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第109話 一日目

──あさ < 川人族サールの集落 ─ヒュアリル─ >


「おっ、来たな若人わこうど! 待っておったわい!」


川人族の集落ヒュアリルに到着した私達は、どこかに寄るでもなくトンネルを目指していたのだが、酋長の家の前を通りかかった際に酋長に呼び止められた。


家の前に置かれた木箱の上に座り、愉快そうに笑いながら手招きをしている。


「何か用かよ? また面倒な依頼か…?」


「ちゃうわいちゃうわい、この前の依頼の報酬を渡そうと思ってな。っと言っても集落ここにゃ金なんぞ無いからな、自慢の特産品をくれてやろう!」


そういうと酋長は立ち上がり、座っていた木箱の蓋を開けた。中に入っているのは…瓢箪? これが川人族の集落ヒュアリルの特産品?


手に取ってみると、ちゃぽちゃぽ音がする。瓢箪の中に何か液体が入っているみたいだ、岩族の集落オアラーレの時みたいに酒だろうか?


「こいつァウチ自慢の〝薬湯やくとう〟じゃ! 色んな効果をもたらしてくれる薬湯やくとうを色々揃えておいた、好きなの持っていって構わんぞ!」


「ニキ達もいいニ?」


「当たり前じゃ、好きなの持っていけい」


ニキは嬉しそうにウキウキで木箱を漁り始めた、楽しそうだね…。まあせっかくだし私も貰おう、どんなのがあるかな?


一心湯いっしんとう〟に〝快方湯かいほうとう〟に〝知覚湯ちかくとう〟…何か想像以上に凄そうなのばかりだな…。


一心湯いっしんとうは集中力アップ、快方湯かいほうとうは治癒力アップ、知覚湯ちかくとうは五感が研ぎ澄まされるらしい。とんでもねェな…!


「ニキはこれにするニ! 疲れが取れる〝静養湯せいようとう〟!」


わたくし一心湯いっしんとうにします!」


アレスとロイスも決めていく中…私だけがまだ決めあぐねていた。こういうの選ぶの苦手なんだよなぁ…何が自分に合うのか分からなくなる…。


あんまり時間もかけらんないし…もう適当に選んじゃおうかな…。結構肩凝りやすいし…私もニキと同じのでいいかな…?


「なんじゃなんじゃ、誰も〝鬼尽湯きじんとう〟に手を伸ばさんのか? わし一番の自信作なのにのぉ…」


鬼尽湯きじんとう? 何だか凄そうな名前だ…」


鬼尽湯きじんとう──それは己の潜在能力を最大限高め、まるで鬼の如き強さを得られる薬湯なのだとか。


だがその反面扱いはとても難しく…大体は暴走状態になるそうだ…。対魔物を意識するなら強さは欲しいが…暴走して味方を傷付けるようならむしろ枷だ…。


リスクが大き過ぎるな…流石にこれは要らないや…。


「おい荒女…いつまで悩んでる…? 俺達はさっさと先に進みたいんだが…」


「う…うるせぇな…! 分かってるよ…! あーもうじゃあコレでいいわ! コレ貰いますねー! 酋長コレ貰いまーす!」


「おおっ! 流石じゃなカカちゃん! わしは嬉しいわい!」


結局私はやや自暴自棄気味になりながら、使いどころの分からない鬼尽湯きじんとうを選んだ。まあ無いよりはいいか…。


報酬と酋長からの激励を受け取り、改めて私達はトンネルを目指した。


「そういえばですが、カーリー様にお声を掛けなくてもよろしいのですか?」


「うん、アレスと話したんだけど…カーリーは置いて行こうって話になったよ。ムルクさん達の遺体を見てかなり心に傷を負ってたみたいだし…そっとしておこう」


町へ戻る時も…カーリーちゃんはうつむいたまま家に帰っていたし…、そう簡単に心の傷は癒えないだろうな…。


発言からして成人はしてるんだろうけど…まだまだ精神こころは成熟しきってない…。羽化したてのチョウのような感じだ…。


加えて本格的に石版探しが始まれば…避けられない戦闘も増える…。馴染みのあるアレスやロイスに万が一が起こらないとも限らない…。


そうなれば精神を病んでしまう可能性だってある…。鳥での索敵ができる存在を失うのは惜しいけど…こればっかりは強制できない…。


カーリーちゃんの心の傷が早く癒えるのを祈り…私達はトンネルまで足を運んだ。入口の前でくつろぐモーブゥ、だがそこには人影が。


「カーリー?! オマエ何して…」


「何してって…すぐに出発できるように準備でしょ。こっちはもう準備できてるからさっさと行こうよ、オレまたロイ兄と一緒に乗るから」


そう言ってモーブゥの後ろ側に乗っかるカーリーちゃん。昨日の憂愁に暮れた様子はどこにもなく、どこか吹っ切れた表情カオをしていた。


「いや…しかし…」


「うるさい! 行くったら行く! 魔物って奴は一度山を越えて序口の森に入ってるんだ…川人族の集落ヒュアリルにも被害が出てたかもしれない…! オレや集落の皆もああなってたかもしれない…、もう無関係じゃない…。だからオレも行く! オレも戦う!」


カーリーちゃんの瞳には、誰が見ても明らかな決意が汲み取れた。あんな目で見られては…もはや断ることはできまい…。


私は眉をひそめるアレスの肩に手を置き、無言で頷いてからクギャの背に乗った。他の皆も続々と出発準備を整え、有無を言わさぬ空気が出来上がった。


結局諦めたアレスは、大きなため息をついてモーブゥに乗った。アレス達を先頭に、私達は再び彼の地を目指す。



──昼前ひるまえ -ネブルヘイナ大森林-


神秘で過酷な大自然に戻って来た。しかしここからどう石版を探したものか…、なんせ今まで以上に手掛かりがないからな…。


広大な森全域が捜索範囲…、年暮れちゃいそうだぜ…。せめてどの方角に落下したかだけでも分かれば…変わってくるんだがな…。


「さてさて、どうやって探そうか? 二手に分かれて別々のエリアを捜索した方が効率的だけど、その分危険も増すよね」


「そうだな…俺達も大部分は把握できてねェし、固まって動いた方がいいだろ。いつ魔物と遭遇するかも分からねェしな」


「うんそうだな、うん…──複数…エリアがあるのか…?」


ロイスの口からスルーできない新情報が舞い込んできた…、〝ネブルヘイナ大森林〟だけじゃないんですか…?


「ネブルヘイナ大森林ってのは、隣接した4つの森域の総称だ。今俺達が居るここは、大森林の入口部分〝古原大こげんだいもり〟」


「その他に〝宵星よいぼし樹林じゅりん〟〝喰胃くい樹叢じゅそう〟〝冥淵樹海めいえんじゅかい〟の3つがあるよ」


うーん…なるほど、どれもヤバそうだ…。何の手掛かりもないまま…この4つのエリアをくまなく探さないといけんの…? キッッツゥ…。


しかもロイスの追加情報によれば…古原大の森この場所はまだ比較的安全な方らしい。喰胃くい冥淵めいえんが特に危険なんだとか…。


そして更に更に…アレス達は古原大こげんだい以外の場所に入ったことがないんだと…。ムルクさんがNOを出していたそうだ…。


「二等星以上が4人以上のパーティじゃなきゃ許可してくれなかった…、特に冥淵樹海めいえんじゅかいには絶対に近寄るなと言われてきた…」


「ムルクさん達ですら…ほとんど近寄らないような場所だから…、石版がそこにだけは落下していないのを祈るばかりだね…」


ありそうだなぁ…実にありそうだ…。過去のデータを参考にすると…高確率で落下していてもおかしくない…。


群盗蜘クモの巣に古代遺跡の底ときて…一等星ハンターも近寄らない危険地帯…、並べてみても全然違和感ないのよなぁ…。


まあ考えても仕方ないし、とりあえず古原大こげんだいもりをくまなく見て回ろう。案外そこら辺に落ちてるかもしれないしね…。







──昼過ひるすぎ -古原大こげんだいもり


「──やっぱそう簡単には見つからねェか…」


「ですね…、先に心が負けてしまいそうです…」


これまでを遥かに凌駕する地道さ…、ひたすら地面や茂みの中を探りながらじりじり前進していく作業…。


これをどれだけ繰り返せば全域の探索が終わるんだ…? 古原大こげんだいだけでひと月…いやもっと掛かるんじゃないか…?


アクアスの言う通り…先にこっちが根気負けしちゃいそうだ…。昼食を置き去りにしてまで探索を続けているのに…目に見えて進歩が無さ過ぎる…。


せめて何かしらテンションの上がることが起きれば…多少はモチベーションも回復するというものだが…。


“ガサガサガサッ! ──てくてくてく”


「んむ? おぉ!〝トコ〟だっ! 野生のトコだっ! アクアス見ろ見ろ見ろ! 野生のトコだぞ野生の!」


「本当ですね、これはまた随分と小さくて可愛らしい」


茂みの中から現れたのは、パッと見ただの短い足が生えたキノコ──そうあれこそが〝トコ〟! 私の5本の指に入る大好物だ!



 ≪トコ種≫

短い足とキノコのような体が特徴的な生物で、食性は肉食。煮てよし焼いてよし燻してよしと、多様な食べ方ができる珍味。酒の肴。



「野生のトコってそんなに珍しいの?」


「いや普通にそこら辺にいるだろ…? 何であんなテンション上がってるのか俺にはさっぱり分からん…」


森を遊び場にしてきた者共には、この感動は分かるまい。私は図鑑と皿の上でしか見た事が無いから、凄い新鮮で感動している!


是非とも今晩の夕食にしたい…! 私はそろ~りそろ~りトコに近付き…ゆっくり手を伸ばして捕まえようとした。


っが直後物凄い速さで逃げられた…。トコってあんなに速く動けるんや…あんなにあんよが短いのに…。


「あれは〝ニゲトコ〟ニね。逃げ足が速くて警戒心も高いから、素手で捕まえるのは難しいニ」


「ほえー。ちなみにトコの足みたいな部位は〝脚腕きゃくわん〟って言って、生物学的には腕なんだぜ? 口も脚腕きゃくわんの間にある!」


「ではずっと逆立ち状態なのですね、頭に血が上りそうです…」


「その心配はない! トコの脳は傘の部分にあるからな! ちなみにあの傘部分はほとんどが柔らかい脂肪で、脳への衝撃を和らげるクッション材の役割を果たしているんだ!」


「口が下にあって脳は上にあるの…? 思ったより変な生き物だった…」


「それに関してあらゆる動物学者達の中で〝どっち頭なのか論争〟ってのが今も世界的に繰り広げられていてね、「口と腕があるんだからそっちが頭だ!」って意見と「脳があるんだから傘の方が頭だ!」って意見で割れてるんだよね。私としては両意見をしっかり聞き入れた上で、トコの頭はやっぱり──」


「要らねェよオマエの意見は…、何だその異常に豊富なトコ知識は…」


いけないいけない…うっかり饒舌になってしまった…。自分の好きな話題だとついつい口数が増えてしまうな…、悪い癖だ…。


だがおかげで少し元気が湧いた、これで探索を続けるモチベーションは回復だ。しっかり石版を探しつつ、目の端でトコも探そ。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




──よい


あれから探索を続けたが、結局石版は見つからなかった。まあ流石にそう上手く事は進まないと思っていたし、月並みの成果は覚悟済みだ。


木洩れ日が美しかった森も、夜が差せば不気味な表情を覗かせる。アレスとロイスの判断で、今日の探索はここまでとなった。


後は十分な食事を取って、明日あすに備えてぐっすり寝るだけ。宵には探索を中断してしまう都合上、再開は明朝からだと…。仕方ないが…辛ェ…。


そして今は夕食の準備中。私とアクアスで火起こしや調理の準備を進め、他4人が食べられそうな食材を獲りに行っている。


アクアスが気を利かせてくれて、ニキのリュックにあれこれ調理道具を詰め込んでいたらしい。おかげで質の良い食事にありつけそうだ。


「ただいま~、美味しそうな果物が採れたよ」


「オレ魚獲ってきた」


「天然野菜がいっぱいあったニ♪」


「たまたまトコを見つけたから獲ってきてやった」


全員しっかり食材を入手できたみたいだ。三日月形の果物に毒々しい色をした魚、そして大型犬ぐらい大きいトコ。


〝カリシトコ〟っていう個体らしい、食い出があって実に美味しそうだ。この魚は…イケるのか…? 見るからに危険そうだが…、あとで私が毒見してみよう…。


野菜と魚の下処理をアクアスに任せ、私はトコを捌いていく。傘部分は切り離して、脇腹から包丁を入れて丁寧に内臓を取り出す。


肝臓・心臓・脳は今食べるし、膵臓は焚火の煙で燻しておいて、胃はクギャにあげる。残りの内臓は遠くに捨てておく、肉食獣が寄って来たら危ないから。


あとは肉を程よい大きさにカットして、水洗いした木の枝に刺して焼くだけ。本で読んだ通り、トコを捌くのは簡単だった。


「カカ様…この魚はどうなのでしょうか…」


「うーん…、とりあえず少しだけ身を切って焼いてみてくれ…私が確かめる…」


毒々しい皮に反して身は真っ白、ここだけ見れば食べれそうだが…。直火でしっかり火を通し、私は恐る恐る口に運んだ。


「どうですか…?」


「んー…多分…大丈夫だと思う…かな…? ただちょっと臭みが強いな…、シンプルな串焼きだとあんまりウマくない…」


「そこはお任せください! わたくしが絶品のソースをお作りします!」


自己消化作用が強い魚なのだろうなきっと…、これがどんな料理に変貌するのか…アクアスの腕に期待しよう…。


それからも分担しながら手早く調理をこなしていき、ついに今宵の夕食が整った。


【メニュー】

・トコの串焼き ~肉・レバー・ハツ・ブレンズ~

・謎魚のソテー ─さっぱり野菜ソースと和えて─

・炙り三日月


「ん~♡ やっぱトコ肉美味~い♡ 獲れたてだからか店で食うより美味~い♡」


「魚も臭みが感じられなくてイケるニ♪」


まさかこんな森の中でここまでのガチ料理を味わえるとは、色々用意してくれていたアクアスに感謝感謝だぜ。


欲を言えば肉の脂を受け止めるパンとか、度数の高い酒とかが欲しいが…あんまり贅沢言うと罰が当たっちまうな…。


「誰か脳みそ食べる奴いないか? いらないなら私貰っちゃうけど」


わたくしは遠慮致します…」

「ニキも大丈夫ニ…」

「僕も…」

「オレも…」

「よく食えるなそんなゲテモノ…」


まったく軟弱者共め…ここが一番クリーミーで美味いってのに。まあトコ脳は珍味中の珍味だし、はっきり好き嫌いが分かれる部位ではあるけど。


その後も私達は賑やかに食事を楽しみ、心地よく腹が膨れた。余談だが軽く炙ったあの果物が衝撃的に甘くて凄く美味だった、トコを上回る感動があった…。


食事を終えたら今度は就寝準備。まだ夜が更けるには早いが、ほどほどに寝て明日に備える。よく寝られればいいが…。


「あっ、そういや見張りが必要か。皆で交代しながらやるだろ? 私最初やっていい…? 途中だと寝落ちするかもしれねェからさ…」


「オマエ等は朝まで寝てろ、見張りは俺とロイスでやる」


「オレも見張りやる! 森番だから全然余裕だもん!」


アレス→カーリーちゃん→ロイスの順で見張りをし、私含む他3人は朝まで寝かせていただけることになった。ちょっと申し訳ないが…お言葉に甘えよう。


特に布団とかも無いし、寒くないように焚火の周りで雑魚寝する。寝返り打って火が燃え移らないように気を付けよう…。


「──あっそうだ、ないとは思うが…変なことすんなよ…?」


「しねェよ…バカ言ってねェでさっさと寝ろ…」


男共に念を押し、私は両手を枕代わりに仰向けで横になった。木々の隙間から、淡く輝く星々と…月と暦付喪月ツカヤが見える…。


「──アアッ?!!」


「うるせェな…今度は何だ…?」


「あァァァァァ…、ついに変わってしまったァ…」


「あん…? ああ、もう〝餓鬼月ガツキ〟の頃か」


月の傍らに浮かんでいた青藍せいらんの輝きが美しい静月ジキは…気付けば厄介な餓鬼月ガツキへと変わっていた…。



 ≪餓鬼月ガツキ

分裂したかのような5つ~6つの星群で構成された深紅の暦付喪月ツカヤ。天候が非情に不安定で、この時期にしか見られない特殊な天気も多い。



クソォォ…幸せな静月ジキが終わってしまった…。餓鬼月ガツキはころころ天候が変化して…まったく安定しないから嫌いなんだよぉ…。


特有の空模様も多いし…、飛空艇に携わる多くの人が嫌う時期が到来してしまった…。もー知らん…寝てやる…、この感情を引きずったまま寝てやる…。


ハァァァ…、どうなるかな…明日あすからの石版探しは…。



──第109話 一日目〈終〉

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