「……ステファン様って、いったいどんな人なんだろう」
美代は無意識に呟いていた。声に出してしまったことに気付き、慌てて口を押さえる。でも、その瞬間、頭に浮かんだのは、ステファンの顔ではなく、カサンドラと並んで笑う婚約者としての姿だった。なぜかそれが妙にお似合いで、美代の胸がちくりと痛んだ。
「おい、美代。気にしすぎだぞ。お嬢様ってもんは、良く秘密のメモなんかを書くんだよ。オレらは、知らぬ存ぜぬを通しておきゃーいいんだ。まったく、お前、真面目すぎるんだよ」
サリーの笑い声が部屋に響き、美代はますます顔を赤らめて俯いてしまった。ステファンを意識し始めた自分に戸惑いながらも、どこかでその気持ちを否定しきれずにいる。気持ちを落ち着かせようと荷物の片付けを続けるけれど、心はもう別のところへ飛んでしまっていた。
そこへ、勢い良くドアが開いた。
険しい顔をしたカサンドラが立っている。
「まだ、片付けが終わっていないの?!」
カサンドラは、椅子に座っているサリーを睨みつけた。
二人がサボっていると言いたいらしい。
「ちょっと!出かけるわ!着替えるから支度して!」
サリーが慌てて立ち上がり、今のドレスではだめなのかとカサンドラへ問うた。
「これだから、メイドって嫌いなのよっ!これから、大使へご挨拶に伺うのよ!ステファン様と一緒にね!だから、着替えるべきでしょ!!」
カサンドラの鋭い声が部屋に響き渡り、美代は思わず肩をすくめた。慌てて立ち上がったサリーが、
「え、でも今のドレスだって十分立派じゃないですかぁ?」
口を尖らせて反論するが、カサンドラは、口答えをしてと、キッと目をつり上げた。
「何!?このドレスが大使館にふさわしいとでも言うの?冗談じゃないわ!ステファン様と一緒に行くのに、私がみすぼらしい格好では、ステファン様が恥をかくでしょ!そんなこと、ありえない!」
カサンドラは、苛立たしげにドレッサーの前へと歩み寄る。その勢いに押され、美代は手をぎゅっと握りしめた。ステファン様、という言葉がまた耳に刺さり、胸の奥がざわつく。
「さあ、早く支度してちょうだい!化粧道具と新しいドレス、あと靴もね!ステファン様はもう馬車で待ってるんだから!」
カサンドラの命令口調に、サリーが「はいはい、了解しましたよ」とぶっきらぼうに返しながら、クローゼットを覗いた。
美代も慌ててその後を追おうとしたが、カサンドラが振り返り、鋭い目で二人を睨みつけた。
「本当にあなたたちって、仕事ができないんだから。ステファン様が待ってるのに、こんなに手間取るなんて信じられない!」
その言葉に、美代は唇を噛んだ。カサンドラのわがままさには十分気がついていたが、今はなぜかその高圧的な態度が癇に障った。いや、正確には、カサンドラがステファンの名前を連呼するたびに、心が締め付けられるような感覚が強まっていた。
サリーがクローゼットから真っ赤なドレスを取り出し、差し出すと、カサンドラは一瞥して首を振る。
「赤は派手すぎるわ。もっと上品な色にしてちょうだい。ステファン様にふさわしい私でいないと困るんだから!」
その言葉に、ドレスを選んでいた美代の手が一瞬止まる。ステファン様にふさわしい私。カサンドラの自信満々な声が、メモ書きにあった「婚約」や「新居」という単語と重なり合い、美代の頭の中でぐるぐる渦を巻く。カサンドラとステファンが本当にそんな関係なら、自分がこんな気持ちを抱くなんておかしいのではないか。そもそもステファンのことなど、何も知らないのに……。
「美代!何ぼーっとしてるんだよ!その、クリーム色のドレスだ!」
サリーは、却下された赤いドレスを戻そうとしている。
美代は慌てて、言われたクリーム色のドレスを手に取った。