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ここは薄暗く狭い場所、そこには多くの樽が詰め込まれていた。
その樽の中に入れられているのは、手足を縛られた人間だ。
そう、ここは奴隷商人の船の中、ここにいるのは手足を縛られて樽の中に詰め込まれた奴隷達だ。
奴隷は大半が貧しい人間や奴隷狩りで攫われた獣人達で、彼等、彼女等は手足を縛られたまま樽の中に詰め込まれている。
中には後継者争いの中で陥れられて奴隷にされた貴族等も若干名いるようだ。
さらに言えば何故奴隷達が樽の中に閉じ込められているのかというと、糞尿の問題と、樽に空気穴と食事を入れる場所だけ空けて蓋をしておけばいくつでも上に積み重ねる事が出来るからだ。
普通人間の上に人間を乗せる事は出来ないが、これが蓋の付いた樽だった場合、いくらでも荷物扱いで上に乗せる事が出来る。
また、この様に一人一人を孤立させる事で協力して脱走する事も出来なくしておきながら、上に乗った樽のせいで蓋が開かないので食事を与える時以外はそのままに置いておくことが出来るというワケだ。
このような人を人とも思わないような悪魔のようなやり方、これが奴隷商人だけで考えた事とはまずありえないだろう。。
これは間違いなく誰かの悪意ある入れ知恵で実行されたと見て間違いない。
この奴隷船の中にカラクーム子爵の娘、パナマも詰め込まれていた。
そう、この奴隷船はナカタとスエズが懇意にしている奴隷商人の船なのだ。
奴隷商人は船の特等室で肉を食らい、酒を飲みながら大笑いしていた。
「ゲハハハハハ、笑いが止まらん、この水路が完成したおかげで儂らの商売がやりやすくなったからな。今までは小舟で小さな川を伝って薄暗い時間に見つからないように運ぶしかなかったからな」
「そのとおりですね、旦那様。しかしわざわざ樽に詰め込む手間を取らなくても、奴隷なんて船に詰め込むだけ詰め込んで痛めつければ逃げる事も出来ないと思うんですがね」
「それがお前のバカなとこだ。コレはセンコウトウシというもので、少し多めに金を使う事で確実に商売を成功させるやり方だ。樽の金は少し懐が痛かったが、あの樽の一番手前に酒を入れた物を置いておけば、もし荷物を国王の兵士達に調べられても問題あるまい。それに手足を縛ってあの中に閉じ込めておけば、いざロープを解いてもすぐに逃げられなくなる」
「流石は旦那様です! これなら忌々しい国王軍の兵隊に見つけられるわけがありません」
奴隷商人は手下と上機嫌で話をしている。
「そうですね、それにもし奴隷が樽の中で死んでしまえば、あのナマコンとかいうドロドロの少し変わった泥を使って樽の中一杯にして樽ごと水路に投げ捨てれば後は浮いてくる事も無いですからね」
「オイ、そのやり方は誰にも言うなよ、これは儂らだけが知っている方法なんだからな!」
奴隷商人と手下が酷い内容の話をしていると、そこに何者かの声が聞こえて来た。
「オイ、聞こえるカ? 計画は順調に進んでいるのだナ」
「は、はい。これはナカタ様。おかげで奴隷はこのまま国外に売りさばく事が出来そうです。貴方様のおかげで儂らは国王一派にに邪魔されていた奴隷交易がやりやすくなりました」
「いいカ、一日も早く国から出テ、その奴隷を全員売りさばいてしまエ!」
「わかりました、しかしこれは凄い道具ですね、離れながらにして声を届ける事が出来るなんて」
どうやらこの船にもベライゾンの伝声魔道具が設置されているようだ。
ナカタは奴隷もろともパナマを国外に追い出してしまい、小林達の成果を横取りしようとしているらしい。
「余計な事は言わなくていイ! お前は僕達の命令に従っていればいいんダ、それでお前達も大儲け出来るだろうガッ!!」
ナカタは少し焦っている様子だ。
どうやら今までに何度も小林達によって作戦を潰された事で少し心配性になっているのだろう。
「わかりました、すぐにこの水路で奴隷どもを国外に売りさばいてまいります!!」
「わかったならすぐに実行しろ。僕はグズが嫌いなんダ!!」
そういってナカタは一方的に伝声魔道具の会話を切った。
奴隷商人達は船を急がせる為、船乗り達を怒鳴りに特別室の外に出た。
すると、船の周りには異様な光景が広がっていた。
なんと、何匹ものワニが姿を現し、船を攻撃していたのだ!
「な、何故ワニがこんなにいるんだ!? いったいどうなっている」
「ひえええ、助けてくれぇ!!」
「ワニッ、ワニが襲ってくるー!!」
「旦那様ー!」
奴隷商人達は突如船の周りに出て来たワニに驚き、尻もちをついてしまった。
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「よし、追いついたぞ! あの船のオールを使えなくしてやれ!」
「わかったっ。おい、わにたち、そのおおきなふねのしたにかみついてやれっ」
魔獣使いのモッカが命令をすると、ワニ達はそれに従い、船に体当たりや噛みつきを始めた。
いくら大型船とはいえ、所詮は木造の輸送船。
どう猛で巨大な水棲生物のワニに攻撃されれば無事で済むわけがない。
奴隷船は航行をストップし、その場から動けなくなっていた。
「うわあああ、ワニだぁー!!」
「こ、こっち来んな!!」
奴隷船では船乗り達が突如現れたワニに驚き、大混乱になっている。
船はもう少しで外界に出れるといった場所だったようだが、この騒ぎで完全に航行不能になり、穴の開いた場所から傾いて座礁し始めた。
――このまま船が沈んでしまうと、閉じ込められた奴隷達が溺れ死んでしまう!
オレ達はワニから降りると奴隷船の中に乗り込んだ。
奴隷船のチンピラ船乗り達はフォルンマイヤーさんやモッカの敵ですらなく、全員が船の外に叩き出された。
一応モッカの命令でワニ達には人間を殺さないように指示を出している。
だから船乗り達はどうにか這う這うの体で水路を泳ぎ、陸地を目指した。
だがその陸地にはもう既にフォルンマイヤーさんの指示で騎士団の駐屯部隊が待機していたので船乗り達は全員が捕縛される事になったようだ。
「そ、そんな……こんなバカな!?」
「だ、旦那様ーどうしましょう」
「知るかバカ! そんなの儂が聞きたいわ!」
船に残った奴隷商人とその手下は、フォルンマイヤーさんに剣を突き付けられ、身動き一つ出来なくなってしまった。
「動くな、貴様等には聞きたい事が山ほどあるのである!」
「ひっ、ひぃいいい! お、お助けー!!」
「旦那様ー」
奴隷商人とその手下達はその場で縛り上げられ、船のマストに縛り付けて逃げられないようにされていた。
まあ船が沈む前には奴隷にされた全員の救出が終わった後に、コイツらも連れていかれる事になるだろう。
さあ、次はパナマさん達を見つけ出さないと! 急がなければ船が座礁してそのまま溺れ死んでしまう!
オレ達は船の奥の方に向かい、多くの樽が積まれている場所を見つけた。
「な、樽だって? 奴隷達はどこにいるのであるか!?」
「フォルンマイヤーさん、あの樽の中ですよ。あの中に人間を閉じ込めているんです!」
「何と卑劣な……許せないのである!」
「モッカ、おこったっ。あのたるぜんぶぶっこわすっ!」
「幸いここではまだ死んでいる人はいないのだ、今なら助け出す事もできるはずなのだ」
オレ達は樽の中の人が傷つかないように周りだけを破壊し、奴隷にされていた人達を救出した。
「あ、あなた達は、コバヤシ様。どうしてここに?」
「パナマさん、話は後だ。今はとにかくここから脱出しないと!」
「時間が無いようですね、わかりました!」
奴隷達は全員が助け出され、水路から向こう岸の騎士団が待っている場所に到着できた。
幸い溺死による死者は一人も出なかったようだが、全員がローブで動けないように縛られていたので、当分は身動き一つまともに出来そうにはない。
だからオレ達はワニを使い、動けない人達をその上に乗せて対岸まで連れて行ってもらったワケだ。
ここでモッカの魔獣使いのスキルが無ければ一体どれだけの人が犠牲になっていたのだろうか……。
奴隷船が完全に座礁し、水路で動けなくなった時、水面の上に誰かが姿を現した。
「あら、アタシの水を無茶苦茶に汚すなんて……おバカさんたちは命がいらないみたいね……!」
水面に姿を見せたのは、水の魔王ベクデルだった!!