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邂逅

「フォル!」


 奥で寝ているフォルに向かって、一歩、また一歩と歩み寄る。色んなものがこみあげてくる。フィオナとザンキは扉の付近で動かない。


 ザンキはフォルと息子の喧嘩別れした件も知っているし、初めて担当した子に思い入れがあるのも当然理解している。だからこそ再会を邪魔するべきではないと理解していた。


 一方フィオナはランデオルスが敵対心や警戒していないのを見て、見知らぬ海竜に不必要に近づかなかっただけであった。


 ランデオルスが声を掛けると、フォルはゆっくりと閉じていた瞼を開けて目の前にいる人物を見た。


 目が合う。


「フォル!」


 再び声を掛けると、驚きのあまり固まっていたフォルが動き出した。俊敏な動きでランディに突進して押し倒し、ランデオルスの胸に顔をこれでもかと埋めた。


「ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ‥‥‥」

「ちょ、待って、フォル、痛い、痛いから。背中に小石が刺さってる! 痛いって」


 感動の再開に、小石という茶々が入ってしまったが、それでも目に滲むようにして出て来た涙が視界をぼやけさせる。


 笑っているのか泣いているのか自分でもよく分からなくなっている。けれど心の中は再びこうしてじゃれついている現状に、どうしようもなく喜んでいる自分がいた。


「あの時は、ごめんな。フォルの立場が悪くなると思ったんだ。お前を戦場に出したくない、その一心だったんだよ。それで、わざとじゃなかったとはいえ、ぶってごめんな。だからその‥‥‥仲直りしてくれるか?」


「ぴぃ~!!」


 俺の差し出した右手に、フォルは自らの頬を摺り寄せて、その答えを示した。ありがとう、フォル。安心してほっと一息つく。


 すると、倒れていて、下がったままのはずの視線がだんだんと上にあがっていき、遂にフォルの顔より高くなった。


「あえ!? なんだなんだ!?」


 俺がフォルを見下げていて、フォルが俺を見上げている? なんだこれ、勿論地に足はついておらず、宙ぶらりんの状態だ。


 てことは‥‥‥。


 後ろを確認しなくても分かる。こんなことが出来るのは一人しか知らない。いや、一体か。


「フィオナ~、降ろしてくれ~、服が伸びちゃうよ、あとのどが絞まりかけて苦しい」

「びぃ~」

「いや、唸らないでさ。降ろしてよ」


 やっとのことでフィオナは俺の事を降ろして、地面に立たせると俺の身体を自分の両前ヒレで包み込むようにして抱きかかえた。


 おもちゃを隠す子供みたいだなと思ったが、動きづらいのでその抱擁から抜け出して、よれた服を伸ばしてみる。


「あー、これもうダメかも、戻らなくなっちゃっ――」


 言い終わるかどうかのそのとき、今度はズボンの腰あたりを引っ張られ、恥ずかしい恰好で宙ぶらりんになり、身体に何かが巻き付いた。


 これは‥‥‥。フォルさんやい、尻尾で絡みつくのはいいんですけど、首回りを絞めるのは無しでいいですか? 息がしづらいです。あと、前が見えないです。


「フォ、フォル! ちょっと、それきついかも!」


 ペチペチと尻尾にタップすることでようやく緩めてくれ、隙間が出来たところを見逃さずに脱出しておく。


「ふぅ」と息を整え、二体の海竜のちょうど真ん中で体勢を立て直し、フォルとフィオナを見やる。


「びぃ~」

「びぃ!」


 俺を挟んで威嚇するのはやめてください。あなたたちのそんな声初めて聴きましたよ。助けを求めるように父の方に目を向けると、扉から一歩も動かずに、ニヤニヤと笑っているだけだ。


 あんた息子が助けを求めているのにそれはないでしょう。ママンに言いつけますよ。


 それはそうと、海竜たちが本気で暴れだしたら洒落にならないので、二体の方に向かって、それぞれ手の平を伸ばして、互いの威嚇を制止させる。


「はい、そこまで! ダメ! これ以上喧嘩するのナシ!!」

「「‥‥‥」」


 俺の渾身の呼びかけに応えて、唸ることは止めてくれたものの、じりじりと互いに目を逸らさずに、近づいていっている。


 一応素直に言うことを聞いてくれている部分はあるんだよな。可愛い奴らめ。


 そんな二体を見て、俺の中にちょっとした悪戯を思いついた。


「お座り!」

「「‥‥‥」」


 それでも互いに目を逸らさない二体は、ちゃんとお座りをして、チマチマとにじり寄っている。ふふっ、ご飯を我慢できない犬みたいだな。


 微笑ましく思っているのは心の中にとどめておいて、もう少し様子を伺ってみよう。


「お手!」

「「‥‥‥」」

“ガブッ”


「え?」


 お手を返してくれるだろうと思っていたところに、チクッと両の手の平に痛みが走った。


 二体の海竜は俺の手の平を甘噛みして、綱引きの状態で引っ張り合った。


 これはまずいと、すぐに魔力糸で手をぐるぐる巻きにして、あむあむと細かく噛まれている隙に歯と手の間にも巻いて巻いて、テーピングのように保護する。気休めにしかならないが、しないよりは、した方がいいだろう。


 なんとか間に合い、手からだらだらと血が出るようなことは無かったが、両端から引っ張られているせいで、今度は肩が外れそうだ。

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