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12.かどわかし③

 ルデアルの街は騒然としていた。

 私が拐われたことをピーターが報告したのだろう。

 憲兵のような兵士が、住民へ聞き込みをしたり、住居の捜索をしている。

 私はそんな街の姿を——小さくつぶらな瞳で見つめていた。


 小さな体がたてる微かな足音は、街の騒がしさに溶けていく。

 街を歩く人々の足元を、縫うようにとたた、と軽快に走る。

 そして、ようやく見知った顔を見つけた。


『ピーター!』

「……?」

『ピーター、私よ。ローゼリア』

「ローゼリア様!? い、一体どこに……」


 キョロキョロと周囲を見回すピーター。

 声は聞こえているのに、姿が見えないという焦りからか、一筋の汗を流している。

 ただ、見えないのも仕方がない。

 だって私は今——リスなのだから。


 とはいっても、リスそのものに変身しているわけではない。

 リスのラタと繋がった魔力の線、パスを通じて双方向に情報のやり取りをしている。

 難しくいえば、きっとそういうことになるだろう。

 簡単にいえば、私はラタと視界を共有し、その体を動かして、喋っているのだ。


「うわっ、何だこの子っ!」


 私は慌てるピーターの足をするりと登って、肩に乗っかった。


『私よ。リスの……ラタの体を使って喋ってるの』

「それって天啓ですか? そんなこともできたんですね」

『できるようになったの! それより私、誘拐されちゃったんだけど』

「目の前でみてたんですから、知ってますよ! 今みんなで探してるんですが……どこにいるんですか?」

『それは分からないの。でも案内はできると思う』


 ピーターの肩からぴょんと飛び降りると、振り返る。


『こっちよ、着いてきて』

「分かりました! でもちょっと待って下さいね——」



 ラタから意識を戻すと、埃っぽい室内に視線を這わす。

 それから、これで大丈夫だろうかともう一度念入りに確認した。


「うん、きっと上手くいく!」


 複体ダブルという存在をどこかで聞いたことがある。

 この世界に自分と生き写しの分身がいて、出会ってしまうと不幸が訪れる——という迷信として語られているものだ。

 私の目の前にいるのはまさに、その複体だった。

 もちろん魔力で作っているものなので、迷信で語られているような不幸が訪れることはない、と信じたい。

 私は複体を操って、天井近くにある明り取り用の穴に取り付かせておく。

 自分ではできないような動きができるのは、複体の大きな利点だった。

 ともあれ、これで準備は完了だ。


 目を閉じて想像するのは、さっき道で見かけた傭兵が持っていた大きな槌。

 すぐに手に重さを感じるほどの、魔力の塊が象られる。

 細部の造形は完璧じゃないけれど、用途を考えれば十分な物が創造できたといえた。

 それから倉庫の中、無造作に置かれていた布を頭から被ると、その表面に周囲の風景を転写させるように象る。

 これで遠くから見れば、きっと風景に溶け込んで見えないはず。

 私の天啓は魔力を変質させるのが本質だから、こんな転写くらいお手のもの。

 まあ、さっき思いついたんだけど。


 準備が完了したので、槌で地面や壁、柱を強く叩く。

 その度にガツンという衝撃が手に伝わってくる。

 構わず何度も叩いていると、扉の外が騒がしくなったのを感じた。

 中で何をしているのか確認しにきたのだろう、やがてガチャリと鍵の音がして、扉が開く。

 部屋の隅で、布を被ったまま待っていると男が入ってきた。私にパンを投げつけた男だ。

 さらにその後ろからは、3人の男がぞろぞろと入ってくる。


「おい、なんだ? 女が居ないぞ」

「いや、上だ! 明り取りの窓から逃げ出そうとしてやがる!」

「なにっ、どうやって縄から抜け出したんだ!?」

「回り込んで捕まえろ!」


 男たちは、バタバタと騒々しい足音を立てて部屋を飛び出していく。

 そっと扉の隙間から顔を覗かせると、そこには小部屋があった。

 男たちの溜まり場になっているのか、酒瓶が転がり、粗末なテーブルの上にはくたびれたカードが散らばってさえいる。

 酒と埃が混じった匂いのする小部屋には、既に誰もいなかった。

 どうやら全員で私の複体を捕まえに行ってくれたらしい。


 部屋を抜け出すと、布を脱ぎ捨て、警戒しながら階段を登っていく。

 どうやら閉じ込められていた場所は半地下のような場所だったらしい。

 階段を登りきると、そこは沢山の武器が並べられた武器屋のバックヤードだった。


 うん、まあ……それはもう知っていたのだけれど。

 だってピーターと、憲兵たちは私が操るラタの先導で、既に建物の周りを取り囲んでいるのだから。

 下手に大勢で突入して、私が人質にされると面倒だから今回の作戦を立てた。

 でも上手くいってよかった、と安心するのはまだ早かったみたい。


「おい、お前ッ! 一体どこから⁉️」


 表向きは武器屋なのだから、店主がいるのも当然ではあった。

 カウンターからこちらを振り返った禿げた男は、顔を真っ赤にして叫んでいる。


「あなたは他の人たちと一緒に行かなかったのね」

「ここは俺の店だ。店主が店を空にするわきゃねえだろ!」

「そう。じゃあお客さんじゃない、私は出ていくわね」

「そうはいくか! 俺の借金返済が掛かってんだッ!」

「困ったわ、今は持ち合わせがなくて買ってあげられないのに」


 自身の店の地下倉庫に拐った令嬢を閉じ込めていたわけで、禿げた男が共犯なのは明白。

 なら、ことさら手加減をする必要もないか。

 私はお店のバックヤードに転がっていた手頃な短剣を掴むと、男へ向けた。


「はっ、細腕の令嬢に俺が負けるとでも?」

「さあ、どうでしょうね?」


 男は舐められていると感じたのか、いきり立った顔で棍棒のようなものを握った。


「クソがッ! 泣いても知らねえぞ」


 つるりとしている頭に血管を浮き上がらせながら、大股でこっちに近づいてくる。

 私は、短剣をぎゅっと握り直すフリをしてから、男の頭上に大槌を象った。

 音もなく創られた槌は、男の禿頭、その頂点をしたたかに打ちつける。

 男は意識外からの打撃に白目を剥いて、そのまま床に倒れ伏した。


「勘違いさせたかしら? 私、短剣なんて使ったことないの」


 私はポイっと短剣を投げ捨てると、意識を失って倒れている男の横を通り抜ける。

 そして怒号と叫び声が響く店の外へ、躊躇することもなく、軽やかに足を踏み出した。

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