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第103話 影

思わぬトラブルで先に進めなくなった私達のもとに、レビン酋長から面倒事が飛び込んできた。しかも依頼は〝オニ〟討伐…物凄くハード…。


さりとて断っても先には進めず…双子町にまで危険が及ぶかもしれないとあっては無視できず…、結局私達は酋長の依頼を引き受けることにした。


今も森番がくだんの鬼を追跡しているそうなので、まずはその森番と合流する必要がある。肝心なその方法はと言うと──


「 “ピュイー、ピュイー” 」


「あ~やっぱ〝リク〟可愛いなぁ~♡ 見る度に飼いたくなるぜ~♡」


「 “クギィ…! ギャギィ…!” 」


私の腕に尻尾を巻き付けてとまる羽の生えたヘビのような生き物、この大人しく可愛らしい生き物の総称は〝リク〟。


偽竜種レックス同様に人の言葉を理解できるほど知能が高く、人と完璧な相利共生そうりきょうせいを築く数少ない生物だ。



 ≪リク種≫

小さな4片の羽を生やした小型動物。世界最強の嗅覚を持っており、匂いを覚えさせればどれだけ離れていても辿り着ける。



リクが誇る嗅覚の探知範囲は大陸の端から端までと言われるぐらい優れていて、かのドラゴンですら凌駕するほど。序口の森なんてお茶の子さいさいだ。


こんなに凄い能力を持っていながら、人の手が無ければ野生で上手く生きていけない脆さがある…──何て可愛い生き物♡


ただあんまり可愛がってちゃダメだな、クギャが嫉妬してしまっている。ぼちぼちお仕事をお願いしよう。


私はロイスから〝附匂繊維ふこうせんい〟を受け取った。1本の髪の毛が結ばれた小さな布切れ、ここに例の森番の匂いがついている。


リクの前にそっと差し出すと、小さなお口から細長い舌が伸びてちょろちょろ動いている。匂いを記憶中なのだろう。


しばしその光景を眺めていると、やがてリクは舌をしまって私の顔を見つめてきた。いつでもいけるよっ!と目で伝えてきている。


「よしっ、そんじゃ早速鬼討伐に行きますか」


「待て荒女、オマエ等は集落ここで待機してろ!」


いざ討伐に向かおうとした矢先、またアレスが横槍を入れてきた…。しかも私達だけ集落で待ってろとのこと、まーたバカ言ってやがるぜ…。


「石版・魔物の件はいいが、今回の件は俺達がハンターとして依頼を受けたもんだ! 無関係なオマエ等が出張る必要は無ェ! 適当に待ってろ!」


「悪いが断る…! ハンターオマエ等への依頼とはいえ乗り掛かった舟だ、私達だけ休むなんてごめんだね…! それにだ…オマエ等鬼との戦闘経験はあんのか…? 鬼はただの強い生物じゃない…、舐めてかかれば一瞬でお陀仏だぞ…!」


鬼は種も個体数も少ない…だがそこらの危険生物と並ぶほどの被害件数が年間上がっている…。それも世界中でだ…。


それほどまでに鬼の危険度は計り知れない…、手練れのハンターでさえ容易に死亡報告が上がるレベルだ…。


「オマエへの当て付けで言ってるわけじゃねェぞ…! 互いにサポートし合わなきゃ致命傷を負う可能性もある…! そうなりゃ魔物討伐どころじゃねェ…! それはオマエも望むところじゃねェだろ…?! だから私達も行く、オーケー?!」


「──ったく…分かったよ…」


よしよし、理詰めでアレスの首を縦に振らせてやった。反論する暇なく正論で袋叩きにすれば、意固地バカもすんなり首を縦に振るみたいだ。


これでようやく出発できる。私達は改めてリクの案内のもと、襲来した鬼を討伐する為に序口の森へと入った。







序口じょこうもり


「カカ様は鬼と戦った経験があるんですか?」


「昔に1回だけな、16歳ぐらいの頃だっけかな? ハイラーゼ王都周辺に鬼の群れが出現したことがあったろ? 兵士とハンターに混ざって私も戦ったことがあんだよ」


「16歳の時に鬼の群れと…凄いねカカ。っで結果はどうだったの?」


「惨敗☆」

「ダメじゃねェか…」


流石に無理でしたねー。今ほど技術も洗練されてなかったし…衝棍シンフォンも安物だったし…、今思えば無謀にもほどがあるな…。


22歳現在でも1VS1サシで勝てるかどうか正直怪しいもんだ…。そんな苦い経験があるからこそ…私は鬼への警戒が強いのだ。


「結局その後はどうなったニ?」


「ジド兵長って知り合いが居るんだけどさ…その人にギリギリ助けてもらった…。ただエグかったぞあの人…1人でオニバッタバッタと斬り倒してくあの姿…。まるで鬼だったぞ…」


「ややこしいややこしいニ…」


多分アレは例外中の例外…ハンターだったなら間違いなく一等星の称号を与えられていた筈だ。間違っても自分にもできるなんて思っちゃいけない…。


鬼は複数人で協力して対処するのがセオリー…だがそれでも油断ならない難敵だ…。油断すれば一瞬で片道あの世旅…。


それに戦闘経験があるとは言え6年前のこと…多少なりとも色褪せた部分もあるだろう…。忘れた恐怖もあるだろう…。


死ななきゃ最善…欠損次善…、それくらいの覚悟で挑まねェとな…。まったくの別固体ではあるが…あの日のリベンジといこうじゃねェか…鬼…!




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




──昼過ひるす


「 “ピュイー! ピュイー!” 」


森を進んでそこそこ経つと、リクが可愛く鳴き始めた。蟲相手に鳴きまくってた私とはえらい違いだ…。


どうやらこの辺に例の森番が居るらしいけど…どこだ…? 周囲にそれらしき人影はないし…、本当に居るのか森番…?


リクを信じて辛抱強くあちこち見渡していると、突然私の足元に矢が突き刺さった。〝音〟がしないから敵意とかは無いんだろうが…逆にビックリした…。


「なになになに…!? どっから…!? 誰が…!?」


「カカ様…! あそこです…!」


そう言うアクアスの指は上を向いていた。指差す方向に目を向けると、高い木の枝の上に弓を持った人影が立っていた。肩には鳥がとまっている。


川人族サール特有の千草色ちぐさいろの肌に、冥色めいしょくの髪をした若い…女の子なのかな…?


髪は少年のような短髪だけど…わずかに胸が膨らんでるように見える。──しっかし軽装だなぁ…、へそ出しちゃってまあ…若い子らしい格好だ…。


「オイ余所者!! ここは今危険だ! さっさと消えろっ!」


「待て〝カーリー〟、俺だ! 酋長に頼まれて鬼討伐に来た! コイツ等は俺の連れだ、とりあえず下りて来い!」


「アレにい? それにロイにいも」


アレスの一声で、少女?は構えていた弓を下げて木から下りて来た。中性的な顔立ちだけど、近くで見るとやはり女の子だった。


いくつだろう? つり目でムッとした表情をしているが、顔にはまだ少しあどけなさが見てとれるし、20歳は越えてなさそうだけど。


「紹介するね。この子は〝カーリー〟、レビン酋長が言ってた森番だよ」


「ども…」

< 森番〝川人族サール〟Kerlea Lemirsカーリー・レミルセンcen >


カーリーちゃんはぎこちなくペコっと頭を下げたので、私達もお辞儀をして軽く自己紹介をした。


「アンタ達ハンターじゃないの? アレ兄、何で連れて来たんだよ! 酋長から事情聞いたんだろ?! ハンターですらない余所者なんて役に立たないじゃん!」


うおぉ…目の前に本人が居るのに結構辛辣な事言うのねカーリーちゃん…。何だか私より気が強そうな子だな…。


私達の身を案じてわざときつく言ってるのか…それともシンプルに役立たずだと思っているのか…。どっちにせよあまりいい第一印象じゃないっぽい…。


「そんなこと言っちゃダメだよカーリー。この3人はハンターではないけど、実戦経験は豊富みたいだからさ。それにあのカカって人は、昨日アレスと互角に殴り合ったんだよ? カーリーには出来ないでしょ?」


「えっ…アレ兄と互角に…? ──さっき飛空技師って言ってたけど…」


「武闘派な飛空技師なんだよ~、よろしくね~」


笑顔で手をヒラヒラ振ると、めっちゃひきつった表情を向けられた。戦力になると理解はしてもらえたみたいだが…代わりにどん引かれた…。


それほどアレスの実力が確固たるものである証拠なのだろうけど。マジで協力関係築けて良かった。


「挨拶はそれぐらいでいいだろ、それより肝心の鬼はどこだ?」


「あの洞穴の中だよ、〝ヒューイ〟が追跡してたから間違いない」


ヒューイ…恐らくはカーリーちゃんの肩にとまる鳥が鬼を追跡していたのだろう。鳥が鬼を追い、その鳥を更に追う…二重尾行ってやつだ。


しかしよりによって洞穴の中…外からじゃ内部がどうなっているのか全然見えない…。内部が広いなら襲撃を仕掛けてもいいが…狭いなら待機すべきだ。


細い一本道みたいになっているのなら尚更だ…、退路が後方しかない状況下じゃ勝ち目がない…。喰われに行くようなものだ…。


「あの洞穴って別の出口と繋がってたりするか?」


「いや、外に出るならあそこからしかねェ。内部はまあまあの広さの空間があるが…どうする鬼経験者…?」


洞穴にアクアスの弾をしこたま撃ち込んでもいいが…警戒されて中に籠られると手出しのしようがなくなっちまう…。だが…──


「流石に突入はリスクがデケェか…、仕方ねェ…出てくるまで外で待機だな…。──カーリーちゃんも戦うの?」


「当たり前だっ! オレはもう一人前の森番だぞっ! 子供扱いするな! 」


怒られたぁ…、何だか昔の自分を見てるみたい…ここまで荒くなかったけど…。


じゃあ一旦戦力の確認をしよう。前衛は私・ニキ・アレス・ロイスで、後衛がアクアスとカーリーちゃんになるのかな?


クギャはどうしよう…、まあ状況に応じて動いてもらうかアイツには。きっと大丈夫な筈だ、優秀だから。


「そんじゃ鬼が出てくるまで入り口を見張りながら、じっくり待つとしますか。その間に鬼に関する詳しい情報を共有するから、全員しっかり頭に入れといてくれ。まず一番警戒すべき鬼の特徴だが──」







<支度町 -マルベイ- >


「角のお姉ちゃん、お薬ちょーだい!」


「はいどーぞ、お嬢ちゃんもあんまり動いちゃダメだよ?」


「はーい!」


特効薬の完成によって息を吹き返した支度町マルベイ。しかしずっと寝たきり状態だった住民達の体調は万全とは言えず、不調を訴える者が多かった。


そこで現在ミクルスと数名の薬師が、体調を整える薬と栄養剤を処方していた。広場には町民達が集まり、ミクルス達は大忙し。


ニキが集めた大量の薬用素材も底をつき、狩猟町イントレイスの町民達が急ぎで素材をかき集める事態になった。


されど双子町総出の活躍により、支度町マルベイに回った毒は少しずつ分解されつつあった。活気が元に戻るのも時間の問題と言える。


そんな病み上がりの町に今…影を落とすように〝黒いローブ〟を身に着けた集団が足を踏み入れた。全員がフードを被った光景は不気味さを放っている。


町民達は奇異の目を向けるが、黒い集団は意に介さず通りを進んで行く。やがて集団はミクルス達の居る広場へと辿り着いた。


広場を見渡す先頭に立つ男は、やけに人が多く、どの人も手に薬の瓶を持っていることに違和感を覚えた。


何があったのかを尋ねようと、集団は薬を配っているミクルスのもとへ。


「おや? 君達も薬をご所望かな?」


「いや我々は特に必要ない、だが一つ尋ねたいことがある。この町で何かあったのか? 少々町民達の様子が普通ではないようだが…」


「それがね…つい昨日まで町民達が未知の病に蝕まれていたんだよ。〝魔物〟って言うよく分かんない生物の仕業らしくてさ…君達も気を付けた方がいいよ…?」


「──そうか」


それだけ小さく呟き、先頭の男はおもむろに腰に差した剣へ手を伸ばすと、薬が置かれたテーブルごとミクルスの胴を切り裂いた。


ミクルスは突然のことに何が起きたか理解できず、そのまま後ろに倒れて意識を失った。一部始終を見ていた町民は悲鳴を上げた。


「何をするんですか…?! 突然斬り付けるなんて…一体何のつもりで…」


「そう騒ぎ立てるな…これは〝断罪〟だ──その女は神に背いた不敬者…神に代わって裁きを下したにすぎない」


騒然とする広場の中、男は刃についたミクルスの鮮血を拭って剣を収めた。


「ところで一つ尋ねたいことがあるんだが、この町に人族ヒホは来たか? 〝宍色髪〟〝メイド〟〝頭巾〟の3人組だ、見てないか?」


「何故そんなことを聞く…? オマエ達に答える筈がないだろう…!」


「──そうか…では聞き方を変えるとしよう。幸い広場ここには人が多くいる、死ぬ運命にあった余分な命だ…答えたくなるまで散らすのもいいだろう」


そう言って男は鞘に収めていた剣に再び手を伸ばすと、それに合わせるように後ろの面々も武器へと手を伸ばした。


広場には年寄りや子供も居り、嫌でも最悪な情景が浮かんでしまう…。薬師の男は葛藤の末…観念して口を開いた。


「その人達は確かにこの町へ来たが…もう居ない…」


「魔物討伐に出向いたわけか…出遅れたな…。きっと魔物はネブルヘイナ大森林にいる筈だ…行くぞ、人族奴等に追いつく」


欲しい情報を得た黒い集団は、何も気にせずその場を離れていく。後ろでは町民がミクルスの介抱をしようと集まっているが、まるで意に介さない。


道の真ん中をずかずか進み、凶刃を振るった黒い集団は町の外へと出ていった。向き合うは序口の森、次は深い深い森の奥に影を落とそうとしている。


「さァ行くぞオマエ達…! 我等〝ランルゥ教団〟が魔物を守護し、神に代わって不敬者共を一掃する…! ──神の予定調和は…何人なんぴとにも乱させん…!」



──第103話 影〈終〉

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