目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

帰って来たぞ

少し赤く腫れた肩を反対の手で揉みほぐしながら、船から降り、島に降り立った。


「ただいまー」


 誰に言うでもなく、一人でそう呟いた。というより、呟いてしまった。いつの間にか、このククルカ島が俺の故郷となっていたようで、思わず笑みを零す。


「で、とりあえず誰かに伝えればいいんだよな? 海竜を連れてきちまったって」

「はい、お願いします。誰でも大丈夫なはずです。最終的には村長か、ウチの父に話が行くはずなので」


 海竜は群れで生活する社会性をもつ魔物だ。そこに知らない海竜が急に現れれば、パニックに陥ってしまうだろう。海竜の集団パニック‥‥‥考えるだけで恐ろしいな。

 なので、事前にバッタリ海竜同士が出くわさないように、人払い、ならぬ海竜払いを頼みたいのだ。


 あと出来ればフィオナの寝床とかも用意してやりたい。たしか使われてない竜舎があるはずだ。取り壊されてない限りは。病気だったり、集団になじめなかったりした海竜のために使われるのだが、そんなことはほとんどないので、実質空き小屋になっており、調教師たちの休憩所に使われてたりする。


 未だ海の中で船の傍を離れずに、プカプカと浮いてこちらを見つめるフィオナを、その自由奔放さに羨ましさを感じながら、見つめ返していると、遠くの方から声が聞こえた気がした。


 どこからだろうかと、辺りを見渡していると、こちらに手を振りながら近づいてくる集団が見えた。あんなに遠い所からよく声が届いたもんだと感心していると、その人影の中に見慣れた人物を見た。


「父さん!!」

「ランディ!!」


 二人は勢いよく走り、ガシっと胸に飛び込んだ俺をザンキは逞しい腕で抱えた。


 再会を祝して、微笑ましい雰囲気になるかと思われたが、ザンキはそのまま一頻り抱きしめたあと、俺をそっと降ろして、右の手を天高く握りしめ、そのまま地に振り下ろした。


 勿論その軌跡に入っていた俺の頭部を直撃したわけで。


「いってえええええええええええ!!」


 なにするんだようと心の中でボヤいてみるも、態度に現れてしまっていたのか、ザンキが「はぁ」と溜息を吐いて、拳骨の理由を話し出した。


「その子が脱走したっていうフィオナか。‥‥‥海竜の脱走を許してしまうだなんて、調教師としてどうかと思うぞ」


「それは! いや、そうですね、すみません」


 俺が能動的に脱走させたわけではもちろんない。けれども、逃げたという責任は、そう育ててしまった、そうなることに気が付けなかった調教師に責任の一旦がある。

 それを理解しているからこそ、認めなければならない。


「自分で反省出来てるなら、俺からもう言うことはないよ。‥‥‥あ、ひとつだけあったな」

「?」


 なんかあっただろうか? 他に問題は起こしてないはず、いや、フィオナを連れてきたことか。


「お帰り、ランディ」

「‥‥‥た、ただいま」

「おう!」


 不覚にも息を詰まらせてしまった。が、どうにか言葉を返す。こっぱずかしいのでさっさと本題に入ろう。


「フィオナのことなんだけどさ、空いてる竜舎ある? そこに連れていきたいんだけど」


「あー、あるにはあるんだがな~」

「あれ?もしかして誰か使ってる? この時期に病気だなんて珍しいね」

「い、いやぁ、病気じゃなくてな、フォルがいるんだよ」


 フォル? なんで? 最近はいう事聞くようになって、もうすぐ軍に卸されるんじゃなかったっけ?


 俺の疑問が顔に出ていたのか、ザンキは顎髭を弄りながら顔を曇らせた。


「さっきああ言った手前、ものすごく言いづらいんだけどな。‥‥‥フォルがいう事を聞かなくなっちまった。それも全くだ。だから他の海竜に影響が出ないように、別の竜舎に移動させているんだ」


「えぇ!? なんで? 急に?」

「あぁ、急にだ。いう事を聞いたり、他の人を背に乗せることもあったんだがな、とある日に大きく嘶いて、それからは全く人を乗せなくなってしまったんだ」


 えぇ‥‥‥なんでだろう、あと凶暴になってないと良いな。仲直りをしようと思ったが、攻撃されましたじゃ笑えんて。



 とりあえず、まずは会いに行ってみないことには始まらないと、実家に戻るよりも先に、フィオナを連れて竜舎に向かうことになった。


 ・・・

 ・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・


「お、あそこだ。懐かしいな~」

「よくあそこでサボってたもんな」

「そうそう、って、え!? 気づいてたの?」

「あそこは皆使う場所だぞ? 俺だって若いころは使ってたさ」


 そうだったのか、調教師として、真面目一辺倒だと思っていた父の、不真面目だった部分が

 垣間見えた様で、少しうれしく思ったのはここだけの秘密だ。



 竜舎の前に辿り着くと、違和感を感じた。海竜がいるのであれば、多少なりとも物音が聞こえてきたりするものなんだけど、今回ばかりはやけに静かで、少し緊張している。


 一体だけだと、こんなに静かなのか?


 わんさかと群れでいる海竜しか見たことないのでわからないが、意を決して扉を開ける。


 海から周りこんで来ていたフィオナと、父のザンキも一緒になって、扉のその先を覗き込む。


 その視線の先には、眠っているのか、部屋の中央で横になっている海竜が一体。


「大きくなったなぁ‥‥‥」


 今日はやけに涙腺がゆるくなっているかもしれない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?