「カカ様、もう起きる時間ですよ、カカ様起きてください。またアレス様にあれこれ言われてしまいますよ」
「うぁー…ぉはよぅござぃますぅ…」
──
ゆーっくり体を起こして目を半分開くと…森の中はまだ全然薄暗い。空には分厚い雲が陽光を遮っていて、今にも雨が降りそうだ。
晴れ間の見えない朝は気分落ち込むねェ…、それでも頑張らないとねェ…。今はこんな空模様でも、急に快晴になることもあるしな。
「何でだァァァ?! 何で起こさなかったアレ兄ロイ兄?! オレも見張りするって言ったろがァァァ! 起こせやァァァ!!」
「あーうるせェうるせェ…ガキはぐっすり寝てりゃいいんだよ」
「オレはもう15だァ! 大人だァ!!」
騒がしい声が耳を刺す…強引に眠気を削り落とされていく…。どうやらアレスはカーリーちゃんを起こさなかったみたいだ。
アレスの胸倉掴んでブンブン揺すってる…朝から元気ですなぁ
少しでも眠けを覚ます為に軽くストレッチをしている間に、アクアスが残りの肉を焼いてくれている。
今朝は昨日の残り物を皆で頬張り、ほどほどに腹を満たした。きちんと焚火の後始末もして、石版探しを再開する。
っと言ってもやることは昨日と変わらない…森中をローラーして地道に探していく…。果てしねェ…気が遠くなるぜ…。
多分まだ2割も探索できてないんじゃないか…? それも古原大の森だけの話…、ネブルヘイナ大森林全体で考えれば進捗無しにも等しい…。
こりゃぶっちぎりで過去一番大変だ…、目撃者が誰一人としていないのが本当にヤバい…。砂粒の中から砂金を見つけ出すようなもの…。
「ハァァァ…見たことのないトコが現れてくれれば気分上がるんだけどなぁ…」
「大変ですが頑張りましょうカカ様。ほら見てください、ニキ様なんてあんなに楽しそうにしていますよ」
ニキはルンルンであちこちを見て回ったり、茂みに顔を突っ込んだりしている…。アイツには見るもの全てが輝いて見えてるんだろうか…。
私の目には雑草やキノコ類と…気持ち悪い蟲共しか見えてこないが…。商人共の慣性ってのはよく分らんな…。
「ねえカカ、今更だけど石版ってどんな見た目をしてるの?」
「えっ…うーん…見たままの〝The石版!〟って感じかな…。変な紋章みたいなのが描かれてるから…多分すぐ分かる…と思う…」
「大丈夫かそれ…、似たようなのと取り違えたりしねェか…?」
流石に大丈夫だと信じたいところだ…。人がほとんど踏み入ってないなら…間違えが起きやすそうな遺跡とかも無いだろうし…。
故に一番危惧すべき状況は…石版を取られてしまうこと…。知らぬ所で
だがそれは逆も然り…奴等の知らぬ所で石版を入手し魔物を倒せれば、連中をこの場所に足止めしておける。それはその後にも大きく響く。
できる限り急ぎ足で探さねェとな…──あれ? ニキどこいった?
「おお~、高い視点は中々面白いニ~♪」
「オマエ…いつの間にそんな所に…」
気付けばニキは高い木の上に居り、楽しそうに周囲を見渡している。よくもまああんな高い木に登れるもんだ…バカデカリュック背負っておきながら…。
「おーい! 怪我する前にさっさと下りて来ーい!! 遊んでる暇ねェぞー!!」
「はーいニ~! ちょうどクッションになりそうな草が生えてるから、そこに思いっきりダイブニ~♪」
ニキが登った木のそばには、葉っぱが異様に大きな植物が生えていた。確かにクッションにはなりそうだが…リュックの重みは支えられないんじゃないか…?
そう思いながら落下する様を眺めいたが、ニキは葉っぱの上にしっかりと着地した。思いの外衝撃を吸収したなあの植物…、どこかで役に立ちそうだ。
“グググッ…!!”
「ニ…?」
「は…?」
“バイーーーン!!!”
「ニャアアアアアアアアアアッ?!!」
「うおーーい!? どこ行く紫頭巾ーーー?!」
ニキをずっしり受け止めた植物の茎は、まるでバネのように力を溜め込み始め…そして次の瞬間──物凄い反発によってぶっ飛ばされた。
しかもめっちゃ高く飛ばされて…あっという間にニキの声は聞こえなくなった…。私は開いた口を閉じぬまま…皆の方を向いた…。
皆は何が起きたのか理解していない様子で…一部始終を見ていたのはどうやら私だけだったみたい…。驚きで体が石になったみたいに動かない…。
「えっ…何何…? 何があったの…? ニキは…どこ…?」
「えっっっとぉ…──あっち…?」
私はとりあえずニキがぶっ飛んでいった空を指差した。皆は指差す方向と私の顔を交互に見て…額に手を当て「あちゃー…」みたいな
危機感の薄いニキが無謀にも飛び降りたあの植物は〝
人っ子一人飛び降りた程度ならば…本来は軽く飛ばされるぐらいで済む筈だったが…、あのバカデカリュックの重量が仇となったわけだ…。
一瞬にしてどんより
そしてそんな私達を嘲笑うかのように雨まで降ってきた…、それも土砂降り…何かもう全てが良くない方向に進んでる気がする…。
何だろう…いつもより雨が冷たいや…、外套が欲しいな…、あっ…ニキのリュックの中だ…──何もかもがダメダメだ…。
一応ニキが飛ばされた方向は分かるから、後を追うことはできるが…雨のせいでアクアスが〝軌跡〟を辿れない…。
もしニキが勝手に動こうものなら…再会は絶望的だぞ…。そんで勝手に動きそうだなアイツ…! あの旅商人好き勝手動きそうだわ…!
「どうしようか…皆で追う…?」
「いや、こんなに視界の悪い雨中だ…人の足じゃまともに進むのも難しい…。だがクギャならスムーズに進める筈だ…! 誰かがクギャに乗って、パパッと行ってパパッとニキを連れ帰ってくりゃいい」
あんまり別行動が得策じゃないのは理解してるが…無駄に時間をかければニキに危険が向く…。アイツなら大丈夫そうだが…万が一もあるからな…。
「アクアス…頼めるか…?」
「かしこまりました、お任せください…!」
「なら俺も行く、いざって時に前衛は必要だろ」
ニキ捜索隊はアクアス・アレス・クギャに決まった。居残り組の私とロイスとカーリーちゃんは引き続き捜索を続ける。
まだレビン酋長のリクを預かっているし、リクの力があれば…たとえ深い森の中でも合流するのも比較的容易だろう。
「では行って参ります!」
「おうっ、アクアスとクギャを頼んだぞアレス!」
「分かってる、全員無事に帰してやるよ」
2人を背に乗せたクギャは、ニキが消えた方向へと駆けて行った。少し心配もあるが…大丈夫だろうと信じよう──。
<〔Persp
「────ァァァァアアアアアアアアッ?!!!」
“バッシャーーーーン!!!”
物凄い距離ぶっ飛ばされたと思えば…今度は水…! 思いっきり顔面から入水しちゃって顔中が痛いニ…、ニキじゃなかったら即死ニ…。
とりあえず溺れないよう必死にバタ足して、何とか岸まで上がってこれた。いやー…まったく酷い目に遭ったニ。
まさかこんな木だらけの森で泉に落下するとは…、運が良いのか悪いのか…。いきなり水の中に放り込まれたせいで…どの方向から飛ばされて来たのか分からなくなっちゃったニ…。
困ったニ…絶対後でカカに怒られるニ…、しかも急な土砂降りで絶対不機嫌になってるニ…。カカとアクアスの外套はリュックの中ニ…。
「ここは…これ以上怒られないようジッとしてるのが得策ニね…。きっと砂漠の時みたいに皆が迎えに来てくれる筈ニ…!」
“──ブクッ、ブクブクブクッ…! ザパァーーーン!!”
「 “シャーーーー!!!” 」
「何か出たニ…?!」
さっきの泉から大蛇のような生物が勢いよくこんにちは。びっしり並んだ鋭い牙を向けながら、激烈なご挨拶をかましてきた…。
ただそこまで速くはなかったので、水吸って重みを増したリュックで迎撃。顔面に質量攻撃がヒットし、頭部が大きく揺れた。
ただ大元が水の中に隠れてるから…下手に追撃できないニ…。大人しく岸に上がってくれたらやりやすいのニ。
なんて思っていると、願いが通じたかのように水から出て来てくれた。あの細長い体からして多分ヘビ…──じゃないニ…?!
胴かと思っていた部位は首であり…その正体はめっちゃ首の長いワニだったニ。なんて無駄に長い首…逆に不便そう…。
しかし首長ワニはそんなこと気にもせず、再び長い首を伸ばして噛み付きを試みる。でもやっぱり遅く、避けるのは実に簡単。
サッと横に避けて、ガシッと頭部を脇で挟んだ。強い力で抵抗はしてくるものの、特に攻撃を仕掛けてくる様子なし。
鋭い爪が生えた脚をバタバタさせてるニけど…首が長いせいでまったくの無意味…、なんて残念な生き物ニ…。
ちょっと可哀想ニけど、放置してもしつこく襲ってくるだけだろうし、ここはいっちょ自然の摂理をその身に叩きこんでやるニ!
頭を脇で挟んだまま上に下に揺らしていき、徐々に浮き上がる首長ワニの体が地面に叩きつけられる。
十分に勢いがついたのを確認したら、その勢いを利用して野菜を引っこ抜くように思いっきり上に持ち上げた。
「〝
「 “ジャシャーー?!!” 」
豪快かつ強烈な投げ技で一撃K.O! フフフッ…! ニキにかかればこの程度の敵なんて恐るる足らんニ! ニキが怖いのは怒ったカカだけニ!
──でもこんな森のど真ん中で1人は…ちょっと寂しいニ…。薄暗い森…土砂降りの雨…不気味な鳥のさえずり…、何だか不安になるニ…。
いやいや…! 気持ちで負けてちゃダメニね…! 気晴らしにとりあえずこの首長ワニから素材を頂いちゃうニ。リュックからナイフを取っていざ──
“──ガサガサッ!”
「ニィ…!? 今度は
少し離れた背後の茂みから音が聞こえ、身構えながら振り向くと…茂みの奥から出てきたのは予想外の生き物。
黒のローブを身に着けた二足歩行…、ひ…人…? こんな森の中で…? ひょっとして原住民の方だったりしますニ…?
向こうもニキを見て驚いてる…、まあこんな所で人とバッタリ遭遇なんて、間違いなく驚愕イベントだもんニ。
「すいませ~ん、どちら様ですニ~?」
「──私は…──…っ! 貴方もしかして…」
えっお知り合いでしたニ…? いつどこで
あのフード脱いでくれたら確認できるんだけどもー…──あれ…? 何かが引っ掛かるニ…。何か大事な事を忘れてるような…。
「勘違いだったらごめんなさい、その紫の頭巾…貴方
ニ…? 頭巾で頭が隠れてるのに…どうして迷うことなく
それに〝勘違いだったら〟って…、ある程度ニキの情報を知っていなきゃ出ない言葉…。──この人何だか怪しいニ…!
「
「いいえ、でも是非いただきたいものがあるの。──貴方の首よ…!!」
怪しい女性はそう言うと同時に腰からダガーを抜き、高速でニキに接近してきた。咄嗟に剝ぎ取りナイフを構え、何とか直撃は避けれた。
力を測り合うように鍔迫り合いに発展したけど、素の腕力勝負ならニキの専売特許! 力を溜め、思いっきり押し返した。
足が完全に地面から離れるだけ押し飛ばしたが…突然黒いローブの中から羽らしきものが現れ、女性は華麗に宙を舞って木の枝に降り立った。
「今のを防ぐのね…、流石は魔物を討伐して回る不敬者の一味…中々手強い…」
「急に斬りかかってくるなんて失礼ニ! 下りて来いニ! 一発ぶん殴らせろニ! ってかオマエ誰ニ!」
地面の上からプンスカプンプンしていると、女性はニキを見下ろしながらフードを脱いだ。青藍の短髪、黒い目、そして左頬に浮かぶ黒い痣。
予想通りまったく知らない顔! 超絶初対面! どちら様だオメー!
「私は〝シャラ〟、ランルゥ教団の信徒にして…神の意思に順ずる者…!」
「ランルゥ…? ──思い出したニ! ミクルスに手を上げた最低集団ニね! 今すぐ下りて来いニ!! ボコボコにぶん殴ってやるニ!!」
「ミクルス? ああっ…あの特効薬を作り上げた不敬者のことね」
言質ィィ!! 言い逃れ一つせず悪びれもしないその態度! 後悔で顔面歪むくらい痛い目に遭わせてやるからニ!
「あの女は断罪されて然るべきだった、神の意思に背いたんだもの。そして貴方も同様よ…ここで私が断罪してあげる…!」
「ぉぉおおお…ストーーップ!! 説明が欲しいニ…!! 不敬者とは…!? 神の意思って…!? 断罪ってなんじゃい…?!」
「そうね、あの世に送る前に神の意思を教えてあげる」
──この世界は神が創造したものであり、動物も魔獣も人も、所詮は神が創り出した〝生ける造形物〟でしかない。
弱肉強食を築こうとも、大地に都市を敷こうとも、それら全ては造形物の意思であり、神の意思は一切含まれていない。
逆に嵐や地震、噴火や氷河期のような自然災害は神の意思であり、そこに造形物の意思が介入することはあってはならない。
災害に巻き込まれ死に瀕したならば、それが神の意思であり、抗ってはならない。
所詮この世の全ての生物は、神の都合で生かされているだけなのだから──
っていうのがランルゥ教団の教えらしい。思った以上にヤバい集団みたいニね…、尖りに尖りまくってるニ…。
ちなみにランルゥ教団にとっては、突如出現し災いと化した魔物もまた神の意思である為、それに抗う行為も不敬なのだと言う。
魔物の動向を静かに見守り、巻き込まれたら指を咥えて死んでいけ、それが神の予定調和なのですってことみたいニ。
いや知るかーーー!! 知るかそんなもん!! 勝手に創っといて都合で死んでくださ~いなんて…当たり前に抗いますけどニーー?!
「話はおしまい、そろそろいいかしら…? ランルゥ教徒〝シャラ〟──神に代わり…この不敬者をあの世に送ります…!!」
< ランルゥ教徒〝
「よーしかかってこいニ!! 旅商人ニキ! 親友より先に、ミクルスを傷付けた連中の1人をボコしますニ!!」
──第110話 雨天に不和〈終〉