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第104 鬼退治

──よい -序口じょこうもり


「ふぁああ~…、いつになったら出てくるニ…?」


「あんま気ィ抜くなよニキ…突然飛び出してくるかもしれねェぞ…?」


草むらに身を隠し、洞穴の中に潜む鬼が出てくるのをジッと待っているが…気付けば辺りは暗く、空も直に真っ暗となるだろう。


鬼は何をやってんだ…寝てんのか…? 同じ場所には留まっておけない性質の生物なんだし…そろそろ出て来てもいい頃なんだがな…。


「 “──バサッ! バサッ! バサッ!” 」


「あぇ…? な…なんだ…?」


洞穴を凝視していると、何やら大きな翼を羽ばたかせる音が空から聞こえてきた…。何でこう面倒事って連続するのかね…。


息を殺して様子を窺っていると、空から深碧しんぺき偽竜種レックスがおりてきた。クギャには無い角があって、翼膜には黒い斑点模様があり、さらには尻尾にトゲすらも…。


「あの偽竜種レックス…クギャよりカッコいいな…」


「 “クギィ…!?” 」


私がそうボソッと呟くと…クギャは鼻先で背中をグイグイ押してきた…。大丈夫だよクギャ…オマエのが可愛いから…。


しかしこれどうしたものかな…、鬼との戦闘邪魔されるのは嫌だが…前菜としていただくのも消耗するから嫌だな…。


勝手に消えてくれないかなぁ…ってか何でアイツ来たんだよ…。オマエの食料になるようなお肉ないよー? ──いやまあ私達がそうなのかもしれんけど…。


「こういう時どうすんだ二等星…?! 追い払えねェのか…?!」


「下手に刺激するのは危険だから…このまま居なくなるの待つしかないね…。でも…くぅぅ…、あの偽竜種レックス捕まえたい…」


「ああ…手懐けてェ…」


「こんな時に何言ってんだ2人揃って…」


ハンター2人は偽竜種レックスを目の前に…あろうことか私欲的な何かを抱いてやがる…。状況分かってる…? 鬼戦控えてるんだぞ…?


そりゃハンターからしたら使役獣として偽竜種レックス欲しいのかもしれんけどさ…、結構値段するしな…。


とて今は大事な場面なんだから…どうか自重してくれ…。偽竜種レックスをペットとして連れ歩いてる私が言うのも忍びないがな…。


「 “クルルゥ…” 」


「ニ? もしかしてあの洞穴…偽竜種レックスの住処ニ?」


偽竜種レックスは私達に背を向けると、ゆったりとした足取りで洞穴の中に入っていった。これはある意味好都合。


少しでも偽竜種レックスが鬼にダメージを与えてくれれば、その後の私達が楽になる。寝込みを襲えばワンチャン…──。


「 “クルルァ…?!! クルルルゥ…?!” 」


「 “ゴォォォォォォォ!!!” 」


──ダメだったかぁ…、偽竜種レックスと言えども流石に鬼相手は分が悪かったらしい…。いよいよこの時が来た…。


偽竜種レックスの鳴き声が聞こえなくなった頃…全員の戦う心構えが整った。空気が変わったのはアクアス達も気付いた筈。


深く息を吸い込み…ゆっくりと吐き出しながら集中を高めていく…。肺の空気を全て出し切ったと同時に…は姿を現した…。


クマのような巨体に全身を覆う黒鳶くろとびの毛皮、ウシのような蹄、巨大なヤギのような眼、唇がない口からは人のような平らい歯が剥きだしになり、頭部には太い角が2本生えている。


到底受け入れられない異形な姿と威圧感を放つ四足獣…。夜の闇と相まって不気味度はMAX…、覚悟した心が揺らぎそうだ…。


口元にベッタリとついた赤色は…さっきの偽竜種レックスの鮮血だろう…。油断すれば自分もああなるという警告にも思える…。


寝起きの食事を済ませた鬼は、満足気にのっしり歩きながらどこかへ行こうとしている。警戒していない今が奇襲の好機…! 初撃が重要だ…絶対に失敗できない…!


鬼の顔がこっちを向いてないことを確認し、私は衝棍シンフォン回しを開始。地面や木にぶつからないよう気を付けて全力で回す。


十分に勢いを溜め、そのまま鬼に目掛けて投げ飛ばした。


「〝華天かてん〟!!」


「グゴォォォォン…?!!」


放った衝棍シンフォンは狙い通り鬼の左後ろ脚に命中した。予期せぬ不意打ちに鬼は体勢を崩したが、すぐに立ち上がろうとしている。


だがその隙を逃しまいと、飛び出したアレスが鬼へと追撃を繰り出す。


「〝無心の剣フロー・ブレイク〟!!」


アレスは高く掲げた剣を勢いよく振り下ろした──っがそこに鬼の姿はなかった…。土が抉れた攻撃跡だけが虚しく残る…。


鬼は気付けば私達から離れた場所に移動しており…大きく不気味な目を見開いて様子を窺っている。今のうちに衝棍シンフォンを回収しちゃおう。


「あの体勢から避けれんのかよ…、マジで速ェな…」


「油断すんなよ…? いつあの速さで攻撃されるか分かんねェからな…」


鬼は無駄に図体がデカいくせして…まるで小動物のように素早い動きを見せる。目を離せば視界の外から一瞬で距離を詰められ…平らな歯で噛み潰されるだろう…。


その機動力を削ぐ為に初撃で脚にダメージを与えたのだが…それでもなおクソ速い…。効いてない筈ないと思うが…そう捉えてしまうほどピンピンしてる…。


鬼は未だ微動だにしないまま私達を見つめるばかりだが…私もアレスも一切警戒を解かずに構えを取り続けた。


それは鬼のの特徴を知っているからだ…。っというより動きの速さは単なるおまけにすぎない…要警戒すべきはこっちだ…。


“──キーン…!!”

「 “ガァァァァァ!!!” 」


「「 …っ?! 」」


攻撃それは突然始まった…、さっきまでただ佇んでいた筈の鬼が…大口を開けて私達の目の前に迫ってきた…。


私は〝音〟のおかげで一足早く動くことができ、飛び込んできた鬼の攻撃を屈んで何とか躱すことができた。


「アレス…?!」


「平気だ…! 警戒してりゃ避けられる…!」


「おおっ…流石だな荒男…」


アレスの身を案じて振り返るも、当の本人は上から降ってきた…。私は下を潜って避けたが、アレスはジャンプで鬼の攻撃を跳び越えたらしい。


攻撃が失敗に終わった鬼はすぐに体の向きを変え、再度私達を気味の悪い眼に映す。だが今度はこっちのターンだ…!


私は鬼の意識を逸らすように衝棍シンフォンをわざと大袈裟に回した。その瞬間、茂った草むらからタイミングを合わせたようにニキとロイスが飛び出した。


「〝纏哭てんこく〟!!」

「〝薙ぎ断ちアルミーガ〟!!」


私に最大限の意識を注いだことで生まれた絶対的な隙、そこへ完全に意表を突いた不意打ちが繰り出された。


だがまたしても…鬼は姿を消した…。ニキの拳とロイスの薙刀は虚しく空振りに終わり…、奇襲作戦のおよそ6割が失敗となった…。


鬼は更に後退し、より一層周囲を警戒しながら静かにこちらの様子を窺っている。


「ニー!? 今のも避けるニー!?」


「本当に動きの先読みができない…、こんな生き物がいるとはね…」


鬼で最も警戒しなくてはならない要素…、それは〝予備動作の無さ〟だ…。


鬼は一切の予備動作を省略して動くことが可能な〝無備動性むびどうせい〟を持つ数少ない生物の1種で…その中でも特に脅威度が高い…。


一見棒立ちしているように見えても油断できない…、何の前触れもなく突然飛び掛かってくる恐れがある…さっきのように…。


無備動むびどう〟と〝素早い動き〟…これが他の生物から恐れられる鬼の特性…。これに加えて力も強いときた…、ほんと辟易する…。


「── “ゴァァグゥゥゥ…!!” 」


「おっと…何かしてくるつもりだぞ…!」


鬼は唸り声を上げて…身を低くしだした。あくまで無備動むびどうで…普通に予備動作を見せることもある。


むしろそれが緩急となり…油断していなくともやられてしまう…。そしてそれは鬼も知っている…だからわざわざ予備動作を見せてきている…。


「 “グゥゴォ…!!” 」


「ニ…!? 逃げたニ…?!」


「いや…森の中に隠れただけだ…! いつ襲ってくるか…どこから襲ってくるか分からねェ…、背を合わせて周囲を見張るぞ…!」


真っ直ぐ飛び掛かってくると思っていた鬼は森に身を隠した…、きっと奇襲のタイミングを見計らっているに違いない…。


暗い森の中からガサガサと草が揺れる音だけが聞こえる…、それもあちこちから…素早く動き回っている証拠…。


やがて草の音はピタッと止んだ…、どこから攻撃を仕掛けるか決まったようだ…。こっちから鬼の姿は確認できないし…音の出所も見失った…。


頬を伝う汗を拭う暇すらないほどの緊張感…五感の全てを研ぎ澄まして鬼の攻撃を待つ…。先に集中力を切らした方が負ける…。


「 “キュゥゥゥ!! キュゥゥゥ!!” 」


「…っ! こっちだ! 俺の向く方角に居る!」


突然空から鳥の地鳴きが聞こえ、その直後アレスが鬼の居場所をざっくりと特定した。私にはまだ姿が見えていないが…アレスには分かるらしい。


アレスが向く方角に体を向け、目線だけを上にやると、暗い空に鳥らしき姿を発見。その鳥は円を描くように一箇所に留まり、地鳴きを続けている。


なるほど了解…あれはカーリーちゃんのヒューイだな? 空から鬼の姿を見つけて、その居場所を私達に伝えているんだ。


「大体の方角が分かれば先手が打てるっ!〝揺撃ゆりうちつぶて】〟!!」


扇状に広がる砕けた石礫が、闇の中に消えていく。鬼はきっとこちらを見ている…となれば木の陰には隠れていない筈。きっと何個かヒットするだろう。


それから間もなくして鬼の声が響いた、予想通り石礫が直撃したみたい。大した傷ではないだろうが、塵も積もれば何とやらだ。


思わぬ攻撃を浴びた鬼は、奇襲を仕掛けるでもなく普通に姿を現した。されどその顔には明らかな怒りが浮かんでいた。


より警戒を強めなきゃいけないが…鬼はまだ本気を出していない…。私達を餌と見ている内は本気にならない筈だ…明確に〝敵〟と認識されるまでは…。


要はその前に可能な限り外傷を与えるのが重要…、鬼が本気になれば攻撃を当てるのも難しくなる…。仕掛けるなら今の内だ…!


「私が前に出る…! いつでも攻撃できるように構えてとけ…!」


「了解ニ!」


鬼の出方を窺う意味も含め、私1人で鬼に突進していく。だが私から攻撃するつもりはない…私の意識は全て回避と防御に向けている。


本当に危険な状況に陥ってもアクアス達が何とかしてくれると信じ、恐怖を噛み殺して鬼に近付いて行く。


「 “ガァグゥゥゥゥ!!” 」


「うェ…!? マジかよ…?!」


てっきり飛び掛かってくるかと思いきや…鬼はそばに生えていた木に噛み付くと、根っこごと引き抜いてしまった…。


そして案の定それを私に向かって放ってきた…。避けるのは容易いが…問題はその後だ…、死力を尽くして乗り越える…!


私は右に逸れて木を交わしたが、やはり二段構え…鬼は更なる攻撃を仕掛けてきた。無備動からの噛み付き…シンプルながら最も厄介な攻撃…。


「 “──クギャー!!” 」


「 “ギィゴガァ…!?” 」


気合いで避けようとした矢先、木の上に忍んでいたクギャが鬼に飛び掛かった。クギャは鬼の背に爪を立てながら、その牙で首に噛み付いた。


これには流石の鬼も動揺し、振り落とそうと必死に体を動かしている。巻き込まれは怖いが、クギャに意識が向いてる今がチャンス…!


「〝竜撃りゅうげき〟!!」

「〝無心の剣フロー・ブレイク〟!!」


私達の意図を察したクギャは寸前に鬼から離れ、私とアレスの攻撃はほぼ同時に炸裂し、鬼は少しよろついた。


そこへ間髪入れず第二陣が追撃を試みるが…鬼は既に体勢を整えてしまっている。このままじゃニキ達の追撃はまた失敗に終わってしまう…。


── “バァン!! バァン!!”


「 “ギィグァ…?!” 」


突然夜の森に響いた2つの銃声、それと同時に鬼の足と地面がパキパキと音を立てて凍り付いた。


ナイス援護サポートだアクアス…! これなら鬼と言えども簡単には逃れられない…!


「〝薙ぎ穿ちシュターチ〟!!」

「〝纏哭てんこくげき】〟!!」


ニキとロイスによる鮮烈な攻撃は確かなダメージを与え、ニキの怪力によって鬼は地面の上を転がった。


木に衝突して止まった鬼は、天を仰いで痛みに悶えるかのように咆哮を上げる。このまま更に追い込んでいきたいが…深追いはリスクも高い…。


手負いの獣は恐ろしいと言うが…手負いの鬼はもっと恐ろしいだろう…。あれでもまだ致命傷には至っていないだろうしな…。


普通に走ったってどうせ回避が間に合っちまうだろうし、今は冷静に鬼の出方を窺うのがセオリー…──ってアレス…!?


「〝斑千風エクゼト〟!!」


私の少し後ろに立っていた筈のアレスは、突如物凄い速度で鬼へと接近していき…剣を勢いよく振り上げた。


鬼も無備動回避ですぐにその場を離れたが、飛び散った血の痕が確かな攻撃の成功を物語っていた。


手負いとは言え…まさか鬼の回避速度を上回るとは…。ってか今のアレスの物凄い加速は何だ…? アイツ何の蟲人族ビクトなんだ…?


「 “グゥゥゥ…! グゥガァグゥゥ…!” 」


「皆気を付けて…! 鬼の様子が変だよ…!」


衝撃に内部をやられ…剣と薙刀に斬られ刺され…怪力頭巾に蹴り飛ばされ…、いよいよ鬼の怒りは頂点に達したようだ。


地面を何度も踏みしめ、何やら体を震わせている。すると何やら鬼の角が青白く光り始め…それに呼応するように全身の毛が逆立っていく。


どういうわけか体毛の先端部も青白く変色し始め…角ほどではないが淡く光を発している…。更には蹄までもが変色し…暗い森に光が灯った。


何が起こっているのか様子を見ていると、不意に鬼は前脚を持ち上げ、青白い蹄を地面へと叩きつけた。


“バチバチバチッ!!”


「うおお…!? で…電気…!?」


蹄からほとばしった稲妻は…木に焦げ跡を残し、地面を軽く抉った。ついに鬼は私達を〝餌〟ではなく〝敵〟と認識したらしい。


電気を放出する鬼か…、これまた過酷な戦いになりそうだぜ…。


「 “グゥゴォォォォォ!!!” 」

<〝序口の森に現れた鬼〟鳴光鬼ナリオニ



──第104 鬼退治〈終〉

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