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第107話 左の展望

「なんじゃこりゃ…」


長い長いトンネルの先──狭く暗い一本道を抜けた先には、脳が処理しきれないほど鮮やかで雄大な大自然が広がっていた。


例えが見つからないほど太い幹をした背の高い巨木、赤・青・黄色と色とりどりな木の実、地面を埋め尽くさんと生える草の絨毯やキノコ類。


木の表面から滲んだ樹液にはキメェ蟲共が集まり、空には尾がやたら長いオタマジャクシみたいな生物がふよふよ漂い、何かの遠吠えが聞こえる。


素人目にも序口の森とはまるで異なる世界だということが分かる…。何か…凄いな…、都会っ子にはちょっと刺激強いぜ…。


ハンターや森番が管理・出入りしてる序口の森とは違い…ほとんど人が手を加えていない環境…。中々言葉にならないな…。



-ネブルヘイナ大森林-


「凄いニ凄いニ! まるで宝の山ニ~! ニャッハハ~♪」


「待て待て待て…! 勝手に動くな頭巾…! 何がいつ襲ってくるか分からねェんだ…できるだけ固まって行動を…」


「〝篝火茸カガリビダケ〟ゲットォォォ!!」


「オイ聞け紫頭巾…!! モーブゥに縛り付けて送り返すぞ…!!」


すまんなアレス…ウチのバカタレが好き勝手やって…。ニキのことはしっかり管理しておこう…でないと目を離した隙にふらっとどこかへ行っちまう…。


こんな障害物だらけの場所で迷子にでもなられたら堪らん…、砂漠以上に合流が面倒だ…。アクアスが居るとて面倒だ…。


「ったく…さっさとムルクのおっさん共を探すぞ…、ただでさえ捜索範囲が果てしないんだからな…」


「そうだね、全員手分けして手掛かりを探そう」


トンネル周辺での手掛かり探しが始まった。ムルクさん達がまずどの方向へ歩を進めたのか分かれば、後追いも十分可能だろう。


とりあえずそれらしき足跡がないか地面を探ったり…するフリをしながらこっそりアクアスに近付く。


「どうされましたカカ様? 何か手掛かりがありましたか?」


「それを〝見る〟のがオマエの仕事だろうが…。何を真面目に足跡探ってんだ…他の皆に怪しまれないように〝軌跡〟を探せ…」


「あっ…そうでした…」


ムルクさん達がここを訪れたのは2日前、それならまだアクアスの能力チカラで行動の〝軌跡〟を追っていける。


通常ほとんど人が立ち入らないってのもプラス要素、追うべき〝軌跡〟を間違えずに済む。後は面倒な危険生物との接触をどれだけ避けられるかだが──


「おーい皆ー! こっちに足跡があったよ!」


アクアスが発見する前にカーリーちゃんが足跡を発見したらしい。流石は森番…そういうのにも長けているのか…。


ひとまずカーリーちゃんのもとへ向かうと、皆が見ている先には確かに薄っすらと残された足跡が見て取れた。


それも複数、これは間違いない筈──そう思ったが、ふと見たアクアスは…どこか腑に落ちない表情を浮かべていた。


「どうしたアクアス…? 何か気になるのか…?」


「実は…ここへ来る途中にも人の〝軌跡〟を見つけました…、この足跡よりも〝軌跡〟をです…。恐らくですがこの足跡は…ムルク様達のものではありません…。のものです…」


確かアクアスが見ることのできる〝軌跡〟は3日前までが限界で…古いものほど薄く見える…んだったか…?


アクアスによれば、カーリーちゃんが見つけた足跡は昨夜の深更しんこうからあかつきまでの間に残されたものらしい。


私達含む集落の全員がぐっすり寝ていたであろう時間帯だ…。その時何者かが集落を訪れ…トンネルを抜けてここに…?


一瞬あの獣賊団クズ共が頭に浮かんだが…これは明らかに靴の跡だ…、連中は靴を履いてないから違う…。


森だから靴を履いた…? 焼きつくような熱さの砂漠でも裸足でいられる奴等が…? ありえない…つまりこれは第三者の足跡…。


「よし、幸い足跡はずっと続いてる。急いで辿れば追いつける筈だ、行くぞ!」


「いやちょっと待ってくれ! それについて少し話がしたい…」


私はアレスを呼び止め、アクアスに〝軌跡〟を見たという場所まで案内させた。そこにも幸い消えず残された足跡があり、それを皆に見せた。


「あれ? 何でこっちにも足跡があるニ? 手分けして魔物を捜索したのかニ?」


「いやそれは考えにくいよ…。ムルクさん達は常に4人編成で動いて…それを決して崩したりしない…、そう語ってるのを嫌ほど聞かされたから…」


「実績のある一等星ハンターチームだ…不用意に編成を崩す真似はしねェよ…」


これで全員の意思は決定、この足跡を追ってムルクさん達を追うことにした。だがそれと同時に湧き上がる得体の知れない気持ち悪さが胸に広がった…。


足跡の数からしても4~5人なんて規模じゃない…、もっと大人数がこのネブルヘイナ大森林に立ち入っている…。目的は…もちろん不明…。


後を追って何者なのかを確かめたいが…今はこっちを優先しなければならない…。願わくば…遭遇は遠慮したいものだ…。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「次はあっちです、あっちに足跡が続いています」


「ヒューイの反応は無し、付近には居ないね」


あれから〝軌跡〟を辿って森を進み続ける私達だが、一向にムルクさん達の背中は見えてこない…。不審に思われない程度にショートカットしてるんだがな…。


何せムルクさん達があっちこっちグネグネ動いてるから…あっち行ったけどまた引き返したりとかが多いんだ…。


しかも捕食者が多いとかって理由でモーブゥを連れてこれず…、結局自分達の足で森を闊歩しなきゃならなくなった…。


以上の理由でムルクさん達の捜索は難航中…、早いとこ見つけてしまわないと…例の足跡連中と遭遇するかもしれないってのに…。


「…うん? なんだこの布みてェなのは…──うおおおおおっ…!!?」


「カカ様…!?」


いつの間にかひらひらとした藍白あいじろの布みたいなものが体に巻き付いていて、それを剥そうと掴んだ瞬間…体が真上に引っ張られた。


何が何だか分からぬまま上を見ると…トンネル付近でも見たデケェ人魂のようなオタマジャクシのような生物の群れが漂っていた…。


あの目も耳も鼻も口も無い丸っこい部分が頭なら…今私に巻き付いてるのは尾っぽか…。ギチギチに締め付けてきやがる…。


ひとまず衝棍シンフォンに手を伸ばそうとすると…別の個体の尻尾が右腕に巻き付いて阻止された…。はたして偶然なのか狙ってなのか…。


更には左腕や脚にまで巻き付かれ…空中で完全に身動きを封じられてしまった…。まだ完治してない左腕が痛い痛い…。


「おーい二等星ハンター! コイツ等何なんだー?! 危険生物なのかー?!」


「ソイツ等は〝飛布蛞パンプラート〟、皮膚から獲物の血を摂取する吸血動物だっ!」


「ひ…皮膚から…? ど…どうやって…?」


「まあ…普通に高い所から落としたり…そのまま何度も木に打ち付けて大量に出血させたりしてだろうな…」


見た目以上にエグい生態してやがるじゃねェかコイツ等…! てっきりふよふよ浮いてるだけの大人しい生物かと思ってたわ…!


そんな事を思っていると…飛布蛞パンプラート共は私をどこかへ連れ去ろうと動き始めた…。何この新感覚の恐怖…?!


「カカ様を返しなさい…!〝迅通弾じんつうだん〟!!」


アクアスが撃った弾は見事に私の左腕を締め上げる個体に命中。ひらひらと尻尾をたなびかせながら、勢いよく地面に落下した。


それを皮切りに…周囲を漂う飛布蛞パンプラートの群れが一斉にアクアス達の方へ踵を返した。餌の運搬を邪魔されて怒っているかのようだ。


アクアス達は大変だろうが…群れが居なくなったこの好機チャンスを有効に使う…! 私は痛む左腕に鞭を打って、腰の方へ手を回す。


取り出すはクソエナとの戦いで破損したナイフに代わる新たな毒ナイフ…! それを力いっぱい脚に巻き付く飛布蛞パンプラートの尻尾に突き刺した。


思いのほか肉質は柔らかく、刃が根元までズブリと刺さった。そのまま縦に切り裂くと、痛みに悶えるかのようにうねうね動いて落下していった。


残すは体に巻き付く1体のみで、コイツの尻尾にも容赦なく毒ナイフをぶすり。同じように切り裂こうとすると、素早く尻尾を解いて逃げようとしだした。


もちろん逃がしません、コイツにはクッションという大事な役割があるんで。空に逃げようとするコイツの尻尾にしがみつき、必死にを待つ。


寄生虫みたいにウニョウニョ蠢く飛布蛞パンプラートだったが、やがて錆びついたかのように動きが鈍くなり、私もろとも落下。


ようやくナイフに塗っていた麻痺毒の効果が表れたようだ。私は急いで飛布蛞パンプラートを手繰り寄せ、地面に接触する前に下に敷いた。


そして地面に落下…、衝撃は殺しきれなかったが…痛いだけで済んで良かったと考えるべきだろうか…。


私のクッションになった飛布蛞パンプラートはベチャッと潰れ…血と思しき真っ黒な体液を垂れ流して息絶えていた…、まあ自業自得…。


する必要のない同情はせず、急いでアクアス達のもとに向かおうとしたが…何だか想像以上に善戦してて参戦しづらい…。


足元には既に数体の亡骸が転がっており…全員が上手いこと連携してて隙が無い…。何か疎外感を感じるから無理やり混ざっちゃお。


そう考えて駆け出した瞬間…アクアス達の周りを浮遊する飛布蛞パンプラート共が一斉にこっちを向いた…。そしてこっちに向かって来た…!


「うわああああっ!? 何でそんな私ばっか狙うんだよー!?」


「血が濃いんじゃねェか…?」


「なるほどォ…?! 否定はしねェぜ…! ──助けてくれェェェ…!!」


衝棍シンフォンで必死に迎撃はするが…押し寄せる圧が凄過ぎて怖い怖い怖い…! 餌を逃さんとする必死さがクソ怖い…!


近付く奴は片っ端から衝棍シンフォンで返り討ちし、巻き付かれたら素早く毒ナイフで拘束から逃れる。その繰り返しだけど…そろそろキツーい…!


「〝斑千風エクゼト〟!!」

「〝炸裂弾さくれつだん〟!!」

「〝乱曲らんきょく六矢むや〟!!」


アレスが近くを漂う飛布蛞パンプラートを切り裂き、アクアスとカーリーちゃんが上を漂う群れに弾丸と矢を浴びせた。


だがそれでもなお飛布蛞パンプラートはしつこく私を狙い続ける…、そんなに私の血は珍しいですか…? そんな美味しそうな匂いします…?


「伏せろ荒女…! 今だロイス!」


突然アレスに背中を押されて、半ば強引に地面に伏せさせられた。上に覆い被さるアレスのせいで状況が分からんが…ロイスが何かするっぽい…。


「〝酸噴射ゾール・アウト〟!!」


隙間から覗き込むと…ロイスが口から透明な液体を大量に吹き出していた…。曲芸みたいだが…吹きかけられた飛布蛞パンプラートは苦し悶えている…。


それが決め手になってか、しつこい飛布蛞パンプラート共はようやくどこかへ逃げていった。何だったんだ本当に…。


「カカ様…! 大丈夫ですか…?!」


「まあ…大丈夫ではあるけどさ…。序口の森も含めてだけど…何か森に入ってから私だけずっと不憫じゃないか…?」


「蟲に叫んだり…木登りできなくて轢かれかけたり…攫われかけたり…、確かにカカだけずっと不憫ニね。都会っ子への洗礼ニよきっと」


実に納得のいかない話だ…森が嫌いになりそうだぜ…。次は何が起こるかな…? 突然内側から体が爆発するとか…? へっ…笑えねェぜ…。


軽い自虐をしながらアクアスの手を借りて立ち上がり、服についた土汚れを叩いて落とす。これからの移動は上空にも気を張らないとな…。


「そういやロイス、さっきのは何だ? 大量の唾液?」


「流石に違うよ…酸だよ酸。僕は〝孤酸蟻ゾーラアント〟っていうアリの蟲人族ビクトだからね。まあ酸って言っても…そこまで強酸じゃないんだけど…」


「ほえ~、アリにも色んなのがいるんだなぁ。──もしかして鬼に攻撃しても稲妻が発生しなかったのってひょっとしてそれ?」


「うん、物は試しで刃に酸を纏わせて斬ってみたら、体毛を溶かしながら攻撃できたんだよね。金属を溶かすほど強い酸じゃないのが功を奏したよ」


こういう話を聞く度に獣人族マニカ蟲人族ビクトが羨ましく思える…。いいよなー…色んな個性があって…、隣の芝生が青すぎるぜ…。


アレスも何かしら凄い能力を持つ蟲の蟲人族ビクトなんだろうなー…いいなー…。あの高速移動をいつでも使えるのはさぞ気持ちいいんだろうなぁ…。


「何だよ…何だその目は…。特に負傷してねェんならさっさと先に進むぞ、今ので少し足止めを食らっちまった…」


「そうだな、進めるだけ進んじまおう」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




その後も〝軌跡〟を頼りに森の奥へ奥へと進む私達。当然その道中は幾度も危険と鉢合わせた…、樹皮に擬態する毒ヘビ…前歯がデカすぎる巨大ネズミ…いつの間にか肩に乗っていたカナブン等々…。


その度に力を合わせて切り抜けてきたわけだが…ある地点から突然大人しくなった。言葉にできない不気味な静けさ…、確証の無い不穏感に腕を引かれる…。


明らかに何かが違う…まったく生物の息吹を感じない…。蟲の鳴き声も鳥のさえずりも…、私達の歩く音だけが聞こえるばかり…。


「アクアス…本当にこの先に続いてるのか…?」


「それは間違いありません…。ただ他の生物の〝軌跡〟がかなり不自然でして…、まるでかのように…同じ方向に動いています…、それも大群で…」


単なる偶然の重なりとは考えにくいな…、それだけ確実に〝目的〟へと近付いている証拠なのだろうが…。


恐らく他の全員もこの違和感に気付いている筈…。一歩進む度に…一抹の不安がどんどん大きな胸騒ぎに変わっていく…。


それでも足を止めずにいると…目の前に開けた空間が現れた。しかしそこには…踏み荒らされた地面や薙ぎ倒された木々が広がっていた…。


まるで鬼がしてみせた爆発の後のようだ…、されどその規模は遥か上を行くほど広範囲に及んでいる…。


「〝軌跡〟はどうだ…?」


「ダメですね…恐らく埋まってしまっています…」


この地面の様子じゃ普通の足跡なんて残っちゃいないだろうし…追跡は難しそうだ…。──もっとも…その必要があればだが…。


「 “──キュゥゥゥ!! キュゥゥゥ!!” 」


かなり遠くの方から甲高い鳴き声が響く、ヒューイが何かを見つけたらしい。私達は駆け足でヒューイのもとへ向かう。


弧を描くように空を飛ぶヒューイ、どうやらあの真下に何かがあるらしい…。それがまだ何なのか分からないが…冷や汗が止まらない…。


やがてヒューイの姿がはっきり見えてきた頃…私達は一斉に足を止めた…。まるで辺りの静けさに溶け込むように…全員がに息を呑んだ…。


所々黒く変色した土…赤黒いシミが残る倒木…、見慣れた部位…潰れた肉…、無気力に転がる人の死体…そしてムルクさんの亡骸…。


下半身が完全に潰されていて…生気の抜けた虚ろな眼が空を映している…。他の人達も…目を背けたくなるほど凄惨な骸と化していた…。


その光景に…カーリーちゃんは思わず吐き出してしまった…。私達もまた…この光景を前にまったく動けなくなった…。


呼吸も忘れて…ただ目の前の過ぎた死を眺めるばかり…。無限にも思える沈黙…それを破ったのはアレスだった…。


「血が乾いてる…、恐らくは昨日…魔物と接敵して戦いになった…。っで結果は見ての通り惨敗…、あの人達でさえ…」


アレスは冷静にこの状況を吞み込もうとしているが…握り拳が小刻みに揺れていた…。突き付けられた現実は…あまりに無慈悲なものだった…。


「──とりあえず一度町に戻ろう…、町の皆や…遺族達に報せないと…」


「そうだな…、可能限り連れ帰ってやろう…」


「私達も手伝うよ…。アクアスはカーリーちゃんに寄り添っててくれ」


辺りに原生している巨大な葉っぱを採取し…傷が付かないよう丁寧に遺体を包んでいく…。だが周囲をいくら捜索せども…あと1人の遺体は見つからなかった…。


魔物に喰われたか…それとも遠くに飛ばされてしまったか…、いずれにせよ手掛かりが無い為…捜索は断念となった…。


2人の遺体はクギャの背中に乗せて縄で縛り、ムルクさんの遺体はアレスが担いだ。カーリーちゃんの様子が落ち着くのを待って、私達はこの場を離れた。


重苦しい空気感の中…静かにトンネルを目指して引き返した──…。



──第107話 左の展望〈終〉

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