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帰省

「それで? フィオナとフォルが鉢合わせてしまったわけなんだが、どうするよ」


「どうするもこうするも、こんなにいがみ合ってちゃ一緒の竜舎に入れないよ」


「そうだよなぁ」


 残念なことにフォルとフィオナは相性がよろしくないようだ。ここは一旦フォルに元の竜舎に戻ってもらうしかないだろう。いきなり知らない海竜を竜舎に入れても他の海竜が不安がるのが目に見えてるし。


「フォルが人を乗せなくなっちゃったから、こっちの竜舎に入れてるんだよね? だったら俺が乗るから、フィオナがこっちにいる間だけでも元の竜舎に戻してもいい?」


「そうだな、それだったら問題ないだろう」


 おし、とりあえず問題解決。じゃあ早速フォルを連れて竜舎に行こう。


「フォル~、ちょっと移動するよ、乗っけておくれ」


 俺のお古の毛布を持って、フォルの身体をペチペチと叩くと俺が乗りやすい様に、体勢を低くしてくれた。

 フォルの表情は久しぶりだからか、誰が見ても分かるぐらいにニコニコと笑っている。そんな表情をされると、こっちも嬉しくなっちゃうね。お~よしよし、良いこでちゅね~。


 海竜を相手にしているにしては過度な愛情表現かもしれないが、背中に乗って身体全体を使って、サワサワと撫でてやると「ぴぃぴぃ」と喜びながら軽快な足取りで進みだした。


 しかし、良いことばかりでもない。

 対照的にフィオナが不満そうな雰囲気を漂わせている。これはまた後で、ご機嫌を取ってやらないとな。‥‥‥何をすれば許してくれるだろうか。


「じゃあ、フィオナはここで待っててね。ちょっとフォルを移動させるから、いい子で待ってるんだよ」


 海竜ってそんな表情出来るんだと分かるほど、フィオナはふくれっ面になりながらも、大人しく待ってくれている。


 大丈夫、大丈夫。俺にだって不機嫌になった子の機嫌を直した実績がある。きっと大丈夫。


 頭の片隅にそんなことを考えながら、今の竜舎を出て、ザンキの案内のもと、元の竜舎に戻った。


「じゃあこれでいいよね。ちゃんと他の海竜にもフォルが人を乗せてる姿を見せたし」

「あぁ、お疲れ様。ありがとな。あ、そうだ! 忘れてた、母さんがお前の帰りを楽しみに待っているから、早めに帰ってやれよ」

「ほ~い、分かったよ」


 お母さんか‥‥‥。お母さんに会うのはちょっぴり楽しみだ。お父さんに会うのとはまた違った感情だ。なんだかんだ言っても、ちゃんと俺はこの両親の息子なんだなって、心がじんわりと温かくなった。


 しかし、そんな顔を見られたくないので、フォルを部屋まで連れて行くと、ちゃっちゃとその場を後にした。


 少しだけ、涙が出そうになった。家族ってのは最も近い他人。環境にも依ると思うが、最悪裏切られても許せる人たち、身体の一部、100%自分の味方。

 あぁ、俺は幸せなんだなと感じてしまった。


 今日は早めに家に帰ろう、久しぶりにお母さんの手料理が食べたい。



 フィオナの待つ竜舎に戻って来た。戻ってきてしまった。センチメンタルな気持ちになったことで、フィオナへのご機嫌取りの方法を全く思いつかなかった。


「戻ってきましたよ~って」


 俺が扉を開けると、与えられた部屋の中で、身を乗り出して「ぴぃぴぃ」と俺を呼んでいる。

 近づいていくと、フィオナは自らの体勢を低くして、尻尾を左右にゆっくりと振っている。恐らく、俺に乗って欲しいのだろう。


 ご要望通りに背中に乗ってやると、首を俺の方に伸ばし、顔を擦りつけてくる。やたらいろんなところに擦りつけてくるあたり、マーキングのつもりなんだろう。


 さて、どうやって機嫌を取ろうかと考えていたが、これまでの成功体験から考えると、プレゼントを渡すことだったので、今回もそれでいこうと思う。


 俺は自分の羽織っていた上着を脱いで、びりびりと破いて大きな布地にして、スカーフのように首元に巻いてやる。


 これが正解だったようで、嬉しそうにしっぽの揺れが早くなった。鳴き声もどこか柔らかくなったように感じる。


 これで、一安心かな? 問題も解決したことだし、お母さんに顔を出しに行こう。


 フィオナともう少しだけ遊んでから、俺は実家に戻る。道中の道も懐かしく感じる。俺の中の原風景になりつつあるな、少し涼しくなったからか、トンボまで飛んでいる。


 もうそんな時期かと時の流れを感じつつ、家の前に辿り着いた。


「ただいまー」


 扉をノックしてから開ける。入ってすぐにいい匂いがした。

 敷居を跨ぐとすぐに母さんの料理している、後ろ姿が見えた。


「おかえりー」


 後ろ姿だけで、こちらに振り向くこともせずに俺の帰宅を受け入れた。


「いい匂いだね。今日はお肉?」

「ええそうよ、今日は猪肉の丼にしたからね」


 俺の好物だ、用意してくれ待っていたらしい。お腹が空いてきた、昔食べた猪肉の丼と変わらない匂いだ。


「お母さん、ありがと‥‥‥」

「‥‥‥うん、いいのよ。ってや~ね。子供が何気使ってんのよ、子供は存分に甘えときなさい」


 お母さんありがと。

 そして、俺はシーツの新しくなったベッドにゴロンと横になった。


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