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ワンラウンドKO

「発言よろしいでしょうか?」

「うむ、なんだ?」


「私はこの後、海竜のフィオナをノミリヤ学園に連れて行かねばなりません。そして、その後北方の貴族であらせられるドットヒッチ領に向かわなければならないのです。なので、あまり長居できないのですが‥‥‥」


「ふむ、そうか」


 俺の発言に、先ほどの笑顔から打って変わり、眉をひそめて顎に手をやり考え込む。

 やっぱりか、なーんか隠し持ってたな?


「で、あるならば仕方ない。この領に留まってもらい、それを実感してもらいたかったが、今ここで発表してしまおう」


「‥‥‥」


 聞きたいような聞きたくないような、そんな胸中を知ってか知らずか、焦らすようにゆっくりと口元を緩めると、隠していた事を話し出した。


「ハバールダ名誉市民になるとお祭りになるのは知っているか?」

「あ、一応聞きました。だから街の人もあんなに歓迎していると」


「では、過去になった人のことは?」

「い、いえ。聞いてないですね」


 話の持って行き方が怪しいんだよね。その話題で良いこと聞いたためしがない。


「ではハバールダ名誉市民になると何が起こるか教えてやろう。まず、大きなランデオルスを模した石像が立てられる」


 え? 石像‥‥‥? 過去にもいるという話だが見たことも無いぞ。


「その石像は本人に所縁のある場所に建てられる。冒険者ギルドに鍛冶ギルド、北の山岳の麓にもあるな。して、ランデオルスの場合だと‥‥‥港、もしくは漁業組合になるか」


 三体だけ? だとしたら意外と少なくないか? 


「あの、よろしいでしょうか」

「ん、なんだ?」


「三体だけということは、これまでに名所市民になった人は三人だけという事ですよね? そんな貴重なモノを、海竜と仲がいいだけで賜っても良いのでしょうか。なんというか、理由が弱いような気がして」


「ん? あぁ違う違う。これまでに約120人の名誉市民がいたが、石像設立を望んだものが三人だっただけのことだ。安心して建てると良い」


 いやいやいや、それってかなりナルシスト判定されませんか? 石像が建てられたられた暁には物凄く痛い奴って思われませんかねぇ、それ!


 全然良くないんですが。そう考えていた俺に追い打ちをかけるように領主様は言葉を続けた。


「そして瓦版にて周知し、肖像画付きで配布する」


 止めてください‥‥‥。

 思わず歯をギしりと噛み締める。嫌だッ! なんか変な感じで広まるのはイヤだッ!


「あとは、記念硬貨をつくってもいいかもしれないな。ウチの領も海竜育成に力を入れてるわけだしなぁ」


 お願いします。どうかその辺で、これ以上俺を辱めないでください。このままではもう二度と表通りを顔を上げて歩けないよ。


「どうか、どうか寛大な処置を」

「はっはっは、寛大な処置? 任せろ。私より寛大なモノなんてそうはおるまいよ。はっはっは」


 終わった。もうハバールダを歩けない。帰省の回数も減らそう。なるべく人目につかないようにひっそりと暮らそう。


 俺がそう思ったとき、バタンと勢いよく開けられた扉を振り返ると、そこにはよく見た金髪の少女がいた。


「パパ! ランディを虐めたらダメです! そんなことを続けるなら、パパなんて嫌いになっちゃうもん!!」


 嫌いになっちゃうもん‥‥‥嫌いになっちゃうもん‥‥‥嫌いになっちゃうもん‥‥‥。


 その言葉はやけに部屋に反響した。

 しっかりと耳から脳内へその言葉を反芻した辺境伯は椅子に座っていたのにも関わらず、ガクッっと膝から崩れ落ちた。


 娘は強し、ワンパンノックアウトだ。誰かタオルを投げ入れてやってくれ。


「アイシャ‥‥‥助かったよ」


 俺と辺境伯の間に割って入ったアイシャに小さな声で感謝を述べる。しかし、アイシャは振り返らない。聞こえていないのかと思い、「アイシャ?」と先ほどより少しだけ大きな声で呼びかけるも、やはり振り返らない。


 どうしたものか、俺まで嫌われてしまったのか。そう不安に陥っていると、アイシャが静かに俺に喋りかけた。


 ハッと顔を上げると、アイシャの耳まで真っ赤っかだった。


「まだ、会えないもん。ランディが大人になって今より凄い人になって、私もそれに見合うだけの凄い人になって。その時初めて、面と向かって会って‥‥‥それで、そのときに言うの! だから今は会っちゃダメなの!」


 こっぱずかしい、もう普通にプロポーズですよ、それ。中身がおっさんだから、子供の約束みたいに大きくなったら忘れるみたいな事ないよ。忘れないよ? 俺。


 未だ立ち直らない辺境伯に、部屋の空気は変な感じなっていた。そうすればいいの?


 視線をウロウロと彷徨わせていると、そばに控えてくれていたトロンと目が合う。彼の口が音を出さずに動いた。

 拙い読唇術で読み解くと、「も・う・さ・が・って・い・い・ぞ」と言っていた。


 こんな状態になった辺境伯は長いのだろうか。けれど、願っても無い提案だ。


「で、では、本日はお招きいただきありがとうございました。これにて失礼いたします」


 辺境伯が立ち直る前に踵を返し、速足で部屋を後にした。去り際に、半分だけ振り返ったアイシャと視線が合ったので、感謝の言葉を口パクで伝えておいた。


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