あの男の剣がキール様の背中に突き刺さる——その瞬間。
「ダメェェッ!」
私が魔力を行使すると、キール様のマントから鋭い金の棘が飛び出す。
魔力の糸で作られた太く鋭い棘の刺繍は、男の腕を貫いた。
「ぐオッ……」
キール様は振り返ることなく、背後の男へ攻撃を繰り出す。
男は腕を棘から引き抜くと、すぐに姿を消した。
「リア、助かった」
「いえ。そのための
男が次に現れたのは、崩れかけた城壁の上だった。
「くそガァ……しかしこんなキズくらイ……ッ!」
血が吹き出していた男の腕はやはり、みるみるうちに再生していく。
これじゃあキリがない……。
「不死を殺す方法……といえば」
「そりゃ杭を心臓に打ち込んで俺の葬炎で燃やすことだろ」
キール様の呟きを拾ったバレアさんが、さも当たり前のようにそういった。
「あいつは見たとこまだ半端モンだしそれで
「そうだな。あとは奴に杭を打ち込めるか、だな」
「ああ、不死に加えてあのチカラってのはちと厄介すぎる」
バレアさんがチラリと城壁を見上げる。
そこに立つ男の腕には、棘に貫かれた傷は既になかった。
「ヤッてやる……ミナゴロシに、しテやるヨォォ!」
男は不快な声で叫ぶと、その場から消えた。
「すまん、リア。杭を作れないか?」
「杭……ですね。多分作れます!」
「そうか、では頼む」
「お嬢様、盾の役は変わりますよー」
「お願いっ!」
私は杭を頭に思い浮かべる。
作ったことはないけど、細部にこだわる必要もないだろう。
男はその間にも現れては消え、消えては現れて攻撃を繰り返している。
キール様はその度に剣を振って防いでいるが、後ろにいるバレアさんをかばっているからか、押され始めているようにも見える。
メリンダも天啓による直感力でどうにか防げてはいるが、かなり危険な状態だった。
「できたっ! キール様、投げますねっ!」
そう断ってから魔力で作った杭を投げた。
しかし、それはキール様へ届く前に、空中で男に叩き落とされてしまった。
「さゼねェよ……」
男はダミ声でそう呟くと、こちらに向けて攻撃を仕掛けてきた。
慌ててタワーシールドを3つ作って自分の周りを囲んだ。
男の剣が盾を叩く音が断続的に響く。
ついには盾の隙間に剣が差し込まれ、私の肩をかすめた。
「痛っ!」
「リアッ! 貴様ァァァァッ!」
キール様が怒りの形相でこっちへ向かって走ってくる。
男への憎しみで、もはや我を忘れているようにすら見えて——。
「辺境伯様、ダメですっ!」
メリンダが強い声を出すのと同時に、キール様の胸に杭が突き刺さった。
「ヤッてヤッたぜ……」
私へ攻撃を集中させたのは、キール様を怒らせる狙いだったのか。
周りが見えなくなったキール様へ、斬撃を飛ばすのと同じように、いつの間にか拾った杭を飛ばして突き刺したのだろう。
「か……はっ……」
キール様はうずくまり、やがて地面に倒れた。
トドメを刺すためか、キール様へ近づく男を青い炎が襲う。
「ふンッ!」
男はすぐに消えて、再び城壁の上に現れた。
「くそっ、おいキール大丈夫か?」
バレアさんはキール様に駆け寄ると、胸に刺さっている杭を引き抜いて投げ捨てた。
胸には大きな穴が空いていて、血が止めどなく溢れている。
「あ……ああぁ……」
私は震えが止まらなかった。
『私は結構強いんだぞ』といっていたあの人が。
私の膝で甘えて、泣いていたあの人が。
死にたがりなんだといっていたあの人が——本当に死んでしまった。
私は足の力が抜け、崩れ落ちた。もう立てそうにない。
「おい、バカ弟子! なに早とちりしてんだ!」
「えっ?」
「こいつがこれくらいで死ぬわきゃねえだろ」
「だって不死者でも心臓に杭を打ち込まれたら死ぬって……」
「それだけで死ぬのは半端ものだけだ」
バレアさんのその言葉通り、キール様の傷は徐々に塞がっていた。
しかし、男もそれを待つつもりはないようで再び姿を消すと攻撃をしかけてくる。
「ちょ、俺もその中入れてくれ」
バレアさんが私とメリンダの間に体をねじ込んできた。
「盾をあと二個作ってくれ。俺の両手がお留守だ」
「わかりました!」
私はすぐに盾を象って、バレアさんに渡す。
攻撃は苛烈だったが、さすがにタワーシールド6枚の前にはなかなか手が出せないようだ。
すると、離れたところから悲鳴が上がる。
「ぐあぁ!」
「ギャアッ!」
遠巻きに見ていた兵士たちが次々と凶刃に倒れていく。
流石に距離が遠すぎて、この盾のような質量のものをあそこに象るのは無理だ。
このまま見ているしかないの?
そう悲嘆に暮れかけたときだった。
「ガぁ!?」
男の足を赤い槍が貫いていた。
「お前はやりすぎた……」
「キール様っ!」
ゆらりと立ち上がったキール様の胸の傷は……もう癒えていた。
足元に広がった
これはまるで赤い蜘蛛の巣。そしてあの男はそれに捕らえられた獲物のようだ。
男は慌てて姿を消すが、張られた血の糸にぶつかって地面に落ちた。
「別に瞬間移動をしているわけじゃないだろう? もうネタは割れたんだよ。ただ空間を捻じ曲げているだけの一発芸だ」
「こンなモンは斬りャいいッ!」
男が眉間に皺を寄せ、剣を振るも硬質な音が響く。
「私の血がそんなナマクラで切れるわけがない。お前は手の内を見せすぎだよ」
「ぐぞッ! ブッコロす……お前らみンなを八ツ裂キ゚に……」
「まだそんな夢を見ているのか」
キール様は、気だるそうに赤い剣を振った。
男の右足が飛んでいった。
また振った。
左足が飛んでいった。
また振った。
右腕が、左腕が次々に飛んでいった。
「アガッ……ガぁッ」
「な、死ねないのってとてもつらいことだろう?」
ゾクっと底冷えのするような瞳で、声色でそう問いかける。
「リア、新しい杭をくれ」
「は、はいっ」
私が杭を作ろうとしたその瞬間だった。
両手両足を失くした男は、その分コンパクトになっていた。
それは赤い蜘蛛の巣の隙間をどうにか通れるくらいの小ささで。
男は姿を消した。きっと私に向かってくる。
「お嬢様っ!」
「リアッ」
二人は同じ場所を指さしている。
だから私は杭を象って、その空間に
それだけだ。
「ウギャァァ……ッ!」
空間を捻じ曲げて、蜘蛛の巣から脱出した男は、自ら杭に突っ込み串刺しとなった。
そこにバレアさんの作り出した炎が
「葬炎……灰になるまで消えない炎さ」
「ガアアアッ、アァァッ」
男の断末魔は長く続いた。そして人生の最後にポツリと呟く。
「……カルミナ……ごめん……そんなつも……なか……」
最後に妹への謝罪を残して、名も知らぬ男は灰になった。