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5.暴走

「遅くなったな、すまないバレア」

「いやぁ、俺こそ城を壊されちまってすま……っと」


 バレアさんは話の途中で慌てて飛びのく。

 対峙していた無精髭の男が拳を振ったからだ。

 周りで倒れている兵士たちはこの攻撃が当たってしまったのかも。


「援軍って……バレアさんのことだったんですか?」

「ああ、そうだ」


 私の問いかけに首肯すると、キール様は剣を抜き放った。

 その刀身は、血を求めるかのように相変わらず赤く輝いている。


「下がっていてくれ」


 振り返らずにそういうと、無精髭の男に斬りかかった。

 それは完全に死角からの攻撃だった。

 それにも関わらず、男はそれを直前で察知したのか、転がるようにかわした。


「うあ゛ぁ?」


 無精髭の男は濁った叫び声を上げると、キール様へ殴りかかった。

 この前見せた手品のような器用さはなく、ただ愚直に己の拳を振り上げる。

 上から拳を叩きつけるように落とすが、狙いが単調すぎるとでもいうように、キール様は悠々と距離を取った。


「何っ!?」


 しかし結果は思いもよらないものだった。

 地面に突き刺さった拳は、周りの土をえぐり取るようにして爆散させた。

 よく見れば、この辺りは地面がえぐられている箇所がいくつもある。

 これはすべてこの男がやったこと、なのだろう。


「キール、言い忘れていたがこいつは完全にぜ」

「なるほど……どうやらそのようだ」


 そんな二人の会話を耳にしたのか、男は瞳を大きく見開くとガラスを擦るような不快すぎる叫び声を上げた。


「ギ……ギィル? ギ、ギィル……ギィィルゥゥゥ!」


 正気を失っているであろう男は、執拗にキール様への攻撃を繰り返す。

 その度に地面はえぐれ、庭園の花が吹き飛んでいく。


「ギルギルギルギルギルギルギルギィィルルル」

「お前っ、もしかしてあの時奪ったチェリエの血を体内に入れたのか?」

「ぶはっ! チェリエ嬢の血を入れてるだってぇ!?」


 バレアさんが吹き出した。もちろん可笑しかったわけではないだろう。

 その証拠にすぐ深刻な顔をして、何かを考え込んでいるようだ。


「ハァッ!」


 私の目では追えないような速度で、袈裟斬りに振られたキール様の剣を男は事も無げにかわす。

 しかしかわした場所には、キール様の使い魔であるキューちゃんたちが既に待ち構えていた。

 顔に群がる使い魔たちを煩わしそうに手で振り払っているところに、バレアさんのとでも呼べばいいか、巨大な炎の弾が着弾した。

 煙が立ち昇ったその一瞬の隙をついて、キール様が剣を横にいだ。


「どおりで燃やしても燃やしても平気な顔をしていると思ったぜ」

「やはり不死か?」

「さあな、どうだろうかね……ただ、今の攻撃程度では倒れないのは確かだぜ」


 バレアさんがそういったのと同時に怒号が響く。


「ギギィィィルルル……ン?」

「エストリエか。それを振ってるのを見るのも久々だな。ヤツの血を吸わせたのか?」

「ああ。多少は効果があったようだが……」


 キール様が切り裂いた男の脇腹からは、大量の血が流れ出していた。

 しかし、みるみるうちに血が止まり、傷すらも塞がってしまった。

 これじゃいつまで経っても倒せないんじゃ?私は思わず息を呑んだ。

 けれど、キール様は落ち着いた声で男に問いかける。


「頭は冷えたか?」

「ギールゥ……お前ノせいデ……妹ガァァァ!」

「私の……? いや、彼女はお前が助けて連れ去っていっただろう」

「うる……セぇ。なんだその剣、はぁ……でもお陰で頭は冷えたゼ。確かにあいつは俺がヤッた……のか。だが、あれは俺じゃねェ!」


 男は倒れている兵士が落としたのであろう剣を拾った。

 そして切っ先をキール様に向けて叫んだ。


「あの血はなんダ!? 俺が……俺じゃナくなっちまった……」

「普通の人間があれを薄めずに接種して、まともでいられるものか」

「俺を戻せェェッ!」


 男が剣を振ると、離れていた場所のキール様も合わせるように剣を振る。

 ガキンという硬質な音が辺りに響いて、バレアさんが驚きの声を上げた。


「おいおい、なんだありゃ……?」

「さっきまでは暴走していたから使わなかったのか? あれがヤツの天啓らしい」

「キールの手元に剣閃だけが現れたようにみえたぞ。空間でも歪めてんのか?」

「ごちゃごちゃウルせェんだよッ!」


 素人の私から見ても、無茶苦茶な型でただ剣を振り回しはじめた男。

 子供が癇癪を起こしているだけのような暴れ方だ。

 しかし、ある意味ではその方が厄介だったかもしれない。

 なぜならその剣は、四方八方に飛んでいっているから。


「おい、お前らは下がっておけ!」


 盾を構えて周囲を囲んでいた兵士たちに向けて、キール様が叫んだ。

 それから、自身に向かってくる見えない剣撃を赤い剣で叩き落としている。

 バレアさんは全部を避けることはできないようで、身体中に浅い傷を作っている。

 あれじゃ近づけない。何かできることは——そう考えた時だった。


「お嬢様っ!」


 メリンダが突然私を突き飛ばしてきた。あ、これってデジャブ?

 このままだとあいつの攻撃から私をかばって、またメリンダが傷ついてしまう。


「そんなの……嫌っ!」


 だから足に力を込め、転ばないように踏ん張ってから大きな盾を象った。

 ズィーレンさんが持っていたタワーシールドというやつだ。

 それを手に持って、メリンダの前に躍り出る。

 すぐに訪れた重い衝撃で手が痺れてしまったけれど……どうやら今度はメリンダを救えたらしい。


「お嬢様……無茶しすぎですー」

「あなたはきっと傷ついてもすぐ治るんでしょう。それでも……嫌なの。メリンダが私のために傷つくの嫌なの!」

「それでお嬢様が危険に晒されるのは私も嫌なんですけどー」

「私の嫌の方が大きいから!」

「はいはい、そうですねー。じゃあ守ってもらいましょうかねー」


 メリンダはそういうと私の盾の後ろに隠れてくれた。

 これでこっちはしばらく大丈夫そうだけど、向こうは——。


「くそ、キリがないな……」


 キール様が男の猛攻を剣一本でしのいでいた。

 その度に重い音が周囲を震わせている。

 バレアさんはそんなキール様の影に隠れているようだった。

 いや、ただ隠れているだけではなく魔力を練ってたようだ。


「喰らえっ!」


 バレアさんの手から放たれた青い炎が男に向かっていく。

 その炎の影へ隠れるようにしてキール様が走った。

 会話もなく行われた二人の連携は、随分と息があっている。


 キール様は、青い炎ごと男を切り裂くほどの剣撃を放った。

 しかし、男を真っぷたつにするはずだった剣は空を切る。

 男は一瞬にして姿を消して、剣を振り切ったキール様の背後に現れたのだ。

 そして反応ができていないキール様の、その背中に剣を振り下ろした。

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