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前髪を揺らして

 それからというものの全速力で学園に向かった。フィオナを叩き起こして、船着き場について、すぐに船を出してもらった。


 幸いにも一個前の便に空きがあったので、それに乗せてもらった。はじめはフィオナに驚いていたが、ハバールダ名誉市民だと伝えると「あぁ君が噂の」と納得してくれた。


 そもそもジェフさんからある程度の話は通っていたっぽく、海竜とともに少年がいたら無害で危険もないから丁寧に対応してあげて欲しいと言われているらしい。ありがとうジェフさん。でも先日の件はしばらく記憶の片隅にこびりつかせておくことだろう。



 特に変わったことも無く過ぎ去る船での一日は、行きと同じ風景のはずなのに、違った顔に見える。炎天下の中、肌で涼む水飛沫も、じりじりと牛歩の如く進んでいく太陽も、それを追い越して遥か水平線の彼方へ旅にでていく雲も。

 何一つとして俺の心を打たないものは無かった。


 フィオナの見つめる先はどこなのだろうか。金色に輝く瞳が映す景色はどのような世界なのか。


 あぁ、まるで心が洗われているようだ。センチメンタルな気持ちにもなる。

 俺が今、船の縁に腕を置き、潮風を浴びているのには訳がある。


 見て欲しい、俺のことを遠巻きに見つめている彼女たちを。


 たまたま同じ船になった10代後半から20代後半の女性たち。そう、聞こえてきてしまったのだ。彼女たちの職業を。


 夢と希望を他人に見せる。いや、男に魅せるのが仕事の彼女たちの職業は娼婦らしい。


 フンスッ! 他意は無いけどね! フンスっ! なんか、かっこよく見られたら良いことあるんじゃないかなって! 今まさに、俺のこと見てるしね! バカンスに行くらしいですけどね!


 まぁ俺のことを見ているのは、子供が一人で船に乗っているので、心配してくれているの一割、ハバールダ名誉市民だという噂をどこからか聞きつけて、気になっているの三割、フィオナが気になっていて触れてみたいので、その主の俺に声を掛けてみようか六割。


 過半数で俺の負け。許さんぞフィオナ。俺は怨嗟と嫉妬を込めて呑気に海を泳ぐフィオナを見つめていると、その視線に気づいたフィオナがこちらに向かって、ぴゅっと水鉄砲を発射する。


 余裕をもって避けてやると、何が楽しいのか、笑顔で続けざまに発射してきた。

 完全に遊んでんな。俺の心中なんて気にしていないようだ。


 綺麗なおねぇさん方にモテたい。あわよくばという気持ちもあるが。アイアム紳士。こちらからがっつくような真似はしないのですよ。


 ‥‥‥‥‥‥

 ‥‥‥

 …


「よーし、じゃあ元気でやれよ」


 船長さんが船の上から、桟橋に降りた俺に一言声を掛けると、返事を待たずして去っていった。


 ナニモオキナカッタ。


 ピンク色のハプニングが起こるわけでもなく、無事にノミリヤ学園のある町へ船が付いた。

 去っていく船を眺めつつ、肩透かしを食らった気分の俺に、フィオナが海中から、俺の背負っている鞄を鼻先でつつく。


 ん? 腹が減ったのか? 海の中で食べなかったのか。でもね、フィオナさんやい。俺は生魚を自分の鞄に入れたりなんてしないんだよ。


「はぁ」と溜息で、勝手に期待して、勝手に裏切られた気持ちに整理を付けて、フィオナにそのまま鞄を押し付ける。


 すると、フィオナは鞄を口で咥えて、自分の背中に乗るように俺に向けて「ぴぃ」と一言鳴いた。


 ちなみに流木は俺が脇に抱えることとなった。等価交換だ。等価‥‥‥?


 海を渡って、正門からではなく、そのままノミリヤ学園の海の方から侵入を試みる。誰にも見つからないように、無事フィオナを戻すことが出来れば、恐らく俺も怒られることなく、安心して北へ向かえると言うものだ。


 プカプカと呑気に浮かぶこと十分ほど。


 砂浜に到着し、ノミリヤ学園の浜辺から、竜舎の方に向かう。あ~この砂浜の足を捕らえられる感じさえ懐かしく感じる。


 ん? なんだあれ? 学園の校舎の方から、黒い点がだんだんと大きくなってくる。


「‥‥‥」

 じーっと見つめる。恐らく誰かだとは思うんだけど。


「‥‥‥」

 まだ顔までは判別できない、けれどなんか物凄い勢いで近づいてきている。あれって、腕滅茶苦茶振ってない? 必死の形相だったらちょっと笑っちゃうかもしれないけど。


「――!」


 お、なんか言っているようだ。遠くてまだ何て言っているかは、わからない。まだこちらへ辿り着くには少しかかりそうなので、先にフィオナを帰してしまおう。


 ほれ、自分の部屋にいきな。フィオナから降りて、流木と鞄を交換して、お尻をペシンと叩いてやると、のっそのっそ竜舎に向かって歩き始めた。


 はぁ~、これで一安心。任務完了。さてさて、どうしたものか。だんだんと大きくなってる人影に目を凝らす。


「ん~、あ、あれは‥‥‥オレガノ先生だ! 久しぶりだなぁ。お~い! オレガノ先生!」

 大きく手を振って挨拶をする。そんなに急いでフィオナの状態やらを確認しに来るなんて、ふふふ、やっぱり先生も海竜が好きなのだろう。


 しばらく手を振るも、オレガノ先生の勢いは止まらず、むしろさらに速度を上げているように思える。


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