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13.かどわかし④

 お店の外に出ると、店を囲んだ兵士たちが3人の男を捕縛していた。

 男たちは昏倒しているのか、ぐったりして動かない。

 そんな中で、私にパンを投げた男だけは、その手に長剣を握って未だ立っている。

 それどころか、兵士数人が地に倒れ伏しており、残りの兵士たちは男を遠巻きに囲むのが精一杯のようだった。


「あん? お前なんでそこいるんだ、おい」


 男は無精髭をじょりじょりと撫で付けながら、緊張感のない声でそう口にした。

 どうやら建物から出てきた私の姿が目に入ったようだ。


「さあ? なぜか扉が開いていたので出てきただけですけれど。もしかして幻でも見ました?」

「ふん、食えねえ女だ」

「そんなことより無精髭のあなた、どこかで会いましたっけ? なんか見覚えがあるのですけど」

「…………さあな」


 明らかに声色が変わった無精髭の男は、キッとこちらへ向き直ると、ボサボサの黒髪を荒々しく掻きながら目尻を釣り上げた。


「ちょっと事情が変わった」

「事情?」

「あーあ、本当に殺すつもりはなかったんだがなあ」


 手をこちらに伸ばしそう呟くと、紫色の瞳が怪しく光る。

 それと同時に男の周囲に不穏な空気が漂う。これは魔力を使おうとしている時の反応だろう。

 このままにしておくと危険だ、直感でそう思った。

 だから走らせて、男を突き飛ばす。


「……何ッ⁉︎」


 突き飛ばしたままの勢いで複体は走り抜け、私の横に並んだ。


「はん、それがさっきのトリックか? どうなってやがんだ、おい」

「「実は双子でした、とか?」」

「まあなんだっていい。二人まとめて消し飛ばせばいいだけだ」


 男は、再度こちらへ手を伸ばすと魔力を高めていく。

 だから私も反撃をしようとして——。


「そこまでだ」


 凛とした声が辺りに響いた。

 私にとっては安心感を抱かせる声色で。


「遅くなってすまない、リア」


 慌てて振り返ると、そこにいたのはキール様だった。

 その隣にはピーターもいる。


「なにっ! お前は随分前に街を出たと報告があったはず……」

「私は神出鬼没で有名でね」


 笑いながらそう口にしたキール様からは底知れない威圧感がある。

 ゆるりとした動きで腰に佩いた剣を抜き放った。

 その刀身は深紅で、見ていると吸い込まれそうな美しさがある。


「銘はエストリエ——血を欲する悪魔の名を冠する剣だ。お前の血も浴びさせてもらおう」

「出やがったな。そいつのせいで〝吸血公〟って呼ばれてるんだっけか?」

「……ところでお前の裏にいるのはメルクリア聖教国か?」

「はん、誰がいうかよ」

「じゃあやはりシェリングフォード伯爵家か」


 キール様のその問いかけに、無精髭の男は眉をぴくりと動かした。


「実に分かりやすい反応だ。お前のようなものを重用するとは余程の人材不足と見える」

「いってろ。俺は荒事こっち専門なんでなぁ」


 男はそう言い切ると、不意に剣を握った腕を振る。

 それは誰を狙っているわけでもなく、ただその場で素振りをしたように見えた。


「……ッ!」


 キール様は突然、弾けたように後ろへ飛び退すさる。

 深紅の剣を握った腕がわずかに切り裂かれ、鮮血が散った。

 一体……何が起こったのだろう。


「あん? 今のよく避けたなあ、おい」

「……物質を瞬間移動させる? いや、それよりも空間を……?」


 赤い血を地面に滴らせながら、キール様は呟いている。


「ま、俺の天啓ギフトの一端を見せてやったわけだが」


 男は多数の兵士やキール様から睨まれた状況にあって、余裕のある態度だ。

 大きく手を広げて、口元には微笑みさえ浮かべている。


「お前なら分かるだろ? ここにいる全員が人質みたいなもんだ。俺に近づいた瞬間、誰かの首を飛ばしてやれる」

「なるほど、確かに全員を同時に守るのは難しそうだ」

「どうやら分かってもらえたみたいだな」

「要求を聞いておこうか?」

「そりゃ決まってんだろ、呪われた女を寄越せ」

「……それは無理だな」


 キール様がそう答えると、男は無造作に腕を振る。


「ぐあっ」


 男の後ろを囲んでいた憲兵の一人が、突然叫び声をあげて倒れた。

 どうやら斬られたらしい。


「ほら、死なないよう手加減してやったぞ。次はそこにいる婚約者サマでも斬るか?」


 冷たい視線を私に向けながら、男は剣を握り直した。

 今までの私なら、怖くてただ震えていたかもしれない。

 けれど、自重をやめた私は、もう怯えてるばかりじゃなかった。


「キール様、私は大丈夫ですよ! 気にしないでくださいね♡」


 私は心配しないで、とキール様に微笑みかけた。


「リア? なんだか雰囲気が変わった……か?」

「どうでしょう? 自分では分からないんですけど……でもこれが本当の私なのかも。嫌いになります?」

「まさか、より惚れ直したよ」

「まぁ、嬉しいっ!」


 チッと舌打ちをした男は、つまらなそうな顔をしている。


「なにイチャついてやがんだ」


 吐き捨てるようにそういうと、男は腕を振ろうとして——。


「ん?」


 その腕が動かないことに気づいたようだ。

 私がただキール様とイチャイチャしてただけなわけがないでしょ。


「さっきは縄を結び直してくれてありがとう、お返ししておいたからね」


 さっきまで手首に食い込んでいた縄を思い出しながら創造し、その表面には周りの風景を象る。

 隠蔽されたその縄を、キール様とお話ししながらゆっくりと無精髭の彼まで這わせ、巻き付かせたのだ。


「クソった……ぐああぁっ」


 突然喉の奥から叫び声をあげた男の足や腕が、細く赤い槍のようなものに刺し貫かれている。

 それはキール様の足元に垂れた血から伸びていた。


「リア、凄いじゃないか」

「キール様こそ。天啓を持っていたのですね?」

「ああ、私は強いといっただろう? さて、お前には色々と聞くことがあるな」


 キール様はそういうと、縄で拘束され、串刺しになっている男に近づいた。


「はぁ……ここまでか」


 男はそういうと、自嘲気味に笑った。

 と思ったら次の瞬間には、そこに男の姿はなく——。


「む……?」

「キール様、上ですっ!」


 ピーターの叫び声につられて上を見上げると、全身を血だらけにした男が武器屋の屋根の上に転がっていた。

 急いで魔力の階段を象ろうとすると、男の姿はまたもかき消える。


「今度は……あっちですっ!」


 さらに遠くの建物の屋根の上をピーターが指差した。


「まるで瞬間移動みたいですね」

「ああ。追ってもいいが……」


 キール様はそういって、私を引き寄せるときつく抱きしめてきた。


「リアが無事だった。今はこの結果だけで十分だ。怪我はないか?」

「はい、大丈夫ですよ。だからキール様……泣かないで」

「泣いている? 私が……?」


 キール様は驚いた顔をして、頬を伝う涙を拭った。

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