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第108話〝必ず〟

──中宵ちゅうしょう <支度町 -マルベイ-> -中央役所セラントギルド


ネブルヘイナ大森林から一時帰還した私達。辛うじて回収することのできたムルクさん含む3人の遺体を…中央役所セラントギルドに置いてきた…。


一等星ハンターパーティが全滅したという報せはあっという間に双子町中に広がり…死を嘆く者や受け入れられない者が多数集まった…。


町民達や若青団の面々…そして遺族達の涙をこぼす声に耐え切れず…私達は中央役所セラントギルドの外に出ていた…。


少し離れた所から中央役所セラントギルドを眺める私は…クギャをひたすらに撫でて落ち着かない心を無理やり鎮めようとしている…。


「別れはいつも辛いものニね…、遠目で見てるだけで辛くなるニ…」


「ああ…そうだな…、これ以上辛い思いをする人を出さない為にも…必ず私達の手で魔物を討ち取るぞ…」


「はい…必ず…」


改めて強く心に誓った…、もうこんな景色は見たくないし…あっち側に立つのは二度とごめんだからな…。


今はただ…この決意が薄れてしまわないよう…目を逸らさずこの光景をしっかり焼き付けておく…。


「──皆さーん…!! ここに居ましたか…!」


道の向こうから誰かが大慌てで走ってきた。よく見ればそれは、治癒療院ヒーリングギルドに居た療士りょうじの1人だった。にしても凄い慌てようだ…。


私達の目の前まで来た療士りょうじは、膝に手をついて呼吸を整える。随分息が上がっているようだが…町中駆け回って私達を捜していたのか…。


「どうされたんですか…? また何かトラブルでも…?」


「いえ違います…、いや間違いではないのですが…とりあえず大変なのです…! 落ち着いて聞いてくださいね…、昨日の事なのですが…──」







治癒療院ヒーリングギルド


「ミクルス…?! ミクルス…?!!」


「うわわっ…! ダメですダメです…! まだ絶対安静なんですから…!」


療士りょうじから驚愕の話を聞かされ…私達は急いで治癒療院ヒーリングギルドに足を運んだ…。ミクルスが斬られ…緊急手術が行われたという話を…。


勢いよく部屋に入ってミクルスのもとに駆け寄ろうとしたところを…他の療士りょうじ達に制止された…。


ベッドの上に横たわるミクルスは…まるで眠っているようにも見えたが…、体に巻かれた血の滲む包帯が事の大きさを物語っていた…。


「ミクルスは…?! ミクルスは大丈夫なんですか…!?」


「おっ…落ち着いてください…! 手術は無事に成功しましたし…その後の容態も安定しています…。ただ意識が戻らず…いつ目覚めるかも分かりません…」


「そう…ですか…──手術の件…ありがとうございました…」


少し気持ちを落ち着かせ…私はそっとミクルスのそばに歩み寄った。優しく手を握ってみても…ミクルスは目を開けない…。


コイツは私と違って…戦いとは無縁の人生を送ってきた…。斬られるどころか…本気で殴られたこともなかっただろう…。


昔からそう…、近所の子供に泣き虫だっていじられて…言い返すこともせずただ泣いて…それで私が代わりに殴り合いの喧嘩をする定番の流れ…。


嫌なことがあっても絶対に暴力は振るわない平和主義者…、変態と化したのはその反動かもしんねェけどさ…。


他を傷付けず…困る人に手を差し伸べる正真正銘の善人…──こんな酷い目に遭っていいわけがねェ…!


「──すみません…何があったのか詳しく教えてもらっていいですか…?」


「構わないけど…本当に一瞬の出来事だったから…参考になるかどうか…」


聞けばミクルスに凶刃を振るいやがったゴミ共は、全員が黒いローブを身に着けた日陰集団とのこと。


〝断罪〟だの〝不敬〟だの〝神〟だの…私が嫌いな宗教用語のオンパレードを発していたらしい…。教会でお祈りでもしてろや…。


ただ一つ気になるのは…ソイツ等の狙いが何故かだということ…。突然人を斬り付けるような野蛮宗教と関わった覚えはないが…。


「その連中がどこに居るか分かりますか…?」


「流石にそれは…──あっでも確かネブルヘイナ大森林に向かったみたいですよ…? 貴方方を追って…」


行き違いになったか…? いや…昨日の出来事ならもうネブルヘイナ大森林に着いてる…? ──もしかしてあの足跡…あれは連中のものか…?


何故か私達を狙う野蛮宗教の連中がネブルヘイナ大森林にか…、獣賊団クズ共とは違った石版探しの障壁になりそうだな…。


「情報提供ありがとうございます。それから…ミクルスのこともどうかよろしくお願いします…。ミクルスは森人族ハースなので…時々日光に当ててやってください…、もしかしたら目を覚ますかもしれないので…」


「分かりました…貴方方もどうかお気を付けて」


ミクルスを託し…私達は治癒療院ヒーリングギルドを後にした。もう頭の中がいっぱいだ…何だか疲れたな…、今日はもう休みたい気分だ…。


「悪い2人共…先に帰っててくれるか…? 私はちょっと…夜風に当たってから帰りたい気分なんだ…」


「かしこまりました、気を付けてお帰りになってくださいね」


「ありがと…クギャのことも頼むな」


わがままを言って…1人で少し町を歩くことにした。何も考えず…灯りに彩られた家々を眺めて回った。


頭を使わずに…ただボーっと町中を歩いた…、現実から逃げるように…。ふと空を見上げると…澄んだ夜空の星々はいつもより輝いて見えた…。


そのまま行先の無い散歩を続けていると…いつの間にか中央役所セラントギルドの所まで戻って来ていた。


徐々に夜も更けてきたからか、役所ギルド前の人だかりは無くなっていた。だが正面入口前の階段に、ポツンと座るアレスの姿があった。


うつむいたまま…1人寂しく階段に座るアレス…。その姿を見た私は何を思ったか…静かに歩み寄って、一段上の所に腰を下ろした。


「何の用だ…、笑いに来たか…?」


「私は荒いだけで心が無いわけじゃねェぞ…、ったく…大丈夫か…?」


「荒いくせに気遣いかよ…──まあ大丈夫だ…」


そう言う割にアレスの声からは元気を感じられない…。強がってるけど…多少なりともショックを受けてるのが見て取れる…。


寄り添うみたいに腰掛けてしまったが…こういう時何て言葉を掛けるべきか分からない…。だがアレスの方から口を開いた。


「ムルクのおっさんは…俺達若青団の面々全員の師匠みたいな人だった…。誰に対しても絶対に褒めない人だったが…初めての実戦には必ず同行してくれてた…。口煩くて筋金入りの頑固者だったけど…俺もロイスもずっと憧れてた…、いつか越えようってな…」


「そうか…私の師匠的な人とは大違いだ…」


初めてアレスが自分の話をしてくれた。荒い言葉遣いでいっつも一言多い…多少感情を持った人形みたいな奴だったのに…。


「──なあ荒女…、魔物ってのはそんなに強ェのか…? あの人でさえ…あんな死に方しちまうぐらい強いのか…?」


「魔物はもちろん強いが…〝厄介〟の方が勝るかもな…。魔物は術が無きゃ倒せねェって前に言っただろ…? あの現場を見る限り…ムルクさん達はかなり善戦してるが…、もう傷一つ残っちゃいないだろうな…」


「そうか…──でも…術があれば殺せる相手…なんだよな…?」


「ああ…必ず討てる…! 必ず討つ…! その為にも…オマエやロイス達の協力が必要だ。──それともブルっちまったか?」


「バカ言うな…! 俺だってあの人と同じハンターだ…生態系に悪影響を及ぼす存在は看過できねェ。仇は必ず討ってやる…」


うつむきながらも心の奥で静かな闘志を燃やすアレス。それを見て、私はアレスの背中をバシンッと叩いた。


「いっ…!? 何すんだ荒女テメェ…!!」


「喝だよ喝! 仇討ってやろうって奴が、そんなしょぼくれててどうすんだ? 男の子なんだから、前向いて私達を先導してくれや。頼んだぞ! 二等星ハンター!」


「男の子て…、絶対俺の方が年上だかんな…」


文句を垂れつつも、アレスの表情カオにはどこか吹っ切れた様子が見て取れた。コイツは一言多いぐらいがちょうどいい。


さてさて…元気の無かったボーイを励ましたことだし、私もそろそろ帰りましょうかね。あんまり遅くなるとアクアスが心配するしな。


「待て荒女──オマエの方こそ大丈夫か…? 町民達の話を盗み聞きした…、知り合いが意識不明の重体なんだろ…? 不安じゃないのか…? まだ生きてると知りゃ、また襲撃に来るかもしれねェぞ…?」


「そりゃ不安だよ…。ミクルスを傷付けた連中は何故か私やアクアスを狙ってるみてェだが…ミクルスが私の親友だと知れれば…今度こそ殺されるかもしれねェ…」


本当は町に残って…アイツの意識が戻るまでそばに居てやりたいってのが本音だが…、石版探しと魔物討伐の手を止めるわけにはいかない…。


未だ胸が張り裂けそうなほど不安で心配だけど…こればっかりは仕方がない…。わがままを言える立場じゃないんだ…。


「その連中が今どこに居るか分かるか…?」


「ネブルヘイナ大森林に向かったらしい…多分あの足跡がそうだ…。石版探しに奔走してれば…いずれどこかで遭遇エンカウントするんじゃねェかな…」


「そうか…──オイ荒女」


アレスに呼ばれ、おもむろに顔を上げると、突然目の前にアレスの右手が伸びてきた。何かと思って体を硬直させていると…強烈なデコピンが額に繰り出された…。


ーーーーっ※声にならない声…!!? 何だよォォォ…?!」


「どーせオマエだって仇討つだろ? お返しに喝入れてやったんだよ」


「アイツは別に死んじゃいねェよ…。でも確かにそうだな、私の親友に手ェ出した報いは必ず受けさせてやる…! 私達総出で…!」


「さらっと俺とロイスも巻き込みやがったなコイツ…」


打たれた箇所がジンジン痛むが…不思議と気持ちは楽になった。決めた、ミクルスを傷付けた連中は慈悲なく容赦なく半殺しにする。


どうせまた邪魔してくるであろう獣賊団クズ共と一緒に半殺しだ、今回は忙しくなるな。服にも返り血がたくさんつきそうだ、アクアスが忙しくなるな。


「何か元気出たわ、ありがとなアレス」


「お互い様だ、気にすんな。明日あすの出発は今日と同じあした頃だ、寝坊しないように今日はもう休め。──あと何だ…その…、悪かった…コレ使えよ…」


「そうだよなァ?! やっぱ強かったよなァ?! デコピンで血が出たの初めての経験なんだがァ?! 乙女の柔肌侮んなよ?! 爪切れバカタレ!」


血が止まるまで帰るのが延長になった、こんの野蛮男がよォ…。しかも当たり前みたいにポケットから手拭い出しやがって…エチケット完璧かコノヤロー…。


患部を押さえながらアレスにメンチを切っていると、向こうから人の走る音が聞こえてきた。その方向に顔を向けると、その人物はロイスだった。


「ハァハァ…探したよアレス…、カカと何の話をしてたの…?」


「どうでもいい雑談だ気にすんな。それより何かあったのか?」


「そうそう…! 実はさっき若青団の皆と話して来たんだけど…皆が魔物討伐の参加を辞退しちゃったんだ…」


「「 ハァ…!? 」」


突然の発表に頭の中は大混乱…私とアレスはロイスの胸倉を掴んでどういう事なのかを問いただした。


あれだけやる気満々だった若い衆が口を揃えて辞退宣言を出してきたのには…やはりムルクさん達の殉職が関係しているらしい…。


ムルクさんと対立気味だった若青団ではあったが、ムルクさん達の実力を誰よりも認めているのもまた彼等。


自分達も魔物と戦えると主張していながらも、心の中では思っていた筈だ…〝ムルクさん達が居れば何とかなる〟と…。


だがその絶対的エースであるムルクさん達が魔物に敗れたことで状況は一変…、魔物の絶望的な強さと絶対的存在の喪失による不安感に苛まれた…。


己の力量を疑い…厄災に挑む自信を失い…、結果討伐参加を辞退するに至ったそう…。まあ無理もない話だが…、ぐぬぬ…。


「アイツ等ァ…! どいつもこいつも腑抜け共め…!」


「仕方ないさ…無理強いしたってまともな戦力にならないだろうし…、僕等だけで戦うしかないよ…。大変な戦いになるんだろうけど…」


「まあシヌイ山でもサザメーラ大砂漠でも…5人とか6人で戦ってきたから…、勝つ見込みが無くなったわけじゃねェから安心しろな…」


中央役所セラントギルドの真ん前で…私達はめちゃくちゃ大きなため息をついた…。おでこの血はいつの間にか止まっていた…。


新たな問題が舞い込んできたが…もうとりあえず今日は休もう…。帰ってアクアスに遅めの夕食作ってもらおう…。


「んじゃ私はそろそろ帰ります…、おやすみ2人共…」


「うんっおやすみ、ゆっくり休んでね」


「寝坊すんなよ…?」



──あした


「って言ったよなァ…?! 昨日に引き続き何で遅ェんだよ…!」


「だってぇ…私あさ弱いんだもーん…、眠いよぉ…」


アクアスがいつもの悪癖で起こしてくれれば…痛みと引き換えに良い眠気覚ましになるんだけどな…、今日は普通に起こされた…。


だってついさっきだぜ太陽昇ったの…、早過ぎるよぉ…ふざけんなよぉ…。ネブルヘイナ大森林に着くまでクギャの背中で寝てやろうかな…。


「ったく…気の抜ける奴だ…。あと若青団の腑抜け共に一応伝えてきた、〝支度町マルベイの恩人を死んでも守れ〟ってよ。若干不安は残るだろうが…これである程度は魔物討伐に集中できるだろ?」


「マジか…何から何まで悪いな…。でも正直助かる、ありがとなアレス」


「礼は要らねェ、さっさと行くぞ」


恐らく次ここへ戻って来るのは、魔物を討った時になるだろう。ミクルスの意識が戻ることを切に願いながら、朝日差し込む序口の森へと入っていった──。







-ネブルヘイナ大森林-


「報告ー! 後方よりさっきのヤバそうなのが接近中ー!」


「報告ー! これ以上飛空艇の高度は下げられません! ちょっと高いですけど気合いで降りちゃってくださーい!」


明朝のネブルヘイナ大森林の空に、サイアック獣賊団の小型飛空艇が浮かんでいた。しかし着陸できる場所はなく、高い木すれすれを漂っている。


甲板ではグレー隊のメンバーが急いで長いロープを垂らし、次々にロープを伝って飛空艇を降りていく。


「──よっと! ふぃー、ようやく着いたなネブルヘイナ大森林。めちゃくちゃ好奇心を刺激される森だなァ、テンション上がるぜ」


「言ってる場合じゃありませんよトーキー様…がまだ追ってきてます…。すぐにでも対処を…──グレー様が居ないっ?!」


「えっマジ? もしかしてアイツ寝てやがんのか?」


既に地上へ降り立ってしまったグレーの部下達は大慌て…しかし無情にも飛空艇は少しずつ高度を上げていく。


そこへ追い打ちをかけるように、巨大なムカデが木々を縫うように現れた。ダラダラと毒性の涎を垂らし、目をギラつかせていた。


隊員達は武器を手に取り、巨大ムカデと向かい合う。そんな一触即発状態な地上の真上、徐々に高度を上げる飛空艇で何かがキラリと光る。


「──フンヌァッ!!」


「グレー様! 良かった…起きてた…」


ロープを用いず飛空艇から飛び降りたグレーは、落下の勢いそのまま手に持つ槍を巨大ムカデの頭部に突き刺して着地した。


巨大ムカデはまだ足をピクピク動かしていたが、トーキーの無慈悲な追撃を浴びせられ、無残に力尽きた。


「上で何やってたァ? 危うく置いてかれてたぞ?」


「いやなに…ちょっとウトウトして寝かけてた…、これだからあさは苦手なんだ…。──全員居るな? ではこれより石版捜索を行う! 推測通り捜索範囲はかなり広大、よって事前に伝えた通り二斑に分かれての捜索とする! 危険生物・人族ヒホの賊に最大限警戒するように、では捜索開始!」


トーキーとグレーがそれぞれ率いる小部隊は北と南に分かれ、ネブルヘイナ大森林へと足を踏み入れた──。



──第108話〝必ず〟〈終〉

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