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第七十八話

「不毛の地ゆえ授けられた祝福か。秘匿を好む、いかにも『神秘』らしい成り立ちだね。他の街はまず不毛の地を選んだりはしない。始まりはいつも水が豊富な場所か、他の街に近い場所か。だから祝福を必要としないし、そもそも得ることもできない」

「ええ。『神秘』の民は、信じた道のためとあらば自分の生死をも省みない。ゆえに『神秘』が得るような知識は不可侵で神聖なもので――それを出し渋るわけです。人はそういった優越感を握っておきたいものですからね。ハルキュイネ様と自らの力――その集大成がこの街だと、そう思っているわけです」

「その口ぶり、なんだか他人事みたいだね、カルシャイチャ」

 カルシャイチャは柔らかい笑みを湛えたまま、首を振った。

「私は、先人や友の力を借りているに過ぎません。街に誇りはあれども、私自身に誇りはないのです。ですから、いつも何かを成し遂げられないかと、私も役に立つことができないかと、そう思っているだけなのです」


「で、ガンファ。少しは落ち着いてきた?」

 宿に戻ってから、私はすぐに声を掛けた。

「まあ、お前には分かりきっていることだろうな。いろいろとこの街に思うことはあったが、同時にお前にどう説明したものか、それを考えていた」

「ありがたいね。――実際、私も思うことはあるよ。いくらハウゼで学んだとはいえ、故郷の価値観からは逃れられないものだ。だけどエポは、ガンファの言う自然の真逆を行っている。動物や植物――だけならいいんだけど、まさか人間までとはね」

 ガンファは目だけを寄こし、静かに伏せた。

「やはり気づいていたか」

「うん。――じゃあ、ナナ、私が気づいた人間のそれ、なんでしょう?」

 ナナはびくりと跳ねて、目を見開く。

「えっ、ここで私ですか」

「そうだよ。ナナも考えてみなきゃ」

「いきなり言われても検討つかないですよ。私、カルシャイチャさんの話だけでも頭がパンパンだったんですから」

 確かに、読書量は多いが、ナナの知識はロマンス物に偏っている。

「それもそうだ。じゃあ、この街のことをおさらいしてみようか。まず、エポを支えてきた一番の要素は何だと思う?」

「口噛ですよね。変容の力は強力だと思います。話に聞く限り、細かい調整も効いてるみたいだし」

「そうだね。ここ間違ったら頬をつねってやろうかと思ってた」

「えっ」

「じゃあ、次行くよ。ナナ、この街の家畜の種類、野菜の種類、数えた?」

「家畜は――牛しか見てないですけど、野菜は近縁種のものが数種類でした。全て葉物野菜で、ちょっと栄養偏っちゃうだろうなって思いました」

「作物についてはちゃんと見てるみたいだね。さすがイェルククの子だ。家畜も一種類、肉牛のみで正解だよ。確信が持てればもっとよかったね。じゃあこれのデメリット、説明できるかな?」

「家畜のことはわからないですけど、作物が偏っているのはよくないと思います。多分、畑を寒期には牧場にするのと、栽培の標高の高さが影響しているせいで、作物は似たものに偏っているんだとは思うんですけど」

「そうだね。ここはカルシャイチャも言った通り不毛の土地だ。栽培ができていること自体が奇跡だろうね」

「はい、すごいことだとは思います。でも、近縁種に偏るデメリットは植物の病気が広がりやすいということです。同種の植物、ということはかかりやすい病気も同じ、もしくは似通ったもの。そうなると作物の全滅に繋がり得ます。それに、脅威なのは病気だけじゃない。虫害に呪い、天気ですら全滅の危険がある。――作物は本来、脆いものです」

「アンの祝福がありながら、よく正しい認識を取れてる。偉いぞ、ナナ」

 頭を撫でてやると、アンは得意気に胸を張った。

「旅の間も、気づいたらイェルククのことを考えてたんです。いつかはイェルククに戻って、復興のお手伝いもしたいなって」

「大事にできる故郷があるっていうのは、本当に幸運なことだよ。大事にしなね」

「はい! 言われなくても!」

 元気な返事に、ふ、と笑いが零れた。

「さて、続きだ。ナナ、売りに出されている作物の中に、薬草はあったかな」

「え、いや――なかったと思います」

「そう、なかったんだよ。ちなみに薬屋もなかった。病院もなければ、医師らしき気配もない。ハウゼの医者はアンネリーゼの祝福を受けているから、同胞が同じ街に居れば必ず分かる。例え派閥を異にしていてもね。でも、全く、どこにも――医療の痕跡がない」

「じゃあ、この街は怪我したり病気したらそのまま――」

「そう考えるのが妥当だよね。でもこの街は清潔だ。死体が腐敗した臭いはしない。人々も健康体そのもの。それどころか――私達が駆逐すべき病の影すらない。健康とは本来、周囲の環境や自助努力によって成される状態だ。だが、この街にはそれがない」

「それって――おかしくないですか。いくら『神秘』の術とはいえ――」

 言いかけて、ナナは息を呑む。

「もしかして、つ、使ったんですか――人間に、口噛の変容を」

「もちろん、私に確証はない――けど、ガンファは確信してるっぽいね」

 ガンファはゆっくりと私に目を向けた。狩人の目を、そのまま。

「あんたの言う病気は、ハウゼが宣うそれじゃない。だから医猟団は来なかったんだね」

「医猟団は医者であって、為政者ではない。であれば、奴らは手出しできん」

 ガンファは、ゆっくりと話し始めた。

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