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腹を凹凸させて街へ

 ドットヒッチ家の客室で一夜を明かした次の日の昼。


 トントントン、ドアをノックする音で俺は目を覚ました。朝ごはんを食べて、イヴに連れ周されそうになったが、「頼むから」と見事な土下座をかまして、二度寝と更け込ませていただいたのだ。


 なんでイヴの誘いを断ったかって? 俺だって本当は一緒に遊びたかったよ? でもね、夜遅くまで、本当に夜遅くまでテンションの異様に高いイヴとお話ししたり、遊んだりしてたんだよ?


 体感では深夜、いや早朝の4時くらいまで一緒にいたんじゃなかろうか。そっから少し寝て、朝ごはんを頂いたんだ。もう少し寝かせて欲しかったんだよ。


 ということで、お昼ごはんまで寝させてもらって、時間になったら起こしてもらう手はずになっていた。


「ランディ! ご飯だよ! 起きて~」


 俺の返事を待たずして部屋に入って来て、イヴは俺の布団を引っぺがした。


 うぅ、オフトゥンの温もりがどこかへ行ってしまった‥‥‥。あと五分、欲をかけば三時間。俺は寝れば寝るだけ寝られるタイプなんだ。


 だがしかし、現実とは残酷なもので、ハイテンションのイヴはそれを許さない。俺の身体を揺らして強引に起こそうとしてくる。


「もう少しだけ‥‥‥」


 どけられた布団を掛け直して、もう一度重たい瞼を、欲に従って閉じる。


 ‥‥‥あれ? イヴの手が止まった? 


 揺らされることのなく、布団を剥がされることもない。勿論イヴからの返事もない。そんな状況に疑念を抱く。イヴがいたであろう場所を盗み見るようにして、うっすらと目を開く。


「‥‥‥イヴさん、そんなに離れてどうしたの?」


 イヴからの返事がない。その代わりと言ってはなんだが、分かりやすく片足を一歩引いて、腰を落として、腕を前後にずらすように構えた。


「なんでそんな体勢なの? 今にも走り出しそうな構えだけど、ここにレーストラックは無いよ。 お部屋の中でそんな構えをする人はいないよ?」


 勿論イヴからの返事は無い。‥‥‥あ、走り出した。ってそんな悠長にしてる場合じゃねぇ!?


「イヴ、ストップ! ステイ! ステイ!!」


 イヴは止まるどころか、スピードを増している。


「起きた! 起きたから! ほら可愛いおめめがぱっちり!」


 そう言い終わるかどうかのその時、イヴが大きく跳躍した。


「――!!」

 声にならない悲鳴を上げて、俺は飛び込んできたイヴの下敷きなった。




 ☆


 お腹を凹まされたのち、美味しいお昼ごはんでお腹を凸った。そんなお腹を摩りながら、俺とイヴ、そして護衛のカガイヤさんで街に降りた。


「今更なんですけど、今日もカガイヤさんが一緒なんですね」


「はい、旦那様から仰せつかりましたので」


「まだ明るいし、大丈夫だって言ったんだけどねぇ」


「それでも、街の外れの方には、良くない輩がいる可能性があるので、私めがきっちりと務めを果たさせていただきますよ」


「まぁまぁ、用心に越したことはないんだし、今日もよろしくお願いします」


「はい、勿論でございます」


 優しい微笑みを携えて、カガイヤさんは丁寧にお辞儀をした。


 そこまで畏まられると、慣れてない俺としてはこそばゆい物があるけれど、それで安全がもらえるなら安すぎるくらいだ。


 ということで、昨日教えてもらった場所に向かって、地図を片手に進んでいく。



 思ったよりすぐに辿り着いた。

 表通りから右右、まっすぐ。すると見えてきたのは、ちいさな扉をあけっぱなしにした無骨な店構え。しかし、カンカンという金槌を叩く音とともに放たれる熱気は、身を焦がしてしまうと錯覚するほどに熱い。


「ここ、なんだよね?」


 一応、地図の上ではここになっている。


「そのはずだよ。‥‥‥ちょっと鍛冶師の工房って敷居が高く感じるけど、ここで引き返す訳にはいかないしね」


 俺とイヴ、それにカガイヤさんは、開けられたドアをくぐり中に入った。


 店の中は、武器や防具がずらりと並べてある。どれもただならぬ業物であろうことが、素人目に見ても分かるほど、オーラを放っている。


 キラキラした飾りなどは無く、少しの装飾は意匠を凝らしたものであると同時に、実用に特化した素朴ながらも、厳かで、作り手の魂が垣間見えた。


「らっしゃい‥‥‥」


 俺たちを見つけた男性が、渋い声でぶっきらぼうに迎え入れてくれた。その若い男性、というほど若くないが、片手で短い不精髭を触りながら、もう片手でペンを走らせている。


 軽く覗いて見ると、何かの設計図っぽい。男の子だから、こういうの見ているだけでちょっとワクワクしちゃうね。


 さて、何かに集中しているところで悪いが、俺としては早くスベオロザウンに会いたいので、話しかけることにする。


「イヴ、カガイヤさん。ちょっと待ってて貰えますか? 知人に会ってきますので、多分その後にちゃんと会うことになると思うので、店内で自由にしててください」


 それだけ言うと、店員さんにの方に向き直った。


 ‥‥‥口から適当に言ってみたが、思いのほか上手くいった。よくやった今日の俺。あとで合わせると言って、実際には合わせなければ問題ないじゃないか。


 ニヤリとあくどい笑みを零しながら、店員さんに声を掛けた。


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