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第83話

 美代は、サリーと共にカサンドラの荷物を片付け続ける。


 二人はその量に圧倒されていた。それでも、手を動かすことで無心になろうと、美代は、次々に現れるドレスをクローゼットに吊るしていく。


 美代は、側にあったトランクに手を伸ばした。蓋を開けると、丁寧に折り畳まれた派手なドレスの上に何か紙切れが見える。


 偶然そこに落ちたかのように不自然な置かれ方だった。


 思わず手に取ってみたが、異国の言葉が羅列していて美代には読めない。というよりも、おそらくは、カサンドラが記したものだろうそれを、勝手に見て良いのかと戸惑いが起こっている。


「あ、あのぉ、サリーさん……」


 読めないとはいえ、盗み見してしまった罪悪感に、美代は思わずサリーを頼ってしまった。


「ん?なんだ?美代?嫌になったのか?だよなぁー。これ、何時になったら終わるんだよーー」


 サリーは荷物の多さに悪態をつく。


「えっ、あの、そうですけど、こ、これが……」


「お?なんだこりゃ?なになに……?」


 美代が差しだ紙切れに、サリーはためらいもなく目を通した。


「……婚約、発表会、パーティーの準備、居留地での新居探しステファン様と……」


 サリーは書かれてある事を読み上げる。


「は?なんだこれ。ステファン様とって、なんだ?」


「え、えっと、サリーさん、盗み見は良くないと思うんだけど……」


「何言ってんだよ、美代。お前が、オレに渡したんだろ?」


「あっ、その、そうだけど、あのぉ、人のものを勝手に見るのは……」


「甘いぞ、美代。つーか、こんなもん、あたりめぇーだ!メイドやってりゃあー秘密のメモ書き位いくらでも目にするって!」


「秘密のメモ書き?」


「おお!レディってのは、よくやるんだよーー」


 わははと、サリーは豪快に笑った。


 美代は、戸惑いを隠せなかった。


 カサンドラのメモ書きにステファンの名前が出てきた事が引っかかっている。


 新居というのは、住まいということだろうが、ステファンと一緒にというのは、どういうことなのか。共に探し、そして、暮らすとも考えられたが、その前に婚約という言葉も出てきた。余りにも突拍子もない事に、美代は言葉なく、立ち尽くす。


「さて、見ちまったものはしょーがねぇと、で、これ、どうする?」


 サリーがメモ書きを美代へ突き返してきた。


 美代は、サリーから突き返されたメモ書きを手に持ったまま、しばらく呆然としていた。


 頭の中では、婚約、新居、ステファン様、という言葉が渦を巻いている。


 カサンドラとステファンが何か特別な関係にあるなんて、想像もしていなかった。いや、そもそもステファンのことを意識したことすらほとんどなかったのに、なぜか、胸の奥にざわつくものを感じてしまう。


「美代!何ぼーっとしてんだよ!仕方ねぇーなぁー!クローゼットの隅に、それとなく落としておけよ!」


 サリーの声が、現実に戻すように響いた。サリーは相変わらず、面倒くさそうに、トランクの中から細々としたポーチを取り出しながら、美代を見ている。


「え、あの、クローゼットに……?」


 美代はサリーの言葉に目を瞬かせた。同時にメモ書きを握り潰してしまいたいような、でもそんな勇気はないような……気持ちが交錯する。


「だからさ、見ちまったもんは仕方ない。あとは、知らんぷりするべきだろ? こんなメモは、カサンドラ様が偶然見つけられるようにしとくべきなんだ。まさか、ドレッサーに置いて置く訳にはいかねぇーだろ?婚約だのパーティーだの、内容も内容だしな……」


 サリーは肩をすくめた。つまりは、自分達がメモ書きを盗み見した事が、カサンドラにバレないようにしようと言うことらしい。あっけらかんとしたその態度に、美代は少しだけ苛立ちのようなものを覚える。自分はこのメモに動揺しているのに、サリーにはまるで他人事だ。


「でも、サリーさん……これ、カサンドラ様の大事なことかもしれないじゃないですか。私たちが勝手に見てしまって、知ってしまって……そして、黙って、クローゼットに置いておくというのも……」


 美代はメモをそっと折り畳みながら、声を小さくした。ステファンの名前が頭にちらつくたび、なぜか心が落ち着かない。


「大事だろうが何だろうが、オレらがどうこうする話じゃねぇだろ。カサンドラ様の逆鱗に触れない事が大切なんだよ。つーか、美代、お前、顔赤いぞ。働き過ぎじゃねぇのか?ちょっと休憩しろ!」


 サリーが心配そうに、美代の顔を覗き込む。妙に真面目な視線を送られて、美代は慌てて目を逸らした。


「えっ、ち、違います! ただ、ちょっと暑いだけで……!」


 言い訳しながら、美代はメモを、サリーに言われた通りクローゼットの隅へ、しかし、なんとわなし目立つように置いた。でも、その動きがどこかぎこちないと自分でも気付いていた。


 婚約パーティ──。


 それは、ステファンが、カサンドラの婚約者かもしれないということだ。


 先程から婚約の二文字が美代の頭から離れない。


「ふーん、美代、ほどほどにしとけよ。オレはもう飽きたから、この辺で休憩にすっか。お前も少し休憩しろ」


 サリーは大あくびをして、近くの椅子にどっかりと腰を下ろした。そして、荷物の山を見回して「終わんねぇなぁ」とぼやく。


 美代は、ちらりとサリーを見た。彼女のその気楽さがうらやましくもあり、同時に少し腹立たしくもある。でも、サリーの言う通り、このメモを知ってしまったことは、もうどうしようもない。カサンドラには当然、事の真相は聞けないし、知らないふりをするしかないのだろう。


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