目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第113話 変なの

──宵前よいまえ -古原大こげんだいもり


<〔Perspective:‐カカ視点‐Kaqua〕>


「なァ…いくら何でもアイツ等遅くねェか…? もう完全に日ィ暮れるぞ…?」


「何かトラブルに巻き込まれたのかもしれないね…。もしくはニキが勝手に動いちゃって…合流が困難になっているかだね…」


「全然あり得るんだよなニキアイツなら…」


昼過ぎ頃か、遅くとも入相頃いりあいごろには合流できるものと考えていたが…一向にアクアス達は戻って来なかった…。


近接のアレス・遠距離のアクアス・機動力のクギャ──不測の事態にも臨機応変に対応できるメンバーだろうし…あまり心配はしていなかったが…、こうなると一気に不安が押し寄せてくる…。


大丈夫かな…負傷で動けなくなったりしてないか…、色々な懸念を抱いてしまう…。ニキが勝手に行動してて合流出来てないだけなら良いんだが…。


「まあ僕等が考えてても仕方ないし、僕等もそろそろ野宿の準備をしようか。食べれそうな食材を集めてくる」


「じゃあまたオレ魚取ってくるよ、確か向こうに川あったし」


「ほんじゃ私が調理しましょかね。つっても調理器具ないから…シンプルな串焼きとかになっちゃうだろうけど…」


2人に食材調達を任せ、とりあえず火起こしを試みるが…まさかの事態…火が付かない…。昼間の大雨で何もかもが湿気って…絶望的に火起こしできない…。


苦戦している間に2人は肉と魚を獲って来たけど…この調子じゃ食べられそうもない…。今晩の夕食はおあずけだ…。


「クッソぉ…だから嫌いなんだよ雨はよぉ…。もーいい…気晴らしにちょっと川で水浴びしてくる…。──ロイス覗くなよ…?」


「覗かないよ…」

「ロイ兄はそんな事しないよ」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




食事が摂れないストレスは、汚れと一緒に流してしまおう。さっぱりすれば…アクアス達への不安も少しは紛れるかもしれないし…。


衝棍シンフォンと畳んだ衣服を岸に置き、濡らした布で体を拭いてから水に浸かる。思ったよりも冷たいが…不思議と心はスッキリする。


雨に濡れると水に浸かるとじゃ全然違うんだよなぁ…、ハァ~…気持ちが良いぜェ…。川中の方はかなり深そうだし、ちょっと泳いじゃったり──


“ザパァァァン!!”


「何じゃアアアアア…!!?」


川中から突然巨大魚が飛び跳ね、あろうことかこっちに来る…! 鋭い牙を剥き出しにして…喰う気満々で迫ってくる…!


急いで岸に上がり、衝棍シンフォンを手に取って襲い来る魚と向き合った。岸に乗り上げる勢いで突っ込んできやがる。


全裸なのが恥ずかしいが…このままぶちのめす他ないな…。神聖な水浴びを邪魔しやがって…後悔させてやる…!


冷静に魚の動きを観察し、噛み付いてくるタイミングで素早く右に躱す。いくら攻撃的だろうと所詮は魚…陸に上がった時点でテメェの負けだ…!


「〝竜撃りゅうげき〟!!」


胴の側面に強烈な一撃を叩き込むと、魚はゴロゴロ転がってビチビチと跳ねだした。巨大魚の地団駄は近寄れない程に激しい…。


「まあいいか…じきに力尽きるだろうし…。──おんっ? 何か吐き出したぞ?」


巨大魚の口から飛び出た何か。確認しに行くと、一回り小さな魚だった。巨大魚コイツが丸吞みにしたんだろうが…もっと気になるとこがある…。


この魚も白い何かを口に咥えているのだが…、これは…まさかな…。


魚の方は既に息絶えている様子だが…、白い何かはちょびっとした足をバタバタさせて…懸命に抜け出そうとしている…。小っせェ足だなしかし…。


多分なんだろうが…このちんちくりんが今回の下半身枠か…、あぁ…関わりたくねェな…。このまま川にリリースしちゃダメかな…、ダメか…。


ケツなのか正面かのか全然見分けつかねェが…左手でギュッと掴み、右手で魚の口を掴んで力いっぱい引っ張った。


スポンッと気持ち良く抜けたソイツは、白い一頭身のボディに頭頂部から生えた葉っぱが特徴的な、まるでカブみたいな姿をしていた。


そして目や鼻や口の代わりに、正面に浮かぶ特徴的な黒い渦巻き模様──やはりコイツの正体は〝妖精族フリル〟だったか。


「ふはぁ…助かッタァ…。おネエさんが助けてくれたノ? ──ってウワァ…!? おネエさんすっぽんぽんダァ…! エロォォォォォ!!!」


“ベキッ…!”


つい反射的に手から放して思いっ切り蹴り飛ばしてしまった…。木に衝突した妖精族フリルは、そのまま力なく地面に横たわった。


とりあえずアレは放置して、早いとこ服を着てしまおう。タダで拝めるほど私の裸は安くねェぜ。


水気を拭き取って衣服を身に着けた後、気乗りはしないが妖精族フリルのもとへ歩み寄った。妖精族フリルはヒトデみたいにうつ伏せで倒れたまま…。


「おーい大丈夫かー? 意識あるかー変態妖精ー?」


「持ち方気を付けて欲しいナー。あんまリ葉っぱそこ持たんといテ?」


如何にも持ってくださいっと言わんばかりの葉っぱなのにな…。まあ色々言いたいことはあるが…とりあえず手を離す。


手を離してやると、妖精族フリルは落下せずにふよふよと浮遊しだした。何度見ても不思議な光景だなコレ。



 ≪妖精族フリル

作物の姿をした一頭身の知性生種。顔の代わりに黒い渦巻き模様が浮かんでいるが、何故見えて何故聞こえて何故喋れるのか…詳しい事は未だ解明されていない。しかも何故か浮ける、何で?



指先でツンツンすると、癖になりそうな程ぷにぷにしてる。この柔らかさとこの見た目…特にこの小さなお手々とあんよが可愛いんだよな、悔しいけど…。


「オマエ何で魚なんかに喰われてたんだ…? 私が居なかったらヤバかったぞ…?」


「イヤ~ちょっと色々あっテ、上流から流されてル途中で魚に噛み付かれちゃっテサ。必死に抵抗してたんだケド、結局ダメだったネェ」


「流されてる途中でって…浮けばよかっただろ…」


「水吸って重くなっちゃってサァ」


「雑巾か何かなの…?」


ツッコミどころが絶えないが…その度にツッコミポイントが増えそうだから止めておこう…。もうこれ以上関わるのも止めておこう…。


あんまりゆっくりしてると2人が心配しちゃうだろうし…適当にお別れ言って2人の所に戻ろ…。


「じゃあ私はもう行くから、オマエも気を付けて帰れよ、じゃなー」


「ちょっとチョチョチョチョー?!〝色々あった〟って部分スルー!? 気になるでしょフツウ! 気にナレーーー!!」


「うがアアアアアッ…?! 顔に引っ付いてくんな…! 離れろ変態妖精…! ──オマエ体スゲー伸びるなァ…?! どうなってんだよその弾性…?!」


どんだけ引っ張っても全然離れようとしない…ってかまったく引き離せない…。その後もしばし格闘し…結局根気負けして話を聞くことにした…。


話を要約すると、コイツは友達と一緒に暮らしていたが、その住処に凶暴な生物が襲来し、2人は必死に逃げ出した。


っが…雨を吸って重くなった体では上手く逃げられず、攻撃を受けて2人仲良くぶっ飛ばされてしまった。


その際コイツは不運にも川に落ちてしまい…、魚にかじられ…巨大魚に丸吞みにされ…今私と出会ったんだと。


「そんなことがあったのか…よく分かった、じゃ私帰るわ」


「道徳ってご存じデスカ…? 貴方に伝えたイ…人の心…」


「嫌なこと言うな…、私にどうしろってんだよ…」


「ボクを友達のとこまで送り届けテェ…! 1人じゃとても帰れないヨォ…!」


浮いたまま手足をバタバタさせながら駄々をこねだした。面倒だなぁ…何で私がそんなことをしなきゃならんのだ…。


コイツ1人じゃ帰れなそうなのは間違いないが…、うーん…こればっかりは私の独断で決めるわけにもいかんしな…。


「後ろ向きだが…一応検討はしてやるよ…。向こうに私の仲間が居っから、話の続きはそこでだな」


「ワーイ♪ 流石おネエさん、話が分かるネェ♪ それじゃお仲間の所まデ案内お願いしますネ~っと」


妖精族フリルはそう言って私の頭の上に乗っかった。重さはほとんど感じないが…何故かちょっと不快…。


だがどうせ引き離せないだろうし…諦めてこのまま2人のとこまで引き返す…。──ハァ…まーた変なのに絡まれちまったな…。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




元の場所へ戻ると、2人はどういうわけか火を囲んでいた。カーリーちゃんは魚を火で炙り、その横でロイスが手に包帯を巻いていた。


血が滲むほど火起こし頑張ったのか…、雨後で何もかも湿ってただろうに…。何か申し訳ないな…私早々に諦めたから…。


「あっ、ようやくカカさん戻ってきた。遅いから様子見に行こうかと思…──頭に変なの乗せてる…」


「違うよ、乗ってるの」

「加えて変なのじゃナイヨ」


ロイスに感謝しながら焚火のそばに座り、魚を炙りながら水浴び中に起こった出来事を2人に伝えた。


「川の上流…──僕等が居るこの辺は、川の流れからして多分下流部だろうから…きっとかなりの距離流されているよ…」


「どうするの? 本来の目的から大幅に逸れちゃいそうだけど…」


「そうなんだよねェ…、正直後悔してるよ…コレ拾っちゃったの…」


できるだけ寄り道はしたくないんだが…関わってしまった以上、無視するのもなんだかなぁ…。


ただ住処を追い出されただけなら、石版探しの途中で解決すればいい話だが…コイツは友達の安否が気になるだろうしな…。


クソ…、こんな時こそ別行動を取れれば…変に悩む必要もなくなるってのに…。アクアス達が帰って来さえすれば…、マジで今どこに居るんだアイツ等は…。


「一つ聞いてもいいかい? その…えっと…」


「ボクは〝パーク〟だヨ! 良い名前でショ~♪」

<〝妖精族フリル〟Pacu pihowpoパーク・ピホポルll >


「そうだね。っで一つ聞くけど、パークの住処はどのエリアにあるのか分かる?」


そういや4つのエリアに分かれてんだっけか…。コイツがどこから流れてきたかによっては…丁重なお断りが必要になるかもな…。


「うんとネ~、色んな植物がいっぱいある所ダヨ!」


「色んな植物がいっぱい…なるほど…。パークが元居た場所は…多分〝喰胃くい樹叢じゅそう〟だね。あそこは多種多様な植生で溢れた場所だと、ムルクさんが言っていたから」


そうかぁ…困ったなぁ…。古原大こげんだいもりの中だったなら…ササっと送り届けることもできたのに…。


っで何だっけ…? 確か喰胃くい樹叢じゅそう古原大こげんだいもりよりも危険なんだっけか…? 昨日ロイスがそう言ってた気がするぞ…?


もしそうなら一層合流を優先すべき案件だぞ…。でもアイツ等全然戻ってこないしな…、どこで道草食ってやがんだ…?


「大変そうダネ」


「おうお陰様でな疫病神。マジでどうすっかなぁ…相談せずに動いたら確実にアレスは怒るだろうし…。──んっ? カーリーちゃん…?」


ふと目線を横に向けた時、視界に入ったカーリーちゃんに違和感を覚えた。焚火を見つめながら膝を抱えて座っているだけだが…何か様子がおかしい…。


さっきまで炙っていた魚串は地面に刺したまま…ひと口も食べた形跡がない…。それに…小刻みに震えているように見える…。目もどこか虚ろだ…。


ついさっきまで何ともなかったのに…この変わり様は普通じゃない…。ロイスも事態の異様さに気が付いたようだ…。


「カーリー…!? どうしたんだ…!?」


「いや…なんかさ…、急に…体が怠くなって…、頭も…ボーっとして…」


この様子を見てそっと手を額に当てた…、やはり熱がある…それも微熱どころじゃない…。何だってこんな突然に…──



“「森の方から深紫こきむらさきの煙が町に流れてきたのを見たという報告がありました…。町が病に侵され始めたのはそれから間もなくですので…何か関係があるかと…」”



治癒療院ヒーリングギルドで受付嬢が言っていた言葉が頭をよぎった…。〝深紫こきむらさきの煙〟…恐らくあの濃霧のことだ…。


もしそうだとすれば…この急変はただの風邪なんて生易しいものじゃない…。町一つを病死寸前にまで陥れた最悪の病魔だ…。


完全に命を蝕まれるまでには多少猶予こそあるが…軽視してられない…。石版探しもパークの件も一旦放置だ…、薬を取りに町まで引き返さなきゃ…。


「ネェネェ、体調悪いノ?」


「見りゃ分かんだろ…。悪いが…オマエを送り届けるよりもこっちを優先させてもらうぞ…? 両立はできねェからな…」


「エェーーー…まあしょうがないカァ…。──あっでもネェ、〝ハヤタタ〟って知ってル? 黄色い木の実なんだけどサ、どんな体の不調もすぐ治るんダヨ!〝森の万病薬〟って言われてるんダ!」


森の万病薬…どんな不調も治る…かぁ…。それが魔物の病にも有効なのであれば…町に戻るより手っ取り早く済む…。


ミクルスは一般的な薬用素材を掛け合わせて特効薬を作っていたし…そういう意味では信用もできるが…、どうしたものかな…。


クギャが居れば全然町まで戻れるが…徒歩で町までとなると勝手が違う…。どうする…? この胡散臭い妖精族フリルの言う事を信じるか…?


「ねェパーク、そのハヤタタって木の実があるのってもしかして…」


「ウン! 喰胃くい樹叢じゅそうダヨ!」


「図らずもそこへ向かう理由が出来ちまったな…、もうこうなったらしゃーねェ…! アイツ等には悪いが…後を追って来てもらおう…!」


石版探しは一時中断し、私達は明日あす──天然の植物園〝喰胃くい樹叢じゅそう〟へと足を踏み入れる決心をした。


如何なる危険が襲ってくるか分からんが…カーリーちゃんを救う為に頑張ろう…! ついでにパークの件もな…!!


「 “──ピュイー!” 」


とりあえずカーリーちゃんを寝かせて、明日あすの動きについて詳細を話そうとした時、森の奥からリクが出てきた。


迷わずロイスの腕にとまったところを見るに、間違いなくアレスが連れていたリクだ。よく見ると胴に紙が結ばれている。


手紙…? っていうか肝心のアイツ等はどうしたんだ…? てっきりリクの後を辿って来るのかと思ってたが…。もしかして何かあったのか…?


「ロイス、その手紙には何て書いてある?」


「ちょっと待ってね。──ふむふむ…なるほどぉ…」


手紙を読むロイスは、何やら難しい顔を浮かべだした。やっぱりアイツ等の身に何かあったのか…? おいおい…勘弁してくれよ…。


「何て書いてあった…?」


「えっと…かいつまんで説明するね…。ニキとは無事に合流できたみたいだけど…そこで石版の手掛かりを見つけたみたいで…〝宵星よいぼし樹林じゅりん〟に向かったみたい…。だからリクを辿ってこっちに来てくれってさ…」


「ハァァ…!!? 宵星よいぼしィィィ…!!?」



──第103話 影〈終〉

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?