レースのカーテン越しに、木漏れ日のような日差しが差し込めている。
一見のどかなステファンの部屋で、美代は固まりきっていた。
━━重かった。
持つ小さな革製のケースは、手のひらに乗るほどの小さな物なのに、鉛のように感じられた。
「女中さん、こいつらの粗相です。こちらで片付けます。どうぞご安心を」
八代が、大工のヤハチ親方の顔で言う。
「あーあー!アニキ達、なにやってるんだよ!女中さんの仕事ふやすなよぉ!」
煌が、見習いこう助の顔で、棚を倒してしまった大工へ文句を言う。
大工達は、頭をかきながら、ヤハチ親方へ謝罪している。
この空々しくも芝居じみた光景に、美代は恐怖すら覚えた。
いつも守ってくれていた煌と八代、そして、その他の隠密の底力のような物を見てしまったからだ。
隠密とは、こういうものなのか。そんな事を思いつつも、つと、鋭い視線に気がついた。
「あー、そいつも片付けておきます」
ヤハチ親方が、美代を見ている。そして、後ろでは、こう助が大きく頷いている。
「えっと……」
かかる重圧とも言える二人の視線に美代は、どうしてか、緊張してしまい口ごもりつつ、ケースを握り後ずさった。
本気すぎる隠密の力に負けたのだ。
「あ、あの」
刺さる視線は、美代に渡せと言っているのだが、とにかく、冷えた双眸が二つあると、簡単に応じるのが怖くなっていた。
後ずさる美代の視界に何かが、飛び込んで来る。
白いそれは、瞬時に美代の手からケースを奪い取った。
気が付けば、四郎が、尻尾を揺らしながら、口にケースを咥えていた。
「行けっ」
ヤハチ親方が、八代の顔つきで四郎へ命じる。
それを受け、四郎は、部屋を飛び出した。
美代は、ただ黙って四郎の揺れる尻尾を、見つめるしか出来なかった。
「さあ、女中さん、後は、あっしらで」
「女中さん、任せてよ!」
おそらく、サリー達からの目を気にして、煌も八代も身元がバレないように芝居を打っている。そう、分かっていても、美代は、圧倒され体が固まるだけだった。
「さあ」
ヤハチ親方が促す。
「うん、もう行きなよ」
こう助か、畳み込む。
気がつけば、美代はこくんと頷いていた。そして、恐る恐る部屋の入り口に向かっていた。
そもそも、煌達にケースを渡せば良いだけなのに、余計な気を回してしまったのは、何故だろう。
やはり、隠密の真の姿というべきものをみてしまったからか。
美代は、ふと、自分が置かれている妃候補という立場を実感した。今まで、特に深く考えていなかったか、いざ、煌達の実力を目の当たりにすると、どこか、震えのようなものに襲われてしまう。
妃候補というものは、大切をこえた先にあるもの、しごく、重要なものであると実感した。
背後では、煌や、八代含め、大工姿の隠密達が片付けとやらを行なっている音がする。美代は、振り向くこともなく、廊下へ出た。ここで振り向くと、また、隠密の底力的な、圧を感じて、恐怖を覚える予感がしたからだ。
廊下の先に、白い点が見えた。
四郎が、ケースを咥え走っているのだろう。
これで良かったのかと、理由のない疑問が美代の中に湧き上がる。しかし、当然答えはでない。ただ、隠密の仕事ぶりを見てしまった。そして、ついに、ステファンを欺いてしまったという思いか、心の中でせめぎ合っていた。