「むむむ、途端に防具より武具が買いたくなってきたよ」
「そうだろう、そうだろう。現実的に考えちゃいかんのよ。手っ取り早く強くなりたいなら、得意な獲物を使うべきかもしれないけれど、強さとは一日にしてならず。どうせたくさん練習するなら好きな武器がいいとは思わんかね?」
「その通りです、先生!」
俺に向けられたイヴの敬礼のなんと様になっていることか。姿勢とか習慣なんだろうな。
とか思いつつ、俺も俺も自分の持ちたい武器を探す。魔道具でお金を使ってしまったので、買うに変えないけど、想像するだけならタダですしね。
店内をぐるっと見渡し、最初から気になっていた物の前に立つ。
研ぎ澄まされた冷たさは、部屋の光を鈍く反射させる。不揃いに波打つ刃文は、俺の目を離さいような妖艶さを放っている。刃そのものが生み出す曲線は、不用意に触ってしまたくなるほど芸術としても完成されている。
そう、俺の目の前に飾られているのは日本人の魂。日本刀だ。
か、かっこよすぎる‥‥‥。あかん、なぜか目から涙が溢れてくる。日本食を食べたときも、日本語特有の言い回しに気づいたときも、ここまで心打つことは無かったのに。
二度と出会えない筈のそれ、前世でも完全なる日本刀は規制されていて、造られることは無かった。
憧れだろうか、それとも手に入らない筈のそれが目の前にあることの驚きだろうか。はたまた、前世での日本を象徴するものだからだろうか。
いや、多分そんなんじゃない。もっとシンプルなんだ。
芸術品として、生物の命を奪う武器として、ここまで完成されたものに対して、心を奪われてしまっただけなんだ。
ぐすんと鼻を啜って、涙を拭っていると、イヴが慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたの? どっか怪我した? ダメだよ、商品を勝手に触ったりしちゃ」
「あはは、違うよ。それにどこも怪我してないから安心して?」
「大丈夫ならいいんだけど‥‥‥。あ、でもじゃあなんで泣いてるのさ! ほら、意地張ってないで怪我したところ見せてみて?」
強引に俺の腕をとり、手の甲から、指の先まで入念にチェックした。しかし、どこにも傷跡が無いことを確認すると、俺の顔を見てポカーンとしている。
宇宙猫?
「ね、どこも怪我してないでしょ? それに今更切り傷くらいで泣かないよ。調教師なんだから」
切り傷どころの怪我じゃなく、生死に関わる傷をしたことだって一度や二度じゃない。慣れっこだからね。
だからカガイヤさんも軟膏を取りださなくていいのでしまってください。ていうかどこから取り出したのソレ。ずっと視界にいたのに、取り出す瞬間が見えなかったんだけど。
「本当に傷とかは無いよ。ただ、ね。なんだか凄い感動しちゃってさ。ここまで洗練されたものって初めて見たんだよ」
「ん? 他の武器も洗練されていると思うけど‥‥‥なんでこれだけ? あ! じゃあランディの妄想の中での武器はこれだったとか?」
「まぁ、似たようなものかなぁ」
妄想と言うよりは、記憶の中の日本の光景や、生まれた故郷、両親の顔や温もり、そんなものが一気に蘇ったって感じだったけど。それは言わないでおく。
「で、イヴは何か目星がついたの?」
「うんとねぇ、あるにはあるんだけど。やっぱりどうしても現実的じゃないというかね」
全くもう、現実的に考えちゃいけないと言ったばっかりなのに。困った生徒ですよ、やれやれ。
「仕方ない。先にイヴのやつを決めちゃおう。それにあたり、この私、ランデオルスが審査にあたりたいと思います」
「頼りになります、先生!」
うむ、相変わらず敬礼は立派なもんですよ。あとノリも100点です。
「まず一つ目はね、これだよ。英雄と言えば大きな剣、振り回せば何百と言う敵がギッタンバッタン倒れていくんだ。こういう風にね。エイ! やぁ! とぁ!」
イヴは武器を持っているふりをして、身体を回す。妄想の中では、今まさに敵の大群の中で孤軍奮闘して、背後の民を守っていることだろう。
しかし、これはなぁ。‥‥‥現実を見るなとは言ったものの、限度がありましたわ。
だって、見てよこれ。ヒナバンガさんぐらいの背丈の大剣で、横幅なんてイヴ三人分ぐらいあるよ? 無理無理、絶対に無理じゃん。
「こ、これを扱うにはもっと筋肉と身長が必要そうだね」
「筋肉‥‥‥これにしようかな‥‥‥」
ゴクリと生唾を呑み込み、真剣な眼差しで見つめるイヴ。まずい、余計なことを言った気がする。なんとかして辞めさせよう。
「イヴさん。これ扱う以前の問題で、持ち上げることすら出来ないよね? いったん別のにしようよ。一旦ね、一旦」
「ぶー、良いと思ったのに」
ふくれっ面のイヴの背中を押して、別の場所へ移動させると、観念したのか、二個目の武器の前に自らの足で赴いた。
後ろを付いていき、二個目の選択肢を見せてもらう。
「どう? これならさっきより大きくないし、見た目もかっこいいよ?」
イヴに紹介されたその武器の名前はトマホーク。鉄の棒の先に、球体があり、そこから極太の棘がいくつも突き出ている。
たしかに、当てるだけでいいし、耐久性もいいだろう。それに非力な見た目のかわいい子が大きな武器を扱うのって、鉄板ではあるんだけれど。
現実は非常なもので、重たい武器、特に遠心力を必要とするこの武器も、扱うのに筋肉がいるのは言うまでもないだろう。
「イヴ? これも筋肉が必要そうだけど、大丈夫そ?」
「ふっふっふ、よく聞いてくれたね。僕には壮大な計画があるのさ! その名もムキムキ大作戦だよ!」
よし! 次の武器を見せて貰おう。