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第六十九話

 アラファ教会の掃除はあまりに瞬間的に終わった。リーゼの化粧の術は全てを誤魔化し、それをあるべき姿と変えてしまうため、手伝うとは言い出したものの、私はおろか、パーウェルスとパラレルスですらただ突っ立っているだけだった。それに、リーゼが久しぶりの外気だと言って、楽しそうに踊り、その度に術が発動するものだから、関わる隙間もなかった。

「まったく、無茶をしてくれたものだ」

 手伝いを諦めて、椅子に腰かけていると、パーウェルスが隣にやってきた。

「そう? こんなんしょっちゅうだよ。パーウェルスの用心深さがなかったら、私、人間腸詰になってたところだったから、助かったよ、ほんと」

「いや、私は――」

 パーウェルスは珍しい困り顔で何かを言い淀んだが、頭を撫でられ、顔を赤くした。

「ウェルちゃんの日頃の行いってことだよ。ほら、喜ぼうね――」

「パラレルス、その呼び方はやめてって言ったじゃん」

「存外嬉しそうだけどね、ウェルちゃん」

 私が茶化して言うと、パラレルスは一層顔を赤くした。

「メルンまでよしてくれ――私は――私はそういうのに慣れていないんだ――」

「あら、かわいいお人」

 踊りながら通り過ぎるその数瞬、口に手を当てながら、リーゼも茶化してくる。すると、いよいよパーウェルスは黙ってしまい、パラレルスは満足げに頭を撫で繰り回した。

「私が言うのもなんだけど、あいつ、身体を手に入れてから嫌な奴すぎるな」

「ああ見えて、リネーハをずっと一人で守ってくれてたんでしょ? それなら私達は文句なんて言えないわ」

「そう? でも友人として許可するよ、パーウェルス。あいつ一発殴ってもいいよ」

「できるか、そんなこと――」

 パーウェルスは拳を強く握り、それを自制しているように見えた。立場というより、本人の善性による葛藤だな、これは。

「それにしても、リーゼ――踊るの一瞬やめてくれる? 結局、逃がしたって言ってたじゃん。『統制の』――なんだっけ?」

 呼びかけるとリーゼは足を止め、神官じみた――神官なのだけれど、態度で答える。

「私も名前は『統制の』しか分からないですよ。本来であれば、私のような虚数存在が、あの新月病を吸収し、民に広がるのを防ぐのですが、『統制の』は既にその標的を変えてしまったようで。まあ、また数百年かけてまでリネーハを制するつもりはないようです」

「その話は、まあさっき聞いた話で何となく。問題はその『統制の』がどこの一部神かって話だよ。病はリネーハから去ったけれども、根絶できたわけじゃない。またどこかで新月病が蔓延するかもしれないんだ」

「メルンの心配はごもっとも。ただ、残念ながらアレの所在は、私も知りません。もう百年は前になる話ですが、メルン様――ああ、メルネポーザ様のことですが、彼女は『統制の』は土着しない不明な一部神だという風に言っておりました」

「不明って――神の一部なのに?」

 私の問いに、リーゼは苦笑した。

「私も同じように尋ねました。しかし、メルン様も苦い顔を返すばかりで。神にも事情はあるのでしょう。神と人は所詮対等。そう、語るようなお方ですから、神も万能ではないのでしょうね」

「ずっと昔から、生まれた時からそれは思ってたけどね。全く、参ったもんだよ。まあ、それはいいや。それで――虚数存在に関してだけど」

 ナナがてくてくと私の隣に腰かける。

「私も、聞きたいです」

 リーゼは困ったような顔をして、その口を止めた。

「いいよ、話して。ナナも自分のルーツに関しては知るべきだ」

「そうですか――。それではその詳細についてお伝えいたしましょう。虚数存在が何であるか。『浮雲』とは何であるか」

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