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とりあえず無事みたい

  北門では乗り合い馬車に乗車予定の人々で混み合っていた。


 まじかー、結構早めに来たと思ったんだけど、それでもまだ遅いのか。


 この街の移動方法と言えば海路を南の港から船で行くか、北と東にある門から陸路で別の街に向かうかの三択になるわけだが、船は費用が陸路の三倍ほどかかる。


 ランディは知らないが、彼の乗船賃は、ハバールダ領主の懐から出ており、彼が払っているのはごく一部に過ぎない。


 優遇されていることに気が付かないのは、辺境伯自身がそれを望まなかったからだ。辺境伯自身にも、ランディの能力を活用しようという目論見が無いわけではないが、娘と同年代の少年をお金で縛り付ける事に後ろめたさを感じている。


 話を元に戻すと、東は小さな村を挟んでハバールダ直轄領が存在し、途中の村に用が無ければ海路を選択する方が無難だ。日程が掛かるほど、それに伴い食費や宿代がかさみ、結局海路で船に乗るのと変わらなくなってしまうからだ。


 という事で、東門から出る人は少なく、自然と海路か北門の陸路に分かれることになり、こんなにも混みあう状況になっているのだ。


「お、やっと俺の番か。はい、よろしく頼む」


 大勢の人が集まるこの門からは、乗り合い馬車も、大勢で一緒に行くことが多い。その方が時間はかかるが、山賊などにも襲われにくく、護衛の冒険者たちの人数が多くなれば、魔物への対処も楽になる。


 悪いことばかりではなく、ちゃんとしたメリットも存在するのだ。


 運賃を渡して、乗り込む。

 大きな段差は大人になり切らない体では、少ししんどいが若さゆえに疲れることない。

 身体全体を使って、よじ登るようにして乗ると、既に乗り込んでいた他の乗客を見る。


 むむむ、爺さんやらおっさんだらけだ。なんて男臭い馬車なのだろうか。ハズレを引いてしまったようだ。


 大勢で一緒に行くからこそ、人が集まれば、自然と人間関係のトラブルが発生しやすくなる。それを少しでも抑えるために、女性は女性通しで、家族や団体はなるべくその塊りで、男性は男性で纏められることが多い。


 しかし、運が良ければ女性ばかりのハーレム状態になることもあるのだとか。さらに言えば、一人の少年なら猶の事その確率はアップするらしい。


 確かに、大人の男は一人でも怖いときあるしね。力も強いし。


 しかし、今回は外れ。一名様の俺が乗ったってことは、他の人もそういう人のことが多い。

 つまり、ここにいる男連中は皆お独り様ということだ。


 チラッと、他の乗客の顔を伺う。


 ローブで顔は見えないが、かなり体格の良さそうな顎髭を長く伸ばしたお爺さん。


 目の下に隈が出来かけており、優しそうな顔をしているが、首から下は筋肉だるまのムキムキのおっさん。おっさんと言うよりかはちょっと若いけど、今世の俺からしたらおっさんだ。


 そのおっさんとお爺さんの間くらいの年齢の腕を組んで寝ているおっさんは人の背丈はある大剣に凭れている。防具も着込んでいるから、この馬車に割り当てられた冒険者かな? 仕事をしてくれ。


 そして最後の一人、今度は青年だ。こちらは普通の体躯で優しそうな顔をしている。あ、目が合った。ニコリと微笑みかけて来た。ほほう、イケメンじゃないか。


 ふへっと年相応の笑顔で返すと満足したように、前を向き直した。


 俺も外を見る。普段とは違う景色も、いつもいる街なのだ。


 不思議な感覚に陥る。知っている街なのに、ふと見る角度を変えればこうも知らない街に様変わりするのか。


 そんなこと考えていると、ガタンと馬車が揺れた。


 お、いよいよ出発ですか。今回は山賊に襲われる危険性も少なそうだし、道中の景色を楽しもう。


 ◇


 あれから、一週間が経過し、ドットヒッチ領に辿り着いた。思ったよりも時間が掛かってしまったのには訳がある。


 遡ること一週間前。


 外の景色を楽しみながら、どんぶらこどんぶらこと、桃の揺りかごで運ばれているような感覚で気持ちよく馬車の荷物をクッションにして、乗っていると、その日の夕方には小さな村に着いた。


 何人かが馬車を降りて、乗る予定の乗客を待つ。‥‥‥しばらく待つが誰もやってこない。御者さんたちがおかしいなと話し合っていると、先ほど降りて行った、乗客が必死の形相で戻って来た。


 どうしたのだろうか。


「魔物が! 魔物が村を襲ってる! 助けてくれぇー!」


 走って来た元乗客たちの声を聞いて、冒険者たちが殺気立つ。いつの間にか、俺のはす向かいでぐーすか寝ていたおっさん冒険者が起きていた。


 冒険者たちは直ぐに作戦を立てると村へと向かっていった。半数ほどが村へ向かい、残りの半数が万が一のためにこちらに残るようだ。


 そんな戦力で大丈夫なのだろうかと思ったが、どうやら、出ているのは数が取り柄のゴブリンらしい。近くに巣でも出来てしまったのだろうとのこと。


 冒険者が村の方へ行って十数分、誰も馬車から出ようとせずに、慌てることもなく待っている。まぁ今騒いだ奴は、回りの冒険者に叩かれるだけだろうしね。

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