一方、その屋敷では、出勤したはずのステファンが戻ってきたと、ざわめいている。
「カール!しっかりして!ステファン様がお戻りよ!」
八代の術にかかっているカールは、相変わらず、トロンとした表情てアリエルに支えられている。
「ああ!カール!何が起こったの?!」
アリエルは、カールの腕をつかんだまま、兄であるカールの異変に気を揉んでいた。
「アリエルさん!オレと美代で、お出迎えしましょうか?」
サリーが、心配そうに伺う。
「……でも、ステファン様に心配はかけられないし。かと言って、このカールの姿を見せるのも……」
アリエルが、思案顔を見せた。
「……お出迎え……」
カールが、ポツリと口にすると、ヨロヨロしながら玄関ポーチへと足を向ける。
「あれ、カールさん、できるじゃないっすか?!」
「なんです!サリー!カールは、できてませんよ!」
アリエルは、サリーへ苛立ちをぶつけつつも、歩みだしたカールの後を追う。
「本当だなあ、カールさん、どうしたもんだか……いや、これ、ステファン様か戻ってきたって事は、あのカサンドラも一緒だよなあ、げっ」
あからさまに、サリーは、いやな顔をして、毒づいた。
「サリーさん?」
「あ、美代!ちょうどよかった、ステファン様が、急に惑って来て、カールさんも、なんだかおかしくて、とりえず、オレ達でお出迎えするかどうするか、なんだ。美代、お前どう思う?」
ステファンの部屋からとりあえず退出して、廊下に出た美代をサリーが捕まえる。
「お出迎え?」
「うん、やっぱ、お出迎えしないとまずいだろう?しかしだ!カールさん、本当に、おかしくなっちまってるし。どうしたんだろうなぁー」
「サリーさん、カールさんそんなに?」
「ああ、ボーッとしてて……」
サリーが言い終わらないうちに、御者の声が響き、馬車のドアがパタンと閉まる音がした。
「カールさん、お出迎えするなんて出てったけど、やっぱり心配だ。美代、オレ達も行こうぜ」
サリーのどこか、緊迫した表情に美代も頷いていた。
「そ、そんな、それは!!」
アリエルの叫びが、響いてきた。続いて、カサンドラらしい、声高で威圧感のある声が続いた。
「おい!美代!急ごう!」
サリーが、玄関ポーチへ駆け出す。美代も、慌てて後を追った
玄関ポーチは、カサンドラの独演場になっていた。
「だから!三日後に、居留地の主だった有力者達を集めて夜会を開くって、言ってるのが、分からないの?三日後には、残りの荷物が、届くわ。正装用のドレスも届くから、それを着て夜会に参加できる」
この、カサンドラの我儘に、カールは、はいと、従順に答えている。
「カール!無理でしょう!?」
無謀だとアリエルは、止めに入るが、カールは、折り目正しく礼をして、仰せの通に、などと言っている。
「カール!三日後だなんて!招待状を作るのも、無理だわ!」
アリエルは、顔を強張らせながら、必死に、現実を見ている。そして、ステファンへ視線を移した。
「……確かに、カサンドラ嬢、それは無理です。居留地は、各国のいわば、代表が集まっています。だから、ほぼ全員を招待するということになるんですよ!」
無茶なことは言うなと、ステファンも、声を荒げた。
しかし、カールだけは、カサンドラに従順に従っている。
「うわっ、また、無茶苦茶言っるよっ!」
遅れて来たサリーが小さくぼやいた。
美代も、何事かと、目を丸くする。
「執事長のカールができると言っているのよ?できるんじゃなくて?」
ニヤリと、カサンドラが不適の笑みを浮かべた。
「カール!」
アリエルは堪らなくなったのか、カサンドラの言いなりになるカールの体を揺さぶった。
「カール!わかっているのか?」
ステファンも、常に理詰めの執事の変わりように、不自然さを感じたようで、カールを責める。
そんな、違和感と少しの緊張感とに、美代は、恐ろしさすら感じ、サリーと共に立ち尽くしいた。
「やっぱり、カールさん、おかしな……」
サリーの呟きに、美代は、ドキリとし、ふと、先ほどの隠密連携を思い出す。
前に居るのは、明らかに美代の知っている、カールではない。こんなに、、人が変わっていしまうものだろうか?これは、ひょっとして、隠密、つまり、煌と八代がなんらか関わって居るのでは?しかし、そんな方があり得るのか?そして、そうだとして、どうすれば、ここまで人が変わってしまうのか?
これが、隠密がなんらか関わっている結果としたら……。
自分は、そのとんでもない所業を行える者達に守られている。つまり,そこまでの、対象であるということなのか。
美代は、愕然とした。そして、なぜ、自分が、そこまで守りているかに、気づいてしまう
━━后候補。
その言葉が、末恐ろしいものであると、十分に理解出来た瞬間だった。
自分に課せられているものの大きさに気がついてしまった美代は、足が震えて、立っているもやっとだった。