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何が待っているやら

「‥‥‥」


 雑踏のなか、ポツンと一人で佇む。いつまでたってもジェフさんらが俺を船に乗せてくれないので、周りもどうかしたのかと、ざわついている。


 そのざわつきが人を呼び、フィオナを見つけると、さらにざわめきが大きくなっていく。


 このままではパニックになってしまうのでは? そう思った矢先、盛大に金管楽器の音が鳴り響いた。


“プオオオオオオオオン”


 何事かと、その場にいた多くの人が音の方へ振り返り、例に漏れず俺もそちらの方を伺うと、人混みが割れ、まっすぐに俺のいる方へ向かって道が出来た。まさにモーセの十戒のようだ。


 空いた道の先の人物に注視する前に、野太くもどこか気品に溢れた声が辺りに響く。

「静まるのだ! 我が領民たちよ! ここはハバールダ・リオネッツァ・ドイルオが収める! 」


 静寂が一瞬場を支配し、伸びたゴムが縮むように、先ほどより大きな歓声が沸いた。


 やはりあなたですよね。ジェフさんが逆らえない相手。‥‥‥で、話はここからですよ。ジェフさんがおれに「すまない」と謝ったんだ。これから何かが始まるに違いない。

 そして出来れば逃げたい。


「やぁ、久しぶりだな。元気にしていたか?」


 コツコツと靴を鳴らしながらこちらに近づいてきて、そのまま話しかけて来た。俺は咄嗟に片膝をついて、地面を見ながら対応する。


「はい、家族ともども健康に暮らしております」

「それは良かった。‥‥‥なんせ小僧は元気かとアイシャが度度聞いてくるものでなぁ。これでウチの娘に良い返事が贈れるものだ」


 領主としての顔から、男親の顔になり、ずいっと顔を寄せて来た。領主としての雰囲気よりだいぶ圧が強い。背中に冷や汗が垂れていく感覚が分かる。


「そ、それで、領主様は一体何用でここにいらっしゃったのでしょうか?」


「そうか、ジェフはちゃんと言ってないようだ。ふむ、では始めるとしよう」


 え? 始める? 何を?


 そう言うと、領主はマントを翻らせ、観衆に向けて声を放った。


「ここにいる多くの者が目にしたであろう! 巨躯の海竜を身を挺して守り、かつその海竜に信頼を寄せられているこの少年の姿を! 海竜と信頼を築き上げたこの者の勇気とこれまでの努力を讃えて、ハバールダ辺境伯の名のもとに、海竜とその友である少年を! ハバールダ名誉市民の称号を授ける!!」


 名誉市民? なんだそりゃ?

 沸騰したような歓声に困惑しながら辺りをキョロキョロと見渡す。


「して、少年よ。名は何と申す」


 知ってるでしょ。


「ら、ランデオルスです。ククルカ島出身の」


「ランデオルス! ではこれより一刻後、我が屋敷に招待しよう! ‥‥‥その船は、ジェフか!」


 仰々しく大きな身振り手振りで、ジェフを呼ぶ。すると船の淵からジェフが身を出す。


「はい、ここにおりますれば」


「この者と、その海竜をゆっくり休めるところまで案内させろ! ではまた後で会おう」


 言いたいことは言い終えたのか、来た道をぞろぞろと護衛を引き連れ去っていく。


 一体何だったんだ。


 領主が来て名誉市民だと告げられたことが盛り上がりの最高潮だったらしく、海竜に危険性がないと分かると、次第に人だかりは霧散していき、だいぶ歩きやすくなった道の上から、ジェフをジーっと見続ける。


 その視線に気づいたジェフが、どこかバツの悪そうな顔で、梯子を降ろしてくれた。


 その場から逃げるようにさっさと梯子を昇り終えてジェフと相対する。


「一つ聞いて良いですか?」

「おう、なんだ。言ってみろ」


「ハバールダ名誉市民って何ですか?」


 俺の質問にジェフは端的に教えてくれた。

 ハバールダ名誉市民とは、入領税の免除。その他商売や住居に関わる税金の軽減。これだけ聞くと街の人が喜ぶ意味が分からないが、名誉市民が現れると、街全体でお祭りになるらしい。

 そら盛り上がるわな。なにせお祭りだし。


「他人が名誉市民になって喜んでたのも、結局自分のためだったのか。なんか‥‥‥人っぽいなぁ」

「まぁ、そういってやるな。街の人も毎日せっせこせっせこ働いて疲れてるんだ。気晴らしや娯楽に飢えてるもんさ」


 毎日毎日働く。うっ頭が‥‥‥。


「でも、おかしいんですよね。思ったより実害が少ないというか。ホントにこれで終わり?」

「‥‥‥」

「なんで黙り込むんですか? え? まだ何かあるんですか? 俺この後も予定あるんで遅れられないですけど? 大丈夫ですよね?」


 ジェフはそのまま船を動かして、あの船着き場に向かって船を動かし始めた。


 これ以上喋るつもりが無いのだろうと分かったので、諦めて船の後方、流木を無くしてシュンと落ち込んでいるフィオナに顔を出してやる。


 俺だってシュンとしたいよ。


「フィオナ‥‥‥。流木はまた今度拾ってきてやるから。な? 今は大人しく付いてきてくれ」


 フィオナは悲しそうな表情をしながら、時折海の上を眺めたり、海中に潜って流木を探しながらも船のすぐ後ろを付いてきてくれた。


 こりゃしばらくは構い続けてやらないと、拗ねちゃうぞ。はぁ、なんだか気が重い。やることが目の前に詰まっていると何故にこんなにも嫌になるのだろうか。


 な~んか、全部うまくいかないかなぁ。あ、あのプカプカ海に浮かんでる物、流木じゃないか?


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