「ストップ! ストップ! 千切れちゃう!」
二体とも俺の身体を気にして、腕や肩が傷つかない最低限の力で引いているので、実際には千切れることはないが、それでも全く同じ力で左右から引っ張られると、見た目以上に痛い。
大げさに叫ぶと、フォルとフィオナは、睨み合っていた体勢のまま、チラっ、チラッと俺の方を見た。
「うわあああああん、いたあああああああああい」
ここで年相応の痛がり方を一つまみ。こんな表情見せたことない。ふふ、驚いてらっしゃいますな。
二体の海竜は、それぞれが未知(俺)との邂逅を果たしたことで、呆気に取られて咥えていた手を放して、踏んばるために低くしていた体勢を持ち上げ、目をまん丸にしている。
「おーい、ランディ大丈夫かー?」
「父さん、助けが遅いよ」
一通りことが終えた後に、のんびりとやって来たザンキに苦言を呈した。笛を吹くことを嫌がっている俺に対しての配慮で笛を吹かないでいてくれたのはありがたいけれど、それにしたって、ニヤニヤとしていたことは話が別だぞ?
「海竜二体に笛ナシの一般人が出来ることなんてないだろうよ、それにランディも実は余裕だったろ、手加減はしてもらってたみたいだし」
「余裕とは?」
肉食動物に手を嚙まれながら引っ張られる状況を想像してもらいたい。余裕とは?
「それにしても案の定、喧嘩が始まっちまったみたいだな」
「案の定って‥‥‥知ってたの? こうなること」
俺はザンキに、今だお互いを警戒している二体の海竜を指で指し示した。
「なんとなくだったけどな。多分海竜って嫉妬深くて、独占欲が強いよな?」
「え? そうなの?」
初耳ですよ。なんとなくそうかなと思うときもあったけど、他の海竜はそうでもないから、嫉妬や独占欲ってよりかは、プライドの高さゆえに俺以外の人を乗せなくなっているだけだと思っていました。
「憶測の域を出ないし、これはランディを気に入った海竜っていう条件下の中の話なんだがな? お前がククルカ島を出ていったあとのフォル、昏睡状態のときのフィオナ、両方に会ったときの話なんだけどよ――」
そういって話しだしたのは俺の知らない、俺のいないところでのフォルと、フィオナの話。
ザンキは俺がフォルと喧嘩別れした後、竜舎に行き、フォルの様子を見に行った。すると、部屋の隅っこでうずくまる様にして、丸くなっているフォルを見つけた。
最初は特に気にも留めていなかったが、数日立っても元気になる目途は立たず、そればかりか、ご飯もまともに受け付けないとなっていた。
そこで、俺がいなくなってからこうなってしまったことに気が付いて、何かその悲しみを取り除ける物はないかと考え、思いついたのが、俺の使っていた毛布だそうだ。
俺の匂いが染みついた毛布なら、多少は悲しみを取り除けるだろうという事で、試しに渡してみたら、笑ってしまうほどに効果覿面だったらしい。
飛びつくようにして、その毛布を奪い取ると、顔を埋めて一晩中鳴いていたらしい。それからの毎日は、毛布にくるまれて生活をして、肌身離さず持っていたそうだ。しかし匂いが取れるのに比例して、毛布にくるまない日々が増えて、従来のように生活できたのだが、毛布を回収しようとすると、本気で怒るらしい。だから今もなおフォルの巣穴には俺の毛布が置いてあるらしい。
ちなみに、さっきまでフォルがいたところを見ると、本当に置いてあった。うへぇ、ぼろぼろだ。
そしてフィオナの話。俺が昏睡状態に陥った際、最初は取り乱しており、自傷行為も繰り返すようになっていたが、俺の見舞いと看病のためにこちらにやって来たザンキはもしやと思い、念のために、俺が昔来ていた、サイズの合わない子供用の服を持っていったそうだ。
すると、やはりと言うべきか、自傷行為は治まった。しかし、食欲不振だけは改善が見られず、そのままだったが、それは時間が治してくれたそうだ。
まぁ、フィオナは目の前で俺を攻撃してしまったことに罪悪感というか、後悔というか、そういう面の精神的負荷は、自分から生まれ出るものだから、時間をかけて元の原因を忘れていくしかないもんな。
そういえば、俺の子供用の服なんて、布切れ一枚残っていなかったぞ? 俺が復活して会ったときにちゃんと部屋の中も見たんだけどな。
「フィオナにあげた服は? なくなってたけど、処分したの?」
「馬鹿言え、言ったろ? 独占欲が強いって。ボロボロになったから回収しようとしたらやっぱり暴れたもんで、そのままにして置いて、隙を見て回収しようとしたら、呑み込んじまったらしいぞ? イヴくんだっけか。教えてくれたぞ」
わーお、いつの間にそんなメンヘラになっちまって。あれか? 好きな子に渡す料理に髪の毛入れる的な? 血も呑み込みたいみたいな感じだろうか。あ、そういえば血呑まれてるな、癖になったりしてないだろうな。最近フィオナにやけに齧られると思ったが、そういうことじゃないよな?
おっと、これ以上は考えないようにしよう。フィオナの涎が垂れる音なんてしてないし、聞こえないぞ! 絶対にだ!