「さァかかってこいニ! 木に登るの面倒くさいからそっちがかかってこいニ!」
「言われなくともそうするわよ、神に背く貴方を断罪して…正しくあの世に送って差し上げなきゃならないもの」
ミクルスとカカの為に絶対アイツを負かさなきゃだけど…戦いは油断大敵…!
信徒は羽を羽ばたかせて枝から離れ、宙を漂いながら攻め入る気を窺っている。空にずっと居られると…こっちとしては厄介ニね…。
投擲で攻撃してもいいニけど、こっちもまずは見に回るニ。羽の形状とかから、ある程度どんな蟲か判別できそうニけど…何の蟲だろう…。
雨とローブのせいで見にくいニけど…上羽と後羽があって、あの上羽の形状からして恐らくは甲虫のいずれか。
初手で不意打ちとかをせずに正面から攻撃を仕掛けてきていたし、多分元から攻撃能力に長けた蟲。カブトムシとかクワガタとかカミキリムシ辺りが妥当ニね。
少し観察していると、突然信徒は森の中へ姿を消した。急に予定思い出したーっとかではないよニ流石に…、バリバリ不意打ちする気ニね…。
土砂降りの音で羽音がほとんど聞こえないのが凄まじく向かい風…、勘と視覚だけを頼りに対処するしかないニ…。
「──〝
「あっぶニャアア…?!」
しきりに周囲をきょろきょろしていたおかげで、背後から急接近してきた信徒の攻撃をギリギリ回避。通り魔みたいな攻撃ニね…。
飛行速度がかなり速くて…回避からの反撃は難しそう…。防御してか…予め攻撃の軌道を読み切らないとダメニね…。
信徒はまた森の中に消え…虎視眈々と次の攻撃チャンスを狙っている筈…。このまま棒立ちじゃやられっぱなし…、となれば…!
攻撃を仕掛けられる前に大胆に移動し、太い木をバックにつけて防御姿勢を整えた。これで背後からの攻撃は封じた、どこからでも来いニ!
「〝
「ニャアアアアッ…?!!」
万全かと思いきや…急に真上から攻撃してきたァ…! 寸前で羽音に気付けたおかげで回避が間に合ったニけど…心臓がバクバクするニ…。
一体いつの間に真上に…!? もしや背後から接近して…木に沿うように高速旋回しましたニ…!? とんでもない飛行能力ゥ…!!
蟲特有の小回りの利きがここまで恐ろしいものとは…正直舐めてたニ…。飛行と小回り…これをどう攻略するかが鍵ニね…。
「思ったより大したことないのね貴方。ボコボコにするとか言っていたけれど、聞き間違いだったかしら?」
「そういうなら正面から近付いて来いニ…! ちゃんとぶん殴ってやるニから…!」
「そんなの嫌よ。貴方は手も足も出せないまま、神に背いたことを後悔しながら死んでいってもらわなきゃね」
それだけ言ってまた森の中に身を潜めた。これはニキも出し惜しみしてらんないニね…、先の事は考えずに一旦一撃ぶち込んでやるニ。
そうと決まれば必要なのは覚悟だけ。さっきみたいにきょろきょろせず、深く息を吐きながら集中力を高めていく。
腕も下してできる限り脱力…、降りしきる雨音に心臓の鼓動が溶け込むようなイメージ…。集中…集中…。
「──〝
「あぐっ…?!」
気を高めていた中…背中に容赦なく凶刃が突き立てられた…。素直に痛い…ニけど…、やられた分は倍で反してやるニ…!
すぐさま背中に力を込め、3分の1程度しか刺さってはいないダガーの刃を背筋で固定。抜いてすぐに距離を取ろうとする信徒の足を止めた。
その隙に素早く体を傾けて信徒の左腕をがっしり掴み、右拳を固めながら無理やり信徒と向き合った。
ダガーはまだ背中にあり、得物を失った信徒はどうにか逃げようと羽をバタバタさせるが、もう逃げられないニ!
「〝お返し
「ぐぶぅ…?!!」
グイッと体を引き寄せ、その腹部に渾身の一撃をぶち込んだ。派手に吹き飛んだ信徒は後方の木に激しく衝突し、葉っぱに溜まっていた雨粒が一気に落ちてきた。
何度も咳き込み、地に這いつくばりながら見上げる顔には、さっきまでの余裕は消えていた。口の端から流れる血からして、かなりのダメージになった筈。
対してニキはダガーが少し刺さっただけ! ダメージの差は歴然ニ!
「ふふん! どんなもんニ! 後悔しながらどうたらうんたらってのは見当違いだったみたいニね! 諦めて許しを乞うなら、もう一発で勘弁してやるニよ!」
「──誰が…、誰がそんな真似するもんですか…!! たとえ腕を失おうと脚をもがれようと…私は神にしか救いを乞わない…!!」
信徒はそう叫びながら、木に手をついてよろよろと立ち上がった。恐るべき信仰心ニね…、もはや狂信者のようニ…。
「貴方達はいつもそう…! 恵まれて生まれてきた癖に…何も持たず生まれてこれた癖に…! 災害に巻き込まれただけですぐに一番の被害者って面をする…! 何がそんなに不服なの…?! 永遠に恵まれたままで居たいなんて…そんなの叶いっこないじゃない…!」
──…。
「見なさいよ…この顔の痣…、醜いでしょ…? 不吉でしょ…? この痣を持って生まれたその瞬間から…! 私は忌み子と呼ばれて迫害を受けてきた…! 誰も私を正面から見ない…、誰も私を認めない…、こんな不平等なことがある…?!」
────…。
「でも神だけは違った…。教えて貰ったの…私のような存在にも意味があると…、私がこう生まれたのは…神の意思の下だと…。そして悟ったの…! 自分の役割を…! 誰にも受け入れられなかった己の存在意義を…!」
──────…。
「災害は…誰にでも牙を向く…。大地…海…空…動物…魔獣…鬼…竜…、災害はこの世の全てに平等なの…! 平等こそが…!! 神なのよ…!!!」
──なんだか…在りし日の自分を見ているようニ…。
「だからこそ…! 神に背き抗う不敬者は許さない…! 絶対に絶対に絶対に…! この手で葬り去ってやるわ…!!」
〝どうして皆は〟…〝何で自分だけ〟…、ニキも昔そう抱いていたニね…。目に映る物全てに…中指を立てられているような感覚…。
この人はそんな世の中を彷徨い…やがてランルゥ教団に行きついた…。そして恐らくは同じような境遇の人達と出会い…同じ神を信仰するに至った…。
その気持ちは我が身のように理解できるニけど…、一つだけ大きな思い違いをしてしまっているニ…。
宗教における神は所詮〝飾り〟…お告げだけを残して後は全任せ。それで変われようが救われようが…全ては当人次第。
この人の心を救ったのは神じゃなく…同じ境遇に遭った人達そのもの…。自分を優しく受け入れてくれた周囲そのもの…。
なのにそれも全て神のおかげと捉えるから…傷の舐め合いにすらならない…。上辺だけで手を重ね合わせて…、誰一人隣の顔を見ない…。
自分を肯定してくれる〝誰か〟…そんな存在が居てくれるだけで強く生きられるのに…。ニキにとってのカカやアクアスのような存在が…。
「──ごめんなさいね、見苦しい所を見せてしまったわ。これから死にゆく貴方に…こんなこと言っても意味が無かったのにね」
「そうでもないニよ…? 分かり合えないと知り得ただけで十分ニ…! さァかかってこいニ! 神の意思ごとへし折ってやるニ!」
同情はするニけど…ニキはニキの大事な
ここぞと場面で披露しようとしてた自慢の頑丈さをもう使っちゃったし、ここからはガチンコ勝負ニね。まあ相手もダガー失ってるし、同じようなものよニ。
むしろその状況でどう挑んでくるのか見物ニ。他に武器を持ってたとしても、飛行の妨げになるような長剣とかではない筈。
どう攻めてくるかを警戒していると、信徒は羽ばたいて再び宙へ。だけどさっきと違って森に隠れたりせず、ニキのことを視野に収めている。
「今度は何をするつもりニ? ダガーはまだニキの背中に刺さってるニよ~?」
「刺さってるくせに随分余裕ね…。でも心配無用よ、
“ガパッ! ──ドゥルン!!”
「ニャヒィィイイイ…!!? 何か出たニ…!?」
不意に大きく口を開けたかと思えば…突然口の中から何かが出てきた…。黒くて長い…まるでハサミのようなもの…──もしかして…。
「ク…クワガタムシの
「別に不思議じゃないでしょう、クワガタにとってコレは牙であり顎なんだから」
「角じゃなかったのニ…?」
「カブトと一緒にしないでほしいわね」
元々そうだったとしても…中々絵面がグロいニね…。でも今アレを出してきたってことは…アレでニキを倒せるという自信があってのこと…。
両腕を広げて全身に力を込め、臨機応変の構えを取って向かい合う。信徒はこっちを向いたまま…斜め後ろに下がっていく。
十分に助走距離を確保すると、信徒は真っ直ぐ接近してきた。ぐんぐん加速してくる…、これはちょっとマズいかもしれないニ…!
「〝
まばたき一つせず動きを見つめ…ベストなタイミングで身を屈めて、ギリギリで回避が成功した。魔物以外で久々に死を感じたニ…。
“──メキメキメキッ!!”
「オワアアアッ…?!! こりゃ凄まじい威力ニね…!」
後ろを振り返ると…あの
流石にこれはニキの頑丈さを以てしても無事では済まないニね…、最悪あの木みたいになって…内臓が外にまろび出ちゃうニ…。
「よく避けたわね、もう少しで綺麗に剪断してあげられたのに。どう?〝
「ふふふふっ…! ふふふっ…! ふふっ…」
「分かり易いわね…」
これは早いとこ対処を考えないと…一方的に空から蹂躙されてしまうニ…。ってことで作戦その1! 飛ばれる前にしこたま殴る!
深く考えずに拳を固めて突っ走ったものの、普通に間に合わず飛ばれた…。作戦失敗! 次の作戦に移行しますニ!
信徒が助走をつけている間に、固めた拳を振り下ろして地面を割り、硬い土塊や埋まっていた岩を掘り起こした。
作戦その2! 攻撃される前に空中で打ち落とす! 投げやすいサイズの土塊を手に取り、信徒が動くのをジッと待つ。
やがて助走距離を確保できた信徒はまた高速で突っ込んできた。そこが狙い目! あれだけの素早さ、回避が難しいのは相手も同じ!
「〝
踏み込んだ足が地面にめり込むぐらいの全力投球。土塊は落ちることなく真っ直ぐ信徒へと飛んでいく。
…っが、信徒はひょいっと軽やかに避けて…そのまま突っ込んできた…。
「〝
「ニュギィ…?!」
左足が地面にめり込んでたせいで避け切れず…右脇腹を裂かれちゃったニ…。手を当てがって負傷箇所の確認…、血の勢いからして…傷深め…。
これは一旦
っと考えていた矢先…信徒の行動はまさかの特攻…。隠し持っていたであろうもう一つのダガー片手に…接近戦を仕掛けてきた…。
普段ならとてもありがいニけど…今は脇腹負傷につき力が上手く入らない…。しかも不規則に飛びながら攻撃してくるから…防戦一方を強いられる…。
「〝
「う˝ぅ…?!」
ダガーの刃が脇腹の傷を上書き…。傷自体は浅いけど…襲ってくる激痛は眩暈がしそうなほど…。このまま押されっぱじゃやられちゃうニ…。
痛みを堪えて少し後ろに跳び、頭巾を手で押さえながら右足に力を込める。逃がしまいと信徒は追って来るけど、これでも追撃できるかニ…?!
力を込めた右足を一気に踏み込む、まるで爆ぜるかのように地面を飛び散らせた。
一応すぐには動かず、その場に屈んで様子を見る。無鉄砲に突っ込んでくれれば、一撃くらい
流石に向こう見ずに攻めては来ないニね…、なら当初の目的通りリュックまでダッシュして
土煙を抜けてリュックまで一直線に走り、無事にリュックへ到達。てっきり途中で邪魔してくると警戒していたけど、案外すんなり辿り着けたニね。
周囲をきょろきょろすると、信徒は空から様子を窺っていた。ニキの一撃を受けてから随分慎重になってるみたいニ。
じゃあ遠慮なく
背中のダガーを引き抜いて、腰に手を当てながら一気飲み! うーん、負傷してる時にするもんじゃないニね!
「何をするのかと思えば…警戒して損したわ…。でも…ダガーがほとんど効かない貴方も深手を負うと知れて良かった…。ちゃんと殺せるってわけだものね…?」
「オマエがニキより強ければニ! 止血もしたし痛み止めも効いたてきたし、さっきみたいにいくと思うなニ!」
信徒がどんな戦法で戦うかも、実力の底も大体見えた。ここからはニキのターンニ…! ニキの強みをこれでもかと押し付けてやるニ…!!
──第111話 神の意思〈終〉