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第102話 散々

──昼前ひるまえ -序口じょこうもり


“パタパタパタッ”

「ヒャアアアアアッ…?! 蛾だァァァァ…!!」


“カサカサカサカサッ!”

「ファアアアアアッ…?! ムカデだァァァァ…!!」


“──────ジジジジジジッ!!”

「ギャアアアアアアッ…?!! セミファイナルゥゥゥゥ…!!」


「うるせェぞ荒女…!! 猛獣が寄ってくるだろうが…!!」


第一目標地点である〝川人族サールの集落〟を目指し、私達は序口じょこうもりを進んでいる。


しかしその道中はまさに過酷そのもの…、大小様々な蟲が蠢き…私の恐怖心を容赦なく刺激してくる…。羽音の幻聴すら聞こえるほどに…。


まだ小さいから全然大丈夫だが…群盗蜘コレクトヤツザキグモレベルのデカい蟲が現れたら一巻の終わりだ…。


「カカは蟲嫌いなんだね…、ちなみにネブルヘイナ大森林には凄く大きい蟲とかもいるけど…大丈夫そうかな…?」


「いざとなればアクアスかクギャの背後に隠れるんで…」


わたくし達を盾にするおつもりですか?」

「 “ギィ?” 」


聞きたくない情報を得てしまった…足が重い…。きっとシヌイ山とは比べ物にならないほど多くの巨大蟲が生息してるんだろうな…。


全くもって嫌なことだ…、私のような虫嫌いにはまさに地獄…。森に入る前に虫除け香水はつけてたが…もう少しふりかけておこう…。


「 “──グゥォォォ…!! グゥォォォ…!!” 」


「…っ?! 全員木に登れ…! 今すぐだ…! 急げ…!!」


どこからか何かの鳴き声が辺りに響き渡った…、それを聞いたアレスは焦った様子で木登りをするよう指示を出す…。


突然のことに状況が呑み込めないが…森のベテラン達が急いで木に登り始めたのを見て、私達も急いで近くの木に登る。


足を掛けて…足を掛け…足を…足…──いや全然登れませんけど…!!? 幹は太いし…足を掛けられそうな窪みもない…! どうすんのコレ…?!


気付けば木に登れていないのは私だけ…ヤバいヤバいヤバい…! いよいよ私の耳にも微かに〝音〟が聞こえてきた…。


「カカ急ぐニ…! 何かが近付いて来てるニ…!」


「んなこと言ったってどうすりゃいいんだよ…?!」


焦れば焦るほど足がよく滑り…どんどん大きくなる〝音〟が更に焦燥を煽る…。万事休す…そんな私を見かねてアレスが動いた。


枝から枝へ飛び移り、私が登ろうとしている木まで移動してくると、枝に足を引っ掛け逆さ吊りの状態で私に手を伸ばす。


私は少し後ろに下がって助走をつけ、幹を蹴って上へ跳び、かろうじて伸びたアレスの手を掴むことができた。


アレスの腕力で上まで持ち上げられると…その直後何か大きな生物が通過した。太い尻尾をもった三本角のサイ…、その群れが地面を覆い隠した…。


デコボコのあった地面がみるみるうちに踏み均されていく…。あんなのに轢かれてたらと思うとゾっとする…、森の洗礼を受けた気分だ…。


やがてサイの群れはどこかへと消え、私達は木から下りた。踏み均された地面に立つと…改めて恐怖が込み上がる…。


「ったく…手間取らせやがって…、木にも登れねェのか」


「仕方ねェだろ…木登りって未経験者には意外と難しいんだ…。ってか荒男とロイスは分かるが…何でオマエ等まで達者なんだよ…」


「ニキは小さい頃によく登ってたからニ!」


わたくしも…昔は結構活発でしたので…」


ぐぬぬ…おのれわんぱく少女共め…、木登りなんて普通やらんだろ…。私の家のそばにも木は生えているが…登ろうと思ったことは一度もないぞ…。


むぅ…どこかのタイミングで木登り教えてもらわないとな…。さっきみたいな危機がいつ襲ってくるか分からんし…。


クソ…蟲といい木登りといい…、なんか森と相性悪いな私…。森で役立つスキルは粗方身に着けておかないとな…。


ここはまだ序口じょこうもり…ネブルヘイナ大森林への道でしかない…。こんな所で苦戦してちゃ先が思いやられる…。


「ほら先進むぞ、もう少しで集落に着く」


「ちょ待っ…膝がガクガクで…、クギャ…乗せてくれ…」


「 “クギャッ!” 」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




あれから順調に森を進み、様々なアクシデント(9割蟲)に巻き込まれつつも私達は無事に目的地である川人族サールの集落へと到着した。



川人族サールの集落 ─ヒュアリル─ >


底が透けて見えるほど水が綺麗な小さな湖畔、その上に建てられた三角屋根の家々、川辺で暮らす川人族サールらしさ全開の集落だ。


木で造られた家が建てられるだけの十分な広さの足場、それ等を繋ぐ平たい木の橋──異種族の集落はどれも他では見られない風情がある。


水の上に咲いている花や植物も美しさを演出しており、げに絶景げに絶景。ここまでの疲れもぶっ飛ぶね、まあ途中からクギャに乗ってたけど。


「──あら? アレス君にロイス君じゃない、今日はお友達を連れて来たのね」


「こんにちは〝マリ〟さん、今日もお元気そうで何よりです」


家の陰から出てきたのは私達よりも明らか年上な、紺青色こんじょういろの髪と千草色ちぐさいろの肌をした女性。その女性が何食わぬ顔で水の上に立っている。それも裸足で。


しかしアレスとロイスは何度かここに来てるからか一切驚かず、私とアクアスも川人族サールは初めてじゃないので驚かなかった。ニキを除いて…。


「えェ…!? たっ…立ってるニ…! 水の上に立ってるニ…!」


「あらあら、とってもいい反応するわね~♪ スキップとかしちゃおうかしら♪」

<〝川人族サール〟Marhi Calownマリ・カローナar >


結構ノリがいい人だな…、ヒラヒラした服でめっちゃ反復横跳びしてる…。あんだけ動いても沈まないのは流石と言うべきか…。



 ≪川人族サール

千草色ちぐさいろの肌と青系統の髪が特徴的な種族。川や湖での暮らしに適した進化を遂げており、水の上を歩くことができる。


 ≪川人族サールの特性:〝水心みずごころ〟≫

川人族サールは水に浮く〝反水性はんすいせい〟の汗を出すことができ、それを用いて水の上を歩くことができる。また川人族サールの皮膚は疎水性が高い。



何度見ても慣れない不思議な光景だ…私も初めて見た時はめっちゃ驚いた覚えがある…。真似して水に飛び込んだっけな…。


「もしかしてそういう水ニ? ────あぼぼぼっ…! 普通に水ニ…!」


「あらやだ大変…ちょっとやり過ぎたかしら」


幼少期の私と同様の思考に行きついたニキは、リュックを置いて勢いよく入水。もちろん浮く筈もなく…、何をやってんだアイツは…。


とりあえずジタバタするバカタレを引っ張り上げ、気にせず集落へ入っていくアレスの後ろに続く。


ここを訪れる人だけの為に架けられたであろう橋を渡って集落に入ると、水の上に立って作業している住民達の姿があった。


何やら水の上をプカプカ浮かぶ植物を回収しているようだが…湖の掃除でもしてるんだろうか…?


「あれは何してるニ?」


「〝潤甜菜ロースビーツ〟っていう野菜を収穫してるのよ。ほらよく見てみて、水面から湖底まで細い根っこが伸びてるでしょう?」


そう言われてジーッと目を凝らすと、波紋で見えにくいが…確かに黒っぽい糸のようなものが見える。


水面で育つ野菜か…これは流石に見たことがない。どんな味がするのかちょっと興味を惹かれるが…今はグッと抑えよう…。


家やお店が建つ小島を次々と渡り、私達は湖を越えた先の悠々とそびえ立つ山脈の目の前に立った。


ここにネブルヘイナ大森林へと続く穴がある…──っと伺っていたんだが…、どう見ても塞がってるようにしか見えない…。


集落の男達がせっせと撤去作業を進めてはいるが…今日中に終わるかどうか…。


「どうなってんだこりゃ…何があった…?!」


「マリさん、これは…?」


「それがね…昨夜崩されちゃったのよ…、さん達に…」


その発言に…驚いた全員がぎょっとマリさんの方を向いた…。あのおっさんが穴を崩した…!? 昨夜…!? 私達は詳しく話を聞いた。


事は昨夜…ムルクのおっさん含む5人がここを訪れ、そして突然この穴の入り口を塞ぐと言い出したらしい。


住民達はその理由を尋ねたが、おっさん達は「やかましい」の一言で取り合ってくれなかった。その光景が容易に想像つく…。


そしていよいよ酋長しゅうちょうがその真意を問いただしに動いたが、そこで事件発生…なんと酋長が殴り飛ばされてしまったらしい…。


顔面に一発…そして体勢を崩して壁に頭部を打ち…派手に転び…ゴロゴロ転がって湖に落ち…足攣って溺れたらしい…。前世疑うレベルで散々だな…。


そのドタバタの間におっさん達は穴の内側から入り口を崩し…そして現在に至るという…。私達が簡単に追ってこれないようにしたのだろう…。


やけにすんなり話を聞き入れたと思っていたが…まさかこんな強行策を企んでいたとは…、甘く見ていた…。


「クソ…! そこまでして俺達を関わらせたくねェのかよ…!」


「こうなっちゃったら悔やんでても仕方がないね…。一度酋長のもとを訪ねてみよう? 容体も気になるし、一度冷静にならないと」


「──そうだな…、一旦頭冷やすか…」


色々と思うところはあるが…だからと言ってどうにもならないのが現状…。アレスの言う通り、一度冷静になった方がいいだろう。


私達は塞がった穴から離れ、マリさんの案内のもと酋長の家へと向かった。集落の中心にある家、あれが酋長の家らしい。


「酋長~、入りますよ~!」


マリさんはドアをノックすると、返事が戻ってくる前にドアを開けて中に入っていった…。私達も続いて酋長の家にお邪魔する。


床には篭や銛などの道具が置きっぱなしで…お世辞にも綺麗とは言えない…。昔の…アクアス雇う前の私の家みたい…。


散らかった玄関を抜けて居間に行くと、高齢男性が椅子に腰掛けていた。


「おお~マリちゃん! わしの看病しに来てくれたのか~! 嬉しいのぉ~、それだけで元気になってしまうわい!」


「あらあら、村長は相変わらずお上手ですこと」


なんか予想してたのと違った…、オアラーレのオルギ酋長みたいなイメージを思い浮かべてた…。失礼かもしれんが…涼しい顔でセクハラしそうな人だな…。


「お邪魔してます酋長さん、昨夜の事は災難でしたね」


「おおっ! ロイスにアレスかっ! それに…若い女…?! それも3人も…?! ──オマエ達…隅に置けんのぉ…」


「違ェよ」


酋長と言うよりも…ただのフレンドリーな普通のおじさんだな…。鳥の羽をあしらった部族衣装を頭に着けちゃいるが…それを加えても威厳が無ェな…。


怪我は大したことなさそうで安心したが…女性にセクハラとかしてるから昨日災難が続いたんじゃ…。


「いや~、わしも昔はゴリゴリの武闘派だったんじゃがな…ムルクのバカにしてやられたわっ! 寄る年波には勝てんかったわい! ガッハッハッ! 足っつぅ~!」

< 酋長〝川人族サール〟Raebin Laigレビン・レギンyn >


「色々されて最後まで引きずるの足の痛みニ?」


「っというよりまだ足攣ってらっしゃるんですか?」


まあ水に浮ける川人族サールが溺れるぐらいだからな…よっぽど激しく攣ったんだろう…。年齢に伴う回復速度の低下か…、げに恐ろしや…。


ミクルスが居れば…筋肉の痛みによく効く薬とか作ってもらえたんだが…。まあ大丈夫か…、きっと女性が看病してくれもんな…。


「怪我が大したことねェんなら、もうここに居る用はねェ。それよりムルクのジジイが崩した穴をどうするかだ」


「ちょいちょい待て待てい、用が済んだら即帰宅て…もっと高齢者を労わらんかい…。それにどうせあの土砂の状態じゃ…通れるのは早くとも明日じゃろうて。──それよりじゃ、ちとオマエ達に〝依頼〟を出したくてのぉ」


「依頼? 薬のおつかいならマリさんにしろよな…」


足に効く薬が欲しいのかと思ったが、酋長は手を横に振って違うと言った。ハンターであるアレス達への依頼か…なんか嫌な予感がするな…。


ただでさえトラブル続きなんだから…これ以上面倒事を持ち込まないでほしい…。


「これはまだ数人にしか言っておらんのじゃが…昨日のドタバタの最中にが山を越えてきよった…。月明かりにぼんやりと照らされたあの姿…あれは…──〝オニ〟じゃった…」


オニ…!?」


その名が出てきた瞬間…空気が瞬く間に緊張感に呑まれた…。争いとは無縁そうなマリさんですら口元を押さえて驚いている…。


だがそれもその筈…それほどまでに恐ろしい存在として知られているのだ…〝オニ〟という生き物は…。



 ≪オニ

動物・魔獣のカテゴリーから外れた固有の存在。肺と魔胞まほうの両方を有し、動物と魔獣両方の性質を併せ持っている。指定特級危険生物に定められる獰猛な肉食獣。



「今はまだ序口の森に留まっておるようじゃが…オニはいつまでも同じ場所には居られん質がある…。余所へ行くならまだいいが…双子町に向かえば大変じゃろう…? ハンター達は居るが…女子供も多い…」


確かに…狩猟町イントレイスの方ならば被害は抑えられるかもしれんが…万が一支度町マルベイの方へ行けば最悪な結果を生むことだろう…。


そこにはミクルスだって居る…、私達にとっても最悪の展開だけは絶対に回避しなくちゃならない…。


「今〝森番もりばん〟の子が追跡しとってのぉ、狩人商会ハンターギルドに依頼を出そうとしとったが…そんな時に若手エース2人が現れたわけよ! これはもう頼むしかないわなっ! ってことだからどうかよろしく頼むぞオマエ達!」



──第102話 散々〈終〉

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