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14.辺境伯の告白

 私が誘拐されたという事件は、半日も経たないうちに解決された。

 首謀者と見られる無精髭の男は逃げおおせ、関係者であろう3人の男を拘束して事件は終わった。


「せっかくだし、ええっと……ベンジー?のお店に行きたいのだけれど」

「ベン爺です、ローゼリア様」


 ピーターが小さい声で訂正してくれた。


「こんなことがあったというのに、それでも行くのか?」


 キール様が眉根を寄せて、心配そうに尋ねてくる。

 けれど私の返事は決まっていた。


「ちょっと目的を邪魔されたからって、じゃあやめておきますなんて嫌なので」

「……さっきも言ったが、やはりリアはちょっと変わったな」


 最後に「もちろんいい意味で、だぞ」と焦ったように付け足すキール様。

 でも私自身も変わったことは自覚していた。


「もう壁の花はやめたんです。誰かの陰に隠れて顔色を伺うのはもうやめました! 自分の思ったことをして、思ったことを言うことにしたんです」


 私がそう宣言すると、キール様はそうかと頷いて、そして頭を撫でてくれた。


「リアはベンのところに行きたいのだったな? それでは私が同行しよう」

「お仕事はいいのですか? 国境へ行くはずだったと記憶しておりますが……」

「構わないさ。さっきので線も大体繋がったからな。それにもう私は腹を括ったよ」


 腹を括った、というのがどういう意味かは分からなかった。

 けれど、一緒に来てくれるというなら断る理由もないか。


「ピーターは城へ戻って報告しておいてくれ」

「わかりました。お二人の邪魔になるでしょうし、そうさせてもらいます」


 そういうとピーターは頭をひとつ下げ、脱兎のごとく駆けていった。


「それじゃいこうか。こっちだ」


 それにしてもさっきの涙はなんだったんだろう?

 私が無事で安心した、なんて単純なものとも思えなかった。

 うん、あとでそれとなく聞いてみよう。

 私はそう考えながら、キール様に手を引かれてルデアルの街を歩いた。



「失礼するよ、ベン」

「おお、キール様。これはこれは」


 ベンジローさんのお店は、鉄や木屑の匂いで充満している。

 それは不快なものじゃなくて、物作りをする人としての歴史を感じさせるものだった。


「こっちは婚約者のローゼリアだ」

「ローゼリアです。よろしくお願いします、ベンジローさん」

「なんとまあ! キール様が婚約なさるとは……長生きするもんですなあ」

「お二人はお知り合いなんですか?」


 私がそう尋ねると、ベンさんはとても自然に、不自然なことを口にした。


「ええ。私が幼い頃、キール様にはよくしてもらいまして」

「……? 幼い頃?」


 ベンさんは、その見た目から70歳前後のように思える。

 対してキール様は、おそらく20歳後半だろう。

 そういえば年齢の話はしたことがなかったけれど、大きく外れてはいないはず。

 ならそれってどういう——。


「そういえばリアは何を探しにきたんだったか?」


 キール様の声で、私の思考は中断させられた。

 それはなんとなくわざとらしくて。けれど聞かれたのなら答えなければ。


「ええっと、こう手で回して糸を紡ぐ道具が欲しかったのですけれど……」

「紡績機ですな。作ったことはありますが、今はありません」

「そうですか……。作っていただくことはできますか?」

「もちろんですとも。3日いただければ作れますが、それでいいですか?」

「はい。ありがとうございます」


 それから大きさや、素材なんかを話し合った。

 キール様はその間中、店の隅で物思いにふけっていたけれど、何を考えていたのだろう。


「では完成したら城に届けさせますので」

「楽しみにしています」


 それから私たちは、ゆっくりと街を歩きながら城へ戻ることにした。

 大通りに出ると、領主様、領主様と子供から大人までが笑顔で寄ってくる。

 その度に足を止めるとこになったけれど、キール様が皆から愛されている姿をみるのはなんだか誇らしかった。

 けれどやっぱりさっきのベンさんとの話が心に刺さっていて。


「ふう、すまなかったなリア」

「いいえ。愛されているのですね」

「そうあれたらいいな、とは常々思っている」


 キール様は満足げにそう答えると、口元を緩ませた。


「それはそうとして。お城に戻ったら色々聞きたいことがあるんですけど!」

「そうか……お手柔らかに頼む」



 城に戻った私は、キール様を自室に招き入れる。

 お茶を入れてくれたメリンダは「チェリエ様のところにいますねー」といって去っていった。


「そういえばキール様って、天啓を賜っていたのですね」

「ああ。それなりに有名だと思っていたので、ことさら隠してはいなかったはずだが」

「血を操るチカラ、とかですか?」

「いいや。それはただの側面にすぎない」


 まあ正直なところ、それはどうでもよかった。

 それよりも……。


「ベンジローさんの言っていた意味ってどういうことですか?」

「というと……?」

「幼い頃によくしてもらっていた、という話です!」


 思わず語気が強くなってしまった。

 答えを待つ間にメリンダの淹れてくれたお茶を一口飲んだ。


「そうだな、まあ……そのままの意味だ」

「つまり、ベンジローさんよりキール様のほうが年上だと?」

「そうなる」

「……キール様は、一体おいくつなんですか?」

「詳しくは覚えていないが、300歳はこえているだろうな」


 こともなげにそういったキール様を改めて見てみる。

 艶のある黒髪は白髪ひとつないし、きめ細かい肌には皺すらない。

 やっぱりどう見てもとても300歳とは思えなかった。


「ちなみにいっておくと、この国を作ったのが私の父でね」

「え?」


 この国ができたのは、それこそ300年以上前だといわれている。

 いくつかの小国を併合してできたのがこの王国のはずだ。


「周囲の小国を次々と陥落させた父は〝魔王〟と呼ばれ恐れられていた。その父の血、ともいうべき天啓を受け継いだのが私で、弟の子々孫々が今の国王家となった」


 とんでもない話が飛び出してきた。

 これって聞いていい話なのかと今更ながら心配になってくる。


「リアが聞きたがったんだろう?」


 イタズラっ子のような顔でキール様は笑いながらそういった。


「冗談……ではないですよね?」

「冗談で王家の始祖をかたったりはしないさ」

「長生きなのも天啓によるものなのですか?」


 そんな私の問いにキール様は顎に手を当て、少し考える。


「そう、なのだが直接的には違う。父がチェリエの血を啜ったからだ。数百年前にな」

「ということは、チェリエの実年齢はキール様よりも上ということですか?」

「もちろんそうなる」


 衝撃の事実で顎が外れしまいそうだ。

 それと同時に、あの子がどれほど人生を繰り返してきたのかを思うと胸が苦しくなった。


「話を戻すと、父は私と弟を授かってから急激に衰えた。賜っていたはずの天啓も晩年には消え、いつの日にか私がそれを受け継いでいたのだ。つまり私の天啓は子を成せば消え、子に受け継がれるだろうと考えている」


 そうか、だからキール様は世継ぎについて言葉を濁していたのか。

 天啓を子に受け継がせると自分の天啓が消える。

 そうすると死んでしまうから……?


「多分だが、リアは勘違いしているぞ」

「え、どういう意味ですか?」

「私は元々——死にたがり、なのだ」


 そういった彼の顔を見た瞬間、胸が締めつけられた。

 微かに震える唇と、どこか虚ろな瞳――まるで世界そのものを憎んでいる、そんな顔をしていたから。

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