──
「おっ、来たな
家の前に置かれた木箱の上に座り、愉快そうに笑いながら手招きをしている。
「何か用かよ? また面倒な依頼か…?」
「ちゃうわいちゃうわい、この前の依頼の報酬を渡そうと思ってな。っと言っても
そういうと酋長は立ち上がり、座っていた木箱の蓋を開けた。中に入っているのは…瓢箪? これが
手に取ってみると、ちゃぽちゃぽ音がする。瓢箪の中に何か液体が入っているみたいだ、
「こいつァウチ自慢の〝
「ニキ達もいいニ?」
「当たり前じゃ、好きなの持っていけい」
ニキは嬉しそうにウキウキで木箱を漁り始めた、楽しそうだね…。まあせっかくだし私も貰おう、どんなのがあるかな?
〝
「ニキはこれにするニ! 疲れが取れる〝
「
アレスとロイスも決めていく中…私だけがまだ決めあぐねていた。こういうの選ぶの苦手なんだよなぁ…何が自分に合うのか分からなくなる…。
あんまり時間もかけらんないし…もう適当に選んじゃおうかな…。結構肩凝りやすいし…私もニキと同じのでいいかな…?
「なんじゃなんじゃ、誰も〝
「
だがその反面扱いはとても難しく…大体は暴走状態になるそうだ…。対魔物を意識するなら強さは欲しいが…暴走して味方を傷付けるようならむしろ枷だ…。
リスクが大き過ぎるな…流石にこれは要らないや…。
「おい荒女…いつまで悩んでる…? 俺達はさっさと先に進みたいんだが…」
「う…うるせぇな…! 分かってるよ…! あーもうじゃあコレでいいわ! コレ貰いますねー! 酋長コレ貰いまーす!」
「おおっ! 流石じゃなカカちゃん! わしは嬉しいわい!」
結局私はやや自暴自棄気味になりながら、使いどころの分からない
報酬と酋長からの激励を受け取り、改めて私達はトンネルを目指した。
「そういえばですが、カーリー様にお声を掛けなくてもよろしいのですか?」
「うん、アレスと話したんだけど…カーリーは置いて行こうって話になったよ。ムルクさん達の遺体を見てかなり心に傷を負ってたみたいだし…そっとしておこう」
町へ戻る時も…カーリーちゃんはうつむいたまま家に帰っていたし…、そう簡単に心の傷は癒えないだろうな…。
発言からして成人はしてるんだろうけど…まだまだ
加えて本格的に石版探しが始まれば…避けられない戦闘も増える…。馴染みのあるアレスやロイスに万が一が起こらないとも限らない…。
そうなれば精神を病んでしまう可能性だってある…。鳥での索敵ができる存在を失うのは惜しいけど…こればっかりは強制できない…。
カーリーちゃんの心の傷が早く癒えるのを祈り…私達はトンネルまで足を運んだ。入口の前でくつろぐモーブゥ、だがそこには人影が。
「カーリー?! オマエ何して…」
「何してって…すぐに出発できるように準備でしょ。こっちはもう準備できてるからさっさと行こうよ、オレまたロイ兄と一緒に乗るから」
そう言ってモーブゥの後ろ側に乗っかるカーリーちゃん。昨日の憂愁に暮れた様子はどこにもなく、どこか吹っ切れた
「いや…しかし…」
「うるさい! 行くったら行く! 魔物って奴は一度山を越えて序口の森に入ってるんだ…
カーリーちゃんの瞳には、誰が見ても明らかな決意が汲み取れた。あんな目で見られては…もはや断ることはできまい…。
私は眉をひそめるアレスの肩に手を置き、無言で頷いてからクギャの背に乗った。他の皆も続々と出発準備を整え、有無を言わさぬ空気が出来上がった。
結局諦めたアレスは、大きなため息をついてモーブゥに乗った。アレス達を先頭に、私達は再び彼の地を目指す。
──
神秘で過酷な大自然に戻って来た。しかしここからどう石版を探したものか…、なんせ今まで以上に手掛かりがないからな…。
広大な森全域が捜索範囲…、年暮れちゃいそうだぜ…。せめてどの方角に落下したかだけでも分かれば…変わってくるんだがな…。
「さてさて、どうやって探そうか? 二手に分かれて別々のエリアを捜索した方が効率的だけど、その分危険も増すよね」
「そうだな…俺達も大部分は把握できてねェし、固まって動いた方がいいだろ。いつ魔物と遭遇するかも分からねェしな」
「うんそうだな、うん…──複数…エリアがあるのか…?」
ロイスの口からスルーできない新情報が舞い込んできた…、〝ネブルヘイナ大森林〟だけじゃないんですか…?
「ネブルヘイナ大森林ってのは、隣接した4つの森域の総称だ。今俺達が居るここは、大森林の入口部分〝
「その他に〝
うーん…なるほど、どれもヤバそうだ…。何の手掛かりもないまま…この4つのエリアをくまなく探さないといけんの…? キッッツゥ…。
しかもロイスの追加情報によれば…
そして更に更に…アレス達は
「二等星以上が4人以上のパーティじゃなきゃ許可してくれなかった…、特に
「ムルクさん達ですら…ほとんど近寄らないような場所だから…、石版がそこにだけは落下していないのを祈るばかりだね…」
ありそうだなぁ…実にありそうだ…。過去のデータを参考にすると…高確率で落下していてもおかしくない…。
まあ考えても仕方ないし、とりあえず
──
「──やっぱそう簡単には見つからねェか…」
「ですね…、先に心が負けてしまいそうです…」
これまでを遥かに凌駕する地道さ…、ひたすら地面や茂みの中を探りながらじりじり前進していく作業…。
これをどれだけ繰り返せば全域の探索が終わるんだ…?
アクアスの言う通り…先にこっちが根気負けしちゃいそうだ…。昼食を置き去りにしてまで探索を続けているのに…目に見えて進歩が無さ過ぎる…。
せめて何かしらテンションの上がることが起きれば…多少はモチベーションも回復するというものだが…。
“ガサガサガサッ! ──てくてくてく”
「んむ? おぉ!〝トコ〟だっ! 野生のトコだっ! アクアス見ろ見ろ見ろ! 野生のトコだぞ野生の!」
「本当ですね、これはまた随分と小さくて可愛らしい」
茂みの中から現れたのは、パッと見ただの短い足が生えたキノコ──そうあれこそが〝トコ〟! 私の5本の指に入る大好物だ!
≪トコ種≫
短い足とキノコのような体が特徴的な生物で、食性は肉食。煮てよし焼いてよし燻してよしと、多様な食べ方ができる珍味。酒の肴。
「野生のトコってそんなに珍しいの?」
「いや普通にそこら辺にいるだろ…? 何であんなテンション上がってるのか俺にはさっぱり分からん…」
森を遊び場にしてきた者共には、この感動は分かるまい。私は図鑑と皿の上でしか見た事が無いから、凄い新鮮で感動している!
是非とも今晩の夕食にしたい…! 私はそろ~りそろ~りトコに近付き…ゆっくり手を伸ばして捕まえようとした。
っが直後物凄い速さで逃げられた…。トコってあんなに速く動けるんや…あんなにあんよが短いのに…。
「あれは〝ニゲトコ〟ニね。逃げ足が速くて警戒心も高いから、素手で捕まえるのは難しいニ」
「ほえー。ちなみにトコの足みたいな部位は〝
「ではずっと逆立ち状態なのですね、頭に血が上りそうです…」
「その心配はない! トコの脳は傘の部分にあるからな! ちなみにあの傘部分はほとんどが柔らかい脂肪で、脳への衝撃を和らげるクッション材の役割を果たしているんだ!」
「口が下にあって脳は上にあるの…? 思ったより変な生き物だった…」
「それに関してあらゆる動物学者達の中で〝どっち頭なのか論争〟ってのが今も世界的に繰り広げられていてね、「口と腕があるんだからそっちが頭だ!」って意見と「脳があるんだから傘の方が頭だ!」って意見で割れてるんだよね。私としては両意見をしっかり聞き入れた上で、トコの頭はやっぱり──」
「要らねェよオマエの意見は…、何だその異常に豊富なトコ知識は…」
いけないいけない…うっかり饒舌になってしまった…。自分の好きな話題だとついつい口数が増えてしまうな…、悪い癖だ…。
だがおかげで少し元気が湧いた、これで探索を続けるモチベーションは回復だ。しっかり石版を探しつつ、目の端でトコも探そ。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
──
あれから探索を続けたが、結局石版は見つからなかった。まあ流石にそう上手く事は進まないと思っていたし、月並みの成果は覚悟済みだ。
木洩れ日が美しかった森も、夜が差せば不気味な表情を覗かせる。アレスとロイスの判断で、今日の探索はここまでとなった。
後は十分な食事を取って、
そして今は夕食の準備中。私とアクアスで火起こしや調理の準備を進め、他4人が食べられそうな食材を獲りに行っている。
アクアスが気を利かせてくれて、ニキのリュックにあれこれ調理道具を詰め込んでいたらしい。おかげで質の良い食事にありつけそうだ。
「ただいま~、美味しそうな果物が採れたよ」
「オレ魚獲ってきた」
「天然野菜がいっぱいあったニ♪」
「たまたまトコを見つけたから獲ってきてやった」
全員しっかり食材を入手できたみたいだ。三日月形の果物に毒々しい色をした魚、そして大型犬ぐらい大きいトコ。
〝カリシトコ〟っていう個体らしい、食い出があって実に美味しそうだ。この魚は…イケるのか…? 見るからに危険そうだが…、あとで私が毒見してみよう…。
野菜と魚の下処理をアクアスに任せ、私はトコを捌いていく。傘部分は切り離して、脇腹から包丁を入れて丁寧に内臓を取り出す。
肝臓・心臓・脳は今食べるし、膵臓は焚火の煙で燻しておいて、胃はクギャにあげる。残りの内臓は遠くに捨てておく、肉食獣が寄って来たら危ないから。
あとは肉を程よい大きさにカットして、水洗いした木の枝に刺して焼くだけ。本で読んだ通り、トコを捌くのは簡単だった。
「カカ様…この魚はどうなのでしょうか…」
「うーん…、とりあえず少しだけ身を切って焼いてみてくれ…私が確かめる…」
毒々しい皮に反して身は真っ白、ここだけ見れば食べれそうだが…。直火でしっかり火を通し、私は恐る恐る口に運んだ。
「どうですか…?」
「んー…多分…大丈夫だと思う…かな…? ただちょっと臭みが強いな…、シンプルな串焼きだとあんまりウマくない…」
「そこはお任せください!
自己消化作用が強い魚なのだろうなきっと…、これがどんな料理に変貌するのか…アクアスの腕に期待しよう…。
それからも分担しながら手早く調理をこなしていき、ついに今宵の夕食が整った。
【メニュー】
・トコの串焼き ~肉・レバー・ハツ・ブレンズ~
・謎魚のソテー ─さっぱり野菜ソースと和えて─
・炙り三日月
「ん~♡ やっぱトコ肉美味~い♡ 獲れたてだからか店で食うより美味~い♡」
「魚も臭みが感じられなくてイケるニ♪」
まさかこんな森の中でここまでのガチ料理を味わえるとは、色々用意してくれていたアクアスに感謝感謝だぜ。
欲を言えば肉の脂を受け止めるパンとか、度数の高い酒とかが欲しいが…あんまり贅沢言うと罰が当たっちまうな…。
「誰か脳みそ食べる奴いないか? いらないなら私貰っちゃうけど」
「
「ニキも大丈夫ニ…」
「僕も…」
「オレも…」
「よく食えるなそんなゲテモノ…」
まったく軟弱者共め…
その後も私達は賑やかに食事を楽しみ、心地よく腹が膨れた。余談だが軽く炙ったあの果物が衝撃的に甘くて凄く美味だった、トコを上回る感動があった…。
食事を終えたら今度は就寝準備。まだ夜が更けるには早いが、ほどほどに寝て明日に備える。よく寝られればいいが…。
「あっ、そういや見張りが必要か。皆で交代しながらやるだろ? 私最初やっていい…? 途中だと寝落ちするかもしれねェからさ…」
「オマエ等は朝まで寝てろ、見張りは俺とロイスでやる」
「オレも見張りやる! 森番だから全然余裕だもん!」
アレス→カーリーちゃん→ロイスの順で見張りをし、私含む他3人は朝まで寝かせていただけることになった。ちょっと申し訳ないが…お言葉に甘えよう。
特に布団とかも無いし、寒くないように焚火の周りで雑魚寝する。寝返り打って火が燃え移らないように気を付けよう…。
「──あっそうだ、ないとは思うが…変なことすんなよ…?」
「しねェよ…バカ言ってねェでさっさと寝ろ…」
男共に念を押し、私は両手を枕代わりに仰向けで横になった。木々の隙間から、淡く輝く星々と…月と
「──アアッ?!!」
「うるせェな…今度は何だ…?」
「あァァァァァ…、ついに変わってしまったァ…」
「あん…? ああ、もう〝
月の傍らに浮かんでいた
≪
分裂したかのような5つ~6つの星群で構成された深紅の
クソォォ…幸せな
特有の空模様も多いし…、飛空艇に携わる多くの人が嫌う時期が到来してしまった…。もー知らん…寝てやる…、この感情を引きずったまま寝てやる…。
ハァァァ…、どうなるかな…
──第109話 一日目〈終〉