「ど、どうするの?」
恐るおそる訊ねてみる。話の流れ的にはそういう事になりそうな気がするが。
「だからランディ、お前ギルドに登録して、時々ダンジョンに行かないか?」
「‥‥‥」
すぐには返答できなかった。昔憧れた冒険者、つい最近も冒険者にならないかと直接ギルド長に勧誘もされたが、その時以上に、心臓がドクドクと音を鳴らしている。やけに煩い。
それこそ、父さんに諦めるという選択肢を渡された。ちゃんと決別をして、調教師になるとういう道を手に入れた。
しかし、その本人から冒険者にならないかと言われた。
分かっている。勿論本業じゃないし、あの頃思い描いていた自身の強さで戦うスタイルでないことも承知の上。
だが、何とも言えないような感情で頭がいっぱいいっぱいだ。
そんな俺を見て、自分の言ったことに気が付いたのか、父はバツが悪そうな顔をした。
「――すまない、変なことを言ったな。まぁ、あくまでもその可能性もあるぞってだけで、無理強いは絶対にしないし、フォルのことも何とかして見せるさ。こう見えても父さんは色々と顔が利くんだ」
そうか、このままだと、フォルが負担になってしまうのか。ククルカ島の調教師含めて、その家族、はたまた海竜にまで。父さん母さんにまで。
そうなったのは、明らかに俺のせいだろう。
「ハハ‥‥‥」
思わず乾いた笑いが出た。何を勘違いしていたんだろうか。さっき自分でも言ったじゃないか、調教師失格だって。
そうだ、驕り高ぶって一端の調教師になったつもりでいて。終わりなんて、ゴールなんてないじゃないか。なのにプライドが傷ついたなんて、笑ってしまう。
パチンと自身の両の頬を叩く。
「うしっ!」
「‥‥‥急に笑ったと思ったら、神妙な顔をして、頬を叩いて。大丈夫か? なんか、ごめんな」
はずっ、ずっと見られてたんだ。忘れて欲しい、息子の黒歴史は墓場まで持って行ってくれ。
「いや、なんでもないよ。なんとなく大丈夫になった。‥‥‥お父さん、俺冒険者になるよ。そんでフォルを活用するよ。そしたら、冒険者ギルドからの依頼としてお金もたんまり貰おう」
冒険者としてダンジョンに行くことの危険性。勿論それで、俺が死ぬこともあるだろう。だが、もしかしたらフォルは生き残るかもしれない。以前みたいに。
それにダンジョンに潜る機会が増えれば、フォルはいよいよ商品として、卸す道は完全に閉ざされるだろう。
――それでいい。俺はフォルの生涯を最後まで共にする。今、そう決めた。
「‥‥‥いいのか?」
長い沈黙を伴い、静かに確認する父の声は、引いては返すさざ波の音を大きくさせた。
「うん、もう大丈夫。そうと決まれば、やることがいっぱいあるよ! 魔法もまだまだ練習しなきゃ、魔法の神髄は創意工夫にありってね。じゃあ、俺はフォルを戻してくるよ。・・・・・・お~いフォル~、戻るぞ~」
ザンキはその勢いに呆気に取られながら自分の息子の後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。
ランデオルスが海で泳いでいるフォルに声を掛けながら駆けていく。
その背中は暗い竜舎から出て、太陽の元に晒されたせいか。やけに眩しく見えた。
「‥‥‥お前はいつも一人で大きくなりやがって」
少し悲しそうに微笑む口元は、竜舎の外からでは見えないでいるだろう。
「と、いう訳で多分ダンジョンに行くことになるから、フォルも闘いの勘を鈍らせないようにね。魚取り一つとっても修行になるんだから」
「ぴぃ!」
良い返事をして、少し首を伸ばすフォル。うん、分かってないな。
とはいえ、魚取りで修行なんてノリと勢いだけで言ってしまったもんだから、俺も方法なんて全く分からない。
ふぅ、ここは引き分けと行こうか、やるじゃないかフォル君。
「まぁ、そういう事だから。時が来るその時まで、ご飯食べすぎて動けなくなるんじゃないぞ」
「ぴ、ぴぃ~」
ご飯大好き腕白小僧のフォルには難しい話だったかな? でも命にかかわることだからね。
まずは始められるところから始めなきゃ、俺もフォルの命を守るから。といっても普通に俺の、というか人類の何十倍と強いし、大きくなった海竜に適う生物なんてほとんどいないから俺如きという感覚があるのは否めないけれど。
知能だけは負けられない。経験や知識による予測、それへの対処は俺の仕事だ。
フォルを竜舎に送り届けると、今度は必然的に考えさせられるもう一体の海竜の方へ赴く。
「さて、そうだよな。フォルが俺以外を乗せないってことですが、フィオナさんもですか?」
もはや俺以外誰も乗ろうとしていないから、最近のそういう事情は分からないが、触れられること嫌ているからきっと、乗せないんだろうな。
「ぴぃ?」
むむむ、その場合学校側はどういう判断を下すのだろうか。俺の在学中はまだいいとして、その後は‥‥‥。最悪ハバールダ辺境伯にお願いして、天寿までのびのびと過ごしてほしいがそれが許されるかどうか。
「今は他の海竜外に出ていないみたいだから、ちょっとだけ外に出てみようか」
目を輝かせるフィオナに笑みがこぼれる。