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第七十五話

 メルンさんは知ってると思うけど、私達の街の一部神にはロクロースがいる。一年に一度だけ雪の降る日に、彼は授け物をして去っていくんだ。

 だけれど、いつからか、メカニカの街には雪が降らない年が出始めて、それはいつしか当たり前になっていった。雪がなければロクロースはその姿を現せない。詳しい日にちも年数も覚えていないけど、ヨミミがハウゼから帰ってきてからは一度も雪は降ってない。

 ロクロースが授け物をしてくれた頃、子供たちは浮足立っていたんだ。だけどもうメカニカにそんな日は訪れない。私はただ――あの日が好きだった。授け物の内容なんかどうでもいい。ただ、雪が降ったときのワクワクが、未だに忘れられない。それだけなんだ。


「自然がどんな意地悪をしているのか知らないけど、降らす気がないんだったら自分で雪を降らせてしまえばいい。私はそう考えて、一番近場のエポにやってきたんだ。他の『神秘』の派閥には過激な噂があるけれど、エポではあまり聞かないからね」

「なるほど、雪を降らす、か。メルン、どうだ?」

「うーん、願いを見ないと何ともってところだね」

 私はマスクを取り付け、ロコの願いを覗いた。

「確かに強い願いだ。でも、それ以上に強い願いがある。雪を降らすっていうのはあくまで手段であって目的じゃない。小さいことなら叶えられなくもないけど、空に干渉するような代物だ。これじゃ足りないね」

「そうか――もしかしたら、と思ったが」

「幸福で前向きな願いっていうのは、往々にして穏やかで力が弱い。本人がどうにか出来るという希望を持っているなら猶更だね。願いは絶望の前でこそ強くなる。彼女は、まだ若すぎる。いいことだよ。私の力は、使わないで済むなら、その方がいい」

 マスクを外すと、紙芝居のように、ロコがすでに首を傾げた状態だった。

「話があまり見えないね。願いを叶えるって、それはメルネポーザみたいな話だ」

「そうだね、ちょっといろいろ説明しようか。私の力のこと、それにナナのことも」

 一通りを話すのにどれだけの時間をかけたかはあまり分からない。ロコは時計を分解したままだったから、歯車が空回るような音が、静かに流れている。私達はしばらく、そよ風の音色のようにそれを聞いているだけだった。

「なるほど、心臓か――」

 ロコは呟いて、うずくまるように首を垂れて、その頭頂部を押さえつけた。しばらくそのままで、ナナは所在なさげに目線を泳がして、私と目が合った。頬杖をつくと、ナナも真似して両手で頬杖をついた。歯車の音に合わせて、ナナが首を揺らす。

 しばらく、穏やかで愉快なその動きを眺めていると、その奥のロコが、ばっと身体を起こし、ナナの身体がびくりと跳ねた。

「ねえ、心臓ある人間に対しても、心臓の共有は可能?」

「できるはずだ。これは厳密な術じゃなくて、人の願いを利用したものだからね」

「そっか。これに関しては――私だけの時間じゃ足りない。メカニカとハウゼ、双方の街の協力を仰げれば――それでも何十年とかかるかもしれないけど、希望はあるよ。それに私達がいるエポには秘匿の知識がある。それと組み合わせれば、すぐにでも作れるかもしれないよ。失敗のリスクは心臓の共有で抑えられるし――」

 なるほど、『機関』の持つ技術力はかなり高いらしい。ロコは夢想家ではなく、現実家であるのは、目を覗いたときによく分かった。その彼女が言うのであれば、実際希望はあるのかもしれない。

「それと、ロクロースからの授け物があれば、問題はすぐに解決するかもしれない。心臓っていうのは無生物の代物じゃない。逆に言えば、神聖に近い代物だ。なら、一部神の祝福を持った何かがあれば、案外これは簡単に解決するかもしれない。まあ、これは希望的観測なわけだけどね」

「じゃあどっちにしろ、私達の目的に変わりはないってわけだ。互いに協力した方が、互いに得だよね、ってだけで」

「お互いやることに得があるなら、それに越したことはないよ。単純な善意で協力されるのはちょっと申し訳ないからね。私はヨミミの恩があるからいいけど」

 ロコの言葉に、私は即座に、いや、と返した。

「私も十分な恩を受けた。別に、利益がなくたってそうしたよ」

 彼女が、願いに縋らず、自らの足で歩いている。それが、何よりの吉報だから。

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