「すみません、スベオロザウンさんって奥にいますか?」
「んあ? 親方の知り合いか?」
スベオロザウンの名前を出すと、作業中の手を止め、こちらを見た。初めてちゃんと一人の人間と認識してもらえたのではないかと錯覚するほど、まっすぐにこちらを見てきた。
「はい、ちょっとしたご縁で。この街に来る途中の乗り合い馬車でしりあったんです。ランデオルスと言います」
今度は俺の名前を告げてみた。すると、その目を大きくさせて、ポンと手を鳴らした。
「なるほど、お前さんが親方の言っていた小僧か。よし、ちょっと待ってろ」
それだけ言い残して、店員の男は、俺の返事を待たずに、さっさと奥へ歩き出してしまった。
手持ち無沙汰になってしまったので、俺も店内をウロウロして、武器やら防具やらを眺める。
やっぱり剣かなぁ、それとも初心者でも強いトマホーク? いや、でもサバイバルでは鉈やらマチェテの方が便利って聞くよな。
冒険者登録した後のことを、いい気分で妄想していると、あることに気が付く。
スベオロザウンを呼びに行くって言ったよな。てことは、スベオロザウンがこっちに来るってことだよな? つまりは、ほうほう、そうか。‥‥‥スベオロザウンとイヴが邂逅することになるよなぁ~。
‥‥‥絶対に阻止!!!
俺は踵を返して、店員の入っていったドアの向こうに向かって駆けだした。恐らく関係者以外立ち入り禁止だろうけれど、そんな事言ってる場合じゃねぇ!!
あと少し、せめてドアの向こうで! できれば工房で会いたい!
僅か数歩が一分にも感じるスローモーションの中、緊張しながら、確実に一歩、また一歩と前に進む。
そしてついに、ドアの敷居を跨いだ。
オーケー! まず第一関門クリアだ!
ドアの向こうは少し長めの廊下が続いている。左右にドアがいくつかあるが、左側は窓がある。ということは、恐らく外に繋がっている勝手口の様なものだろう、除外。右側のドア二つ。と正面のドア一つ。
こうなったら直感を信じるしかない。
一瞬の思考で選択を決め、俺は足を止めることなく、勢いそのままに、まっすぐと正面のドアに向かって走る。
タッタッタッタと走り、ドアを勢いよく開けた。
その瞬間今までの熱など、比にならないほどの熱気が身を焦がした。視界を埋めたのは、激しさのあるオレンジ色に揺らめく影に染められた壁に埋め尽くされた。‥‥‥第二関門クリア。
どうやら正解を引き当てた様で、目の前には大きな炉の前で、先ほどの男性店員に話しかけられている大きな背中が逆光となって黒く、影になって見える。
「爺さん!」
思わず大声を出してしまった。気づいたときには、顔が熱くなってしまった。きっとこの部屋の熱のせいだろう。
男性店員と、影の背中が同時に振り返る。炎で照らされ、僅かながらに見えたその横顔は紛れもなく、探し求めた爺さん、スベオロザウンだった。
「おぉ、来よったか。良く見つけたな」
数日ぶりとは言え、少しそっけなく感じる態度も相変わらずだ。しかし口元は僅かながらに釣りあがっている。
俺たちの再会は、これぐらいでちょうどいいだろう。
「昨日たまたまね、弟さんのダダライブさんのお店に行ったんだよ。そのときにヒントだけもらって、後は商工会ギルドで場所聞いたんだ。意外と簡単に見つけちゃったよ」
「まぁな、隠すつもりも無かったしな。それにしても弟に会ったか。不思議な縁もあったもんだ」
「本当だよ。あ、そうだ、実は今日友達と一緒に来てるんだけど、実は良いとこの御曹司だから、絶対に姿を現しちゃダメだよ!!」
「なんじゃそれ、失礼じゃのう」
「だって絶対敬語とか使えないじゃん。護衛の方もいるし、それに、未成年飲酒を目の前で見過ごせる立場じゃないんだよ」
友達を巻き込みたくないし、スベオロザウンにも変なことに巻き込まれてほしくない。俺は安心して酒が飲みたいだけなんだ。
「お、親方?」
「なんじゃい。あ、紹介しておこう。弟子のジャンダじゃ」
「ジャンダジャ? ジャン、だじゃ?」
語尾のせいで名前の切れ目が分かりづらい。どっちだ?
「ジャンダ、だ。でよぉ、親方。耳が悪くなったのかもしれないから、もう一回言ってくれねぇか? 未成年‥‥‥なんだって?」
あ、この人、ジャンダさんは何も聞いてないのか。いや、何も言わなそうだもんな、スベオロザウンは。
「なに細かいこと言っとるんじゃ。ワシの出身地じゃ10歳から常飲しとるぞ。それに今日はめでたい記念の日だから許されるだろう」
「誰に許されるんですか‥‥‥。王国法が一個人の意見で覆るわけないでしょう」
「王国法が、こんな街の外れの一個人にまで、目が届く訳なかろう。そんな堅いことを言うなよ」
ね? だからイヴの前に出せないんだよ。この爺さんは。
王国法に従い、王国法を守るものとして、貴族に生まれたイヴに聞かせてみろ。「変なこと吹き込むな」ってカガイヤさんに怒られるだろう。しかも多分俺が怒られる。
「まぁまぁまぁ、二人とも落ち着いて。ジャンダさんも鍛冶師になら分かってください。どうしてもお酒を飲まなければならない理由が、僕にはあるんです」
俺は欲に正直に生きるって決めたからね。飲みたいから飲むのさ。