良いな。仲直りをしようと思ったが、攻撃されましたじゃ笑えんて。
とりあえず、まずは会いに行ってみないことには始まらないと、実家に戻るよりも先に、フィオナを連れて竜舎に向かうことになった。
・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「お、あそこだ。懐かしいな~」
「よくあそこでサボってたもんな」
「そうそう、って、え!? 気づいてたの?」
「あそこは皆使う場所だぞ? 俺だって若いころは使ってたさ」
そうだったのか、調教師として、真面目一辺倒だと思っていた父の、不真面目だった部分が
垣間見えた様で、少しうれしく思ったのはここだけの秘密だ。
竜舎の前に辿り着くと、違和感を感じた。海竜がいるのであれば、多少なりとも物音が聞こえてきたりするものなんだけど、今回ばかりはやけに静かで、少し緊張している。
一体だけだと、こんなに静かなのか?
わんさかと群れでいる海竜しか見たことないのでわからないが、意を決して扉を開ける。
海から周りこんで来ていたフィオナと、父のザンキも一緒になって、扉のその先を覗き込む。
その視線の先には、眠っているのか、部屋の中央で横になっている海竜が一体。
「大きくなったなぁ‥‥‥」
今日はやけに涙腺がゆるくなっているかもしれない。